ミュージアムおたくの私は、周辺にあるミュージアムはしらみつぶしに行くことにしているのだが、首都圏に住んでいるため数が多く、制覇にはまだほど遠い。

今日はベルリン、シュテーグリッツ地区にあるDeutsches Blinden-Museum(ドイツ盲人博物館)へ行ってみた。このミュージアムはJohann-August-Zeune-Schuleという盲学校の敷地内にある。会館時間は毎週水曜午後(15-18時)と第一日曜11時のガイドツアーのみで、防災上、一度に10人までしか見学できない。

 

 

盲学校の敷地に入ると、ちょうど下校時間だったようで杖を持った学生が保護者に付き添われて出て来た。保護者の方に「何かお探しですか?」と聞かれたので、「ミュージアムを見学したいのですが」と答えると、「こちらですよ」と赤レンガの別棟に案内してくれた。

 

入り口はこのように目立たない。2階(日本でいう3階)がミュージアムである。

 

階段を上がってドアを開け、フロアに入ったが、受付が見当たらない。キョロキョロしていると、視覚障害者と思われる男性が事務室から出て来て、「見学にいらっしゃったのですか?どうぞ見て行ってください。何か質問があれば、遠慮なく声をかけてくださいね。ご説明しますよ」と言ってくれた。入館は無料(寄付ベース)だとのこと。さっそく一人で展示を見ることにした。

 

このDeutsches Blinden-Museum(ドイツ盲人博物館)の歴史は思いのほか、長い。1891年に盲人教育の歴史的資料館として、また最新の教材の発表及びテストのための場として設立された。当時、この地区にはプロイセン王国の王立盲人施設があったが、教育の内容は点字の学習と手作業の習得という限定的なものだった。ここで学んだユダヤ人女性、ベティ・ヒルシュが後に教師となり、戦争で失明した人々の社会復帰のための学校を開設し、ドイツにおいて視覚障害者が様々な知的職業に就く道を拓いたとのことである。

 

展示の内容は主に点字の発達とその使われ方、視覚障害者のコミュニケーション手段についてだった。現在、ドイツで、そして世界的に広く使用されている点字はブライユ式点字だが、これは横2つ縦3つの合計6つの点の配置で文字を表すものだ。

 

釘のようなものを穴に差し込み点字を打つ道具。

 

古い点字タイプライター。

 

現在、ドイツには8200万人の総人口に対し、およそ110万人の弱視者、約16.5万人の全盲の人がいる。

 

比較的早い時期から始まったように見えるドイツの視覚障害者教育だが、ナチスの時代には視覚障害者は酷い差別にさらされた。Rassenkunde(人種学)という授業で、目の見えない子ども達は以下のような頭部の模型を手で触れることで人種の違いを学んだ。

 

しかし、この授業の目的は異なる人種が存在することを知るだけではなく、視覚障害者は遺伝的に「劣って」おり、子孫を作らないように不妊手術を受けなければならないと納得させるためのものでもあったという。盲学校の生徒達は学校の敷地内ではヒトラーユーゲントの制服を着用することが許されたが、敷地内に出ることはできず、ヒトラーユーゲントに実際に参加することは禁じられていた。(ドイツで博物館を訪れるということは、ドイツの過去を学ぶということでもあり、どんなテーマについての展示を見ていてもほぼ必ず「ナチスの時代には」が出て来る。避けて通ることはできないのだと毎回、感じる)

 

展示物を眺めていたら、ミュージアムの人が室内に入って来た。

「もうすぐガイドツアーが始まりますが、参加されますか?」

今日はツアーはないと思っていたのだが、学生のグループがツアーに申し込んでいるとのこと。喜んで飛び入り参加させてもらうことにした。ガイドさんは先ほどの視覚障害者の方だった。

 

このツアーはとても面白かった!

 

ガイドさんにブライユ式点字について説明してもらい、実際に点字を打ってみた。

展示室はインタラクティブで、いろいろな体験ができるようになっている。右の机では点字盤で点字を打つ練習ができる。

2枚になった板の間に紙を挟み、針のような道具で枠の中に点を打っていく。注意しなければならないのは、アルファベット文字に当たる点を反転させて(つまり裏返して)打たなければならないことだ。紙が出っ張った方が表面になるので、打ち終わった後に紙をひっくり返すのである。私は自分のフルネームを打ったのだが、新しい文字を習うような感じでなんとなく楽しく、つい夢中になってしまった。

 

次に、点字タイプライターも打たせてもらった。点字盤では一つ一つ穴を打ち込んでいくが、タイプライターの場合、一文字ごとに複数のキーを同時に押すので、なかなか難しい。

 

これは、Mensch ärgere dich nichtという名前のドイツの定番ボードゲームの点字バージョン。目隠しをしてやってみる。難しくてすぐにギブアップ。

 

点字つきのスクラブルゲームやその他のゲーム。

 

見学者の一人が「点字の本を読むのって、時間がかかるのですよね?1ページをどのくらいの速度で読むことができるのですか?」と質問すると、ガイドさんは「競争してみましょうか?」と笑って、壁から大きな点字の本を取り出し、別の棚からハリー・ポッターの1巻(普通の本)を出して質問者に手渡した。

「あなたはこれを、私は点字バージョンを段落ごとに交代で読みましょう」

最初にガイドさんが両手でページを触りながら読み始めたのだが、速いっ!!!質問者の番になると、彼も負けじと速読みしていた。

 

事務室では点字ディスプレイつきのガイドさんのパソコンも見せてもらった。

 

ここまででもたっぷり1時間の説明を受けていたのだが、ガイドさんはノリノリで、「まだまだいろんなグッズがありますよ〜」と、生活の中で視覚障害者が使用する様々なものを見せてくれた。色を識別する道具やコインやお札の種類を識別するプラスチックのカード、視覚障害者用の時計、便利なスマホアプリなど。ガイドさんのお気に入りアプリは、最新映画の音声ガイドがダウンロードできるGRETA。スマホとイヤフォンがあれば、晴眼者の友達や家族と映画館で一緒に最新映画を楽しむことができる。いろいろなものがあるのだなと思った。

とはいえ、視覚障害者が得られる情報はやはり限られている。現在、ドイツ全国には8700の図書館があるが、点字図書館はわずか8箇所だけである。毎年フランクフルトで開催される本の見本市で出品される点字の本もわずか500タイトルだという。また、家庭用電化製品はボタンで操作するのではなく、ディスプレーのタッチメニューで操作するものが増えて来ており、視覚障害者にとっては不便だそうだ。

そして意外なことに、視覚障害者のうち、点字が読める人はわずか2割だという。生まれつき、または幼少時に見えなくなった人は点字を習得するが、高齢になってから失明した場合、点字を覚えるのは困難で、指先の感覚も子どものように鋭くない。

 

このように興味深いお話がいろいろ聞け、また実際に体験もできて満足した。大学生たちも「すごく面白かった!」と喜んでいた。

 

目の不自由な人と聞くと、いつも思い出すことがある。私がケルン大学で勉強していた頃、インドネシア語のクラスにMさんという視覚障害者の学生がいて、いつも点字タイプライターでノートを取っていた。授業のときに一度だけ、短いお喋りをしたことがあった。

あるとき、キャンパスを歩いていると、遠目にMさんが見えたので、「あ、Mさんだ!」と思い、駆け寄って話しかけようとしたのだが、次の瞬間に「話しかけても、Mさんは私が誰だかわからないにちがいない」と思って声をかけるのを躊躇してしまった。「インドネシア語のクラスで一緒だ」と言っても私の顔を見たことがないのだし、声も覚えていないのではないか。声をかけたら戸惑ってしまうのではないかと思ってしまったのだ。それで声をかけられなかったのだが、そのときのことがずっと引っかかっていて、「なぜ、あのとき声をかけなかったんだろう。クラスメイトなのに」と心残りである。

 

今日は少し、視覚障害者の人たちの日常について知ることができてよかった。

2 返信
  1. kano says:

    今の点字の会は、都市部は充実していますが、
    首都圏以外の地域や過疎の地域、農村の多い地域であれば
    絶望的です。

    高齢者の方々が点訳が出来る新しい世代が生まれるよう橋渡し
    をすることを頑なに拒んでいるのが現状です。
    都市部や農村部/僻地etc,分け隔てなく、
    点訳の担い手を少しずつ育てていくこと・・・
    これが首都圏や都市部以外の点字・点訳の会が
    責任を持って全員で協力し、早急に成し遂げなければならない
    課題なのではないでしょうか。

    何よりも、一番困っているのは視覚障害を抱えた方々なのですから。
    障害を持った方のニーズと農村部の点訳の会の方々の、
    将来の方向性を全く考えようとしないヴィジョン。
    いつまでも平行線を辿ってばかりでは、
    農村部での点訳の担い手がゼロになる日も
    そう遠くはないでしょう。

    • Chika says:

      kano様 コメントを頂き、ありがとうございます。ブログを更新していなかったため、気づくのが遅れ、申し訳ありません。
      日本の点字の状況についてお知らせいただき、ありがとうございます。日本は人口が首都圏や関西エリアに集中していることから、地方でサービスを充実させることは難しい状況なのでしょうね。

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