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先日、シュヴェービッシェ・アルプの洞窟群を訪れるため、南ドイツのハイデンハイムという町に1週間ほど滞在した。ハイデンハイムを拠点としてブラウボイレンやローネ渓谷など、考古学的見所を回っていたのだが、地図を眺めていたらハイデンハイムはオーバーコッヘン(Oberkochen)が近いことがわかった。オーバーコッヘンは小さな町だが、光学に関心のある人ならきっと知っているだろう。世界的光学機器メーカー、カール・ツァイス社(Calr Zeiss)の本社のある町だ。

ツァイス社は1846年、旧東ドイツのイェーナに設立されたが、第二次世界大戦でドイツが敗戦すると東の「カール・ツァイス・イェーナ」と西の「カール・ツァイス・オプトン」(オーバーコッヘン)に分断され、それぞれ独自の発展を遂げた。ドイツ再統一後、両社はツァイス・イェーナがツァイス・オプトンに吸収される形で統合された。現在、イェーナとオーバーコッヘンのそれぞれに光学博物館がある。これまでにイェーナのツァイス光学博物館とドイツ光学産業の発祥地であるラーテナウの光学博物館を訪れ、どちらもとても面白かったので、オーバーコッヘンのツァイス博物館、ZEISS Museum der Optikへも行ってみることにした。

 

 

光学博物館は独立した建物ではなく、ツァイス社のビルの中にある。1階部分がミュージアムスペース。

見学は無料で、フロアに入ってすぐの場所にツァイス社のプラネタリウム投影機がどーんと置かれている。

 

イェーナの光学博物館とは異なり、博物館というよりもどちらかというとショールーム的な空間だ。フロア中央部にはツァイス社製の医療機器など、最新のプロダクトも展示されている。

 

光学や天文学の歴史、技術史のコーナーもあり、中高生の学習にちょうど良さそうだ。

 

天文学史の展示でザクセン=アンハルト州ネブラで発掘された世界最古の天文盤、ネブラ・ディスクが紹介されていたので嬉しくなった。ネブラ・ディスクについては過去記事で紹介した。

 

館内にはツァイス製のプラネタリウムもある。

 

ツァイス製レンズを使用したカメラのディスプレイ。プロター、プラナー、テッサーなどツァイスの名レンズも見られる。

 

展示を見ていたら、突然「東郷平八郎」の名前が出て来たのでおやっと思った。「東洋のネルソン」と呼ばれた明治時代の海軍指揮官、東郷が日露戦争において日本を勝利に導くことに成功したのには、ツァイス製レンズが一役買っているという。東郷はツァイスの双眼鏡を使っていたそうだ。へえー。

 

他にも様々なものが展示されていたが、あまり写真を撮らなかったので今回はこれだけで。

 

ドイツ光学産業の歴史やツァイス社の歴史を詳しく知るにはイェーナのツァイス博物館の方が展示が充実していると感じたが、ツァイス社の歴代プロダクトや最新技術に興味がある場合はこちらが良いのかもしれない。私は光学の知識がほとんどないので技術的内容は消化できないが、これまでラーテノウ、イェーナ、オーバーコッヘンと回って来てドイツの産業史に興味を持つようになった。光学以外の分野の歴史も今後、探ってみたい。

 

 

 

日本がGW中で、日本から新規の仕事が入ってくる可能性がない。このタイミングを利用して、かねてからやりたいと思っていたことを実現させることにした。

それは、ドライブ一人旅である。

車の運転をするようになって、かれこれ15年近くにもなるが、実は私は長いこと近場専門、一般道路オンリーのドライバーだった。スピードが怖くてアウトバーンを走れない。つまり、マイカーでの遠出が一人ではできなかったのだ。幸い、夫は運転が大好きなので、一緒に行動するときにはいつも運転を担当してくれる。しかし、夫には行きたい場所と行きたくない場所があり、そのため彼の気が進まない場所には行くことができないという問題があった

アウトバーンで運転恐怖症を克服すれば、一人で好きな場所へ行ける。そう思いつつ、アウトバーンデビューするまでに恐ろしく時間がかかった。最近ようやく片道100km程度なら一人で遠出するようになったので、この調子なら、もっと遠くまで行けそうだということで、数日の予定でテューリンゲン地方へドライブ旅行をすることに決めたのである。目的はもちろん、マニアックな観光スポットを訪れること。(マニアックではない普通の観光地も好きなので、それも含めて)

 

今朝、自宅を出発し、まず向かったのはイエナの光学博物館、Optisches Museum Jenaだ。

イエナは、1848年、かの有名な光学機器メーカー、カール・ツァイス社の創立された町である。ツァイス社は第二次世界大戦後、ドイツの東西分断により、西ドイツのカール・ツァイス・オプトンと東ドイツのカール・ツァイス・イエナの二つの会社に分かれて発展した。ドイツ統一後は再び統合され、現在のカール・ツァイス本社は旧西ドイツのオーバーコッヘンに置かれている。ややこしいことに、ツァイスの光学博物館もイエナとオーバーコッヘンの両方にある。私が今回訪れたのはイエナのOptisches Museum Jenaの方

 

 

博物館の外観はわりと地味。

 

中は1階、2階と地下の3フロアで、オーディオガイドは日本語も選べる。1階部分は9つの部屋に分かれており、カール・ツァイスについて、また、ツァイスと共にドイツ光学産業の礎を築いたイエナ・グラスの開発者オットー・ショット及び天文学者エルンスト・アッべについての展示のほか、眼科用機器、顕微鏡、望遠鏡、カメラなど、ツァイス製の数多くの製品を見ることができる。

 

機械工であった若き日のカール・ツァイスは、イエナに顕微鏡工房を構え、同時に小さな販売店を設けてメガネなどを販売していたが、その頃、販売していたメガネはドイツ光学産業の発祥地、ブランデンブルク州ラーテノウ製のものであった。(ラーテノウについての過去記事はこちら

 

ラーテノウの光学博物館同様、ここでもメガネの歴史に関する展示が見られる。イエナのメガネコレクションは欧州最大で、ここではそのうちの選りすぐりの物を陳列しているという。

 

 

ラーテノウでは見られなかった「ハサミ型メガネ(Scherenbrillen)」も展示されている。こんな不便そうなものをよく使っていたものだと思うが、当時はこういうメガネを持っているのがステイタスだったらしい。

 

日本製のメガネ。説明には「日本では鎖国政策により、メガネの導入が遅れた。17世紀になって、ようやくオランダ人によりメガネの製作法が伝えられた」とある。

インドのメガネ。

 

メガネは知識がなくてもわかりやすいので、つい、メガネの展示ばかりじっくり見てしまったのだが、もちろん、その他の光学製品の展示も充実している。

この不思議な装置は、患者の網膜を9人が一遍に観察することのできる検眼器。医学部で学習用に使われていたそうだ。

 

様々なツァイス製品。

これはツァイス製ではなく、フランス製のバロック顕微鏡だそう。

 

なんか、これすごいなあ。写真測量の機械だって。

 

正直なところ、カメラや顕微鏡、望遠鏡が多く展示されていても、それぞれの違いについて技術的なことが理解できない。「わかる人はわかる」という感じなのだろう。なので、私にはむしろカール・ツァイス社を創立したツァイス、ショット、アッべの三者についての説明が面白かった。特に、ツァイスが製作した初期の顕微鏡に数学的計算を応用し、品質の飛躍的改善に貢献したアッべについてはこれまで知らなかったので、特に興味深かった。

アッべはツァイスの死後、カール・ツァイス財団を設立したが、社員への福利厚生制度を導入し、利益を科学の発展と社会の改善のために資するなど社会的な企業倫理を打ち出し、実現させた。現代の言葉でいえば「社会起業家」だったのだ。天才的頭脳を持っていただけでなく、高尚な理念ある実業家だったとは、世の中には偉大な人がいるものだと感心するばかり。

 

それにしても、19世紀のドイツの知の発展は素晴らしい。当時のドイツの大学の雰囲気はどんなものだったのだろうかと想像するのが好きだ。ドイツの光学産業が確固たる世界的地位を確立したのは、ツァイス、ショット、アッべの三者が互いに出会ったからにほかならない。世の中を動かすのは「コラボの力」なのだなと改めて感じた。

 

博物館の2階はプラネタリウム技術、地下はホログラム技術の展示の他、イエナにあったツァイスの初期の製作所を再現したコーナーがある。