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1日半、アンボセリ国立公園でのサファリを楽しんだ後は、ケニア中央部にあるオル・ペジェタ生物保護区(Ol Pejeta Conservancy)へと向かう。移動に8時間近くかかるので、早朝6時に出発である。ロッジの朝食は6時からなので、朝ごはんを食べている時間はない。ガイドのルーカスさんが車の中で食べられるようにとコーヒーや朝食を箱詰めしたものを手配してくれていた。

ナイロビを通過し、ケニア山の西側山麓を回って北上した。残念ながら車の中からは写真が撮れなかったが、山頂の尖ったケニア山とその周辺の青々した森林風景はとても美しい。山麓の剥き出しになった土壌はこれ以上あり得ないと思うほど赤い。かつて活発な火山だったケニア山の周囲には火山噴出物が豊富に堆積し、それが長年にわたって風化し、酸化鉄(Fe₂O₃)を多く含む赤土が形成された。このような土壌はラテライト(latelite)、日本語では紅土と呼ばれ、高温多湿な環境で形成されやすい。ケニア山の麓は比較的雨が多く、化学風化が進みやすい環境であるらしい。

ナニュキ(Nanyki)という町で幹線道路を降りて、さらに14km。道路のコンディションが悪く、だんだん移動に嫌気が差してきた頃、ようやく宿に到着。ロッジはオルペジェタ生物保護区のゲートの目の前にあった。ランチを食べて少し休憩の後、保護区内に入った。

オルペジェタ保護区のゲート内の管理棟

オルペジェタは国立公園ではなく、国際NGOであるFauna & Flora Internationalが管理する保護区(Conservancy)だ。総面積は360km2とアンボセリ国立公園に匹敵し、ビックファイブを始めとする多様な野生動物が生息している。この保護区について特筆すべきは、絶滅の恐れのある種の保護に力を入れていることで、虐待や違法取引から救助されたチンパンジーたちや地球上に残る最後の2頭のキタシロサイを保護している。

この保護区ではサファリカーによるドライブサファリの他にもブッシュウォークやナイトサファリ、犬を使ったアニマルトラッキングなどいろいろな面白そうなアクティビティが提供されている。しかし、私たちは翌朝には次の目的地に向かって出発することになっていたので、保護区内を楽しむ時間は残念ながらこの日の午後の2時間ほどしかなかった。チンパンジーの保護センター(Chimpanzee Sanctuary)が16:30に閉まってしまうので、先にそちらに行きましょうとルーカスさんに提案されて、まずはそちらを見学することにした。

Chimpanzee Sanctuary

案内してくれたレンジャーさんの説明によると、この施設はケニアで唯一のチンパンジーの保護施設で、密猟や虐待から救助されたチンパンジーが適切な環境で回復し、社会性を取り戻せるように支援している。チンパンジーたちはフェンスで囲まれた広い敷地で群れを作り、専門家によるケアを受けながら自然に近い生活を送っている。ビジターはフェンス越しにチンパンジーの生活の様子を観察することができる、、、、のだけれど、私たちが行ったとき、ちょうどチンパンジーの食事どきに当たっていて、大部分のチンパンジーは敷地の奥へ移動していた。かろうじて3匹がフェンス付近にいたが、私たちの姿を見るとサッといなくなってしまった。レンジャーさんは「あの子たちは、目の前で親を殺されるという壮絶な体験をしたのでそれが強いトラウマになっていて、人間が嫌いなのです」と説明してくれた。そして、「あれはチンパンジーたちの宿舎です。夜はあの中に入って寝るんです」と広大の敷地の向こうにある建物を指した。「自然に近い生活をしているのに、チンパンジーたちは建物の中で寝るんですか?」と質問したら、「人間にペットとして飼われていたチンパンジーは幼少期から家の中で寝ていたので、屋外で寝るのに体が慣れていないんです。外で寝ると風邪をひいたり、酷いときには肺炎になってしまうこともあります。だから、建物の中で寝かせています」とのことだった。

サンクチュアリーの入り口付近には展示小屋があり、チンパンジーとその保護についての説明がある。ジェーン・グドールの写真も。

サンクチュアリーで保護されているチンパンジーたち。

残念ながら私たちはチンパンジーの姿はよく見られなかったが、事前に予約をすれば敷地内に入って餌やりの様子を見学することができるそうだ。忠志、1日に最大6名までに限定されており、見学には60ドルかかる。

チンパンジーの保護施設を見学した後は、サイを見に行く。保護区内にはシロサイ(white rhinoceros, Ceratotherium simum)、クロサイ(black rhinoceros, Diceros bicornis) 、そして前述の2頭のキタシロサイ(northern white rhinoceros, Ceratotherium simum cottoni)がいる。

シロサイ

シロサイは保護区内に130頭ほどいるそうだ。大きくて、身近で見るとすごい迫力がある。恐竜のトリケラトプスを思い浮かべてしまう。でも、トリケラトプスはサイの倍以上の大きさで、哺乳類であるサイの先祖ではないのだよね。種類の全く違う生き物が似た特徴を持つようになることを収斂進化といい、トリケラトプスとサイはまさに収斂進化によって似たよう見た目になったらしいが、なんだか不思議だなあ。

ナイロビの国立博物館に展示されているシロサイ(右)とクロサイ(左)の頭蓋骨。ツノはシロサイの方が長い。

シロサイはドイツ語でBreitmaulnashorn(「口の広いサイ」)と呼ばれるよう、口の幅が広くて四角い。それに対し、クロサイはSpitzmaulnashorn(直訳すると「口の尖ったサイ」)と呼ばれ、口の幅が狭くて尖っている。シロサイ、クロサイと言うけれど体の色は関係なく、シロサイが口の幅がwide(アフリカの言葉でwijde)なサイと呼ばれていたのをwhiteと勘違いして広まってしまったらしい。では、クロサイの方は?

保護区にはバラカ(Baraka)という名前の盲目のクロサイが保護されている。

クロサイのバラカ

完全に失明しているが、自分の名前はわかるそうで、レンジャーさんが「バラカ、バラカ」と呼ぶとゆっくりとこちらに向かって歩いて来た。フェンス越しに餌をあげさせてもらった。バラカというのは「神から祝福されている」という意味だそう。

バラカの背中に乗った鳥

サイやゾウなど、野生の動物の体にはその動物と共生関係にある野鳥が乗っているのをよく見かける。バラカにはツキノワテリムク (superb starling, Lamprotornis superbus)とアカハシウシツツキ(Rred-billed oxpecker, Buphagus erythrorynchus)がくっついていた。これらはサイの体についた寄生虫などを食べることでサイから利益を得ている一方で、ライオンなどサイを捕食する動物が近づくと警戒の鳴き声を上げてサイを危険から守っている。

さて、オルペジェタ保護区内の最大の目玉はキタシロサイだ。キタシロサイは特に1970年代から1990年代にかけて、中央アフリカの内戦や武装勢力の活動と絡んで、密猟が急増した。サイの角が漢方薬に使われ、高額で売買されているのは周知の通り。また、キタシロサイの主な生息地である中央アフリカのサバンナや森林が、人間の開発によって大きく縮小したことも原因である。2008年に野生での個体は確認されなくなり、事実上の野生絶滅が宣言された。地球上の最後のオス「スーダン」はここ、オルペジェタ保護区で保護されていたが、2018年に死亡し、ついにキタシロサイは生殖可能な個体がいない状態となってしまった。現在、スーダンの娘と孫娘である2頭、NajinとFatuが保護されている。スーダンの精子は冷凍保存されており、人工授精による復活が試みられているが、現時点では成功していない。つまり、キタシロサイは地球上、ここでしか見られない。

キタシロサイのNajin?それともFatu?

なのに、ああ〜。時間が押せ押せで、遠目にチラッとその姿を拝んだだけで保護区を出なければならないことになってしまった。なんとも無念。保護区内には保護活動について学べるMorani Information Centerもあるが、寄る時間はなかった。

いろいろと心残りのある訪問となったけれど、ゲートに戻る道中、アンボセリ国立公園では目にしなかったいくつかの動物が見られたので、よしとしよう。

ハーテビースト (Hartebeest, Alcelaphus buselaphus)

ウォーターバック(Waterbuck, Kobus ellipsiprymnus

 

オルペジェタ生物保護区は、もしまたケニアに行くことがあれば、優先的に再訪したい場所の一つだ。

 

この記事の参考サイト&文献:

オルペジェタ生物保護区のウェブサイト

ドイツ語ガイドブック Reise Know-How Verlag,   “Kenia – Reiseführer für individuelles Entdecken”

ナショナルジオグラック記事 最後の2頭となったキタシロサイ、「脱絶滅」技術で救えるか