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前回の記事ではシュタインハイム・クレーターについて紹介したが、 シュタインハイムの隕石落下とおそらく同時期に、さらに大規模な直径約1000メートルの隕石がそこから40km北東に落下し、直径25kmにも及ぶ巨大なクレーターを作った。リース・クレーターと呼ばれるそのクレーターは、現在ジオパークになっている。クレーターの内側に位置するネルトリンゲンという町にはリース・クレーター博物館(Ries Kratermuseum Nörtlingen)があるらしい。シュタインハイム・クレーターを見たからには、その兄分であるリース・クレーターも是非訪れたかった。ということで、1週間滞在したシュヴェービッシェ・アルプを後にし、ネルトリンゲンへ向かった。

 

ネルトリンゲンは日本でもよく知られる観光ルート、ロマンチック街道沿いにあり、中世の街並みが人気だ。しかし、今回はまにあっく観光旅行なので、街並みを楽しむのは後回しにして、リース・クレーター博物館へ直行する。

 

入り口はあまり目立たない。

ネルトリンゲンのリース・クレーターとシュタインハイム・クレーターの位置関係と大きさの比較。両者は二重の小惑星によって形成されたとされている。

ミュージアムではリース・クレーターについてのみでなく、天体や隕石、クレーター全般について知ることができる。かなり充実した内容だけれど、なぜか展示はドイツ語のみだった。他ではなかなか見られない内容なのだから、英語の説明もあったらいいのに。

リース・クレーターはわずか10分の間に形成された。小惑星衝突の衝撃で地面がくぼむと同時に周囲が同心円状に盛り上がり、衝突の衝撃で砕けて溶け、空中に舞い上がった岩石が再び地表に降り積もってがれきの層を作った。この時、この地域の地層の様々な層の岩石が複雑に入り混じり、「ブンテ角礫岩(Bunte Breccie)」と呼ばれる特異な礫岩を形成した。また、ブンテ角礫岩の間には、隕石衝突の衝撃によって溶融した岩石が急冷してできたガラスの破片がとりこまれた「スエバイト(Suevite)」という特殊な角礫岩が混じっている。つまり、一言でいうと、リース・クレーターは「すごく珍しい岩石が見られる場所」なのである。

 

様々な岩石がリース・クレーター中心部からの距離と方向がわかるように展示されている。

中心部からやや離れた場所。

中心部のスクリーンでクレーター形成についての説明動画を見る。とても面白かった。しかし、リース・クレーターの形成が隕石によるものであることが明らかになったのはわりあい最近のことだそう。それ以前には火山活動によるものではないか、いや氷河によるものだろう、いやテクトニクスだと、様々な仮説が提示されていた。1904年にエルンスト・ヴェルナーが初めて隕石衝突説を唱えたものの相手にされず、1933年には米国アリゾナ州のバリンジャー・クレーターを訪れたオットー・シュトゥッツアーも改めて隕石説を発表したが、やはり笑い者になっただけだった。しかし、1960年、米国の天文学者、ユージン・シューメーカーがアポロ計画で採取された岩石を分析し、リース・クレーターが隕石衝突によって形成されたものであることを証明した。その後、リース・クレーターはミッション前の宇宙飛行士の訓練場にもなっている。

 

月の石

隕石に関する展示もとても興味深い。隕石のタイプには石質隕石、鉄隕石、石鉄隕石があるが、ネルトリンゲンに落下したのは数の上で最も多い石質隕石である。

これは、1822年にチリのアカタマ砂漠で見つかったイミラックと呼ばれる石鉄隕石。綺麗なので写真を撮ったのだが、あとで調べたところ、かなり希少な石鉄隕石らしい。

これは、2002年4月6日にバイエルン州ノイシュヴァンシュタイン城に落下した隕石。

チェリヤビンスク隕石。私は最近まで大学で自然科学を学んでいたのだが、たまたま小惑星の地球との衝突について学んでいた2013年2月、ふと勉強の合間にツイッターを開けると、「空から何かが降って来た!」と大騒ぎになっていてびっくりした。しばらくするとロシアのチェリヤビンスクに隕石が落下したというニュースが流れて再びびっくりしたのでよく覚えている。

 

リース・クレーターの形成時期は今から約1450万年前と推定されているが、絶対年代は先に述べたスエバイトに含まれるガラス質中の放射性同位体の崩壊を利用して測定される。それと並行して、堆積物中の化石を元にクレーターの地層の相対年代が測定される。

見事なアンモナイト!!

ボーリングの道具を利用した地層の展示。

シュタインハイムのメテオクレーター博物館でも見たが、ここでもモルダバイトが見られる。

 

かつてリース・クレーターは水で満たされ、湖となっていが、湖の岸辺だったと思われる場所では鳥の卵の化石が見つかっている。卵の化石は初めて見た。

 

これは恐竜絶滅をもたらしたとされるメキシコ、ユカタン半島のチュシュクルーブ・クレーター探索において米国ニューメキシコ州ラトン盆地で採取された岩石標本の断面。上部の濃いグレーの層(白亜紀)と下部のグレーの層(第三紀)の間には薄い白っぽい層が見られるが、この境界層には1トンにつき56gという大量のイリジウムが含まれている。イリジウムは地球上にはほとんど存在せず、下のグレーの層(第三紀)には1トンにつきわずか0.03gしか含まれていないことから、この境界の層は隕石が衝突した証拠とみなされるそうだ。

他にも興味深いものがたくさん展示されていたが、紹介しきれないので、このくらいに。リース・クレーター博物館のすぐ脇にはジオパーク・リース・インオメーション(Geopark Ries Infostelle)があり、小さいがこちらもとても面白い。博物館を出て、家で留守番をしている娘に土産でも買おうかと近くのアクセサリーショップに入ったら、店の女主人が「いつネルトリンゲンに来たの?ぜひ、クレーター博物館も見て行ってね!」と言うので、「あ、早速見て来ましたよ」と答えると、「よかったでしょ!やっぱり、ネルトリンゲンに来たらクレーター博物館を見ないと!見ないで帰っちゃう人もいるのよねえ。中世の街並みを見たくて来たって言う人も多いけど、中世の街並みなんて、他のところにもあるでしょう?ネルトリンゲンっていったら、クレーターなのよ」と女主人は力説した。確かにネルトリンゲンに来たならば、クレーター博物館は必見だろう。

しかし、クレーター博物館だけがネルトリンゲンならではの魅力ではない。博物館を見たら、今度は実際にジオパークの中を歩いてみなければこの町がクレーターの中にあることは実感できない。それについては次回の記事に。