アイヒシュテットの後に行ったのは、ゾルンホーフェンにある「ゾルンホーフェン博物館」。地元では、かつてゾルンホーフェン市長で化石収集家だったフリードリヒ・ミュラーにちなんでBürgermeister-Müller-Museumと呼ばれている。

世界に名だたるゾルンホーフェンだけど、博物館の外観は、田舎の公民館という感じ。でも、中に入ってみたら、大変な充実ぶりだった。

とても良いと思ったのは、展示の最初にジュラ紀のゾルンホーフェンエリアの環境についての解説があること。

いまから約1億5,300万〜1億5,000万年前、後期ジュラ紀の中央ヨーロッパは、ほとんどが海に沈んでいた。陸地として残っていたのは、いくつかの古い大陸地塊だけで、現在のチェコ西部にあたる「ボヘミア島」や、フランス中央高地などが島として存在した。そのあいだには、巨大な礁の壁(バリアリーフ)が広がり、北の浅い大陸棚の海と、南の深いテチス海を分けていた。礁のあいだにできた窪地には、炭酸塩が幾重にも堆積し、さらにごく浅い海域では小さなラグーンや島が点在していた。現在のゾルンホーフェン周辺は、多くのラグーンを持つ「ゾルンホーフェン群島」と呼ばれる環境を成していた。

ゾルンホーフェン博物館では、ゾルンホーフェン群島の異なる環境から発見された化石が、その環境ごとに分類され、展示されている。濃い青のセクションは外洋に開かれたテチス海、明るい青のセクションはサンゴ礁や炭酸塩台地、薄い水色はラグーン、緑色は島、そして黄色は空。

かつての環境ごとに色分けされた展示

いろいろな化石が展示されているが、圧倒的に魚が多い。

浅いラグーンに漂うぬるぬるした微生物の膜(バイオマット)に絡まって死んだジュラ紀の魚レプトレピデスの群れ。よく見ると、そのまま捕食者に食べられた、頭だけの個体も混じっている。

大きなクラゲの化石もいくつかあった。

海の底に残った波の跡も一緒に保存されたクラゲの化石

他にもいろんなのがあるんだけど、ここに来たら、見たいのはやっぱりアルケオプテリクスだよね。

ゾルンホーフェン標本(オリジナル)現在知られている中で最大のアーケオプテリクス標本。

2階には、”Die Welt in Stein”というリトグラフィー(石版印刷)に関する展示もある。ゾルンホーフェンで化石が大量に発見された背景には、18世紀末、リトグラフィーという印刷技術が生まれたことと密接に関わっているのだ。アロイス・ゼネフェルダーによって発明されたこの新しい印刷技術には、細かい粒子が均一に詰まった特別な石灰岩が必要だった。まさにゾルンホーフェンの石は理想的な素材で、たくさんの石を切り出す過程で化石が次々と見つかったのだ。つまり、リトグラフィーの発明なしには、今日、世界的に有名なゾルンホーフェンの化石群は日の目を見ることなく眠り続けていたかもしれないというわけである。

さて、博物館の展示を見た後は、ゾルンホーフェンにある採石場、Hobbysteinbruch Solnhofenへも行ってみた。

こちらの採石場はブルーメンベルクのよりも狭く、人もまばらだった。この日は運が悪かったようで、石を剥がしても剥がしてもいっこうに何も出ない。残念!

でも、捨てられた割れた石の山の中に、小さな足跡がついたものを見つけた。これはなかなか素敵。

 

ということで、今回のアルトミュール渓谷化石の旅はこれでおしまい。また来年あたり、来られるといいな。

ドイツ最北の州、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は、北海とバルト海という二つの海に挟まれている。州の東側には穏やかな内海のバルト海、西側にはダイナミックな北海。二つの海はとても対照的で、両方を味わえるなんて贅沢な州だなあと思う。どちらにも魅力を感じるが、今回は北海側へ行った。

北海のオランダからデンマークにかけての沿岸には世界最大の連続する干潟、ワッデン海(Wattenmeer)が広がっている。そのうち、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州北部の沿岸海域は、地形が複雑だ。大小の島々があり、成り立ちによってバリアー諸島(Barrierinseln)、ゲースト島(Geestinseln)、ハリゲン(Halligen)など、いくつかのタイプに分類される。その中でハリゲンと呼ばれる島々に特に興味があった。ハリゲンとは、海抜が極めて低く、限りなく真っ平で、強い高潮が来るとほぼ水没してしまう小さな島々だ。堤防らしい堤防はなく、人々は「ヴァルフト(Warft)」と呼ばれる盛土をした小高いエリアに住んでいる。

北フリースラント・ワッデン海にはそんなハリゲンが10島存在する(ちなみに、ハリゲンというのは複数形で、一つ一つの島はハリヒまたはハリクと呼ばれる)。そのうち、もっともアクセスの良いハリヒ・ホーゲ(Hallig Hooge)へ行ってみることにした。オックホルム(Ockholm)という村のSchlüttsielという港から1日に1便、フェリーが出ている。

フェリーに乗り込んで出発!

干潟にはPrielと呼ばれる水の流れがあり、それに沿って航路が整備されている。港を出発したフェリーが航路を進み始めると、ユリカモメの群れがフェリーが立てるさざなみに沿って飛びながら、ついて来た。フェリーの動きによってできた波が海の浅い部分をかき乱し、彼らの餌となる小さな生き物を水面に浮き上がらせる、その瞬間を狙って捕まえているようだ。印象的な光景だった。

曇っていて船の上は寒かったけれど、手すりに寄りかかりながら海を眺めいたら、遠くの砂州の上にアザラシが1頭休んでいるのが見えて感激した。

ハイイロアザラシ(Kegelrobbe)の子どもかな?

北海にはたくさんの洋上ウィンドパークがあるだけあって風が強く、やっぱりどこか荒々しい雰囲気。南の島へボートで出かけるような優雅さはない。ハリヒへ行くんだ!と気持ちが高揚していたから楽しく感じたけれど、そうでなければどちらかというと苦行かもしれない。

出発から1時間ほど経って、右手に最大のハリヒであるランゲネス(Langeneß)、その左に目指すホーゲ(Hooge)が見えて来た。

ヴァルフトが点在する長細いハリヒ、ランゲネス。ヴァルフト以外は見事に真っ平。

ああ、あれがハリゲンなんだ。冷たい海に囲まれ、潮が満ちるたびに地面が消え、盛土をしなければ人が生活することのできない島。これまでに世界各地で見た島のどれとも似ていない、この特殊な島々は、どのようにしてできたのだろうか。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の西の海岸はかつては今よりももっとずっと西にあった。つまり、現在、ハリゲンが点在するエリアは、もともとは陸地だった。およそ1万年前、氷期が終わり、海面が上昇すると、沿岸地域は海に沈み、干潟となった。このとき、陸地のうちわずかに高かった場所は島となって残ったが、潮の満ち引きや高潮で何世紀にもわたって土地が削り取られ、別の場所に運ばれて堆積した。海の中で堆積物が少しづつ高さを増し、形成されていったのがハリゲンだ。水のダイナミズムによって生まれたハリゲンは、形成後も潮流によって分断されたり嵐で崩れたりし、頻繁に地形が変化した。かつて、ワッデン海には100以上のハリゲンが存在していたとされるが、そのほとんどは失われ、一部は本土に接続されて、現在残っているのは10島のみだ。

ようやく、ホーゲが間近に見えて来た。島の周囲には石の護岸があるだけで、堤防は見えない。陸の高さは平均満潮水位より約1メートル高いだけ。強い高潮が来ると、建物の立っているヴァルフト以外は水没して見えなくなる。その現象はラントウンター(Landunter)と呼ばれる。

ホーゲの港に到着。

どんよりしていた空が、うっすらと晴れてきた。ハリゲンの中で2番目に大きいホーゲの面積は約 5.78 km²。日帰りの場合、島に滞在できるのは4時間ほどなので、自転車を借りることにした。(馬車によるツアーもある)

道路はよく整備されていて、ヴァルフトからヴァルフトへサイクリングするのは気持ちが良い。でも、7月半ばで「寒くも暑くもない」という感じだから、真夏以外はけっこう寒いんじゃないかな。

島のウェブサイトによると、ホーゲの現在の人口は106人。ヴァルフトが11箇所あり(そのうちの1箇所は無人)、家や家畜小屋などはすべてその上に作られている。高潮が来ると、ラントウンター状態になる前に、住民だけでなく家畜もみなヴァルフトへ避難しなければならない。

ホーゲのヴァルフトのうち一番大きいハンスヴァルフトには「Sturmflutkino(高潮映画館)」という小さな映画館があり、住民が撮影したショートフィルムを見せてくれる。ラントウンターとはどういう状態なのかを映像で体験できる。ドラマチックな演出ではなく、島民の日常生活を淡々と撮影しましたという感じなのだが、けっこう怖いと感じた。平時に村の中心部にある子どもの遊び場で子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿が映し出される。高潮がやって来ると、海水が島を覆い、遊び場は遊具もろとも消えてしまう。水が引くまでは、子どもたちが遊び場で遊ぶことはできないのはもちろんのこと、ヴァルフトからヴァルフトへの移動もできない。水に囲まれた半径わずか数十メートルの空間に閉じ込められてしまうのだ。ハリゲンでは一年に数回、ラントウンターが起きるそうで、住民の人たちは慣れっこになっているだろうけれど、自分が実際に体験したら不安になるだろうなあ。

ヴァルフトは5〜7メートルの盛土がされているだけで、コンクリートの高壁で囲まれているわけではない。どの程度の嵐まで耐えられるのだろう?実際、ヴァルフトごと流されたり、盛土が崩れて家屋が崩壊するなどの惨事が、ハリゲンの歴史において繰り返し起こっている。1825年に起きた「ハリゲン洪水」と呼ばれる史上最悪の災害時には、現存するハリゲン以外のハリゲンが水没し、消失してしまった。このとき、ホーゲでは家屋230棟が崩壊し、74名が亡くなっている。ハリゲンは常に自然の脅威にさらされ、変化し続けているのだ。技術の進歩した現代では大きな被害は食い止められているが、ドイツの北海沿岸では、気候変動の影響で過去100年間で約20〜25cmの海面上昇が記録されており、近年、ますます加速傾向にある。ハリゲンを襲う高潮の頻度や強度も高まる可能性がある。

ではなぜ、住民を守るために、周囲をコンクリートの防波堤で固めるなどの強固な対策を取らないのだろうか?

そこには、大規模な人工物で自然を改変するのではなく、できる限り自然本来の性質を利用して被害を抑えようという考えがあるようだ。ワッデン海は世界でも類を見ない生態系と文化を保有する地域としてユネスコ世界遺産に登録されており、その中でハリゲンが位置するシュレスヴィヒ=ホルシュタインのワッデン海はユネスコ生物圏保護区にも指定されている。ハリゲンで繁殖する野鳥は推定およそ6万羽。貴重な生態系をなんとしてでも守っていかなければならないのだ。島の景観を守ることは、観光地としての価値を維持することでもあり、住民の暮らしを支えることにもなる。そうした考えから、沿岸の侵食された部分に砂を補充し、高潮の衝撃を和らげる緩衝地帯を作ったり、高床式の住居を導入するなどのソフトな災害対策が選択されている。

ハリゲンの陸地を覆う草原は、海から運ばれて来る細かい泥やシルト、砂などが堆積して形成される塩性湿地(Salzwiese)だ。熱帯雨林に匹敵する温室効果ガス吸収力を持つ。渡り鳥や昆虫、甲殻類など多様な生物の生息地としても極めて貴重だ。塩性湿地は世界中で失われつつある。ハリゲンの塩性湿地が維持されるためには、定期的にラントウンターが起きることが不可欠なのだと知った。島がたびたび水没するなんて、さぞかし不便で大変だろうと余所者の私は感じてしまったが、そうした自然現象と共に生きることこそがハリゲンに暮らすということなんだなあ。

塩性湿地にはたくさんのミヤコドリがいた。ピィーッというホイッスルのような鳴き声が賑やかだ。

ハリゲンを囲む広大な干潟も野鳥にとって貴重な餌場だけれど、気候変動で海面が上昇すれば、干潟は縮小し、野鳥は充分に餌を見つけることができなくなってしまう。気候変動は、ハリゲンに住む人たちにとってだけでなく、野鳥や干潟の生き物たちにとっても大きな脅威なのだと肌で感じることができた。

満潮時のハリヒ・ホーゲ。干潮時には周囲に干潟が現れる。

ヴァルフトがいかに小さなスペースかがわかる。

わずか数時間の滞在だったけれど、とても印象深い訪問となった。気候変動をリアルな脅威として感じる体験となった。今後、気候変動のキーワードを目にするたび、耳にするたびに、ハリヒ・ホーゲの風景を思い出すだろう。

初めてのアフリカサファリとなったほぼ2週間のケニアでのサファリを終えて、今回の体験を振り返ってみたい。

ケニアサファリでは期待をはるかに超える数と種類の野生動物を見ることができた。ケニア旅行そのものも初めてだったが、全体的に良い印象で楽しい滞在だった。

特に良かったと思う点を具体的に述べると、こんな感じになる。

  • ツアーの手配を依頼した現地のサファリ会社の対応がとても良かった。
  • 組まれたツアーの内容(訪れた保護区のセレクトや数、スケジュールなど)にも満足できた。
  • サファリガイド兼ドライバーさんのサービスがきめ細かく、信頼できた。
  • 泊まったロッジ(ミッドレンジの価格帯)はどこも快適で、食事も美味しかった。

部屋の窓からシマウマやウォータバックを眺められるナイバシャ湖のロッジ

全体として、観光業が大きな産業であるケニアでは観光インフラが整っており、人々も観光客に対してフレンドリーで親切だという印象を持った。

一方で、少し残念に感じた点もある。

  • 夫と二人だけのプライベートツアーではあったものの、すべてをサファリガイドさんに委ねるかたちとなり、受け身の旅となった。私たちは通常、現地でレンタカーを借りて自力で移動するので、自分たちの好きなペースで移動し、気になるものを見かけたら車を止めて確認したり、その周辺を散策できることに慣れている。今回はそれができず、少々物足りなく感じた。ケニアでは外国人観光客のセルフドライブはあまり一般的ではないようで、また、あらゆるアクティビティにガイドを付けることが推奨されているので不自由だった
  • ゲームドライブと呼ばれるサファリカーに乗ってのサファリ体験は楽しかったが、大きい動物はよく見られる反面、車に乗った状態でトカゲや昆虫、花のような小さなものに着目することは難しい。その分、景色の解像度が下がる。
  • サファリカーから降りることは基本的にNGなので、自然の中を自分の足で歩いて自然と一体化する機会が少ない

 

私たちは自然体験や生き物観察の旅が好きで、過去記事に記しているように、これまでにコスタ・リカやパナマなどを旅して来た。野生動物を見るという点ではケニアと同様なのだが、ケニアでのサファリとの大きな違いは、コスタリカやパナマでのネイチャーウォークは「自分で歩いて動物を探す」点だ。視界の開けたサバンナと異なり植物の生い茂るジャングルにジープを乗り入れるのは現実的ではないので、自然の中に整備されたトレイルをネイチャーガイドさんと一緒に歩きながら、またはガイドさんなしで歩き、ジャングルの中にいる動物を探したり、植物を観察したりする。鬱蒼としたジャングルの中で動物を見つけるのはサバンナで動物を見つけるのよりずっと難しいし、いたと思っても、すぐに見失ってしまう。大型の肉食動物に遭遇することは極めて稀で(私たちはパナマで吊り橋の上からピューマを目撃したけれど)、見られるのは小さい生き物が多い。でも、生き物を見つけるのが難しいからこそ、見つけられたときの喜びは大きい。そして、リスクがないわけではないけれど、五感を働かせて危険を回避しながら歩くのは、とてもワクワクするのだ

高温多湿で足場が必ずしも良くないジャングルトレイルを歩くのは疲れるし、快適とは言い難い。だから、「安全に快適に、かつ簡単に野生動物が見たい」と思う人は、ケニアのサファリの方が圧倒的に向いているだろう。大型の動物をじっくり観察できるので、動物の生態に興味がある人も満足が得られると思う。でも、「自然を直に体験したい」「冒険感を味わいたい」人にはネイチャーウォークの方がより充実感を得られるかもしれない。

 

私はといえば、、、、どっちもそれぞれ良くて、どちらかを選ぶのは難しい。同じ野生動物観察でもまったく違う体験だと思う。

マサイマラ国立保護区でのサファリを持って、10日間のケニア旅行は終了するはずだった。2日目のサファリを終えて夕食を食べながら、「終わっちゃったね。楽しかったね」と余韻を楽しんでいた私たち。明日のこの時間には空港か、などと言いながらふとスマホに目をやった夫が「え?」という顔をした。

「ちょっと!帰りの飛行機キャンセルになったよ」「え?」

乗り継ぎの空港でストライキが行われるため、その空港行きの航空便は飛べないというのだ。代替便として提案されたのは、その丸2日後の便。さあて、どうする?ルーカスさんにケニア滞在が48時間延長になったと事情を話し、追加で2日間、ドライバーとしてお付き合い頂くようお願いした。問題は何をするかである。もう動物は十分に見た。ずっとサファリカーに乗りっぱなしで運動不足が続いていたので、体を動かすことがしたかった。どこかでハイキングがしたいと言うと、ルーカスさんが提案してくれたのはロンゴノット山登山だった。幸い、ハイキングシューズは持参していたので、登ることにした。

ロンゴノット山は大地溝帯にある標高約2,776mの成層火山で、ヘルズゲート国立公園にほど近い。大地溝帯とは周知の通り、アフリカ大陸が東西に引き裂かれつつある場所で、プレートが離れる「拡大境界(divergent boundary)」にあたる。プレートが引っ張られて地殻が薄くなっているので、地下のマグマが地表近くまで上昇しやすく火山活動が活発なのだ。ロンゴノット山が最後に噴火したのはおよそ2000年〜3000年前。山の上には直径約8kmのカルデラがあり、その縁を一周することができる。

遠目には平たく見えるこの火山、山肌にやたらと縦の溝ができている。あのヒダヒダの斜面を登るのだ。聞けば、「ロンゴノート」とはマサイ語で「険しい」とか「アップダウンが激しい」という意味らしい。

ロンゴノート国立公園のゲート

マサイ族の若いガイドさんが登山に同行してくれることになった。というか、ガイドは要らないと思ったけれど、ガイドをつけることが「強く推奨」されているそうで、ルーカスさんがアレンジしてくれるのを断れなかった。

まずは緩やかな坂道を登っていく。砂の上には動物たちの足跡がたくさん付いていた。この国立公園にも多くの野生動物が生息しているのだ。アニマルトラッカーの私としては、足跡はスルーできない。

「これは、肉食動物の足跡ですね?」と尋ねると、ガイドさんはすかさず「ヒョウです。爪の跡がありませんが、表は爪を隠すんです。これは若い個体ですね」と。「え、ヒョウ?この足跡、ずいぶん新しいですよね?」。ヒョウの足跡のすぐそばにはハイエナの足跡があった。「僕はマサイ族なので、足跡からだけでなく、匂いでも動物を嗅ぎ分けられます。マサイの男子は18歳からの2年間、ブッシュにこもって修行するんです」。

他に草食動物や大型野鳥などの足跡を見ながら歩いていると、バッファローが道を横切った跡があった。

「あっ、走って行ったね!」「まだ、この辺にいるかもしれません。気をつけて」。ガイドさんはおもむろに地面に落ちていた大きめの石を拾い上げた。「先に行ってください。ちょっと確認するので」。私たちが先に進むと、バッファローの足跡が消えた茂みの方向をうかがっていたガイドさんが「あそこに隠れてますよ。見えますか?」と言うのでそちらを見ると、確かに茂みの奥にバッファローの姿が見えた。幸いこちらとの間には距離があり、私たちに向かって来ることはないだろう。ガイドなんていらないと思ったけれど、やっぱり付いてもらって正解だった。ロンゴノット国立公園内にはキャンプ場があるのだけれど、ヒョウやハイエナやバッファローがうろつき回るところでよくキャンプなどできるものだなあ。ケニアの人はやっぱり私たちとは感覚が違うのだろうか?

少し登ったところで、茂みの中からディクディクが顔を出した。これなら可愛いけどね。

クレーターの縁まで登るのに小一時間。細かいアップダウンが激しくて、写真を撮っている余裕がない。ようやくクレーターまで登り、ビューポイントからあたりの景色を眺める。

ナイヴァシャ湖が見える。

ヒダヒダの山肌

ロンゴノット山の噴火スタイルは主に爆発的な噴火と溶岩流の組み合わせで、山肌の溝は厚く積もった火山灰の層が侵食を受けることでできた。

眼下に平たく広がる丘は溶岩流が形成した

ロンゴノット山は頂上のクレーターの他にもいくつものクレーターを持つ。

「あ、キリンがいますよ」と言われて遠くに広がるブッシュに目をやると、ブッシュからキリンの頭が飛び出している。

すごい動物だなあ、キリンって。背が小さくて視界が低い私はキリンが羨ましい。

さて、クレーターまでは登ったので、あとはクレーターの縁に沿って歩くだけだ。

えっ?クレーター縁って、平らなんじゃないの?まさか、あのギザギザの上を歩く?一番尖っているところがロンゴノート山の頂上だ。ガイドさんに聞くと、8kmのクレーターを一周するのに3〜4時間かかるというが、ここまで来たら、歩くしかない。

クレーターの内側は鬱蒼とした森になっている。火山灰が風化して養分豊富な土壌が作られたのだ。あそこを歩いて横断することは可能ですか?との夫の問いに、ガイドさんの返事は「歩き慣れた人でも少なくとも半日はかかりますね。地面はゴツゴツの岩だらけで溝がたくさんありますし」。

登ったり降りたり登ったり降りたり。どうにか頂上に到達!

「やりましたね!高齢の方をここまでご案内するのは、これが2度目です。大抵の高齢の方はクレーター縁まで登って、さらにアップダウンがあると知ると、諦めて下山されますよ」

まだそこまで高齢じゃないつもりだけど!笑

頂上を超えても、まだまだアップダウンは続く。

超えてきたアップダウンを振り返る。

だんだん疲れてノロノロ歩きになっている私たちを、驚いたことにスポーツウェアに身を包んだ若い人たちが颯爽とジョギングで追い越していった。こんなところでジョギングとは、元気にもほどがあると思ったら、アスリートの高地トレーニングらしい。

はあ、ようやく一周し終えた。地球の割れ目の真ん中にある火山を歩いたんだと思うと、やっぱり感慨深いな。

さて、ここから一気に下山だ。

「高齢者」の私たちは、結局、合計6時間かけてゲートに戻った。まあまあハードな山登りだったので、やり切った感がある。ケニア滞在の終わりに少しは能動的なことができて、嬉しかったのだった。

もし、「マサイマラはどうだった?」と聞かれたら、一言目には迷わず「すごく良かった!」と答えるだろう。野生動物の密度と視界の良さでマサイマラ国立保護区に勝る場所はこの地球上でそうそうないのではないかと思われる。

その一方で、少し気になることもあったので、反省の意も込めて記録しておきたい。

気になることというのは、動物との距離がとても近いことだ。先にも述べたが、保護区では基本的にはサファリ客はサファリかーから降りることはできない。車に乗ったまま、風景の中の野生動物を見ることになる。しかし、例外もあり、許可された一部の場所では車を降りて休んだり、散策することが許されている。そのようなルールの中、とても楽しかったのはマサイマラで体験したピクニックだ。終日サファリの日はロッジにお弁当を作ってもらい、ピクニックツリーと呼ばれるアカシアの木の下でブランケットを広げ、お昼ご飯を食べる。ピクニックツリーはいくつもあり、程よい木陰のある木をガイドさんが見つけてくれる。

あの木なんか素敵!と思っても、要注意。木の下をよく見ると、、、

ライオンが昼寝中だったりする。

マサイマラでのサファリの1日目に車を止めたピクニックツリーの下に、何やら毛玉のようなものが落ちていた。

「ああ、ハイエナがここにいましたね。ハイエナは獲物を食べた後、消化しにくい毛を吐き出すことがあるんです」とルーカスさん。そうか、ここにハイエナがいたのか。

ブランケットを広げ、座ってランチボックスを開けたら、どこからともなくハゲコウがやって来た。

じっ。ハゲコウもランチ食べたいみたい。

美味しいものがたくさん詰まったランチボックス

さらにもう1羽のハゲコウがやって来て、2羽のハゲコウに両側から見られながらお昼ご飯を食べることになった。もちろん、野生動物に餌をやるのは御法度だ。でも、食べ残しをやる観光客も中にはいるだろうし、そうでなくても近寄って来て人間の食べ物を盗む動物もいるだろうと思われる。

しばらくしたら、急にハゲコウたちはそそくさと足早に離れて行き、遠くへ飛び去った。なぜ急に?と訝しく思い、ふと振り返ると、

そこにはヒヒがいた。ハゲコウたちはヒヒが近づいて来たから去っていったのだろう。そんな力関係を目にするのも興味深い。

二日目は別の木の下でランチタイム。この日はそう遠くない距離をゾウの群れがゆっくりと通り過ぎていった。こんなふうに、野生動物と同じ空間を共有していると実感できるのは素晴らしい。

その反面、サファリ客が動物に近づきすぎているのではと感じるシーンも多々あった。多くの動物たちはサファリカーに慣れていてリラックスしており、車が近づいても逃げるどころか、平気で車の目の前を横切るものもいる。人間は自分たちに危害を加えないと知っているからこその行動だろうから、それは特に問題ではないのかもしれない。しかし、サファリカーが動物にあまり接近するのはどうなんだろう?ビック5のいる場所には多くの車が集まり、至近距離で写真を撮ろうとみんなが身を乗り出す。車の数が多いと良いアングルの争奪戦となり、動物たちの周りではひっきりなしにエンジン音が鳴り響くことになる。私たちが滞在した2月はピークシーズンではないが、それでも大人気のマサイマラ国立保護区には多くのサファリカーが走っていた。ピークシーズンには一体どれほどの観光客が押し寄せるのだろうか。

自分自身もサファリをしているのだからサファリカーが多すぎると文句を言える立場にない。が、さすがにあればないんじゃないかという光景に出くわした。ライオンの赤ちゃんたちが寝ている茂みを道路から双眼鏡で観察していたときのこと、たくさん停まっていたジープの1台がふいにエンジンをかけたと思うと、草むらに分け入って行った。ルーカスさんによると、オフロードは禁止されており、見つかるとかなりの罰金を取られるらしいが、その車はルールなどなんのその。茂みの至近距離まで近づいた。すると、他のジープも次々に後に続き、茂みのある木の周りを取り囲んでぐるぐると周りはじ始めたのだ。赤ちゃんたちはゆっくり休めないどころか、包囲されて逃げることもできない。明らかなハラスメントではないのか?

とても嫌な気持ちになり、「もう十分に見たので、他の場所に行きましょう」とルーカスさんに伝え、その場を離れた。動物を近くで見たい、良い写真を撮りたいというのはわかる。でも、今の時代、良い双眼鏡やズームレンズがあるのだから、かなり離れていても良く見ることは可能だ。まあ、客の方からオフロードで近くまで行ってくれと頼んでいるわけではなさそうで、ガイドさんが客に喜んでもらいたいと思ってそうしているわけで、そこには願わくばチップを弾んで欲しい、良いレビューをつけて欲しいという気持ちもあるのだろう。彼らはそれで生計を立てているのだから致し方ない面があるのもわかる。だからそこは、客の方が「そんなに近づかなくて結構です」とキッパリ断るべきなんじゃないかとやるせない気分だった。

動物の側からすれば、サファリ客などそもそも来ない方が良いに決まっている。ただし、サファリ客が来てお金を落とすことで野生動物の保護が成り立つという構図になっている以上、サファリというアクティビティの良し悪しには簡単に白黒つけられない。人は見たこともないものを保護しようとは思えないものだし、実際に動物を見ることで学べることが多いのも事実。私はサファリに行ったことを後悔はしていない。けれど、自分の行動がもたらすかもしれない負の影響に無自覚でいてはいけないなあと思う。

 

 

 

マサイマラ国立保護区で見た草食動物については前回の記事に書いたので、次に肉食動物についてまとめよう。

ケニアへ行く前は「ビック5のうち、いくつか見られたらいいなあ。でも、そんなに簡単には見られないんだろうなあ」となんとなく思っていた。アフリカサファリのビック5とは、ライオン、ヒョウ、ゾウ、サイ、バッファローの5つである。

ところが、現実は期待を遥かに上回り、マサイマラへ辿り着く前にライオン、ゾウ、サイ、バッファローはすでに何度も目にしていた。残るはヒョウのみ。夜行性のヒョウは目撃するのが一番難しいそうだ。「マサイマラで見られるといいですね。でも、1週間マサイマラに滞在しても見られない人もいます。運次第です」とガイドのルーカスさんは言う。まあ、ヒョウが見られなくても他の動物がいろいろ見られるのならそれでいいかな。ヒョウの代わりにチーターが見られたら嬉しいな。

願いはあっさりと叶った。

草むらに4匹のチーターの姿。

他の動物の場合、群れでいるのは大抵メスとその小さな子どもたちだ。しかし、チーターは兄弟が一緒に行動することが多いそうだ。逆にメスは単独行動で狩りをする。だとすると、体の大きさが同じくらいのこの4匹はオスの兄弟か。チーターといえば走ることにかけてはサバンナ最速、最高時速100km でダッシュする。まったりしている姿からはちょっと想像できないね。

精悍な顔のライオンと違って、チーターのオスは優しげな面構え。

ネコらしくてかわいい。

 

セグロジャッカル (black-backed jackal, Lupulella mesomelas)の姿も見ることができた。

ジャッカルは肉食というより、雑食性で、自分で小動物を狩って食べる他、果物も食べればライオンやハイエナの食べ残しを食べることもある。

保護区内をサファリカーで走りながら気づいたのは、広大な保護区に動物たちは満遍なく散らばっているのではなく、いろんな草食動物の群れが種混合で集まっているエリアと全く何もいないエリアとがあることだった。

「この辺には何もいませんね?どうして?」との答えにルーカスさんは、「草丈が高い場所を草食動物たちは好みません。捕食者が潜んでいるかもしれないので」と教えてくれた。なるほど、草丈が高ければ、肉食動物は獲物に気づかれずに近づきやすいだろう。そんなことを考えながらぼんやりと景色を見ていたとき、「このあたりの草むらにヒョウがいるという情報がありました!」というルーカスさんの声にハッとする。一生懸命、ヒョウの姿を探すが見当たらない。

「ほら、そこそこ!目の前ですよ」

遠くの方ばかり見ていたが、なんとすぐ目の前の草むらをヒョウが歩いているではないか。

おお、本当にヒョウだー!

びっくりしている間にヒョウはさっさと去っていってしまった。草に隠れると、ほんとに見つけづらい。

こんなに簡単にビック5を見れてしまうとは、なんとラッキーな私たちだろう。でも、サファリの真の面白さは特定の動物を「見られたか、見れなかったか」にあるのではなく、動物たちの行動を観察できるところにあるといって間違いない。サンブル国立保護区ではメスライオンたちが赤ん坊にお乳をやるところを間近で見ることができてとても感動したが、マサイマラではライオンの狩りの試みを見ることができたのだ。

マサイマラでのサファリの2日目、同じ群れに属するライオンのメス達が 分散し、狩りの体制に入っているようだとの情報が入った。少し離れたところにはバッファローの大群がおり、ライオン達のいるエリアとは反対方向へ少しづつ移動していた。バッファローの群れがいる草むらと道を挟んだ反対側に水場があり、バッファロー達は交代でそこに水を飲みにいっては群れに戻っていたが、群れが移動していく中で、2頭のバッファローが 群れからはぐれてしまった。

はぐれたバッファローたち

「あの2頭、ライオン達に狙われるね」私たちはそう言いながら、ライオン達の動向を見守った。

2頭のバッファローの間が少し離れた隙を狙って、メスライオンのうちの1匹がそうっと近づいていく。

仲間のメスライオン。

他のメスライオン達はそれぞれ離れたところに隠れて待機し、バッファローが逃げたら飛び出して囲むつもりのようだ。

しかし、バッファローもバカではなく、近寄って来たライオンの存在に気づいた時点でそれぞれ違う方向に向かって駆け出した。ライオン達は一瞬、どちらを追いかけるべきか迷ったようだが、最初に狙った方を追い始めた。

最初に狙った1頭を追いかけることにしたメスライオン。

3匹でバッファローを追いかけるライオン達

 追いつくか?と思われたけど、バッファローはなかなか逃げ足が早く、

結局、逃げ切った。

「あーあ、失敗しちまったわ」。手ぶらで戻って来るライオン。

百獣の王といえども、いつも成功するとは限らないのだった。見ていた私は狩りが失敗して残念なような、バッファローが死ぬ場面を見ずに済んでホッとしたような、複雑な気分。

メスライオン達は狩りに失敗していたが、その頃、サバンナの別の場所では、、、。

バッファローの足が落ちている。

さては、ライオンの食べ残しか?食べられてからそう時間が経っているようには見えない。ということは、近くにオスライオンがいるんだろうか?あたりをキョロキョと見回すと、いたいた。

 

 

満腹して熟睡中の様子。そりゃあ、あんな大きな獲物を食べればね。

太ももの1箇所にやたらとハエがたかっている。バッファローを倒したときに返り血を浴びた場所だろうか。

 

ライオンの興味深さは言うまでもないが、私が今回のサファリ旅行でとても興味を引かれたのはハイエナである。広大なサバンナで草を喰むアンテロープ達の間をハイエナ達がウロウロと歩き回り、獲物になりそうな個体を探している光景はとても印象に残っている。

獲物の品定めをするブチハイエナ (Spotted Hyena, Crocuta crocuta)たち

意外にも、草食動物達はハイエナが近づいてもすぐに逃げるわけではなく、ハイエナの動きに注意しながら草を食べ続けていた。ハイエナ達がお腹がぺこぺこで今すぐにでも狩りをしようとしているのか、それほどでもないのか、動き方で見極めているらしい。ハイエナの姿を見つけるたびにいちいち逃げていたらエネルギーを消費してしまうから、当然なのかもしれない。また、ハイエナ達もぶらぶら巡回することで、ケガをしている個体や子どもなど、捉えやすい個体がいないかをチェックしているようだ。

「よしっ、あれをやるか」

しばらく観察していたら1頭のイボイノシシが標的になった。しかし、逃げられ、ハイエナたちも遠くの茂みの中に消えていった。

と思ったら、しばらくしたら口に何か咥えて戻って来た。どうやら狩りには失敗したものの、ライオンの食べ残しを見つけたらしい。バリバリと音を立てて骨を噛み砕いている。ハイエナの噛む力は相当強いらしいもんね。

他のハイエナたちは暑かったのか、水たまりに行って腰を下ろした。

「ああ〜、ひんやりしてて気持ちいい〜」

嫌われ者のハイエナだけど、リラックスしているときはなかなかとぼけた表情をしてるな。

ハイエナって、どんな動物なんだろう?今、私にとって一番気になる存在かもしれない。

 

今回のケニア・サファリツアーの最後の目的地は、野生動物の密度が高いことで世界的に知られるマサイマラ国立保護区(Massai Mara National Reserve)だ。ケニア南西部に位置するこの保護区は、隣国タンザニアの セレンゲティ国立公園 とつながっている。マサイマラとセレンゲティは同じ生態系に属し、国境を挟んで広がる 「マラ・セレンゲティ生態系」 を形成している。

ナイヴァシャ湖からマサイマラ国立保護区までの移動は、途中にあるナロック(Narok)の町までは国道なので比較的快適だが、そこからは道路状態が急に悪くなった。道路の中央は陥没して穴だらけなので、路肩を走らなければならず、道路の真ん中を走れないなら何のための道路か、と思ってしまう。ナイヴァシャ湖からナロックまで約2時間半、そしてナロックからタレックゲート(Talek Gate)の近くの宿泊施設までさらに2時間半、合計5時間ほどかかって到着した。(ナロックでマサイマラ大学の学生たちがデモをやっていて、道路を塞いでいたせいもある)

マサイマラで私たちが泊まったのは、コテージタイプのロッジではなくテンテッドキャンプ(tented camp)と呼ばれるテント式のロッジ。自分で選んだわけでなくサファリツアーに組まれていたのだけれど、テントだとより自然と一体感がありそうで、楽しみだった。

泊まったテント式ロッジ

中は普通に快適

テントの中にはシャワースペースもある。蛇口を捻ってからお湯が出るのに5分くらいかかる。

レセプションやレストラン、バーなどのスペースもすべてテント。

テンテッドキャンプは雰囲気たっぷりでいい感じ。夜中にはハイエナの鳴き声が聞こえたりと「アフリカのサバンナにいる」感が味わえる。ただし、自然と一体化していると感じるほどではなく、ワイルドさにおいては今までに経験したパナマのツリーハウス風コテージコスタリカのジャングルの中のシンプルなロッジの方がすごかった。私たちが泊まったのは公園の外にあるテンテッドキャンプだったが、公園内のテンテッドキャンプ(より割高)なら、もっと直接的に野生の世界を感じられたのかもしれない。

マサイマラ国立保護区では保護区を流れるマラ川の支流、タレック川沿いにあるタレックゲートから入園し、2日間の終日サファリを楽しんだ。

タレック川。乾季なので水が少ない。雨季にはまったく違う景色になると思われる。

タレックゲート(Talek Gate)

マサイマラ保護区内はサバンナが広がりアカシアの木が点在する、野生動物ドキュメンタリーで見るアフリカの景色そのもの。およそ1,500㎢の敷地を数えきれないほど多くの野生動物たちが歩き、走り、食べ、休み、後尾をし、子育てをし、狩りをする姿が見られる、先進国に住む私たちにとって、まさに非日常の世界だ。

この記事ではマサイマラで見た草食動物を中心に紹介しよう。肉食動物に関しては後の記事で。

まず、大型のアンテロープ、トピ(Topi、Damaliscus korrigum) がたくさんいる。

トピの群れ

トピはツヤのある茶褐色の体をしていて、顔と肩、腰部がまるでアザができたかのように黒いのが特徴。

特定の個体がシロアリ塚などの小高い丘の上に立って見張りをしているのがあちこちで見られた。トピに典型的な行動だそうだ。

 

イボイノシシ (Warthog, Phacochoerus africanus)

目の下と頬のあたりに「イボ」のような突起があり、口から上に反り返るように牙が生えている。どことなく愛嬌のある顔だな。

背中には短いタテガミ。走るときにはしっぽをピンと立てる。イボイノシシは草食ではなく雑食だが、主に草や根、塊茎、果実を食べる。イボイノシシは脚も首も短いので、草を食べるときは前脚を曲げて跪くことが多いらしい。残念ながらその姿は見られなかった。できればじっくりと観察したい動物だ。

 

マサイマラにいるキリンは「マサイキリン (Massai Giraffe, Giraffa tippelskirchi)」

 

そして、マサイマラにいるダチョウは、マサイダチョウ (Masai ostrich, Struthio camelus massaicus)。ソマリダチョウと違い、首や脚がピンクっぽい。

 

ゾウが水を飲んだり草を食べるところをゆっくり観察することができた。

鼻で草を根っこごと引き抜いて、振って泥をある程度落としてから口に運ぶ。美味しいところだけ食べて、不味いところは落とす。

鼻をストローにように使って水を吸い上げ、一度鼻の中にためてから口に注ぐのね〜。

 

マラ川(Mara River)。 毎年、7月~10月にはヌーの大移動のクライマックスとなる 川渡り が見られることで有名だが、今の季節はヌーの姿はない。しかし、カバはたくさん。

マラ川にはワニもいる。

黄色っぽくて小さいから、これは若い個体かな?

ワニがカバに近づいて行った。ガイドさんによると、このカバはメスで、自分の前の水中に赤ちゃんを隠している。その赤ちゃんをワニは狙っているらしい。

カバの群れもすごいが、圧倒的だったのはバッファローの群れだ。

一体全部で何頭いたのか。これだけの数のバッファローが移動する様はとにかく圧巻だった。

 

     ナイバシャ湖のすぐ南にはヘルズゲート国立公園(Hell´s Gate National Park)という小規模の国立公園がある。

1984年に設立された「地獄の入り口(ヘルズゲート)」という怖い名前のこの国立公園は、東アフリカ大地溝帯(グレート・リフト・バレー) の一部を成し、火山活動によって形成された渓谷や岩の絶壁 が特徴である。これまで回って来た国立公園や保護区では基本的にサファリカーに乗ったままの観光だったが、ヘルズゲート国立公園は大型肉食動物が少ないので(いないわけではない!)、徒歩やサイクリングでも回ることができる。運動不足の日が続いていたので、サイクリングをすることにした。サルマックヴィレッジのヘルズゲート国立公園通り(Road to Hell´s Gate National Park)にある貸し自転車ショップで自転車を借りると、エルザ・ゲートまでは貸し自転車ショップのスタッフがバイクで自転車を運んでくれる。

エルザゲート

あらかじめルーカスさんがサイクリングツアーを手配してくれており、ここでもガイドさんがついた。でも、ここでのサイクリングにはガイドは特に必要ないと思う。

サイクリングにしゅっぱーつ。

ゴージロード(Gorge Road)と名付けられた道路を8km走り、ヘルズゲート渓谷(Hell´s Gate Gorge)を目指す。道路の左右には赤い岩壁が続き、晴れ渡った青空とのコントラストが素晴らしい。

岩は火山活動による玄武岩で、溶岩流の冷却によってできた柱状節理が水の侵食や風化によって露出し、荒々しい景観を作り出している。赤みがかっているのは酸化鉄(Fe₂O₃)を含むため。

道路の砂利には黒曜石が含まれていて、ところどころキラキラ光っていた。

サイクリングルートは片道8km 。道路のコンディションはそう悪くなく、傾斜も緩やかなのだけれど、古い安物の貸し自転車なので全然スピードが出ない。 途中、何ヶ所か自転車を降りてガイドさんの説明を聞くこともあり、たった8kmに1時間近くかかった。

さて、ヘルズゲートには、火山の噴火によって形成されたタワー状の岩がいくつかあり、見どころとなっている。その一つが、フィッシャーズ・タワーFischer’s Towerだ。

フィッシャーズタワー。発見者のドイツ人、フィッシャーにちなんで名付けられた。

高さ25mのこの岩は過去の大規模な火山噴火による溶岩の固まりで、周囲の地層が侵食され、硬い部分だけが残ってこのようなタワー状になった。

ロッククライマーにも人気。

岩のうえにロックハイラックス(Procavia capensis),がいた。

公園内のもう一つの有名な岩の塔、セントラル・タワー(Central Tower)

ヘルズゲート国立公園は、ハゲワシや猛禽類の生息地としても有名だ。

「あの岩の白っぽくなっているところにハゲワシの巣がありますよ」とガイドさんに言われ、目を凝らした。遠くてよく見えないので双眼鏡を目に当てる。

何羽かのアフリカハゲワシ(Rüppell’s Griffon Vulture, Gyps rueppelli) とおぼしき鳥が見えた。生まれたてのヒナというより、もうだいぶ大きくなっているようだ。

火山活動が活発なヘルズゲートは ケニア最大の地熱発電所 があるエリアで、地熱で温められた間欠泉や温泉 があり、地面のあちこちから蒸気が噴き出している。地熱エネルギーはナイロビなどの都市へ供給されている。

渓谷、ヘルズゲート・ゴージの入り口まで行ったら、自転車を停めてキャニオンウォーク。

ヘルズゲート・ゴージは、火山の噴火による堆積物(火山灰・軽石・火砕流)と、その後の侵食作用 で形成された渓谷だ。数十万年前~数千年前の大規模な火山噴火(主にロンゴノート山)で分厚く降り積もった火山灰や軽石(テフラ)から成る地層が水や風、そして地熱によって侵食を受けてできた。

火山灰の層には過去の噴火の記録が刻まれている。

この滝の水は実はお湯で、温泉水である。

この渓谷は映画『トゥームレイダー2』(2003年)のロケ地として使われたそう。

渓谷は奥に進むにつれ、狭くなっている。雨季には鉄砲水が発生することがあり、とても危険だ。2019年に観光客とガイドが突然の豪雨による鉄砲水に巻き込まれて亡くなるという事故があり、現在、危険なエリアにはロープが貼られ、一番奥まで行くことはできない。

ヘルズゲート国立公園はナイロビからのアクセスも良く、サファリ以外のアウトドアアクティビティを楽しめる場所として人気が高い。

素晴らしい体験ができたサンブル国立保護区を後にし、次に向かったのは、巨大な大地の裂け目、東アフリカグレート・リフト・バレー(大地溝帯) に位置する淡水湖、ナイヴァシャ湖(Lake Naivasha)だ。

ナイヴァシャ湖は首都ナイロビの北西約90km、標高約 1,884m にあり、ケニアで最も高い場所にある湖のひとつ。気候は赤道直下にしては涼しく、輸出用の花の栽培が盛んである。湖沿いにはたくさんのビニールハウスが並んでいた。

予定されていたここでのアクティビティはボートサファリである。ナイヴァシャ湖は水鳥の楽園 として有名で、約 400種以上の鳥類 が記録されているのだ。1995年にラムサール条約湿地に登録されている。

ボートに乗り込んだ。サンブルの暑い空気と比べると、とても爽やかだ。

湖の浅瀬にたくさんの枯れ木があるのが目に付く。ナイヴァシャ湖の水位は変動しやすく、2020年には過去50年間で最も水位が上昇し、湖の面積は154㎢から193㎢へと大きく拡大したという。つまり、枯れ木の立っているところは、数年前までは陸だったのだ。「ナイヴァシャ」とはマサイ語で「大きな、動きのある水」を意味するらしい。

いくつかのリゾート施設も水没してしまっている。ひゃー。

ナイヴァシャ湖は、リフトバレーが形成される過程で火山活動と地殻変動 によってできた盆地に水が溜まって形成された。特徴的なのは、出口がないのに淡水湖であることだ。出口のない湖は蒸発によって塩分が濃縮されて塩湖になるのが通常だが、ナイヴァシャ湖は地下水や湿地を通じて水が流出しているので、淡水湖のまま 保たれているのだという。湖とその周辺には多様な生態系が発達し、鳥類だけでなくさまざまな生き物が生息している。

たとえば、カバ。ナイヴァシャ湖には1500頭ものカバが生息し、湖の象徴的な動物とされているらしい。サファリカーに乗ったままライオンを間近で見ても怖いとは感じなかったが、カバだらけの湖でボートに乗るのはさすがに怖いものがある。なんといってもカバは体重1.5〜3トンもあるし、縄張り意識がすごく強くて攻撃的だという。ケニアにおける野生動物による死亡事故はカバとの遭遇によるものが一番多いそうだ。もちろん、ガイドさんはカバの習性を熟知しており、危険な距離まで近づいたりはしないだろうけれど、、、。

びっくりしたのは、浅瀬の水の中に立って魚釣りをしている人たちがたくさんいたことだ。カバが怖くないのだろうか?と思って観察していたら、しばらく後、なんらかの合図のようなものがあり、急にみんな岸に上がって走り去った。ボートサファリのガイドさんによると、「彼らがやっているのは違法なんです。ライセンスを持っていなければ漁業はできません。今、取り締まりの警察が来たので、急いで逃げたんですよ」とのことだ。ほとんどの人は上手く逃げたが、何人か逃げ遅れた人がいて、岸に上がるのは諦め、泳いで岸から離れようとしている。なんてこと。カバに気をつけてー。

すっかりカバに気を取られてしまったが、目的は野鳥。ボートサファリ中、いろいろな野鳥が観察できた。

カワウ (Great cormorant, Phalacrocorax carbo)。近くの木に大きなコロニーを作っていた。

魚を捕まえたヒメヤマセミ (Pied Kingfisher, Ceryle rudis)

モモイロペリカン (Great white pelican ,Pelecanus onocrotalus) 目の前でど迫力。

アフリカトキコウ (Yellow-billed Stork, Mycteria ibis)

キエリボタンインコ (Yellow-collored lovebird, Agapornis personatus)

ハダダトキ (Hadada ibis, Bostrychia hagedash)

さっきの違法な漁師の人から買った魚をガイドさんがボートから湖面へ放り投げると、すぐにサンショクウミワシ(African Fish Eagle, Haliaeetus vocifer)が取りに来た。

写真を撮れなかったけれど、他にもたくさんの野鳥を見ることができた。

さて、岸の方に目をやると、岸辺の水面にはホテイアオイ(Water hyacinth, Pontederia crassipes)がびっしり。 涼しげで綺麗だなと思ったけれど世界の侵略的外来種ワースト100の一つなんだってね。ここナイヴァシャ湖でも問題になっているらしい。

ウォーターバックがホテイアオイの葉をムシャムシャ食べていた。ウォーターバックは平気で水の中に入るからウォーターバックというのだと教えてもらった。ライオンなどの捕食者が接近したときに、サッと水の中に逃げる。でも、水の中にはカバがいるんじゃ?肉食のライオンと違って草食のカバは、縄張りに侵入して怒らせない限り大丈夫ということなのだろうか?とにかく、ナイヴァシャ湖付近にはウォーターバックがたくさんいてホテイアオイを食べてくれている。増殖のスピードの方が速そうだけれど。

 

ボートを降りた後は、別のガイドさんと一緒に湖の周りを歩き、陸の動物を観察した。ケニアではとにかく、何をするにもガイドさんをつけるように言われる。いろいろ説明してくれるのはありがたいけれど、その都度チップをお渡しするので、チリも積もればでそれなりの出費になる。

ウォーターバックのボス

ガイドさんによると、強いオスは水辺の良い場所に縄張りを持ち、メスの群れを引き寄せる。しかし、ずっとボス(territorial bull)でいられるわけではなく、チャレンジャーの他のオスが闘いを挑んで来ることがある。闘いに敗れるとボスは交代し、負けた元ボスは群れの外に追いやられるのだという。

「ウォーターバックの鼻のかたちはハート形なんですよ」と言われてよく見ると、

ほんとだ!かわいい。

バッファローもたくさんいた。レクリエーション客が普通に歩く場所なのに、危ない生き物たちが普通にいるなあ。

地面のあちこちに大きな穴が空いていた。「イボイノシシがシロアリ掘り出して食べるんです」

これはカバの寝ぐら。糞でマーキングしてある。昼間は水の中にいるカバたちは、日が暮れると岸に上がって来る。のっそりしてそうな体型だけれど、陸に上がると意外とすごいスピードで歩く動くらしいのだ。

カバの足跡があった。4本の指の跡がくっきり。ナイバシャ湖の湖畔にはロッジが並んでいる。夜間にロッジの敷地を出て、湖の周りをウロウロするのは危険だ。サファリガイドさんの言うことを聞かずに勝手に出かけた観光客がカバに襲われて亡くなったケースがあるらしい。おお、こわこわ。ほんと、カバには気をつけよう。

 

 

 ケニアで訪れた3つ目の生物保護区、サンブル生物保護区(Samburu National Reserve)は、前日に滞在したオルペジェタ生物保護区(Ol Pejeta Conservancy)から、ケニアの地理的中心とされるイシオロ(Isiolo)の町を通過し、北東に150kmほど移動したところにある。イシオロの町には、服装からムスリムとわかる人がとても多かった。サンブル族、ボラナ族、トゥルカナ族、ソマリ族などの民族が暮らしているが、特にムスリムのソマリ系の住民が多く、また、ナイロビと北部の都市を結ぶ交通の要所で、エチオピアやソマリア方面との交易の拠点でもあることから、イスラム文化が根付いているらしい。

ケニア山周辺の緑多い景色から一転して、窓から眺める景色は乾燥した大地となり、民家もまばらになっていった。ルーカスさんによると、朝晩は気温が下がり比較的過ごしやすいケニア南部と比べ、ケニア北部は反砂漠気候でとても暑いとのこと。

サンブル国立保護区は行政区画サンブル郡にあり、隣接するイシオロ郡のバッファロースプリングス国立保護区(Buffalo Springs National Reserve)シャバ国立保護区(Shaba National Reserve)と共に、総面積およそ600㎢の繋がりのある生態系を形成している。「サンブル」という名前はこの地域に古くから住んでいるサンブル族に由来する。サンブル族は、マサイ族と近い関係を持つナイル系の牧畜民族で、伝統的に牛やヤギ、羊を飼いながら半遊牧生活をしている。文化や言語もマサイ族に似ている。サンブル生物保護区の特徴は、野趣溢れる美しい景色と、「サンブル・スペシャル・ファイブ」と呼ばれる独特な野生動物だ。

サンブル・スペシャル・ファイブとは、

  1. グレビーシマウマ(Grevy’s Zebra) 一般的なシマウマよりも体が大きく、縞模様が細かい。
  2. アミメキリン(Reticulated Giraffe) 体にくっきりとした網目模様がある美しいキリン。
  3. ソマリダチョウ(Somali Ostrich) Blue-necked ostrichとも呼ばれる首と大腿が青味がかったダチョウ族の一種。
  4. ゲレヌク(Gerenuk) 首が長く、後ろ足で立って木の葉を食べる珍しい草食動物。
  5. ベイサオリックス(Beisa Oryx) まっすぐ伸びた角を持つ美しいアンテロープ。

さて、果たしてこれらを見ることはできるだろうか。

 

サンブル国立保護区の方が知られているのでタイトルにはサンブル国立保護区と書いたが、実は私たちが滞在したのロッジはエワソ・ニーロ川(Ewaso Ng’iro River)を挟んで南側にあるバッファロースプリングス国立保護区内にあった。生態系も生息する動物も川の北側と南側で変わりないが、運営が違うので両方でサファリをする場合には入場料が2倍かかってしまう。そういう事情で、私たちがサファリを楽しんだのはバッファロースプリングス国立保護区である。

エワソ・ニーロ川沿いに立つロッジのベランダからの眺めは素晴らしかった。ヒヒの群れが水浴びをしに川へと向かっている。

プールからはゾウの家族がゆっくりと歩く姿を眺めることができた。夢のよう。

ロッジの敷地内にはジリスやコビトマングースがいた。

ジリス (Ground squirrel)

コビトマングース (common dwarf mongoose, Helogale parvula)

今回のケニアでのサファリ旅行を通じて少し残念だったのは、観光客が自由に歩けるのは基本的にフェンスに囲まれたロッジの敷地内だけなこと。サファリでは車に乗っているだけなので運動不足になってしまうし、自然の中を散歩したいという欲求があった。でも、町ならともかく、生物保護区には危険な生き物がたくさんいるのだからしかたがない。

さて、いよいよサファリの時間である。

バッファロースプリングス国立保護区。

早速、見つけた!

これが赤道以北でしか見られない、グレビーシマウマ (Gravy´s zebra, Equus grevyi)。確かにシマが細かくて、見ていると目が回りそう。お腹の部分には模様がなく、白い。

オリックスの群れがいた。向こうに見えるのはアミメキリン?

ベイサオリックス (East African Oryx, Oryx beisa)

真っ直ぐ伸びた長いツノ、前脚には黒い帯模様。顔はかなり牛っぽい。

赤ちゃんオリックスもいた。

お母さんが来て、体をきれいにしてくれた。

アミメキリン (Reticulated giraffe, Giraffa reticulata) 

トゲトゲのアカシア上手にしごいての葉っぱだけ取って食べている。

ケガして治った跡?

こちらはゲレヌク (Gerenuk, Litocranius walleri)の親子。ほんと、首が長い。

そして、スペシャル5の5つ目は、ソマリダチョウ (Somali Ostrich, Struthio molybdophanes)。

「ダチョウ」と付くけどダチョウではなく、ダチョウ属に属する別の主だそう。

オス

メス

ここでしか見られないスペシャル5、あっさり全部見れてしまった!が、バッファロースプリングスで見られるのはこれらにとどまらない。翌日のサファリではさらなる感動が待っていたのである。

その2に続く。

前回の記事に書いたように、今回のケニアでのサファリ旅行の行程は現地のサファリ会社、Meektrails Safariに組んでもらった。ナイロビ到着が夜遅くだったので、到着日は空港近くのホテルに泊まり、翌日の早朝にスタッフにピックアップしてもらい、清算を済ませたらドライバー兼サファリガイドのルーカスさんと最初の目的地、アンボセリ国立公園(Amboseli National Park)に向けて出発した。

アンボセリ国立公園は、ケニア南部、タンザニアとの国境近くに位置する国立公園で、タンザニアに位置するキリマンジャロ山をバックに野生動物が見られることで知られている。ナイロビからの距離は240km なので2、3時間で着くかと思ったら、ケニアは道路のコンディションが良くないので、4時間半ほどかかった。でも、アンボセリ国立公園までの道は良い方。エリアによっては相当凸凹な場所も少なくないので、車酔いしやすい人にはキツイかな。酔い止めを持参するのをお忘れなく。

国立公園や生物保護区以外の場所でも野生動物の姿は見られる。写真はナイロビからアンボセリ国立公園へ行く途中に車の中から撮ったもの。シマウマやキリンが普通に道路を横断したりする。

まずは公園近くのロッジにチェックインし、昼食を取ってしばらく休憩。ロッジの敷地内にも、いろいろな生き物がいて楽しい。

シママングース (Banded Mongoose, Mungos mungo)

 

ロックハイラックスの仲間Bush Hyrax, Heterohyrax brucei 

 

サバンナモンキー (Vervet monkey, Chlorocebus pygerythrus)

さて、少し休憩したらガイドのルーカスさんと共に私たちの初のサファリ(英語ではgame driveと言う)となる午後のサファリに出発だ。

このキマナゲートから入園し、この夕方と翌日の二日間、たっぷりとサファリを楽しむことになる。

標高約1,150mにあるアンボセリ国立公園は、1974年に設立され、1991年からは生物圏保護区に指定されている。面積392㎢の公園内には乾燥した平原、湿地、アカシア林、塩類平原などの多様な環境があり、多様な生き物が生息している。

特に個体数が多いのはレイヨウ(Antelope)で、いろんな種を目にした。

トムソンガゼル (Thomson´s Gazelle, Gazella thomsonii) 側面にクッキリとして焦茶のラインがあるのが特徴。

グランドガゼル (Grant`s Gazelle, Nanger granti) トムソンガゼルよりも大きい。

インパラ (Impala, Aepyceros melampus)。トムソンガゼルやグラントガゼルと違い、メスにはツノがない。

ディクディク (Kirk-Dikdik、Madoqua kirkii) 小さくて目がパッチリで可愛い

オグロヌー (Wildebeest, Connochaetes taurinus) これはメスかな?

もちろん、キリンもいる。キリンは動物園では見慣れた生き物だけれど、草原をゆっくりと移動する姿は本当に優雅で見惚れてしまう。それにしても、つくづく不思議なかたちをした生き物だ、と感じる。

アンボセリ公園で見られるのはマサイキリン (Masai Giraffe, Giraffa tippelskirchi) 。体の模様がギザギザしていて、その他の部分も黄色っぽい。

グラントシマウマ (Grant´s zebra, Equus quagga) 体型はロバに近い。子どものシマウマはシマシマが茶色っぽい。

 

砂浴びをする子どものアフリカゾウ (African Elephant, Loxodonta africana)

個体数およそ1,600頭と推定されるゾウは公園内の至るところで見られるが、特にオル・トカイ湿地(Ol Tukai Swamp)では水浴びをする姿が見られてとてもよかった。

水辺にはカバ (Hippopotamus, Hippopotamus amphibius)の姿も。昼間はこうして水場でグダグダしてるが、実は意外に活発で、かなり凶暴らしい。

サバンナヒヒ (Olive, Baboon, Papio anubis)の家族

サバンナヒヒ (Olive Baboon, Papio anubis)の群れ

そして、なんと草むらを歩くライオンの姿も見られて大感激。

こんなにたくさんの野生動物が見られるなんて、期待以上である。哺乳類の他に野鳥もたくさん見たのだけれど、野鳥については別記事でまとめたい。

国立公園ではサファリ客がサファリカーから降りることは禁じられており、サファリカーに乗ったまま、窓またはポップアップした屋根の下から動物を観察するのが原則だ。しかし、一部の特定の場所またはエリアでは車を降りてピクニックをしたり、歩いたりできる。

オブザベーションヒル(Noomotio Observation Hill)の下でサファリカーを降りて、丘を登る。遊歩道の途中には立て看板がいくつかあり、アンボセリ公園の地質やアフリカの最高峰キリマンジャロ山などについての説明を読むことができる。しかし、雲が多かったため、アンボセリ国立公園のウリである肝心のキリマンジャロ山の姿は拝むことができなかった。ちょっと残念だけれど、これだけたくさんの野生動物が見られたのだから、まあ、いいか。

丘の上から公園を見渡す。

大満足してサファリを終え、ロッジに戻ろうとしたところ、出口付近の道路脇からゾウが出て来た。至近距離で大迫力。このゾウはアンボセリ国立公園で最も年長のオスゾウだそう。恒例だからか、丸太を乗り越えるのに苦労しているように見えた。

もうずいぶん長いこと、「いつかアフリカへサファリ旅行に行きたい」と思っていた。サファリができるアフリカの国はかず多くあり、そのどこへ行くのが良いのか、最適な季節はいつかなど考えることが多く、なかなか決まらないでいたのだけれど、このたび晴れてサファリ旅行を実現することができた!わーい。

選んだのは、結局、サファリ旅行の目的地として最もポピュラーな国の一つ、ケニア。決定的だったのは、私たちは可能ならば1月もしくは2月に、寒くて暗いドイツの冬を脱出して暖かい国でサファリをしたいと思ったこと。多くのアフリカの国では1〜2月にかけては雨季でだが、ケニアやタンザニアは短い雨季の後の短い乾季に当たり、比較的天候が安定しているという。また、この時期は動物たちの出産シーズンで、動物の赤ちゃんを見るチャンスが多いと読み、この2つの国を比較検討した。ケニアの方がタンザニアよりも料金が安めだったので、ケニアに決めた。

国が決まったら次は旅のルートである。ケニアには国立公園や野生動物の保護区が数多くある。南西部、タンザニアとの国境近くに位置する有名なマサイマラ国立公園は外せないとして、他にどこをどういう順番で回ればいいだろう?ガイドブックを買って来て調べ始めたけれど、情報量が多くてなかなか考えがまとまらなかったので、ネットで調べてレビューの良い現地のサファリツアー提供会社、Meektrails Safari社に問い合わせてみることにした。10日くらいの日程で、という条件を出したら、次のようなルートを提案してくれた。

 

Day 1       ナイロビ空港でピックアップ、そのままアンボセリ国立公園(Amboseli Nationalpark)へ。夕方、公園内をドライブサファリ。

Day 2   終日、アンボセリ国立公園でドライブサファリ。

Day 3   オル・ペジェタ野生動物保護区(Ol Pejeta Conservancy)でドライブサファリ。保護区内にあるチンパンジーの保護施設およびサイの保護施設を訪問。

Day 4   サンブル国立保護区(Samburu National Reserve)へ移動。午後、 保護区内でドライブサファリ。

Day 5      終日、サンブル国立保護区でドライブサファリ。

Day 6     ナイヴァシャ湖(Lake Naivasha)へ移動。ナイヴァシャ湖でボートサファリ。

Day 7  ヘルズゲート国立公園(Hell´s Gate National Park)でサイクリング。

Day 8 マサイマラ国立公園(Masai Mara National Park)で終日、ドライブサファリ。

Day 9     マサイマラ国立公園で終日、ドライブサファリ。

Day 10    ナイロビ国際空港へ送迎。

 

ケニア南部の主要な国立公園や野生動物保護区をおおむねカバーするルートだ。私と夫、二人だけのプライベートツァーで、移動はサファリガイド兼ドライバーのスタッフが運転する四駆のバン(サファリ用に屋根がポップアップする仕様)とのこと。

特に不安な点はなかったので、このサファリ会社にお願いすることにした。申し込み時にデポジットとしてツアー料金の1/3を振り込み、残りは現地に行ってから支払うことになる。料金は季節によって変動があると思うけれど、2月は往復の飛行機代抜きの現地出発ツアーで、一人1日あたりおよそ250ドル。移動費用と宿泊費、食事3食と飲料水、そして国立公園への入園料が含まれている。

観光客としてケニアに入国する場合、ビザが必要だ。こちらのサイトでeVisaを申請できる。予防接種の義務はないけれど、最低でも破傷風のワクチンは接種しておいた方が安心。私は成人用の3種混合ワクチンを10年ごとに受けているので、その他に追加の予防接種は受けなかった。マラリアに関しては、滞在日数が少なく蚊の少ない乾季なのに、予防薬を内服して副作用で辛い思いをすることになったら旅の楽しみが半減してしまうと思い、予防薬は飲まないことに。もちろん、熱帯用の虫除けスプレーはたっぷりと持参した。

 

アフリカでのサファリは初めてなので、予習が必要。以下の本やポッドキャストが役立った。

ヒサクニヒコ 『サファリへ行こう 東アフリカのサバンナ実践ガイド

ポッドキャスト Yuka on Safari

 

次回以降の記事ではそれぞれの国立公園(または保護区)についてまとめる。

ノルウェー旅行記の第二弾は、ヨトゥンハイメン国立公園(Jotunheimen National Park)での山登りについて。

ヨトゥンハイメン国立公園は首都オスロから北西に300kmほど移動したところに広がる山岳地帯。オスロから拠点となるロム(Lom)の町までは車移動で4時間から4時間半かかる。

地形が複雑なノルウェーでは移動にとても時間がかかる。今回のノルウェー旅行は1週間という短い日程だったので、内陸部のジャコウウシが見られるドブレフエル国立公園(詳しくはこちらの記事を)とヨトゥンハイメン国立公園とフィヨルドの両方を見るのは時間的に難しかった。何を優先しようか迷った末、今回はフィヨルドはパスして山地へ行くことにした。その理由は、「氷河が見たかったから」。

いくつかの過去記事に書いているが、北ドイツに住んでいる私にとって、氷河は特別な意味を持つ存在なのである。というのは、北ドイツはかつて氷河に覆われていた。今も風景の至るところにその痕跡を認めることができる。北ドイツの平野に転がっている石の大部分は氷河によってスカンジナビアから移動して来たものだ(過去記事: 氷河の置き土産 北ドイツの石を味わう)。それらの石を眺めるたびに、「これらの石を運んで来た氷河のパワーはどれほどのものだったんだろう?」と考えてしまう。ヨトゥンハイメン国立公園には北欧最高峰のガルフピッゲン山(Galdhøpiggen)があり、登頂するのにはいくつかのルートがある。その中に氷河を横切るルートがあると知り、ぜひやってみたいと思ったのだ。

出発点となるのは標高1851メートルの高さに位置する山小屋、Juvasshytta。ヨトゥンハイメン国立公園への拠点となるLomの町から山道を車で35分ほど登ったところにある。Lomは緑深い森に囲まれているが、山道を登る途中で森林限界を越え、Juvasshyttaに着いたら、そこはまったくの異世界だった。

Juvasshytta。世界一標高の高い宿泊施設だそう。

山小屋は氷河湖Juvvatnetに面している。

グレーと白とブルーのコントラストが綺麗。

うわー、迫力!

Juvasshyttaは、山小屋と呼ぶのに似つかわしくないほど快適だった。

食堂からの眺め

部屋からの眺め

向こうに見える3つのピークのうち、一番右がガルフピッゲン山。宿から山頂までは片道およそ3時間、頂上での休憩も含め、往復で7時間ほどかかるという。北欧最高峰といっても標高2,469mでそれほど高くないけれど、日頃から山に登り慣れているというわけではないし、氷河をわたるという特殊なシチュエーションなのでドキドキである。氷河渡りは危険を伴うので、プロのガイドなしで渡ってはいけない。Juvasshyttaが提供するツアーに申し込む必要がある(申し込みはこちらから)。

 

山小屋からガルフピッゲン山頂までのルートは3つのステージから成る。

1つ目のステージは、山小屋から氷河まで(上の地図の黄色い線)。距離は3つのステージの中で一番長く、所要時間は平均でおよそ1時間。2つ目のステージは氷河上の移動(水色の線)で、渡りきるのに大体45分から50分かかる。最後のステージで急な坂を山頂まで登る(赤い線)。地図上で見ると距離が短いけれど、3つのステージの中で最もハードでさらに1時間ほどを要する。

尾根づたいに登る

私は氷河を渡ることに特に不安はなかったが、ふだん平地に住んでいてキツい斜面は登ったことがないので、最後のステージをやりきれるか、自信がなかった。それに、特別山に登りたかったわけでもなく、氷河が渡れればそれでよいという気持ちだった。しかし、氷河を渡ったところでグループから抜けて自分だけ引き返すという選択肢はなく、ツアーに参加するからにはなにがなんでも山を登り切らなければならない。

幸い、当日はまずまずのお天気だった。でも、山は天気が変わりやすいし、ガルフピッゲンでは8月でも普通に雪が降るので、しっかりとした登山靴と冬の服装(手袋、帽子含む)が必須。氷河の上は眩しいのでサングラスもあった方がいい。ランチ、飲み物も各自持参である(ランチ代を払えば、山小屋の朝食ビュッフェから好きなものをお弁当に持っていくことができる)。ガイドさんの説明を聞き、ハーネスを装着して、午前10:00に山小屋を出発した。

第一ステージ

山小屋から氷河までの第一ステージは傾斜が緩やかだけれど、ゴツゴツと角ばった石の上を歩くので、歩きやすいとはいえない。うっかり足を挫いたりしないように注意が必要だ。このステージは各自のペースで歩いてよいが、一定時間以内に氷河まで辿り着く必要がある。1時間半経っても辿りつかない場合は、みんなと一緒に山頂まで登る能力がないとみなされ、山小屋へ引き返すように要請されるとのことだった。この日は参加者全員がほぼ1時間で第一ステージを歩き終えた。いよいよ氷河渡りだ!

氷河に着いたら、装備を装着する。

靴にクランポン(アイゼン)を装着。装備はツアー代金に含まれている。

腰に装着したハーネスのカラビナをロープの結び目に引っ掛けて、全員が1本のロープで繋がった状態で氷河を渡る。

第二ステージ、しゅっぱーつ!

渡る氷河の名前はStyggebreen氷河といい、現地の方言で「危険な氷河」という意味だそうだ。ガイドさんによると、雪がたくさん積もっているとクレバスが見えないのでとても危険だけれど、夏場の今は雪がなくて氷だけなのでクレバスの位置がわかるからそれほど危険ではないらしい。とはいっても、ガイドなし、装備なしで渡るのはダメ。

クランポンをつけていれば、氷の上を歩くのは難しくなかった。ただ、ロープで繋がっていると前後の人と常に歩調を合わせなければならないので、その点で少し緊張する。お天気はよかったのだが、氷河が流れている場所は谷なので風が強く吹きつけ、氷の粒が顔を叩いた。

氷河を無事渡り終え、いよいよ第3ステージである。

この岩崖をよじ登る。

第3ステージでは300メートルを超える急登だ。一部、幅がすごく狭いところがあって、左右は崖なので、高所恐怖症の人にはキツいかもしれない。でも、途中で休憩できるようなスペースはないし、目の前の岩をよじ登るのに背一杯で、崖の下を見下ろしている余裕はそもそもない。前にも後ろにも人がいるのでもたもたするわけにもいかず、一気に登った。

もうすぐ山頂

 

着いたー!!

Galdhøpiggenは周囲を氷河に囲まれている。すごい眺めだ。これを見られたのだから、登った甲斐があった。

 

雄大な眺めをたっぷりと堪能!と言いたいところだけど、山頂はやはりかなり寒いので、石造りのロッジに入ってお弁当のサンドイッチを食べ、暖を取った。45分ほど休憩したら下山だ。

登るよりも降りる方がむしろ大変。

 

そして再び氷河渡り。行きよりも氷が溶けていた。

氷河を渡り終わって、やれやれ、あとは山小屋へ戻るだけ、もうハイキングは終わったようなものだと思ったのだけれど、この時点ですでに足がけっこう疲れてもつれて来たので、石ころだらけの道を戻るのは難儀だった。

ぴったり7時間でJuvasshyttaの暖かい部屋に到着。やりきったー。

子どもの参加者もいたし、ガイドさんは二人とも若い女性だったし、私でも登れたのだから難易度が高いわけでもなく、健康な人なら誰でも登れる山だと思う。でも、氷河を渡るという新しい体験ができたし、「北欧最高峰を登頂した」のだと思うとやっぱりちょっと特別な気持ちがする。

そして、登るのはそこまでハードではないとはいえ、危険がないわけではない。私たちが登った日は幸い、お天気に恵まれたけれど、悪天候になって視界が悪くなれば、崖登りのハードルはその分上がるだろうし、寒いのが苦手な人は防寒対策をしていても辛いかもしれない。それと、山頂のロッジにはトイレはない。7時間に渡るハイクの途中、木も生えていなければ茂みもないので、ちょっとその辺でというわけにもいかない。この点は要注意!

 

 

 

 

 

ヨーロッパに住むようになって、34年。ヨーロッパはかなり回っているけれど、未踏の地はまだまだある。今回、初めてノルウェーに行って来た。

せっかく夏のノルウェーへ行くなら、オスロだけでなく自然を楽しみたい。しかし、ノルウェーは広い。いったいどこから手をつけたら良いものか。考えていたら、ノルウェー育ちの若い女性がいくつか提案をしてくれた。そのうちのひとつがドブレフエル国立公園(Dovrefjell-Sunndalsfjella-Nationalpark)だ。ノルウェーに数ある国立公園の中で彼女が特にこの公園を勧めてくれたのは、「野生のジャコウウシを見ることができるから」だという。

ジャコウウシと聞いて、飛びついた。実は、半年ほど前から探検家の角幡唯介氏のグリーンランド探検の本にどハマりしている私。角幡さんの本の中で幾度となく登場するジャコウウシに興味を抱くようになっていたのだ。ノルウェーにもジャコウウシが生息しているとは知らなかった。ドブレフエル国立公園はノルウェーで唯一の野生のジャコウウシの生息地だという。公園内にはMusk Ox Trailというハイキングルートがあり、ジャコウウシに遭遇するのはさほど難しくないらしい。でも、確実に見たければガイドツアーに申し込むべしとのことで、近郊の町オップダール(Oppdal)発のこちらのツアーに申し込んだ。

ツアーの所有時間は、ジャコウウシがどこにいるかによって変わり、4〜8時間。公園の入り口があるヒエルキン(Hierkinn)という小さな集落から(オップダールからヒエルキンまでは各自、マイカーで移動)ガイドさんの誘導でジャコウウシを探して歩いた。

ノルウェーではジャコウウシの化石が見つかっており、2万年ほど前にはジャコウウシが多く生息していたことがわかっているが、氷河期に絶滅してしまった。カナダやグリーンランドから移入の試みが行われては失敗を繰り返し、1947年にグリーンランドから移入された21頭から繁殖し、定着した。現在、ドブレフエル国立公園には推定250〜300頭がいるという。一時は約350頭にまで増えたが、密度が高くなり過ぎたため一部がスェーデンへ移動し、そこでさらに繁殖しているそうである。

ドブレフエル国立公園の自然環境はツンドラだ。夏には地面が解けて湿地帯のようになるが、その下は永久凍土である。「ツンドラ」とはノルウェーの少数民族サーミ人の言葉で「木のない平原」を意味するらしいが、実際、ところどころに白樺が見られる以外、木は生えておらず、灌木と草と苔と地衣類が表面を覆っている。

2時間ほど歩いたら、Snove川の向こうにジャコウウシの姿が見えてきた。川を渡って(橋はないので、飛び石で)、双眼鏡でよく見える距離まで近づいた。ジャコウウシは適切な距離(最低200m)を守って観察する分には人間を攻撃することはないそうだ。でも、うっかり近づき過ぎると、首を振ったり、蹄で地面を引っ掻いたりなど威嚇のサインを発する。体重400kg、走る速さは最大時速60kmだというんだから、体当たりされたらひとたまりもないだろう。オス同士がツノを突き合わせて激しく戦うと、頭突きの衝撃で認知症になってしまうこともあるという。

そこには、オス1頭、メス3頭と子どもが2頭、全部で6頭の個体がいた。ガイドさんによれば、数キロ離れた場所にさらに5頭がいるらしい。

長い毛が風に靡いている。長い毛の下にはキヴィアックと呼ばれる短いフワフワの産毛があり、それが良い断熱材となるので極寒の地でも生きられる。ただし、防水性はないので、雨が降り続けて体が濡れると、子どものジャコウウシは肺炎を起こして死んでしまうことがよくあるそうだ。

あちこちの低木にジャコウウシの産毛が絡まっている。採っても構わないとのことだったので、少しもらって行くことに。

キヴィアック

フワッフワに軽く柔らかい。「ジャコウウシ (Musk Ox)」の名は繁殖期のオスが分泌する強い匂いが由来なので、匂うかなと思って嗅いでみたけれど、特に何の匂いもしなかった。ちなみにジャコウウシはウシ科の生き物ではあるものの、近縁はヤギだそう。

私たちに観察されても特に気にしていないようで、ゆっくりと草を食べている。

ずーっとムシャムシャやっている。1回の食事に大体4時間くらいかかり、食べ終わったら4時間くらい寝て、また4時間かけて食事、、、というのを繰り返すそう。

1頭は川を往復していた。

食べ終わったので昼寝タイム。

私たちが遠くから観察していてもまったく気にしていない様子だったが、一度、近くの道を観光バスが通り過ぎたとき、集まって塊になった。危険を感じるとこうして子どもたちを真ん中に入れてみんなで守るのだそう。

持参したサンドイッチのお昼ご飯を食べながらジャコウウシたちを40分ほど観察し、来た道を引き返した。結局、この日のツアーは5時間ちょっと歩くツアーとなった。たくさん歩いてくたびれたけど、目的を果たすことができて満足満足。ガイドツアーに参加すれば99%の確率で遭遇できるらしい。ジャコウウシはパッと目の前に現れてサッと逃げてしまうような生き物ではないので、じっくり眺めることができるのがいいね。

 

ここからはおまけ。

ツアーの後、車を止めてあったヒエルキンの駐車場近くにある展望小屋、Viewpoint Snøhettanに寄ってみた。丘を1.5kmほど登ると、片側の壁一面がガラス張りのウッドキャビンがあり、ドブレフエルの山並みを一望することができる。

ウッドキャビン内部。寒い日でもパノラマビューが楽しめる。

素敵なキャビンだけど、この日はお天気が良かったので、小屋の中からガラス越しで景色見るよりも外で見る方がいい。

ドブレフエルの最高峰、スノヘッタ山が綺麗に見えた。氷河の成長によってえぐられてできた圏谷(カール)の迫力がすごい。

 

この記事の参考サイト:

ドブレフエル国立公園ウェブサイト

 

 

イタリアのドロミテへ行って来た。東アルプスに属する山岳地帯ドロミテは2009年にUNESCO世界遺産に登録され、ハイシーズンにはかなり混雑するらしいが、6月上旬はシーズンには少し早く、滞在したのがPie Falcadeという小さな村だったこともあり、とても静かだった。この数年、すっかりジオ旅行にハマっているけれど、今回の旅は友人と会うのが主な目的で、滞在場所も友人が決めてくれたので、ほとんど下調べをせずに現地入り。それでも、軽くハイキングしてドロミテの自然の雄大さを感じることができた。

Passo di Valles峠からCol Margheritaハイキングルートを歩き、途中で振り返ったところ

 

途中の山小屋レストランRifugio Lareseiのテラスからモンテ・ムラツ方面を眺める

ドロミテの名は、18世紀末、この地方を訪れたフランス人地質学者デオダ・ドゥ・ドロミューDéodat Guy Sylvain Tancrède Gratet de Dolomieu)が、新しい岩石を発見したことに由来する。カルシウムとマグネシウムから成るその岩石はドロミューの名に因んで「ドロマイト(苦灰岩)」と名付けられた。うすい灰色をしたドロマイトは、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸が衝突してアルプス山脈を形成する以前に、両大陸の間にあった熱帯の浅い海海に堆積した石灰岩中のカルシウムがマグネシウムに置き変わることでできたものだ。

そうしてできたドロマイトは長い年月の間に氷河や風、水で浸食を受け、尖峰を代表とする特異な自然美を作り出している。

というところまではドロミテへ行く前にもなんとなくは知っていたけれど、実際に現地に行ってみると、「ドロミテはドロマイトでできた山」なんていう単純な説明で片付けられるような場所ではないことがわかった。その成り立ちはものすごく複雑そうだ。ほんの数日、ハイキングしたりドライブしながら景色を見ただけでも風景の多様さに驚かされる。ドロマイトは海洋性の堆積岩だが、そのほかに斑岩など明らかに火山性のものも多く目にした。一体ここはどうなっているのだろう?

ダイナミックに褶曲した地層

パネヴェッジョ湖 (Lago di Paneveggio)の北側の山の岩も気になる

景色に圧倒されて、帰る前にざっくりとでもドロミテの成り立ちを把握したくなったので、プレダッツォ(Predazzo)という町にあるドロミテ地質学博物館(Museo Geologico delle Dolomiti in Predazzo)へ行ってみた。

田舎の公民館のような建物が地質学博物館

ドロミテの地質学博物館がなぜこの小さな町にあるのかというと、ここがドロミテの地質学研究の発祥の地であるかららしい。現在、この博物館が建っている場所から数十メートル離れたところには、かつて、”Nave d’Oro” (Golden Shipの意)という名のホテルがあった(現在は取り壊れていて存在しない)。19世紀、各国から地質学者たちがやって来てNave d’Oroに集い、ドロミテ山塊の調査を行ったのである。

ドイツの地質学者・博物学者、アレクサンダー・フォン・フンボルトもここで調査をおこなった。

ベルリン出身の研究者、Fedor Jagorのノートブック

北のリエンツァ川、西のイザルコ川およびアディジェ川、南のブレンタ川と東のピアーヴェ川に囲まれたドロミテはいろいろな分け方があるようだが、この博物館の展示によると、ドロミテ山塊は9つのエリアに分けられる。

それぞれのエリアごとに地質学的特徴が異なり、やはり「ドロミテとは〇〇」とひとまとめに語ることは無理があるようだ。私たちが滞在したPia Falcade村は①と②と③の間、つまりドロミテのど真ん中に位置している。

1階フロアにはドロミテの各地に特徴的な岩石が展示されている。

ドロミテの岩石と地層は、海における堆積物の堆積と火山活動、そして造山活動という異なるプロセスを経て形成されて来た。

Dolomia principale

ドロミテ地方全体に見られる、ドロマイトが大部分を占める岩石層 、Dolomia principale(ドイツ語ではHauptdolomit)は、中世代後期三畳紀(約2億3700万年前から2億130万年前)の浅い海に堆積物が積み重なって形成されたもの。厚いところでは2200 mにも及ぶ。この時期にはさまざまな海洋生物や陸上生物が進化し、繁栄した。化石化したそれらの遺骸を含むドロミテの地層は、その後の新生代に起こったアルプス造山運動によって海面から高く押し上げられ、地表に露出した。山なのに海の生き物の化石が見つかるのはそのためである。

かつて、ドロミテの明峰ラテマール山は環礁だった

 

かつては環礁だったラテマール山の地層中に見つかった化石

魚の化石

 

ドロミテのあちこちで火山岩を目にする理由もわかった。上述のようにドロマイトが形成される以前のペルム紀は火山活動が非常に活発な時期だった。ドロミテでおよそ2億8000万年前に始まり2000万年間も続いたスーパーヴォルケーノの噴火活動は直径70kmにも及ぶボルツァーノカルデラを形成し、2000km2を超える広大な地域に大量の火山性堆積物を積らせたのだった。ドロミテの火山岩のうち特に多い石英質斑岩は、ドロミテの多くの町の石畳に使われている。

以上は博物館の展示(イタリア語、英語、ドイツ語の3ヶ国語対応)と、博物館ショップで買ったドロミテの地質史の本からわかったこと。でも、ドロミテの地質史はとても複雑で、ドロミテ地方のごく一部を見ただけで全体について把握するのはかなり難しい。ショップで買った本はよくまとめられているように思うのだけれど、残念ながらイタリア語版しかなく、GoogleLensをかざしてドイツ語に翻訳しながら読んだので、正確に理解できたかどうかは、ちょっと自信がない。でも、今後のさらなる理解のためにわかった分だけでもまとめておこうと思った次第。

 

ドロミテのジオパークGeopark Bletterbachの記事に続く。

 

この記事の参考文献:

Emanuelle Baldi (2020)   “Dolomiti    La Formazione di una Meraviglia della Natura

UNESCO  パンフレット ドロミテ

 

およそ3週間に渡るコスタリカ旅行が終わろうとしている。最後の滞在地に選んだのは、コスタリカ北部に位置するポアス火山国立公園(Parque Nacional Volcán Poás)だった。その中心となるポアス火山は、標高2,697mの成層火山で、コスタリカの火山のうちで最も噴火活動が活発な火山である。火口を間近に見られる数少ない活火山の一つだが、2017年4月の大噴火時には近隣住民や旅行者が避難するほどの事態となり、公園はしばらく閉鎖されていた。2018年9月からまた入場可能になっているので行ってみようと思ったのだ。

ところが、コスタリカに来てまもなくの頃、ローカルな食堂で食事をしていたら、店内のテレビがついていて、たまたまニュースが流れていた。なんと、ポアス火山の映像とともに、「ポアス火山は昨年12月より、断続的に噴火活動が続いています。危険防止のため、近々、公園は閉鎖されるかもしれません」と言っているではないか。すでに宿は予約してしまっているので、公園に入場できない事態になったら、予定を変更しなければならない。以来、ヒヤヒヤしながらこちらのサイトの情報をこまめにチェックしていた。

幸い、滞在予定日直前になっても公園は閉鎖されていなかったので、予定通り、向かうことにする。それまで滞在していたロス・ケツァーレス国立公園(Parque Nacional Los Quetzales)からは国道2号を北上し、首都サン・ホセを経由してさらに北上する。ロス・ケツァーレスからしばらくの間は山道を登るので、標高が高くなるにつれて視界に霧がかかり始めた。そしてそのうち、霧は厚い雲となった。

分厚い層雲が広がっている。これは、もしかして雲海というものでは?

さらに北上すると、ラ・チョンタ(La Chonta)という集落に国道沿いのサービスエリア的なものがあったので、休憩することにした。コーヒーを注文してレストランのテラス席につくと、目の前に広がっていたのはこの景色!

これぞ「雲海テラス」!雲海は、様々な気象条件が揃わないと見ることができない稀な自然現象だと思っていたので、予期せずに見られて感動した。コーヒー一杯でこんな景色が見られて、得した気分。間違いなく、これがこの日のハイライト。

 

と思っていたら、なんとまだ続きがあったのだ。ポアス火山国立公園近くの宿に着き、公園入り口の近くにサンセットスポットがあると知ったので、日の入り少し前に行ってみた。

 

首都サン・ホセを見下ろす山の上で見たものは、夕陽でオレンジ色に染まりゆく空の下、ゆっくりと広がる雲海だった。

こんな日ってある?

 

 

楽しくもハードだったオサ半島滞在が終わり、約3週間のコスタリカ旅行も終盤に近づいた。ドイツの自宅に戻る前に、あと2つ、行っておきたいエリアがあった。その一つはロス・ケツァーレス国立公園 ( Parque Nacional Los Quetzales )。この国立公園は広さ50km2と小規模ながら、標高は低いところで1,240m、最も高いところは3,190mとかなりの幅がある。標高に応じて異なる種の野鳥が生息するバードウォッチャーのパラダイスだ。コスタリカでバードウォッチングというとモンテヴェルデ熱帯霧林自然保護区がメジャーだけれど、今回の旅では飛行機の遅延のせいで予定していたモンテヴェルデでの3日間の予定がまるごとなくなってしまっていたので、ロス・ケツァーレス国立公園に期待をかけていた。世界一美しい野鳥として名高いケツァールの名前を冠しているから、もしかしてケツァールを見るチャンスがあるかもしれない。

オサ半島からは国道2号(Inter American Highway)に出て、首都サン・ホセ方面に向かってひたすら進むだけ。舗装された道路だから安心である。パルマー・ノルテ(Palmar Norte)で右折し、川沿いをしばらく走ると、そこからはグングンと標高が上がっていく。高温多湿のオサ半島を出発したときには半袖にサンダル履きだったが、進むにすれて気温が下がっていき、肌寒さを感じ始めた。あたりの景色もどんどん変化していく。

ラ・タルデでお世話になったネイチャーガイドのジョセフさんに「ロス・ケツァーレス方面へ行くならぜひ、寄って」と勧めてもらった場所がある。それはラ・アスンシオン山(Cerro La Asuncion)という山で、タパンティ国立公園(Parque Nacional Tapanti)内にある。標高3,335mと、とても高い山だが、頂上が国道2号の道路脇にあり、100mも登らずにてっぺんに上がれてしまうという。天気が良ければ、頂上からは太平洋とカリブ海を同時に両方見ることができるらしい。

ラ・アスンシオン山の頂上付近

頂上への登山口が見つかったので、登ることにした。登山道はかなり急だけれど、たいした距離ではないから楽勝だろう。そう思って登り始めたのだが、海抜ゼロに近いオサ半島から急に3000メートルを超える高山に来たからだろうか。少し登っただけで心臓がバクバクした。わー、これはちょっと危険。

頂上

頂上からの眺め

雲があって残念ながら海は見えないけれど、向かって左がカリブ海側、右が太平洋側。コスタリカが日本同様、国土の真ん中に山脈が走る細長い国だということがわかる。

 

ラ・アスンシオン山からさらに国道2号を北上すると、まもなくロス・ケツァーレス国立公園の入り口がある。

ロス・ケツァーレス国立公園入り口

この国立公園は訪問者が少ないので、事前にチケットを購入しなくても余裕で入れる。

トレイルは部分的に閉鎖中で、歩ける距離はそう長くないが、オサ半島など低地のトレイルとは植生がまったく異なっていて新鮮だ。

見晴らし台からのロス・ケツァーレス国立公園の眺め

あっという間に歩き終わったので、ひとまず宿へ行くことにした。ホテルやコテージは深く切り込む谷の道路に沿って建っている。

幸い、道路は舗装はされているもののかなり急な斜面を降り、予約していたコテージに到着した。部屋は広いが、標高が高い上に谷だから、日当たりが悪くてけっこう寒い。それなのにコテージの床はタイル張りで冷え冷えとしている。もしやと思い、シャワーを確認してみたら、案の定、熱いお湯は出ない。一気にテンションが下がった。オサ半島で四六時中汗だくになっていたのも辛かったが、今度は寒すぎなのである。過酷すぎないか、今回の旅?

部屋で震えていてもしょうがないので、洋服を何枚も着込んで、コテージの向かいにあるレストラン、Miriam´s Quezalesへお茶を飲みに行くことにしよう。

レストランの奥には谷に面したテラスがあった。テラスに一歩出た瞬間、私は目を見張った。テラスの向こうのバードフィーダーに、たくさんの野鳥が集まっていたのだ!すごい!!沈んでいた気分が一気にぱあっと晴れた。そこにいたのは、

ドングリキツツキ (Melanerpes formicivorus

クロキモモシトド (Atlapetes tibialis)

ニシフウキンチョウ(Piranga ludoviciana

アカエリシトド (Zonotrichia capensis )

アオボウシミドリフウキンチョウ (Chlorophonia callophrys)のオス

Long-tailed silky flycatcher (Ptiliogonys caudatus)

マミジロアメリカムシクイ (Leiothlypis peregrina)

メジロクロウタドリ (Turdus nigrescens)

バフムジツグミ (Turdus grayi) 地味だけど、コスタリカの国鳥

ギンノドフウキンチョウ (Tangara icterocephala)

ハチドリもいろいろいたけど、種は識別できず。

すごいすごい!やっぱりロス・ケツァーレスへ来てよかった!これまで訪れた場所ではまったく目にして来なかったいろんな野鳥がいる。それも1箇所でこれだけ多くの種が見られるとは。

ところで、ケツァールも見られるのだろうか?レストランの女主人に聞いたところ、ケツァールがよく見られる場所を教えてくれた。谷をさらに20分ほど下ったところらしい。それらしき場所へ行ってみたが、よくわからないので、近くのお店で「ケツァールが見られる場所を探しているんですが」と尋ねてみた。

すると、「ケツァールなら、うちの主人がガイドツアーをやっています。明日の朝もやりますよ」とのこと。「ツアー?どこへ行くんですか?」との私の質問に女性は店の後ろの急な斜面を指さした。

「そこを登るんですか?」「はい」

ダメだ、急斜面過ぎる。ラ・アスンシオン山に登ったときの心臓のバクバクを思い出したのだ。コテージからこの谷をここまで車で下って来るだけでもかなりの標高差である。そしてここから歩いて山を登るとなると、降りたり登ったりで体にかなり負担がかかってしまいそうだ。おまけに、ツアーは早朝なので、水シャワーしかないあの寒いコテージで相当早くに起きなければならない。うーん、、、ちょっと無理。諦めよう。

そんなわけで、幻の鳥、ケツァールは見れずじまいだったが、それでもたくさんの美しい野鳥が見られて満足である。ケツァールは、またいつか機会があるといいな。

 

 

前回の記事の続き。

どのくらい寝ただろうか。2段ベッドのずらりと並ぶコテージの板の間を常に誰かしらが歩き、その度に懐中電灯の灯りがあっちこっちへと動く。枕元のスマホで時間を確認すると、まだ朝の4時だった。午前5時には朝のハイキングに出発することになっている。そろそろ起きなくちゃ。

洗面所へ行くと、すでに大勢の宿泊者らが薄暗い中で歯を磨いていた。開放的な造りのコテージの外からはホエザルの低い吠え声が響いて来る。なんとも不思議な光景。今、私は本当にコルコバード国立公園にいるんだと実感する。

大変な道のりだったけれど、私たちはとうとうラ・シレナ・レンジャーステーションにやって来ていた。1泊2日のこのツアーではネイチャーガイドさんと一緒にレンジャーステーションを起点とする4つのトレイルを歩き、植物や野生動物を観察しながらガイドさんの説明を聞く。

1日目は到着直後の午前中と夕方にそれぞれ3時間ほど歩いた。

フィールドスコープを担いで歩くネイチャーガイドのドニーさんについて行く。

動物を見つけると、ガイドさんはネイチャースコープを設置して、グループのみんなに見せてくれる。

スコープを覗き込むメンバー

昼寝中のジェフロイクモザル (Ateles geoffroyi)

これは私のカメラで撮ったジェフロイクモザルたち

コスタリカにはマントホエザル(Alouatta palliata)、ノドジロオマキザル(Cebus capucinus)、セアカリスザル(Saimiri oerstedii)、そしてジェフロイクモザル(Ateles geoffroyi)の4種のサルが生息する。いずれも新世界ザル(広鼻猿)だ。コルコバード国立公園ではこの4種のサルがすべて見られるのだ。

「クモザル」は英語名でもspider monckeyという。腕や脚が長いからクモに例えられるのだろうと思っていたが、ドニーさんによると、彼らの手には親指がなく、両手合わせて指が8本だからクモザルだそう。クモザルは親指がない代わりに長くて強い尾で器用に木の枝を掴むことができる。

 

コルコバード国立公園には、シレナ川とパヴォ川という2つの川が流れており、両者はシレナ海岸近くで合流し、太平洋に流れ込んでいる。

川にはメガネカイマン ( Caiman crocodilus )やアメリカワニ (Crocodylus acutus )がいるので注意。

メガネカイマン ( Caiman crocodilus )

 

2日目。ドニーさんについて、夜明け前のジャングルをヘッドランプをつけて歩いていく。そのうちに少しづつ空が白み始め、木々の輪郭がはっきりして来た。ドニーさんはバクを探しているようだった。バクは夜行性で、昼間は茂みに隠れて眠る。バクのいそうな場所を、なるべく音を立てないよう気をつけながらそっと歩いた。

ベアードバク (Tapirus bairdii)

茂みの中で1頭のバクが横になっていた。邪魔をしないように、少し離れたところにしゃがみ、息を潜めて茂みの奥を見つめる。しかし、バクは目を覚ましてしまった。立ち上がって周囲の植物の葉を食べ始めたので、その様子をしばらく観察した。ベアードバクの体長はおよそ2メートル。体重は重い個体だと300kgにも及ぶと言う。こんな大きな野生動物を間近で観察できるなんてすごいな。コルコバードに来た甲斐があったというものだ。ドニーさんによると、このメスのバクは妊婦さんである。中央アメリカ全体ではベアードバクの個体数は激減しており、コルコバードは重要な生息地だ。無事に赤ちゃんが産まれて育つことを願うばかり。

バクの足跡。巨大!

 

朝食後のハイクではたくさんの野鳥を目にした。

カンムリシャクケイ (Penelope purpurascens)

ワライハヤブサ (Herpetotheres cachinnans)

ムナフチュウハシ ( Pteroglossus torquatus)

ハチクイモドキ (Motmot)

他にも写真を撮れなかった野鳥がたくさん。

 

レンジャーステーションの近くにはハキリアリ(Atta cephalotes)のゴミ捨て場があり、ゴミ捨て係のアリがせっせとゴミを運んでいた。ハキリアリは、切り落とした葉を巣に運んで餌となるキノコを栽培することで知られているが、養分が抜けてゴミとなった葉や死んだアリは巣から運び出され、特定のゴミ捨て場に廃棄されるということを知った。

 

他にも目にしたもの、聞いた説明などたくさんあって、とても書ききれない。2日目の最後のハイキングで面白い新しい経験をすることができたので、それを記しておこう。

ある高い木の下で、ドニーさんが「みんな、この木の根を見て」と言うので地面に目をやると、

太い根の1箇所がぱっくりと開いて、中が空洞になっている。

「入ってみてください」

人が入れるほど中は広いのだろうか?

「全員入れる広さですよ。危険なことはないので、さあ、どうぞどうぞ」

私たちは恐る恐る、順番に中に潜った。

動画には映っていないが、木の中はずっと上までがらんどうだ。樹洞の中ではコウモリたちが休んでいた。「木の中って、なんだかワクワクするね」。グループのメンバーはみんな大人だけど、なんだか子どもに戻ったような気分だ。

 

さて、楽しかったラ・シレナでの時間もそろそろ終わりである。レンジャーステーションに戻り、荷物をまとめてボートの出る海岸へと歩いた。海岸に着きボートを待っていると、急に当たりがどよめいて、みんなが同じ方向を凝視している。「バクが歩いているよ!」

バクがゆっくりと茂みに沿って砂浜を歩いている。

バクは、たくさんの観察者に見守られる中、食事をしながらゆっくりと砂浜を移動していった。ツアーの最後の最後に大サービスという感じ。

多くの野生動物が見られて、私としては大満足だ。でも、ラ・シレナに来たのが3回目の夫は「過去の2回はもっと多くの動物が見られたよ。やっぱり、以前と比べて訪問者の数が増えているから、動物たちは奥地に引っ込んでしまうんだろうね」と言う。ガイドツアーで歩けるエリアはコルコバード国立公園全体のわずか2%に過ぎない。野生動物の密度が最も高いとされるコルコバード湖(Laguna Corcovado)を中心としたエリアは、特別に許可を得た科学者以外、近寄ることが禁じられている。動物たちには人間に邪魔されることなく生活できる場所が必要だから。

動物の側からすれば、人間など近づいて来ないに越したことはない。でも、野生動物を見るのは多くの人にとって大きな喜びだし、観察の機会があって初めて保護の必要性に気づくという側面もある。そのバランスを取るのはとても難しいことだけれど、コスタリカは失敗も経験しながらも、エコツーリズムのトップランナーとして経験を蓄積していっている。とても評価すべきことで、そのコスタリカの中でも最も重要性の高いコルコバード公園に来ることができてよかった。

 

 

楽しかったラ・タルデ(La Tarde)での数日の滞在が終わり、いよいよコルコバード国立公園のラ・シレナ・レンジャーステーション(La Sirena Ranger Station)へ向けて出発する日が来た。前日の夜更けから雨が降り出し、夜通し降る激しい雨粒がコテージのブリキ屋根に当たって大きな音を立てていた。

普通なら、ジャングルの中で雨音を聞きながら眠るのは、自然を直に感じられるから嫌いではない。でも、この夜は違った。翌朝のドライブが心配だったのだ。なにしろ、ラ・タルデに来るまでの山道の状態が極めて悪く、やっとの思いで辿り着いたのだ。あの道をまた戻らなくてはならない。雨が降れば山から石が落ちて来て、道路状態がますます悪化するのではないか。戻れるのだろうか。そう思うと、雨が気になってよく眠れなかった。

朝になったら雨は止んでいた。どうにか山道を突破して念願のラ・シレナへ行きたいという気持ちと、ラ・タルデを去るのが名残惜しい気持ちとが入り混じった複雑な気分で私たちは出発した。幸い、山道を下るのは登るよりは楽で、大きな障害にぶつかることなく麓の集落、ラ・パルマを抜け、国道沿いのリンコン(Rincon)まで戻ることができた。問題はそれからだ。再び舗装されていない森の中の道を30km以上走って、ラ・シレナ行きのボートが出るドラケ湾(Bahia Drake)まで移動しなければならない。

ドラケまでの道は最初は比較的良かった。

このくらいなら、特に問題はない

ところどころ道路の上にロープが張られている。

ロープは道路によって分断された森を野生動物(主にサル)が無事に渡るための橋だった

ドラケ湾に近づくに連れ、道路は勾配を増していった。急なカーブのところだけ部分的に舗装されているので助かったけれど、アップダウンの度にヒヤヒヤしながら進んだ。時間はかかったけれど、幸い、何事もなく、昼下がりに遂にドラケ湾に到着。

ドラケ湾

次の日にこの湾からボートでラ・シレナへ出発することになっていた。ラ・シレナへのツアーは半年ほど前からドラケ湾のメインビーチにあるCorcovado Info Centerのサイトで予約してあった。ドラケ湾からは近くのカニョ島へのスノーケリングやダイビングツアーも出ており、ビーチ付近はホテルやレストランもそこそこあって、ある程度観光地化されている。ただし、銀行やATMはないので注意が必要だ。翌朝の集合時間が早いので、その日はビーチから徒歩数分のホテルに泊まった。久しぶりにエアコンやお湯の出るシャワーのある近代的な部屋で快適である。

翌朝6時。ビーチの指定された場所で待っていたら、ガイドのドニーさんが現れた。私たちのグループはドニーさんを除いて6人。1泊2日のラ・シレナツアーの間、共に行動するメンバーだ。私たち以外はアメリカ人、オーストラリア人、ポルトガル人、スペイン人と欧米人ばかり。そういえばコスタリカに来てから、日本人の姿は一度も見ていない。

こちらの記事に詳しく書いた通り、ドラケ湾からのボートはラ・シレナ・レンジャーステーションへの唯一の交通手段である。徒歩で到達する方法もあるにはあるが、強者向け。そして、ボート移動もそう甘くはない。まずドラケ湾まで来るのが大変だし、ドラケ湾からのボートはかなり揺れた。1時間半ほどの移動だけれど、船酔いしやすい人には辛いだろうなあ。

私たちはロス・パトス・セクター(白い転線で囲んだ場所)からコルコバード国立公園の北側をぐるりと回ってラ・シレナ(赤い転線の場所)に到達した。

 

海岸のエントランス

ボートがシレナ海岸に到着し、いよいよ上陸である。ウェットランディングなので、背の低い私は腰まで水に浸かってちょっと大変だった。岸に上がったら、まず、エントランスで荷物検査を受ける。国立公園への食べ物やペットボトルの持ち込みは固く禁じられている。荷物検査を終えて、ドニーさんの後についてレンジャーステーションまでおよそ1kmの道のりを歩く。その短い時間の間にもクモザルをはじめとする野生動物に遭遇した。

ラ・シレナ・レンジャーステーション敷地

ラ・シレナ・レンジャーステーション (La Sirena ranger Station)はコルコバード国立公園の保護や学術的研究活動の拠点であると同時に、公園を訪れる旅行者の宿泊施設でもある。上記リンクのサイトの写真では古びて見えるが、数年前にリニューアルされ、衛生的な施設になった。

レンジャーステーションのロッジ

宿舎は蚊帳付きの2段ベッドがずらりと並ぶ大部屋のみ。ベッドはガイドツアーのグループごとに割り当てられる。

コルコバード国立公園は特に厳しく入場制限をしている。記憶が不確かだけれど、ドニーさんは確か1日最大200人と言っていたような。日帰りのツアーもあるので、宿泊者の人数はもっと少ない。現在の衛生的な宿舎ができてからコルコバードを訪れる旅行者の数が増え、宿舎はほぼいつも満杯の状態らしい。

1泊ツアーのスケジュールは以下の通り。朝6時にドラケ湾を出発し、およそ2時間後にレンジャーステーションに着いて荷物を置いたらグループごとに午前のハイキングに出かける。ハイキングの後、レンジャーステーションに戻って昼食を取り、2時間ほど休憩したら夕方のハイキング。ナイトハイクはなく、消灯は20:00。翌日は5時から朝のハイキング、朝食後に最後のハイキングと、合計4回のハイキングがプログラムとして組まれている。最後のハイキングから戻ったら荷物をまとめ、13:00にボートに乗り込み、ドラケ湾で解散である。

レンジャーステーション周辺のトレイル地図

ラ・シレナ・セクターは平地だし、ハイキングは野生動物や植物を観察しながらゆっくり歩くので、特にハードではない。でも、レンジャーステーションに来るまでにすでに結構な体力を使い、高温多湿の環境の中、立て続けに4度のハイキングをするわけだから、それなりに体に負担はかかる。参加者に若い人が多いのも頷ける。オサ半島は素晴らしいところだけれど、私にとって辛いのは湿度があまりにも高いことだった。少し歩くだけで汗だくになるので、何度着替えてもすぐに着ているものが汚くなってしまう。洗濯物が溜まるのも嫌だし、洗っても高湿度環境では洗濯物がしっかり乾き切ることがなく、常にじめっとした服を着ているのもストレスになった。もう一つ不快だったのは、肌に日焼け止めと虫除けをスプレーすると余計に汗をかきやすくなり、日焼け止めと虫除けの成分に汗が混じると皮膚が痒くなってしまうこと。

そんなわけで、憧れのラ・シレナ滞在はなかなかにキツい体験だった。でも、それでもやっぱり、ここでしか得られない経験があるから、来た甲斐があったと感じた。

ツアーの内容については次の記事に。

 

前回の記事では、オサ半島ラ・タルデでのナイトハイクについて書いた。エコロッジ、Ecoturistica La Tarde(略してELT)に滞在中は、もちろん昼間も一次林のトレイルやロッジ周辺の二次林を歩き回った。

昼間のジャングルは色鮮やかだ。

熱帯アメリカ原産の植物といえば、代表的なのはヘリコニア(オウムバナ)。コスタリカには35種以上のヘリコニアが生育する。その色やかたちは実に様々。でも実は、花のように見える鮮やかな色をした部分は実は花ではなく、苞と呼ばれる特殊化した葉で、花はその中に入っている。

ヘリコニアは主なポリネーターであるハチドリと共進化して来た。ハチドリもとても多くの種がいるが、決まった種のハチドリが決まった種のポリネーターであるそうだ。

Palicourea elata

この真っ赤な花弁を持つ植物の名は「娼婦の唇(Whore´s lips)」。これにもいろんな種類があるらしい。薬効があり、コスタリカの先住民族が伝統的に利用して来た。

あまりにいろいろな植物が生えていて、植物の知識がほとんどない私は、ガイドさんから聞いたことのうち、一部を記憶するだけで精一杯。ガイドツアーを重ねていけば、少しづつ、植物の世界にも入っていけるだろうか。

ジャングルにおいて、圧倒的な存在感で迫って来る最も印象深い木の一つは「締め殺しの木」だろう。他の木に巻きついて成長するつる植物で、最終的には宿主の木を枯らしてしまうのだ。主にイチジク属で、英語ではStrangler fig(締め殺しのイチジク)と呼ばれる。宿主の木の上に鳥が落としたイチジクの種が発芽し、下へ下へと伸びる根は、互いに絡まり合体して太くなり、幹となって宿主を覆い尽くす。

 

宿主の木がすでに消滅した巨大な締め殺しのイチジク。すごいなあ、、、。

 

ガイドのジョセフさんは、私の要望に応えてアニマルトラックを探すのにも連れて行ってくれた。

水場を歩くときにはゴム長靴必須。

アグーチの足跡

 

「ジャングルでは、匂いの情報がとても重要です。歩いていると匂いがどんどん変わります。ほら、この匂い。わかりますか?」

そう言われてみると、さっきまで植物の良い香りがしていたと思ったけれど、なんだか急に獣くさい匂いがする。「これはペッカリーのフェロモン。ペッカリーは強烈な臭いのフェロモンを出すので、すぐわかるんですよ」

ペッカリーの噛み跡

ガイドさんに案内して貰えば説明を受けられて良いけれど、ロッジの周辺はガイドなしで散策することもできる。私と夫は小さな滝のあるところまで歩くことにした。すると、ジョセフさんが「滝まで行きます?いいけど、滝の近くにガラガラヘビがいるんですよ。昼間はとぐろを巻いて寝ていますが、猛毒なので気をつけて」と言う。ガラガラヘビぃ?気をつけてと言われても、どう気をつければいいの?

「僕が先に行って、ガラガラヘビのいる場所をマーキングして来ますよ」と言いながら、ジョセフさんは出かけて行った。「ビニール袋を結びつけて来たから、すぐわかると思います」

手間をかけてもらったけど、私はガラガラヘビのいる場所にはさすがに行きたくない。ハイキングは別のルートにしようと夫を説得した。しかし、別の道を知っていると言うからついて行ったのに、「あれ?道を間違えた。来るつもりなかったのに滝の方に来ちゃった」。

滝の手前にはジョセフさんによるマーキングがあった。

あの下にガラガラヘビが?うう、、。近寄りたくない。これ以上は一歩も進みたくない。でも、ガラガラヘビの姿は一目見たい気もする。その場でカメラを構え、思いっきりズームで撮った写真がこちら。

ミナミガラガラヘビ (Crotalus durissus)

いる、、、、。怖い。写真を撮ったら即座にUターンし、来た道を戻った。去年、北海道旅行をしたときには、あちこちにある「ヒグマ出没!」の看板にビビっていたけれど、ここではヒグマの心配をしなくてもいい代わりに毒ヘビに気をつけなければならない。ネイチャーガイドさん達は毒ヘビを発見したらマーキングし、互いに情報交換をしているようで、旅行者が毒ヘビに噛まれるケースはごく稀だそうだが。

トレイルにはこんな張り紙がしてあった。「我々は、誇りを持って絶滅の危機にあるブッシュマスター(Lachesis stenophrys)を保護しています。見つけた方はご一報くださいますようお願い致します」。ブッシュマスターはコスタリカに生息する毒ヘビの中で最も猛毒のヘビだ。噛まれたら、まず助からない。絶滅の危機に瀕しているくらいだから、遭遇することはほぼないだろうけれど、、。

そう、エコトゥリスティカ・ラ・タルデのオーナーのエドゥアルドさんは、長年、ヘビの保護活動をしているのだ。ロッジの周辺にはかつてカカオのプランテーションやその他の農地だった。農家の人は、当然ではあるけれど、農地にヘビが出ることを喜ばず、見つけたら殺処分していた。エドゥアルドさんはそうしたヘビを農家から預かり、保護するようになった。エコロッジを経営する現在は、希望があれば旅行者に保護しているヘビを見せてくれる。毒のないおとなしいヘビは触らせてももらえる。

エドゥアルドさんの保護しているマツゲハブ(Bothriechis schlegelii)。これは毒ヘビなので、もちろん触らず見るだけ。

これはボア・コンストリクター (Boa constrictor)

こちらは私も持たせてもらった。ヘビの体はヌルヌルしているイメージだが、実際にはひんやりすべすべしている。コンストリクター(締め付ける者)と言うだけあって、ぎゅうっと締め付ける力がすごい。

 

さて、この後、夫はまたハイキングに出かけて行ったが、私は少し疲れたので、コテージに戻って休むことにした。テラスの椅子に座って、しば楽野鳥を眺めて過ごしていたら、なんだか蒸し暑くなって来た。風通しのよい場所に椅子の一つをずらそう。重い木の椅子を移動させて座り、ふと、椅子がもともとあった場所に目をやると、後ろの壁(というかネット)になにやらついている。遠目には大きな木製のブローチか何かに見えるが、なぜあんなところにそんなものが?

黄色い円で囲ったところに何かついている。

よく見ると、、、それは巨大なゴキブリだった。傍にあったフィールドガイドのページをめくると、同じものと思われるゴキブリが載っている。ジャイアントコックローチだって。ゴキブリの仲間としては最大級らしい。それにしても、いつからそこにいるんだろう?もしかして、私、椅子の後ろにいると知らずに座っていた?

この巨大なゴキブリ、確か、どこかの自然博物館で見たことがあった気がする。でもまさか、こんなところで実物に遭遇するとは思わなかったな。なんてことを考えながら、私はしばらくそれを観察していた。私も強くなったもんだ。初めて熱帯を旅行した20代には夜になるとホテルのバスルームに出る虫達が怖くて怖くて、夜中にはトイレに行きたくても行けずにいたのに。

タランチュラや毒ヘビのいるジャングルを歩き回った後だもん、ゴキブリくらい別にどうってことないよね。

そう思ったけど、ときどき思い出したように体をゴソゴソと動かすのを見ると、やっぱりちょっとゾワっと来る。どっか行って欲しいけど、自分でどかすのは嫌だなあと思っていたら、夫が戻って来た。

「すげ〜!」

夫もその大きさには目を丸くしていた。

 

ジャイアントゴキブリは夫が片付けてくれたのでよかった。