投稿

年間約1,000万羽以上の渡り鳥が訪れるユネスコ世界遺産ワッデン海。その自然の豊かさには本当に魅了される。しかし、ズィルト島ハリヒ・ホーゲの記事に書いたように、北海の一部であるこの地域の海岸線は、常に風と水との戦いの舞台だった。激しい嵐や満潮に乗って押し寄せる高潮は、ときに人々の暮らしを一瞬で飲み込んでしまう。そんな自然の猛威に立ち向かうため、さまざまな防潮の技術が発展してきた。

今回、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の西端、アイダー川河口に築かれた巨大な防潮施設「アイダー・シュペアヴェルク(Eidersperrwerk)」を見学して来た。

© Klaus-Dieter Keller / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

1973年に完成したアイダー・シュペアヴェルクは、高潮時に海水の流入を遮断し、高潮や嵐による洪水からアイダー川流域の低地を守るために作られた。きっかけは、1962年2月に起きた「北海高潮災害(Nordseesturmflut)」。猛烈な嵐が北海沿岸を襲い、ドイツ、特にハンブルク周辺に甚大な被害をもたらした。堤防が決壊し、浸水により多くの命が失われ、都市機能が麻痺した。大きな高潮が来ると、それまでの堤防や小規模な水門では高潮の力を防ぎきれない。そうした危機感から、アイダー川の河口に大型水門を設け、それを開け閉めすることで海から川へ流れ込む水の量を調整するという大胆な構想が生まれた。

水門の上には歩道が整備されていて、防潮堤の上を歩いて渡ることができる。

歩道上から見た景色。右側が海、左側がアイダー川の流れる陸地。堤防の高さ約8.5m長さは4.8kmある。 水門の下はトンネル構造になっていて、道路が貫通している。

アイダー川の岸辺から見たシュペアヴェルク。水門の一つはメンテナンス中だった。

海側と川側に幅40mの水門がそれぞれ5つ並ぶ二重構造で、水門はそれぞれ独立して動作する。

海側のゲート

天候や潮の状態に応じて、水門の開け方を変えることで川と海の水をコントロールする。運転モードは主に以下の4つ。

① 通常モード

すべての水門が開いている状態。北海どアイダー川の水が、自由に行き来できる。自然な満ち引きによって水が移動する。

② 満潮対策つき通常モード

満潮時には北海の海水がアイダー川に流れ込んで来るが、このとき、海の砂が川に入りすぎないように、海側の水門を少しだけ閉じて流れをゆるめることがある。

③ 高潮モード

2列ある水門をどちらも完全に閉じて、内陸への浸水を防ぐ。

④ 排水モード

満潮時に海側の水門だけを閉じて、北海の水が川に入ってこないようにし、干潮になって海の水位が下がったら、水門を開けて川の水を海に流す(排水する)。

実際にシュペアヴェルクの上を歩いてみて、その圧倒的な規模に、どえらいものを作ったものだなあと圧倒された。しかし、北海はこのような設備が必要となるほど荒い海なのだ。北海の荒れ狂う嵐や暴風、高潮は擬人化して”Blanker Hans”と呼ばれる。恐ろしくも魅力的な自然の力の象徴だ。

ところで、シュペアヴェルクのすぐ横に、アジサシやユリカモメが繁殖コロニーを作って暮らしていル。この日も何羽もの親鳥がせわしなく飛び回っていた。

駐車場に「野鳥の繁殖を邪魔しないでください」と立て看板があったけれど、シュペアヴェルクへの階段上にまでヒナがたくさんいて、親鳥が餌を運んで来るのを待っている。

ヒナに与える餌を咥えるキョクアジサシの親鳥

キョクアジサシ(Küstenseeschwalbe)はここで初めて見たが、「キョク(極)」の名が示唆する通り、一年のうち北極と南極を行き来する渡りのチャンピオンだそう。2006年にはこのアイダーシュペアヴェルク付近で143ペアのキョクアジサシが繁殖をおこなったと報告されている。真っ赤なクチバシと脚がオシャレだね。

ここまで来たついでに、近郊の町、Tönningにある自然教育施設、「Multimar Wattforum」にも立ち寄った。


ここでは、干潟のしくみや、そこに暮らす生きものたちの生態、そして高潮対策のことまで、子どもから大人まで楽しみながら学べる展示が充実している。アイダーシュペアヴェルクの模型や膨張技術の紹介コーナーもあり、かなり見応えがあった。

ドイツ連邦水路航行庁(WSV)による関連動画:

 

前回の記事に引き続き、テーマはワッデン海。今回はワッデン海の生き物について知ったことを記録しよう。

ワッデン海には多くのアザラシが生息している。世界には34種のアザラシが存在する中、ドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州沿岸で見られるのは、主にゼニガタアザラシ(Seehund, Phoca vitulina)とハイイロアザラシ(Kegelrobbe, Halichoerus grypus)の2種。1970年代、ゼニガタアザラシの数は激減していたが、1974年にアザラシ猟が禁止され、1985年にシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ワッデン海国立公園が設立されたことで、個体数が大きく回復した。現在、ワッデン海では年間、7000頭を超えるゼニガタアザラシの赤ちゃんが産まれている。しかし、そのうち数百頭もの赤ちゃんが、生後数週間の授乳期に親とはぐれてしまうという。アザラシは干潟や砂浜で出産するが、母親が餌を探しに出かけたまま事故や病気で戻って来れなかったり、赤ちゃんが嵐で迷子になったりするのだ。母親と離れ離れになった赤ちゃんは、鳴いて母親を呼ぶ(heulen)ので、アザラシの乳児はホイラー(Heuler)と呼ばれている。

ハイイロアザラシの方は16世紀末に絶滅の危機に瀕していたが、こちらも個体数が回復している。ハイイロアザラシの赤ちゃんは、生後しばらくの間は水の冷たい北海を避け、母親が世話をしに定期的に戻って来るのを砂浜などで待つ。やはり、母親とはぐれてしまうことがある。

北海には、これらアザラシの子を保護し、適切なケアをした後に海に戻すアザラシ保護施設が何ヶ所かある。そのうちの一つ、ドイツで唯一、公式に認可された保護施設、Seehundestation Friedrichskoogを訪れた。

アザラシ保護センター、Seehundestation Friedrichskoog

この施設はアザラシの保護を目的とした「アザラシのための施設」であり、商業施設ではないので、アザラシとのふれあいをウリにしてはいない。一日に2回、食餌シーンを見学できるものの、ショータイムのようなものはない。しかし、訪問者がアザラシとその保護活動について知る学びの場としてよくデザインされている。

訪問者が入れるエリアには大きなプールがあり、そこではゼニガタアザラシ3頭とハイイロアザラシ2頭が一緒に生活している。この5頭は成獣だが、さまざまな理由で野生に戻すことが難しく、この保護センターでのんびりと余生を過ごすそうだ。見られることに慣れているようで、間近でじっくり観察できる。

リトアニアの動物園生まれのハイイロアザラシ、Jurisくん。写真のために立ちポーズを取ってくれた。

ハイイロアザラシのネミさん。自力で餌を取ることができないので、ずっとここにいることになった。彼女は幸せそうな顔でずっと寝ていた。

センターで生まれた若いゼニガタアザラシのシュノーレくん

アザラシ(Pinnipedia)とは、陸上の肉食動物から進化し、水中生活に適応した。イヌアザラシ科、オットセイ・アシカ類、セイウチの3つの科に分類される。この保護センターで保護されているゼニガタアザラシ、ハイイロアザラシは、ともにイヌアザラシ科に属している。ゼニガタアザラシの特徴は、丸い頭とギザギザした奥歯。オスとメスの外見上の違いはあまりなく、どちらもグレーやベージュのゴマ塩模様で、オスは最大180cm、120kg、メスは150cm、60kgほどになる。ハイイロアザラシは頭が長く、オスが黒っぽい体に白っぽい斑点があるのに対し、メスは白っぽい体に黒っぽい斑点。オスは最大230cm、310kg、メスは200cm、186kgほどと、ゼニガタアザラシと比べてかなり大きい。

ゼニガタアザラシの出産は5月初頭から7月末にかけてだが、ハイイロアザラシは冬に繁殖期を迎える。ワッデン海で保護されるアザラシの子は圧倒的にゼニガタアザラシが多い。年間150〜300頭が搬入され、そのうち約90%が元気に野生へ還っているそうだ。

子どもたちのいるエリアはスタッフ以外は立ち入り禁止なので、展望デッキから眺める。搬入された子たちは、獣医が健康状態をチェックした上で、一定期間を隔離エリアで過ごす。その後、こちらのオープンなエリアに移され、離乳や病気・怪我の治療を施される。離乳といっても母乳はないので、魚をベースにした人工ミルクをチューブで与える。伝染病が広がるリスクを最小限にするため、生活空間は少数グループごとに区切られ、それぞれの水槽は独立したシステムになっている。衛生管理にとても気を遣っているとのことで、実際、臭いもほとんどしなかった。

展望デッキからズームで撮ったホイラー

順調に成長した子どもは、ここから海に帰るための訓練エリアに移され、泳ぎの練習や自力で魚を捕まえる訓練を受ける。準備が整ったら、いよいよ野生生活スタートだ。一連の流れがスムーズに行くよう、人間との不必要な接触はできる限り避けるのが望ましいのだそう。

アザラシの子どもには近づけないが、その代わり、センターではとても充実した展示をおこなってリウ。アザラシ保護活動について詳しく説明されている他、世界のさまざまなアザラシの情報も豊富で、アザラシについて幅広く知りたいならここ!という感じだ。

この保護センターは、大学や研究機関との協力体制のもと、アザラシに関するさまざまな研究を行っていて、そこから得られた知見は、展示に取り入れられているだけでなく、保護や環境教育の現場にも活かされていているそうだ。

海に帰る準備が出来たアザラシを運搬するための車

この保護施設には、とても良い印象を持った。パトロール要員の人たちががんばっているだけでなく、地元住民や観光客が親とはぐれたアザラシの子を見かけたら報告できるシステムも機能していていて、その成果もあってアザラシの個体数が増えているのは喜ばしい。でも、気候変動の影響で干潟や砂州が浸食されやすくなり、アザラシが出産したり休んだりする浜が痩せていく可能性があり、決して安心はできないようだ。

 

ドイツ最北の州、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州は、北海とバルト海という二つの海に挟まれている。州の東側には穏やかな内海のバルト海、西側にはダイナミックな北海。二つの海はとても対照的で、両方を味わえるなんて贅沢な州だなあと思う。どちらにも魅力を感じるが、今回は北海側へ行った。

北海のオランダからデンマークにかけての沿岸には世界最大の連続する干潟、ワッデン海(Wattenmeer)が広がっている。そのうち、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州北部の沿岸海域は、地形が複雑だ。大小の島々があり、成り立ちによってバリアー諸島(Barrierinseln)、ゲースト島(Geestinseln)、ハリゲン(Halligen)など、いくつかのタイプに分類される。その中でハリゲンと呼ばれる島々に特に興味があった。ハリゲンとは、海抜が極めて低く、限りなく真っ平で、強い高潮が来るとほぼ水没してしまう小さな島々だ。堤防らしい堤防はなく、人々は「ヴァルフト(Warft)」と呼ばれる盛土をした小高いエリアに住んでいる。

北フリースラント・ワッデン海にはそんなハリゲンが10島存在する(ちなみに、ハリゲンというのは複数形で、一つ一つの島はハリヒまたはハリクと呼ばれる)。そのうち、もっともアクセスの良いハリヒ・ホーゲ(Hallig Hooge)へ行ってみることにした。オックホルム(Ockholm)という村のSchlüttsielという港から1日に1便、フェリーが出ている。

フェリーに乗り込んで出発!

干潟にはPrielと呼ばれる水の流れがあり、それに沿って航路が整備されている。港を出発したフェリーが航路を進み始めると、ユリカモメの群れがフェリーが立てるさざなみに沿って飛びながら、ついて来た。フェリーの動きによってできた波が海の浅い部分をかき乱し、彼らの餌となる小さな生き物を水面に浮き上がらせる、その瞬間を狙って捕まえているようだ。印象的な光景だった。

曇っていて船の上は寒かったけれど、手すりに寄りかかりながら海を眺めいたら、遠くの砂州の上にアザラシが1頭休んでいるのが見えて感激した。

ハイイロアザラシ(Kegelrobbe)の子どもかな?

北海にはたくさんの洋上ウィンドパークがあるだけあって風が強く、やっぱりどこか荒々しい雰囲気。南の島へボートで出かけるような優雅さはない。ハリヒへ行くんだ!と気持ちが高揚していたから楽しく感じたけれど、そうでなければどちらかというと苦行かもしれない。

出発から1時間ほど経って、右手に最大のハリヒであるランゲネス(Langeneß)、その左に目指すホーゲ(Hooge)が見えて来た。

ヴァルフトが点在する長細いハリヒ、ランゲネス。ヴァルフト以外は見事に真っ平。

ああ、あれがハリゲンなんだ。冷たい海に囲まれ、潮が満ちるたびに地面が消え、盛土をしなければ人が生活することのできない島。これまでに世界各地で見た島のどれとも似ていない、この特殊な島々は、どのようにしてできたのだろうか。

シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の西の海岸はかつては今よりももっとずっと西にあった。つまり、現在、ハリゲンが点在するエリアは、もともとは陸地だった。およそ1万年前、氷期が終わり、海面が上昇すると、沿岸地域は海に沈み、干潟となった。このとき、陸地のうちわずかに高かった場所は島となって残ったが、潮の満ち引きや高潮で何世紀にもわたって土地が削り取られ、別の場所に運ばれて堆積した。海の中で堆積物が少しづつ高さを増し、形成されていったのがハリゲンだ。水のダイナミズムによって生まれたハリゲンは、形成後も潮流によって分断されたり嵐で崩れたりし、頻繁に地形が変化した。かつて、ワッデン海には100以上のハリゲンが存在していたとされるが、そのほとんどは失われ、一部は本土に接続されて、現在残っているのは10島のみだ。

ようやく、ホーゲが間近に見えて来た。島の周囲には石の護岸があるだけで、堤防は見えない。陸の高さは平均満潮水位より約1メートル高いだけ。強い高潮が来ると、建物の立っているヴァルフト以外は水没して見えなくなる。その現象はラントウンター(Landunter)と呼ばれる。

ホーゲの港に到着。

どんよりしていた空が、うっすらと晴れてきた。ハリゲンの中で2番目に大きいホーゲの面積は約 5.78 km²。日帰りの場合、島に滞在できるのは4時間ほどなので、自転車を借りることにした。(馬車によるツアーもある)

道路はよく整備されていて、ヴァルフトからヴァルフトへサイクリングするのは気持ちが良い。でも、7月半ばで「寒くも暑くもない」という感じだから、真夏以外はけっこう寒いんじゃないかな。

島のウェブサイトによると、ホーゲの現在の人口は106人。ヴァルフトが11箇所あり(そのうちの1箇所は無人)、家や家畜小屋などはすべてその上に作られている。高潮が来ると、ラントウンター状態になる前に、住民だけでなく家畜もみなヴァルフトへ避難しなければならない。

ホーゲのヴァルフトのうち一番大きいハンスヴァルフトには「Sturmflutkino(高潮映画館)」という小さな映画館があり、住民が撮影したショートフィルムを見せてくれる。ラントウンターとはどういう状態なのかを映像で体験できる。ドラマチックな演出ではなく、島民の日常生活を淡々と撮影しましたという感じなのだが、けっこう怖いと感じた。平時に村の中心部にある子どもの遊び場で子どもたちが楽しそうに遊ぶ姿が映し出される。高潮がやって来ると、海水が島を覆い、遊び場は遊具もろとも消えてしまう。水が引くまでは、子どもたちが遊び場で遊ぶことはできないのはもちろんのこと、ヴァルフトからヴァルフトへの移動もできない。水に囲まれた半径わずか数十メートルの空間に閉じ込められてしまうのだ。ハリゲンでは一年に数回、ラントウンターが起きるそうで、住民の人たちは慣れっこになっているだろうけれど、自分が実際に体験したら不安になるだろうなあ。

ヴァルフトは5〜7メートルの盛土がされているだけで、コンクリートの高壁で囲まれているわけではない。どの程度の嵐まで耐えられるのだろう?実際、ヴァルフトごと流されたり、盛土が崩れて家屋が崩壊するなどの惨事が、ハリゲンの歴史において繰り返し起こっている。1825年に起きた「ハリゲン洪水」と呼ばれる史上最悪の災害時には、現存するハリゲン以外のハリゲンが水没し、消失してしまった。このとき、ホーゲでは家屋230棟が崩壊し、74名が亡くなっている。ハリゲンは常に自然の脅威にさらされ、変化し続けているのだ。技術の進歩した現代では大きな被害は食い止められているが、ドイツの北海沿岸では、気候変動の影響で過去100年間で約20〜25cmの海面上昇が記録されており、近年、ますます加速傾向にある。ハリゲンを襲う高潮の頻度や強度も高まる可能性がある。

ではなぜ、住民を守るために、周囲をコンクリートの防波堤で固めるなどの強固な対策を取らないのだろうか?

そこには、大規模な人工物で自然を改変するのではなく、できる限り自然本来の性質を利用して被害を抑えようという考えがあるようだ。ワッデン海は世界でも類を見ない生態系と文化を保有する地域としてユネスコ世界遺産に登録されており、その中でハリゲンが位置するシュレスヴィヒ=ホルシュタインのワッデン海はユネスコ生物圏保護区にも指定されている。ハリゲンで繁殖する野鳥は推定およそ6万羽。貴重な生態系をなんとしてでも守っていかなければならないのだ。島の景観を守ることは、観光地としての価値を維持することでもあり、住民の暮らしを支えることにもなる。そうした考えから、沿岸の侵食された部分に砂を補充し、高潮の衝撃を和らげる緩衝地帯を作ったり、高床式の住居を導入するなどのソフトな災害対策が選択されている。

ハリゲンの陸地を覆う草原は、海から運ばれて来る細かい泥やシルト、砂などが堆積して形成される塩性湿地(Salzwiese)だ。熱帯雨林に匹敵する温室効果ガス吸収力を持つ。渡り鳥や昆虫、甲殻類など多様な生物の生息地としても極めて貴重だ。塩性湿地は世界中で失われつつある。ハリゲンの塩性湿地が維持されるためには、定期的にラントウンターが起きることが不可欠なのだと知った。島がたびたび水没するなんて、さぞかし不便で大変だろうと余所者の私は感じてしまったが、そうした自然現象と共に生きることこそがハリゲンに暮らすということなんだなあ。

塩性湿地にはたくさんのミヤコドリがいた。ピィーッというホイッスルのような鳴き声が賑やかだ。

ハリゲンを囲む広大な干潟も野鳥にとって貴重な餌場だけれど、気候変動で海面が上昇すれば、干潟は縮小し、野鳥は充分に餌を見つけることができなくなってしまう。気候変動は、ハリゲンに住む人たちにとってだけでなく、野鳥や干潟の生き物たちにとっても大きな脅威なのだと肌で感じることができた。

満潮時のハリヒ・ホーゲ。干潮時には周囲に干潟が現れる。

ヴァルフトがいかに小さなスペースかがわかる。

わずか数時間の滞在だったけれど、とても印象深い訪問となった。気候変動をリアルな脅威として感じる体験となった。今後、気候変動のキーワードを目にするたび、耳にするたびに、ハリヒ・ホーゲの風景を思い出すだろう。

野鳥を見に、ワッデン海国立公園へ行って来た。ワッデン海はオランダからデンマークまで続く世界最大の干潟を持つ沿岸地域で、その特殊環境はユネスコ世界遺産に登録されている。そのうち、ドイツの沿岸にあたる部分はニーダーザクセン・ワッデン海国立公園、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン・ワッデン海国立公園、ハンブルク・ワッデン海国立公園という3つの国立公園から構成されている。ワッデン海へ行くのはこれが2度目。こちらの記事に書いたように、前回はニーダーザクセン・ワッデン海国立公園を訪れた。夏の終わりで渡鳥のシーズンにはまだ早かったにもかかわらず、たくさんの野鳥を見ることができて大感激し、次に来るときには野鳥の種類が特に多くなる春にしようと決めていた。

今回目指したのは、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン・ワッデン海国立公園のベルトリンクハルダー・コーク(Beltringharder Koog)。港町フーズム(Husum)から北西におよそ15kmのところに位置している。ベルトリンクハルダー・コークに限らず、ワッデン海沿岸には地名にコーク(Koog)とつく場所が多くある。聞く慣れない言葉だが、潮の満ち引きの影響で時間帯によって冠水したり陸地になったりする地形、つまり塩性湿地という意味だと知った。

ベルトリンクハルダー・コークは堤防によって海と隔てられた自然保護区で、塩湖や淡水池、塩沼、湿った草地など異なるゾーンから成る。その環境の多様性ゆえに、さまざまな野鳥がここに集まるのである。

現地で入手したパンフレットの地図。環境ゾーンが色分けされている。

今回の2泊3日の旅行ではバードウォッチングに集中したかったので、ベルトリンクハルダー・コーク唯一のホテル、Hotel Arlau-Schleuseに泊まった。抜群のロケーションで、部屋も快適。

 

ホテルのすぐ前の堤防に上がると湿地が広がっている。

ホテルから堤防に沿って北にわずか数分歩くと、Aussichtsturm Kranzと呼ばれる見晴らし台が立っている。到着した日、見晴らし台に登り、辺りを見渡して驚いた。なんとそこにはおびただしい数のカオジロガンがいたのだ。

一体何羽いるんだろう?

カオジロガンたちは堤防を挟んで海側の湿地と畑を行ったり来たりしているようだった。

 

頭の上を黒いベールが風に乗って通り過ぎていくかのようで、圧倒される。

Zugvögel im Wattenmeer – Faszination und Verwantwortung“(タイトルを訳すと、「ワッデン海の渡鳥 〜 その魅力と私たちの責任」となる)という資料によると、カオジロガンは真冬の間は沿岸よりもやや内陸で過ごし、ワッデン海の塩沼には植物が豊富になる3月の終わりにやって来る。そこでお腹いっぱい食べてエネルギーを蓄え、4月の終わりから5月にかけて旅立ち、ノンストップで繁殖地である北極圏のカニン半島へ移動する。ちょうどシーズンなので今回見られるかもしれないとは思っていたが、ここまで大きな群れとは想像していなかった。これを見られただけで、来た甲斐があった。

お腹が丸々しているのはたっぷり食べている証拠

カオジロガンはドイツ語ではWeißwangengans(直訳すると「白い頬のガン」)またはNonnengans(「修道女ガン」)と呼ばれる。修道女と言われると、確かにそんな風に見えなくもない。

野鳥天国ベルトリングハルダー・コークで見られるのはもちろんカオジロガンだけではなく、今回のわずか1日半の滞在中にいろいろな野鳥を見ることができた。それについては次の記事に記録しよう。

 

(おまけ)ホテルの朝食。ドイツの朝食は一般的にはパンとハム、チーズだけれど、海辺ではお魚もあるのが嬉しい。

 

 

夏もそろそろ終わり。寒くなる前にと、遅めの夏休暇に出かけて来た。行き先はかねてから行きたかったワッデン海(Wattenmeer) 。

ワッデン海はデンマークのスカリンゲン(Skallingen) からオランダのデン・ヘルダー(Den Herder)まで続く北海沿岸地域で、世界最大の干潟が広がっている。そのほぼ全域が自然保護区で、UNESCO世界自然遺産に登録されている。大部分の地域がドイツに属しており、3つの国立公園(ニーダーザクセン・ワッデン海国立公園、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン・ワッデン海国立公園、ハンブルク・ワッデン海国立公園)から成る。今回はそのうちのニーダーザクセン・ワッデン海国立公園)を訪れることにした。

だいたい赤で囲んだあたり。超正確ではありません。

といっても、ニーダーザクセン・ワッデン海国立公園も広い。どこへ行けば干潟をもっともよく味わえるのだろうか。国立公園のウェブサイトやガイドブックを見てもいまひとつ摑みどころがなく、わからない。それに、北ドイツは天気が変わりやすく、せっかく海辺に宿を予約して行っても、天候次第ではあまり楽しめないかもしれない。そんな懸念から、とりあえずオランダとの国境に近いレーア(Leer)という町へ行き、そこからルートを考えることにした。

レーアはオストフリースラント(Ostfiresland)と呼ばれる地方の玄関口となる町で、人口は約3万4000人とこじんまりしているが、旧市街の美しい魅力的な町ですぐに気に入った。オストフリースラント地方は固有の言語と独自の文化を持ち、日常的に紅茶を飲む習慣があることで知られている。オストフリースラント紅茶の3大ブランドの一つ、Bünting社の本社はこのレーアにある。

オストフリースラント地方の人々はドイツの他の地域の人たちの10倍以上の量の紅茶を飲むそうだ。「オストフリーゼンテー」と呼ばれるこの地方オリジナルの紅茶はアッサム茶のブレンドで香り高く、普段は紅茶をあまり飲まない私もとりこになってガブ飲みしてしまった。紅茶文化が伝統として根付いているこの地方には特有の紅茶の作法がある。クルンチェ(Kluntje)と呼ばれる大きめの氷砂糖をカップに入れて熱い濃いめの紅茶を注ぎ、少量の生クリームをスプーンでそっとカップの縁に沿って入れ、かき混ぜずに頂くのがオストフリースラント式だそうだ。レーアには紅茶博物館、Bünting Teemuseumもある。オストフリースラントの紅茶文化やその他の生活文化についてじっくりと知りたいものだが、今回は文化にほとんど興味のない夫と一緒。滞在日数が限られているので、文化探索は別の機会に譲ることにしよう。

さて、このレーアを起点にDollart湾に出て、海沿いを北に向かってゆるゆるとドライブしながら観光した。赤レンガの建物の並ぶ小さな町や村、歴史的な粉挽き風車と発電のための近代的な風力パーク、大小の灯台、どこまでも広がる湿地帯と草を食む羊達。広々とした風景を見ながら移動するのは楽しい。そのままNordenという町まで行ってオストフリースラント諸島の島のどれかへ渡ろうと考えたのだけれど、天気が怪しくなって来た。また、コロナ禍がまだ収束していないため、島内のガイドツアーなどにも制限があるようだ。せっかく行くならツアーにも参加できて目一杯楽しめるときの方がいいかなと思い、今回は島は断念することにした。西へ移動し、ヴィルヘルムスハーフェン郊外のダンガスト(Dangast)という保養地に宿を取った。

ダンガストの港

Jadebusen湾に面したこのダンガストは古くからある保養地で、なかなか素敵な場所だった。Jadebusen湾の真ん中にはアンガスト灯台が立っていて、天気が良ければ海岸からその姿を眺めることができる。

うーん、曇り空で300mmの望遠レンズだとこれが精一杯、、、。

すっかり前置きが長くなった。この記事で書きたいのは野鳥についてだった。最近、バードウォッチングが新たな趣味となった私なので、ワッデン海で野鳥を見るのを楽しみにしていたのだ。ワッデン海の生物多様性は極めて高い。アザラシがたくさん棲息することでもよく知られているが、世界的な渡り鳥の拠点としても有名である。9月の初めなのでまだ渡り鳥のハイシーズンではない。だからあまり見られないかなと思ったけれど、鳥はいたるところにいた。

どこもかしこも群鳥だらけ。普段からこれだったら、ハイシーズンは一体どんだけすごいんだろ。

干潟はどこでも同じような感じかと思ったら、砂の干潟(Sandwatt)と泥の干潟(Schlickwatt)があることがわかった。Dollart湾やJadebusen湾には泥がたくさん堆積している。干潮時にダンガストの海岸を歩いてみた。

ズブズブと埋まってしまうので、転ばないように歩くのはちょっと大変だ。干潟を歩くのは当然ながら干潮時にしかできない。天気がころころと変わり、いざ歩こうと思ったタイミングで空が曇ってしまって残念だった。

こちらはその翌日に行った北東部のKooksielの海岸。砂の干潟で、足が泥に埋まることなく、わりと普通に遠くまで歩くことができる。このときは晴れていた!

天気が良いと美しい様々な砂紋が楽しめる。

ワッデン海の干潟はどのようにしてでき、どう変化していったのか。Marschlandと呼ばれる海沿いの湿地にはどんな特徴があるのか。ワッデン海にはどんな生き物が生息し、人々はどんんな暮らしをして来たのか。オストフリースラントとワッデン海の自然について、もっと知りたくなった。4泊5日の滞在では短かすぎる。オストフリースラント諸島も一つ一つ違う特徴があるようだ。

次回はたっぷりと時間を取って島にも滞在したい。北海は夏でも泳ぐには水が冷たいけれど、南欧の海辺の休暇とはまた違った感動があるね。近々また来られるといいなあ。