(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

パナマ旅行の最終日。朝、トクメン空港へ娘を送って行った。娘は私たち親と一緒に家に帰らずにそのままコロンビアへ移動することになっていた。高校を卒業してギャップイヤー中の娘には時間がたっぷりとある。羨ましい。私と夫は夜の便で空港で時間を潰すには長すぎるので再び市内に戻ることにした。

今回のパナマ旅行では自然を満喫して来たが、最後はパナマの歴史に触れて締めくくりたい。旧市街カスコ・ビエホ地区(Casco Viejo)にあるパナマ歴史博物館(Museo de La Historia de Panamá)を見ることにしよう。

カスコ・ビエホ地区の古い街並みは建物の修復が進行中でかなり綺麗になっており、文化的でお洒落な雰囲気だ。

カスコ・ビエホ地区は小さいが、ユネスコ世界文化遺産に登録されている。

大聖堂

パナマ歴史博物館はパナマ運河博物館(Museo del Canal Interoceanico de Panamá)の隣のパナマ市庁舎(Palacio Municipal)の中にある。写真の右側のピンクの建物。しかし、市庁舎の中に入ったものの博物館の受付らしきものは見当たらない。「歴史博物館はどちらですか?」と警備員らしき人に尋ね、通されたのは狭く古くさい事務室のようなところで、そこで来館者記記録簿に名前、国籍などを記入させられ、一人1ドルを払って展示室へ進んだ。

「パナマの歴史」の展示はスペイン人が入植した16世紀から始まっている。ちょっとびっくり。コロンブスがやって来る以前にも現在のパナマの国土には人が生活していたし、文化も存在したが、それについては触れられていないのだ。むろん、スペインの入植以前には「パナマ」という概念は存在しなかったかもしれないが。1501-1821年の展示物はわずか数個で、その隣には1880-1889年の展示物が数個。時代をジャンプし過ぎじゃない?パナマの歴史超超ダイジェスト版という感じの簡潔極まる展示。あっという間に見終わってしまった。うーん、、、。これならドイツから持って来たガイドブックの方がよほど詳しいよと少々、呆れてしまった。

でも、「エスニシティと多文化主義」と書いてあるこのパネルにはとても興味をそそられた。パナマに来て以来、「パナマ人」とは誰のことを指すのかと気になっていたのだ。パナマに来てトクメン空港に降り立ってすぐに感じたのは、「いろんな外見の人がいるな」ということ。私の住むドイツ社会も特に都市部はマルチカルチャーだが、それともまた違う。世界のいろいろな国出身の人たちが共存しているというよりも、パナマではほとんどの人がミックスされた文化背景を持ち、そのミックス具合が人によってそれぞれ違うという印象を受けた。

実際、パナマの人口約410万人のマジョリティは先住民(インディオ)とスペイン人入植者との間の混血であるメスチソ及び黒人と白人移民の混血であるムラートである。アフリカ系の人たちには植民地時代に奴隷として連れて来られたアフロ・コロニアルと後の時代に労働者としてカリブ海の他の国々からやって来たアフロ・アンティージャがいる。その他に白人、先住民族(ノベ・ブグレ族、クナ族、エンベラ-ウォウナン族、ナソ族、ボコタ族、ブリブリ族、パララ・プルー族)、中国系、ユダヤ系、インド系などあらゆるルーツの人々が共存している。だから、パナマの人々は外見的特徴だけでなく文化も多種多様で、「典型的なパナマ人」というものが存在するのかどうか、存在するとしたらどのような人のことを指すのか、旅行者として少し滞在したくらいでは皆目わからないのだ。その把握しにくさがパナマの魅力であるかもしれないと思った。

簡略過ぎてわからないパナマ歴史博物館を一通り見た後は、隣のパナマ運河博物館へ行った。ここでは入館料は一人10ドル!歴史博物館のなんと10倍だ。歴史よりも運河の方が重要なのか?と思わず笑ってしまう。しかし、館内の展示を見てなるほどと思う。「パナマの歴史は運河の歴史」と言えば言い過ぎかもしれないが、パナマ運河がパナマという国の歴史においてとてつもなく大きなウェイトを占めていることは間違いないようだ。運河が開通するよりもはるか前から、人々は航路を求めてこの地峡にやって来、あるいは連れて来られ、定住し、運河のために働き、運河に翻弄され、そして運河の恩恵を受けて生きて来た。パナマという国はそうして創り上げられたのだ。

運河博物館は10ドルの入館料に恥じない立派な博物館だった。でも、残念ながら写真撮影は禁止。先コロンブス期の考古学的な展示物もあり、運河に関しても様々な側面から展示を行なっていて興味深い。でも、植民地として長い間支配を受けて来た国の歴史なので、見ていて複雑な気持ちにもなった。

地峡の国パナマは、Biomuseoで見たように南北アメリカ大陸の生き物たちが交差することで豊かな生物多様性を獲得しただけでなく、世界のあらゆる地域の人たちが集まり高い文化的多様性をも獲得したのだなあ。なんて興味深い。

でも、刺激的なパナマ旅行もとうとうこれでおしまい。3週間、とても盛りだくさんだったなという充足感と、いやまだまだほとんど何も見れていないという心残り、二つの相反する気持ちの間で揺れながら、私たちはとうとう飛行機に乗り込んだのだった。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

つれたさパナマシティ に滞在中、偶然見つけてとても気に入ったレストランがある。それはCorozal地区にある魚レストラン、Maa Goo´s Fisch Tacosだ。入り口に大きな魚拓が飾られていたので、なんとなく惹かれて立ち寄った。

 

店内はお洒落カジュアルでいい感じである。

カウンターで注文して自分で料理をテーブルに運ぶ形式。小腹が空いていたのでいくつか料理を注文した。セビーチェとフィッシュタコス、フィッシュサラダなど、お魚づくし。

セビーチェとトルティーヤチップス。シンプだけれど、とても美味しい。フレッシュパイナップルジュースを頼んだら、紙製のストローがついて出てきた。最近、ヨーロッパではプラスチックストローの使用をやめようという動きがあり、紙製のものに置き換える店が増えているが、パナマでもそのような動きがあるのだろうか?これまで観察した限りでは、パナマはプラスチックごみがとても多いと感じていたので、意外に感じた。個人的には、紙製ストローはすぐにふやけて使いづらいし、そもそもストロー自体が不要なのでは?と思うのだけれど、このレストランは環境に配慮していることが感じられた。

フィッシュタコスとサラダもとても美味しい。焼きたてのお魚がたっぷり入っている(写真は撮り忘れてしまった)。美味しい美味しいと頬張っていると、夫がビールをカウンターに取りに行って、なかなか戻らない。注文に手こずっているのかなと思っていたら、ようやく戻って来た。

「オーナーが話しかけて来てさ。なんかすごく環境保護に熱心な人みたいだよ。持続可能なフィッシングを実践していて、その方法を伝えるために釣りツアーやスノーケリングツアーもやっているらしいよ」。「へえ、そうなの?」興味が湧いた。

食事を済ませて店を出ると、エプロン姿のオーナーが網に乗せた魚を燻製器に運んでいるところだった。会釈すると、元気な声で話し始める。「どうだった、フィッシュタコスの味は?美味しかった?それはよかった。今ね、釣れたての魚をスモークするところだよ。よかったら見てって」

わー、美味しそう。

濡らしたウッドチップを炭火に投入し、釣れた魚をスモークする。

燻製装置

米国から移住して来たというオーナーは燻製器の蓋を閉め、「この店で出す魚はすべて自分たちで釣ったもので、魚市場では一切買っていないんだよ」とカジュアルな口調で説明してくれた。

「うちでは持続可能な方法で釣った魚だけをお客さんに食べてもらっているんだ。刺し網を使う従来の方法は環境を破壊するからね。ゴーストフィッシングっていって、破棄されたり流されて紛失した網が海の中でサンゴ礁や海の生き物を傷つけるんだよ。これは単なる知識で言ってるのではなくて、スノーケルやダイビングをして実際に海中の環境がどうなっているのかを自分の目で見ているから言えることなんだ。エビのトロール漁法も問題だ。網にかかる捕獲物のうち、エビの割合はどのくらいだか知ってる?たった10%だよ。90%はバイキャッチ(混獲)だ。10%のエビを獲るために90%が無駄に捕獲される。これはどうにかしなければならないよね」

パナマのエビはすごく美味しい。でも、そのエビを食べるために他の生き物が多く犠牲になっているという。

「もちろん、地元の漁師たちをリスペクトしなければならない。でも、啓蒙することも大事だ。だから、自分が見たことをこうしていろんな人にシェアしているんだよ。君達もぜひ、他の人に伝えてね」

これからエビを食べるたびに彼の話を思い出すかもしれない。私たちはパナマには観光のためにやって来た。美味しいシーフードを食べ、森や海の景観を楽しみ、動物や植物を観察して感動的な毎日を過ごしている。でも、それだけではない。この3週間の間に、JunglaRaquel´s Arkという二つの野生動物保護施設、コロン島のペットボトル村無人島でウミガメの保護ボランティアをする青年、そしてこのMaa Goo´s Fish Tacosのオーナーさんのような人たちと知り合い、彼らのプロジェクトについて直接、お話を伺うことができた。どれもパナマの美しく豊かな自然環境を守る真摯な取り組みである。そのような活動をしている人たちがいると知ったことも今回の旅で得られた大きなものだと感じている。

「ところで、店名のMaa Gooってどういう意味ですか?」

「ああ、それはね。うちの息子が赤ん坊だった頃、ミルクを飲むマグカップのことをMaa Gooと呼んでたんだ。それがすっごく可愛かったから、いつか自分のレストランを持つことができたら、店の名前をMaa Gooにしようって決めてたんだよ」

店内の壁はオーナーさんのご家族の幸せそうな写真で飾られていた。

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

私の夫と娘はネイチャー派で休暇は自然の中で過ごすのが好き、特に熱帯が大好きだ。私は昔はどちらかというと文化的な旅が好きだったのだが、彼らと一緒に過ごすうちにだんだん感化されて自然の中での休暇が大好きになった。

熱帯は楽しい。トロピカルな海で泳ぐのも大好きだし、日本やドイツでは見られない珍しい植物や生き物が見られる喜びは本当に大きい。私は果物アレルギーで果物は普段全く食べられないのだが、熱帯に行くと、なぜか一時的に果物アレルギーが治ってしまうのだ。熱帯に到着した瞬間からマンゴーやパパイヤやパイナップルをたらふく食べられる。だから、熱帯は私にとってパラダイスである。

とはいえ、熱帯には嬉しくないことも少なからずある。まず、虫が多い。私は虫は見る分には平気というか、むしろ好きだけれど、刺されるのはごめんだ。熱帯にはマラリアなど病気を媒介する虫もいるから注意しなくちゃならない。今回の旅行は蚊が多くなる雨季ということもあり、熱帯仕様の蚊除けスプレーと、万が一マラリアにかかったときのための薬を医者に処方してもらい、持っていった。

ボケテ高原は標高が高いせいか思ったほど蚊がいないなと安心していたのだが、ある朝、起きると全身に赤いポツポツができている。蚊に刺されたときほどではないものの、痒みがある。ベッドに何かいるのか?しかし、一緒のベッドに寝ていた夫は1箇所も刺されていない。「虫刺されじゃなくて、体の内側から来るものなんじゃない?」と夫は気味の悪いことを言う。でも、蕁麻疹が出るようなものを食べた記憶もないし、、。一体なんだろう?不思議に思ってツイートすると、青年海外協力隊員としてパナマに滞在されたご経験のある宮﨑大輔さんが、このように教えてくださった。

チトラに噛まれたのだろうか。ありえない話ではない。あるいは、動物保護センターで動物を触ったから、もしかしてノミを移されたのかもしれない。2、3日様子を見たが改善しないので、薬局で薬を買う羽目にになった。幸い、薬局で買った薬がよく効いて最初に刺された(噛まれた?)分は良くなったものの、その後も次々と蚊に刺されるので、旅行中はずっと身体中、虫刺され跡だらけだった。

熱帯は湿度も辛い。気温は30度前後だったので暑さはそれほどでもなかったが、とにかく尋常ではない湿度の高さである。泊まった部屋には天井のファンかエアコンがあるから耐えられないほどではないけれど、問題は洗濯物で、洗ったものを干しておいても全然乾かない。日中、外を歩き回って汗をかいたり海で泳いだりするので汚れ物はどんどん溜まっていく。でも、洗っても乾かないので湿ったまま着るしかない

最悪なのは靴だった。海へ行くときはビーチサンダルで良いとして、ジャングルの中を歩き回るにはしっかりしたトレッキングシューズが必要である。最低限、スニーカーは履かないと、とても歩けない。道は湿っており、雨の後はぬかるみ、すぐに靴がドロドロになってしまう。川が流れていて靴のままバシャバシャと歩いて渡らなければならないこともあるから、毎日のように靴が濡れる。一旦靴が濡れるとなかなか乾かないので、それをしばらく車の中に放置しようものなら悪臭を放って大変なことになる。もちろん、泥や砂、汚れた服や靴で車もどんどん汚くなっていく

そして、当然、自然の中は危険が多い

ある日、ドライブしていると道がぬかるんでいて、これ以上は車で進めなくなった。夫は「この先がどうなってるか、オレが一人で見てくるからここで待っていろ」と私と娘を車の中に残して夫一人で探検に行った。しばらくして戻った夫は「石の橋があって、その下が洞窟になっていたよ」と報告してくれた。

洞窟の中に入ってみたいけれど、雨が降っているし装備も用意していないのでやめておく、と夫。安全かどうかわからない場所では夫がまず一人で行って安全確認をし、問題がなければ私と娘を迎えに来るというのが夫の決めたルールである。夫は車の運転が得意で軍隊経験もあるので頼りになる。私も冒険好きだけど、一人で熱帯の自然の中を歩くのはリスクが大き過ぎる。

そんなわけで熱帯での自然探検はとても楽しいけれど、不快感もそれなりに伴うのである。まあ、とにかく汚いのだ。私たちは別に汚いのが好きというわけではないのだけれど、自然探検にはそれ以上に楽しいことがたっぷりあるから多少の不快さは許容しているというわけなのだ。

乾季に旅行すると比較的快適に過ごせるけれど、パナマは年間2/3が雨季ということもあり、その他いろんな事情もあって今回は乾季に来ることができなかった。雨季でも一日中ザアザア降るわけではないし、今回は3週間の日程なので雨が上がっている間に活動すれば十分楽しめるけれど、日程に余裕がない場合は、やはり乾季を選んだ方が良いと思う

とはいえ、雨季には雨季の良さもある。コスタ・リカでネイチャーウォークに参加したとき、ガイドさんが雨季は「グリーンシーズン」と呼ぶのだと言っていた。乾季の熱帯はカサカサした景色になりがちだが、雨季の熱帯雨林は色鮮やかで瑞々しく、ジャングルらしさをより味わえる。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

パナマ旅行の最後の数日はパナマシティに滞在し、そこから日帰りできる場所を楽しむことにした私たち。パナマシティは近代的な高層ビルの立ち並ぶ大都市だが、都会は他の国にもいくらでもあるので、パナマではできるだけ熱帯の自然を楽しみたかった。

パナマは首都周辺も自然がとても豊かだ。パナマ運河地帯は広範囲が森林に覆われていて、いくつもの国立公園や自然保護区がある。他の場所では絶滅の危機にある希少な動植物が多く生息しているそうだ。運河の右岸に細長く広がるソベラニア国立公園(Soberania National Park)はパナマシティからわずか25km。森林をハイキングしたり、チャグレス川をボートでクルーズしながら動植物を観察できるという。

行ってみて、その素晴らしさに驚いた。特に野鳥の多さは感動的で、小一時間ほどのクルーズの間にすごくたくさんの水鳥を見ることができた。ソベラニア国立公園で生息が確認されている鳥類は525種にも及ぶそうだ。ボートの上から撮影したのでピンボケの写真ばかりになってしまったが、たとえば、

ルーフェセント・タイガー・フェロン(Rufescent tiger heron)

アメリカササゴイ(Green Heron)

ヒメアカクロサギ(Little Blue Heron)の幼鳥?

キバラオオタイランチョウ(Great kiskadee)

アメリカムラサキバン(Purple Gallinule)

アカハシリュウキュウガモ(Black-bellied Whistling-Duck)

アメリカヘビウ(Anhinga)

アメリカレンカク(Northern Jacana)の幼鳥?

痛感したことは、熱帯に行くときにはその土地の野生動物や植物が載っているフィールドガイドを持って行った方が絶対にいいということだ。見たことのない生き物ばかりなので、フィールドガイドがないと「綺麗な鳥」「変わった動物」というので終わってしまう。それでも楽しいことには変わりないけど、なんという種類なのかわかった方がより楽しさが増すと思うのだ。私はパナマえはそれ以前のコスタ・リカ旅行の際に現地で買ったフィールドガイドを持って行った。生態系に共通項が多いので、まあまあ役に立った(画像の下の種名は今、この記事をリライトする際に調べて書いた。間違いがあったら是非コメントで教えてください)。実はこのときまで野鳥にはそれほど興味がなかったのだが、ソベラニア国立公園でたくさんの野鳥を見てすっかり魅了され、今ではすっかりバードウォッチャーになっている。

ボートから水鳥や亀、魚を眺めて楽しんでいると、そのうちにボートの運転手が「サルを見せてやる」と言って小島の岸辺にボートを寄せた。「バナナ持ってる?」と聞かれたので「ない」と答えると、「ちぇっ。ないのか」と言いながらも島の木々の上の方に向かって奇声を発してサルを呼んでくれた。餌をもらえると期待したノドジロオマキザルが数匹、木を降りて来た。枝伝いにボートに近づいて来る。

こういう展開を想定していなかったので、餌を用意していなかった。でも、野生のサルに餌付けをするのはどうなのかなあ。持ち合わせがなくてかえってよかったのかも。しばらくすると他の観光客らを乗せたボートが近づいて来て、彼らのうちの一人がバナナを岸に向かって投げたので、サルたちはそちらへ行ってしまった。

さて、私たちはそろそろ戻ろうかと思ったときだった。「見ろ!イグアナだ!」。夫の声に岸辺を見ると、そこには立派なイグアナがいた。すると、ややっ?2ひきのノドジロオマキザルがイグアナに近づいて行って威嚇を始めた。

そしてこのような結末に。予期せず面白い場面に遭遇し、興奮に沸く私たちであった。

 

ボートクルーズの後は公園内の森を散策。

「公園」とはいってもジャングルだからね。靴はすぐにドロドロになってしまう。汚れるのが好きでない人にはおすすめしない。毎日のようにこんなことをしているので、どんどん汚くなって行く私たち。

首都から30分の地点でこんな豊かな自然体験ができるなんて、パナマは信じられない国だ。そして、私たちはすでに2週間以上に渡って野外活動を楽しんでいる。こんな贅沢な機会を与えてくれるパナマの自然環境に感謝するのみである。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボケテ高原で1週間、コロン島で1週間を過ごした後、再びパナマシティへ戻って来た。今回の旅行は3週間の日程で、コロン島の後は太平洋側のコイバ島かカリブ海側のサンブラス諸島のどちらかへ行くつもりだった。天候などを見てどちらにするか決めようと思っていたのだが、コロン島で毎日数時間、雨に降られたので、雨季の今はパナマシティに戻ってそこから日帰りで行ける場所を訪れる方が天候に臨機応変に対応できそうだと思い、残りの日はシティのホテルに滞在することにした。

それと別に関係ないけれど、この旅行記には食べ物のことをあまり書いていないので、ここらでまとめてパナマの食べ物について書いておこう。

私は普段、食べ物にはそれほどこだわらないが、知らない土地に行ったらそこのローカルフードを味見したい。私に限らず、日本人にはご当地食に興味のある人が多いのではないかな。ところが、場所によってはローカルフードになかなかありつけないことがある。というのは、欧米観光客には知らないものより食べ慣れたものを食べたがる人が少なくないため(もちろん、人によるが)、欧米人を主なターゲットとした観光地では彼らの味覚に合わせた食事を提供しているのだ。朝食はパンにハムやチーズ、卵料理、昼や夜もハンバーガー、パスタ、ピッツァ、ステーキなどがメインだったりする。

私は欧米で洋食を食べるのは好きだけれど、アジアやアフリカやその他の地域に行ってまで欧米料理をわざわざ食べたくない。洋食の本場ではないのでクオリティがいまいちだし、その土地にはその土地の美味しいものがあるのだから。しかし、ローカルフードを出す店が見つからなければしかたがない。パナマに着いて最初に泊まったホテルの朝食はこんな感じだった。

ビュッフェ形式で、パナマの食べ物と思われるものがかろうじていくつかあったので早速試してみる。手前の皿の上の方に見える円盤状のものとフライドポテトに似た揚げ物、そしてよくわからないでんぷん質の棒状のもの。円盤状のものはトルティーヤと呼ばれる潰しトウモロコシを固めて油で揚げたもの。メキシコ料理のトルティーヤのような薄い皮状ではなく、厚くてぽてっとしている。フライドポテトのようなものはキャッサバのフライでユカと呼ばれる。味はフライドポテトに似ている。そしてよくわからないでんぷん質のものは茹でキャッサバらしい。

正直に言おう。食べてみたが、どれもあまり美味しくは感じなかった。モソモソとしていて味があまりなく、脂っこい。不味いわけではないが、この時点ではふーんという感じ。でも、この後、他の場所でこれらを繰り返し食べることになり、作りたてのものはとても美味しいと判明した。トウモロコシの粉にせよ、キャッサバにせよ、それ自体の味はニュートラルで、揚げたてはサクサク、ホクホクとして美味しいけれど、時間が経つと食感が損なわれてあまり美味しくなくなってしまう。最初の朝ホテルで食べたのは冷めていたので、いまひとつだったのだろう。

昼間は観光で忙しく、ゆっくりレストランに入って食事をする感じではなかったので、軽食で済ますことがほとんどだった。パン屋や屋台でエンパナーダというピロシキのようなものを買って食べた。小麦後の皮で具を包んで焼いたり揚げたりした食べ物で、パナマに限らず中南米の多くの国でポピュラーなスナックのようだ。

いろんな具のものがある

こちらは小麦粉ではなくトウモロコシの粉の皮のエンパナーダ。これは道端の軽食屋で揚げたてのを食べ、とても美味しかった。(でも、脂っこいので、冷めるといまいちかも)エンパナーダの具はチーズ、牛ひき肉、鶏肉が定番のようだ。

パタコンという、調理用バナナを二度揚げしたものもあちこちで食べられる。それから、ローカルフードと言っていいのかどうかわからないが、小さなスーパーは華人が経営していることが多いので、肉まんがわりとどこでも買えた。

夕食は観光客向けのレストランで食べていた。観光地ボケテ高原にはお洒落な店構えで美味しい料理を出す店が多い。が、前述の通り、洋食ばかりでちょっとがっかり。ローカルフードは料理の付け合わせに揚げたバナナやキャッサバが出てくる程度だ。でも、中南米で広く食べられているセビーチェという魚介類のマリネはほとんどのレストランで出していて、いろんなバリエーションがあり、どの店で食べてもまずハズレがなく、とても気に入った。

あるお店のセビーチェ

 

レストランのシーフードはとても美味しい。でも、これはローカル料理ではないのでは。せっかくパナマに来たんだから、パナマの料理がどうしても食べてみたくて、地元の人たちが行く食堂へ行ってみた。

ボケテタウンにあるローカルな食堂

カフェテリア形式だが、並んでいる料理の種類が少なく、作ってから時間がかなり経っているように見えた。後で知ったことには、パナマのローカル食堂の多くは朝ごはんと昼ごはんのみで夜は開いていないところが多いのだそうだ。ここは夜も開いていたけれど、料理はランチの残り物だったみたい。

食べたのはこんな料理。ピラフのような米料理とポークチョップ的なもの、それと焼きバナナ。んー、不味くはないけど、特別美味しいというわけでもないかな。でも、やっとローカルな食事ができたのでとりあえず満足した!

地方の現地の人たちが利用している屋台や素朴な食堂ではシーフードは見当たらず、屋台ではフライドチキンまたはグリルチキン、エンパナーダ、オハルドゥレなど、食堂では米や豆料理や肉料理を出しているようだった。全体的に揚げ物が多く、野菜料理は全然といっていいほど目にしない。

首都パナマシティではどうかというと、大都会なのでレストランはいくらでもあって、いろんな国の料理を食べることができる。そして、ハンバーガーやピッツァなどアメリカ風ファストフードの店もすごく多い。地方では感じなかったが、パナマシティでは太った人をたくさん見かけた。パナマシティには大衆食堂や屋台もたくさんあるが、内容的にはやはり揚げ物や炭水化物が中心のようだった。

 

パナマにはPio Pioというファストフードチェーンがある。試してみることにした。

 

Pio Pioで食べたグリルチキンとパタコン

 

パナマの代表的なスープとされるサンコーチョという鶏肉のスープ

 

ピラフと唐揚げ

ファストフードにしては、なかなか美味しかった。

どうにかして現地の人たちが一般的に食べているものを食べようと探した結果が以上である。どうやらパナマ人は揚げ物が大好きで野菜はあまり食べないようだ。もちろん、これはたった数週間のパナマ滞在で得た印象に過ぎず、家庭ではもっと違うものを食べているのかもしれない。だからこれはパナマ料理の解説記事ではなく、あくまでも私が食べてみたパナマのローカルフードとと考えてください。

 

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

コロン島を離れる時が来た。コロン島での1週間はボケテ高原での1週間よりもハードだった。二晩続けての凄まじい雷、ほぼ毎日降って来る雨、猛烈な湿気、穴だらけの道路、明け方はホエザルの吼える声で目が覚める。こんなことを書くと、「よくそんなところに1週間もいたね」と言われそうだ。

でも、私はこの島が気に入ってしまった。怖かったり不快だったりしたが、それらは誰のせいでもない自然現象で、自然をここまで直接的に体験することは日頃、ほとんどない。だから、コロン島での日々はしっかりと記憶に刻み込まれることだろう。なにかとてもマジカルな島なのだ。

それに島の雰囲気は明るく開放的で、馴染みやすかった。ボカスタウンはそこそこ観光地化されているけれど、観光客向けのエリアと住民の生活エリアが分離されていないので、現地の人たちの生活を垣間見ることができる。近所の子どもたち同士が路上に出て遊んでいたり、ティーンエイジャーたちがビーチ沿いでバスケットボールをしていたり、おばさんたちが井戸端会議をしていたり、おじさんたちが屋台で食事をしたりしている。そんなローカルな景色が楽しい。

地元の学校

路上で遊ぶ子どもたち。なんとなく懐かしい

屋台風景。売られているのはフライドチキンや揚げパンなど、揚げ物が多い

道路のど真ん中で爆睡する犬

スーパーに商品を投げ入れる人たち。

 

ある夜、メインストリートで夕食を取っていると、往来がにわかに騒がしくなり、窓の外に目をやった娘が叫んだ。「ちょっと!なんかパレードが始まったよ!」

陽気な音楽の流れる中、松明を持った人たちがゾロゾロと歩いている!嬉しくなって外に飛び出し、行列についていった。「なんのお祭り?」「小学校の開校記念日だよ」。歩いているのは子どもとお母さんたちが多いと思ったら、学校行事だったのか。関係ないのに一緒に行進してしまった。

ボカスタウンには特別な見所は何もないけれど、美しい海と森に恵まれ、シーフードが美味しく、人々の暮らしを間近に感じることができる。離れるときにはなんだかとても寂しかった。

さようなら、雷アイランド。島を離れるフェリーからボカスタウンを眺めると、上空にはまたもや雨雲が。あの雲ともお別れかあ。と思ったら、雨雲はフェリーについて来たのだった。しかも、雲の方が動くスピードが速く、途中で追い越された。アルミランテに上陸した私たちは土砂降りの中をドライブすることになってしまったよ。

ただでさえ霧の峠を越えなくてはいけないというのに、雨。土砂崩れなどしていたら嫌だなあと思ったら、案の定。

幸い、事故もなく無事に峠を越えることができたが、パナマシティまでの道のりは長い。田舎道はこのように状態が良くないし、ようやくハイウェイに出たらあとは一本道だから楽かと思いきや、ハイウェイのはずなのに横切ったりUターンできる箇所があって、そこをウィンカーも出さずにいきなり曲がって来る車があるわ、ハイウェイを犬が歩いているわ、暗くなってからライトも点けずにハイウェイを自転車で横切る人がいるわで恐ろしいことこの上ない。パナマシティに近づくにつれて車の量が多くなり、まるでマリオカート状態である。

そんな状況の中、13時間かけてパナマシティにようやく戻って来た。どっと疲れてホテルのベッドに倒れこむ。エアコンが効いた部屋、パリッと乾いたシーツ。ここは勝手知ったる都会。

でも、ほっとするよりもなにか形容しがたい奇妙な喪失感に襲われる。ここは別世界。今朝まで自分を包み込んでいた鳥のさえずり、虫の声、サルの叫び、波の音、それらは一気に消えた。魔法は解けてしまったのだ。都会の静かな部屋で、まだ頭から離れないコロン島の景色を思いながらいつか眠りに落ちた。

 

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボカス・デル・トーロ県コロン島には1週間滞在したが、滞在中にぜひ訪れたいと思っていた場所がある。それはスミソニアン熱帯研究所だ。スミソニアン熱帯研究所(STRI)は米国ワシントンに本部のあるスミソニアン研究所に属する機関で、パナマシティの近郊、バルボアに本部がある。そのSTRIの研究施設がコロン島にもあり、私たちの滞在している場所のすぐ近くだった。毎週、木曜と金曜に見学が可能とのことだが、私たちがコロン島に到着したのは金曜の夜で、コロン島を離れるのは1週間後の金曜の朝だったので、研究所を見せてもらうとすると滞在最終日の木曜しかない。そんなわけでコロン島に滞在中ずっと楽しみにしていたのだ。

とうとう木曜日がやって来て、張り切って研究所へ行く。米国人の夫婦が門の前で待っていたので一緒にそこで待機していると、所内を案内してくれる研究者と思しき若い女性が出て来た。

「ブエナス・タルデス。今日はようこそお越しくださいました。みなさん、スペイン語はおわかりになりますか?」と挨拶されたので、「ポキート(ほんの少しだけ)」と答える。「そうですか。じゃあ、英語でご説明しますね」となるかと思いきや、返って来た言葉はなんと「そうですか。じゃあ、ゆっくり話しますね」。えええ!?案内、スペイン語なの???ショック。スペイン語圏なのだから案内がスペイン語でも文句を言う筋合いはないとわかってはいるが、説明を理解する自信がないよ、、、。

どうにか少しでも聞き取ろうと必死に耳をそばだてたけど、半分くらいしかわからなかった。残念。

スミソニアン熱帯研究所はコロン島のマトゥンバル海洋保護区(Matumbal Marine Reserve)の湾に面した敷地を有し、そこに25名ほどの研究者が常在して生物の進化や気候変動や人間の活動がカリブ海の生態系に及ぼす影響などについて研究を行なっている。ボカス・デル・トーロは小さなエリアに非常に多くの生き物が生息し、生物多様性の研究に適しているそうだ。パナマの中でも特に雨が多く、湿度が高いのがこの地域の特徴だと研究者の女性が説明してくれた。確かにコロン島の湿度は半端ではない。今は雨季なのでボケテ高原も雨がちだったが、霧雨だったのであまり気にしていなかった。しかしコロン島にきてからは降るとなったら滝のような雨が降り、雨が止んだら止んだで蒸し暑い。洗濯物が乾く暇が全くないのだ。ランドリーの乾燥機で乾かしてもらい、ホカホカの状態で受け取っても、数時間経つとまた湿ってしまう。シーツもタオルもすべてがジメッとして、ガイドブックも水分を吸収してしなしなになってしまった。

研究湾はマングローブ林に縁取られている。コロン島には3種のマングローブがあるそうで、これはmangle rojo(直訳すると、赤マングローブ)。根が赤っぽい色をしている。マングローブは魚や貝などだけでなく、鳥や昆虫、哺乳類など多くの生き物に生息環境を与えるため、マングローブ生態系を保護することは”muy importante(大変重要だ)”だと言われた。重要だということはわかるけど、具体的にどのように重要なのか詳しいことが知りたかったけれど、質問したくてもスペイン語が出て来ない(悲)。

カイメンの実験設備。

ちょうどここで実験作業をしていた研究者の方は英語話者だったので、少し説明して頂いた。栄養液で満たされたこの水槽にはいろんな種類のカイメンが飼育されている。カイメンは細菌と共生関係にある。マーカーを含むこの栄養液中でカイメンを飼育した後、カイメンと細菌を分離し、マーカーを使ってそれぞれがどのくらいの量の栄養を体内に取り込むのかを量的に分析しているそうだ。ということだけ聞いた時点で案内役の人が歩き始めてしまったので慌ててついていく。もっと詳しくカイメンの話を聞きたかったのにー。

水槽を見て初めて気づいたのだが、私は今までサンゴとカイメンの区別がついていなかった。アイランドホッピングに参加した際にサンゴ礁でスノーケルをして「カリブ海のサンゴはカラフルで綺麗だなあ〜」と感動していたが、私がサンゴだと思っていたものの多くは海綿だったみたい。無知で恥ずかしい。海の中を自分で実際に見る機会は少ないから、と言い訳してみる。でも、興味が湧いたので家に帰ったら海の生き物の図鑑を入手して調べることにしよう。

敷地内には沼もあり、ワニやカメなどもいる。

カイマンが見えた。

施設では研究に使う水は雨水をこのようなタンクに溜め、

濾過装置で濾過した後、紫外線で殺菌している。

展示スペースには大きな鳥の巣が展示されていた。「これ、オオツリスドリのですよね?」。こちらの記事に書いたように、私たちの滞在している部屋の窓からはオオツリスドリが巣を作るために植物の繊維を集めているところが観察できた。でも、周りに大きな葉が多くて視界が遮られ、作った巣を確認できなかったのでここで見られたのは嬉しい。ここでは巣を横向きに展示しているけれど、実際には細い方を上に枝に吊り下げるようだ。親鳥は上の方に開いている穴から巣に出入りして子育てするんだね。

この研究所には日本人の研究者の方もいらっしゃると聞いた。お目にかかることはできなかったが、北海道出身でカエルの研究をされているそうだ。どんな研究をなさっているのだろうか。

施設を見学することができたのはよかったけれど、スペイン語力がなくてまともな質問が何もできなかったことにがっかり。読むのはそれなりにできるようになったんだけど、、、。悔しい思いをしたので、これからスペイン語を学ぶモチベーションになりそう。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

パナマは自然がとても豊かだ。熱帯雨林、雲霧林、マングローブの林やサンゴ礁に様々な野生動物を見ることができる。でも、そんなパナマも環境破壊の問題を抱えている。観光客の私たちに特に目につきやすいのはゴミの多さだ。あちこちにゴミがポイ捨てされていて残念だ。

もちろん、ゴミ問題はパナマに限ったことではない。特に海に流れ込むプラスチックごみは増加する一方で、2050年には海にいる魚の量を上回ると予測されている。そんな中、私たちの滞在しているコロン島にプラスチックごみ問題に対するユニークなプロジェクトがあることを知った。それはペットボトルでできた村、Plastic Bottle Village。なにやら面白そうだ。見学に行ってみることにしよう。

ここが噂のPlastic Bottle Villageだ。メタルフレームでできた塀の中に使用済みのペットボトルがぎっしり詰まっている。

門が開いていたので入ってみた。四方の壁がペットボトルでできた建物があった。中を覗いていると、一人の男性が現れた。

ビレッジのオーナー、Robert Bezeauさんだ。「私のビレッジについて知りたいかい?」。オーナーから直接お話を聞けるなんてラッキーだ。コンセプトを説明して頂いた。

カナダ人のRobertさんは10年前にコロン島へ移住して来た。コロン島に住むことにしたのはここが気に入ったからだが、せっかくの自然豊かな素晴らしい場所なのにゴミが多いことが気になっていた。そこで、Robertさんは捨てられたペットボトルを拾い始めた。拾ったペットボトルはあっという間に山となる。拾っても拾っても追いつかない。このゴミをどうしようか、、、。考えて思いついたのが、ペットボトルでできた村、Plastic Bottle Villageだった。

「わたしが子どもの頃にはペットボトルなんてものは存在しなかった。40年前だよ、ペットボトルがこの世に登場したのは。それが世界をすっかり変えてしまったんだ。プラスチックは地球を汚染し続けている。これから生きていく子ども達がかわいそうだと思わないかい?私たちはみな、無思慮にプラスチックを消費することで環境を破壊するという犯罪を犯しているんだ。私も、あなたたちもだ!犯罪者は罪を償わなきゃ。このビレッジは罪を犯した者を収監する刑務所なのだよ

ギロチンの刑に処された我が娘

Robertさんはプラスチックごみの問題について人々に考えてもらうためにコロン島のこの場所に刑務所風のリゾートを建設することにしたのだ。主に若者向けに低料金の宿泊施設を提供する。

まだ完成前(2019年6月時点)なので雑然としているが、これが刑務所風宿泊所。

鉄格子がはまっているような内装デザイン。

すでに宿泊している人がいた。収監者はここで犯した罪を反省し悔い改めると、出所の際にお勤めを果たしたという証明書を発行してもらえる。

もちろん刑務所云々というのはあくまでジョークで、リゾートで寛ぎながら宿泊者同士が環境についてインスパイアし合うというのがRobertさんのコンセプトなので、こんな広いプールもある。現在、プール横にバーを建設中で、敷地内に軽食コーナーも設ける予定だそう。

ビレッジには城もある。中に案内してもらった。

イベントスペースもある。

ビレッジの敷地はかなり広く、宿泊するだけでなく区画を購入してマイホームを建設することもできる。1区画は800平米、購入価格は19,000米ドルから。周囲はジャングルで野生のサルも生息している。1km先は海岸、ボートの停泊場もあるというから贅沢な環境だ。

土地を購入すると、Robertさんがペットボトルを利用した家の建て方を教えてくれる。コロン島のあるボカス・デル・トーロ県は雨がとても多く、湿度が高いのだけれど、基礎にペットボトルを使えば地面から湿気が上がって来るのを防ぐことができるそうだ。また、ペットボトルでできた壁はボトルの中の空気が断熱材となるので涼しい。島に溢れるペットボトルごみを減らしつつ、少ないお金で快適な家を作ることができるという。

Robertさんは子どもたちへの啓蒙活動にも熱心で、定期的に小中学校のクラスを招き、私たちが日常的に使用するプラスチックがいかに海の生態系を破壊しているかをこのような絵を使って説明しているそうだ。また、ペットボトルのリサイクルを普及させるため、ボトルに貼るステッカーも考案した。

子どもたちがこのフットプリントデザインのスティッカーが貼られたペットボトルごみを拾い集めると、1本につき5セントがもらえる。といっても現金ではなく、拾い集めた金額に応じて食べ物または文房具と交換してもらえる仕組みだ。

さらにRobertさんは丈夫で再利用可能なボトルを試作したと言って見せてくれた。

レゴブロックのように組むことができ、縦横に繋いで他の用途に使うこともできる。「災害時には被災地に大量の飲料水が支援物資として運ばれるよね。衛生的な飲料水の供給は不可欠だけど、それで被災地にゴミが増えるのでは意味がない。繰り返し使えて他の用途にも使える容器があったらいいと思うんだ」

Robertさんは工事を急ぎ、9月にはPlastic Bottle Villageをオープンさせたいと言っていた。完成を見ることができなくて残念だけれど、素敵なビレッジが出来上がると良いな。成功を祈ります!

(2022年追記: ビレッジはすでに運用開始しており、BBCを初め、多くのメディアで取り上げられている。詳しくはこちらを )

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

コロン島のボカス・デル・トーロは観光地なので、レストランがたくさんある。ただ、ボケテ高原でもそうだったのだが、大部分の観光客や外国人移住者が欧米人のため、レストランのメニューは洋食がメインで、メニューにローカルな料理はほとんど見当たらない。せいぜいセビーチェという魚介類のマリネや料理の付け合わせにキャッサバや調理用バナナのフライがあるくらい。屋台や簡易食堂ならば地元の人が食べているものが食べられるけれど、たいていは軽食で、あるものはどの店も同じような感じだ。欧米人観光客は自分たちの食べ慣れたものが食べたいようだが、私はパナマに来てまで洋食が食べたいわけでもないので、ちょっと残念である。

でも、意外なことにボカスタウンにはなんと日本食レストランがあった。

その名も「oh-toro」。Rahmen & Sushiと書いてあるではないか!

都会でもなく、日本人はほとんど誰も来そうにもないコロン島にラーメンの食べられる店があるということに驚いてしまった。魚介類の豊富な島だからSushiの店があってもまあ、不思議はないかもしれないけど、ラーメンだよ?

どうも気になって店内に入り、メニューを見せてもらった。

きっと日本のラーメンとは似ても似つかない料理を出すのだろうと想像したのだが、写真を見ると、案外普通の感じ。ますます気になる。これは一つ、試してみようか。私たちはここで食事をすることにした。

ドリンクメニューを見ると、JETROカクテルなるものがあって笑った。どういうこと?

料理はスシ、ラーメンだけでなく揚げ物から弁当まで幅広い。いろいろ注文してみた。

餃子。中は豚肉で普通に餃子。甘酢ソースがかかっているのがちょっと残念だけど、悪くない。

ゲソ揚げとたこ焼き。ゲソ揚げは日本のゲソ揚げとは少々異なる。日本のは衣が薄くてイカがジューシーな記憶があるけれど、ここのはもっと衣がカリカリとしている。でも、これはこれで美味しい。チリマヨネーズをつけて食べるのもなかなか良い。たこ焼きは焼いてあるというよりも軽く揚げてあり、表面がカリッとしている。これも普通に美味しい。

メインには味噌ラーメンを頼んだ。具の配置がやや微妙だ。麺を食べてみる。普通にラーメンだ。激ウマというほどではないけど違和感はない。スープも美味しい。チャーシューもちゃんとチャーシュー。このラーメン、はっきり言ってドイツのほとんどのラーメン屋のラーメンより美味しいよ。(注:  これを記した2019年時点での感想です。その後、ドイツではラーメンのクオリティが上がり、今では美味しいお店が多くなりました

夫はHagana Black Garlic Rahmenを頼んだ。しかし、、、「麺が白い。これ、ラーメンの麺じゃないよ」。味見させてもらうと、麺はソーメンであった。でも、だからといって不味いわけではなく、こういうソーメンもあると言われれば納得するかも。スープの味も悪くなかった。

娘は鮭の照り焼き弁当を注文。鮭の切り身が大きい!照り焼きソースはちょい甘すぎに感じたけれど、まあ許容範囲。ご飯の味は、、、おしい!日本のご飯の味を目指したことは伝わった。照り焼きの他のおかずは春巻きとサラダ、デザートは果物と餡入りの揚げゴマ団子。

カリブ海の島でこのレベルの日本食が食べられるとは想像していなかった。びっくり。先進国基準ではそれほど高い店ではないが、物価からして島の人たちがこのレストランで食事をするとはほとんど思えないので、観光客をターゲットにしているのは明らか。

oh-toroという店名はボカス・デル・トーロのトーロにかけたのかな?と一瞬思ったけれど、後から調べたらチェーン店のようなので名前の由来はわからない。

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

前回の記事で凄まじい雷雨におののいた夜について書いたが、その次の夜も全く同じ状況だった。最初の夜はビビりつつも、「こんな体験、滅多にできない」とどこかで面白がっていたのだが、二晩連続となると「もしかして、毎晩こうなの!?」と先行き不安になる。幸い、その次の夜は静かでホッとしたものの、その分、朝方にホエザルが絶唱してくれた。またもや睡眠不足。

そしてその次の夜はこうだ。夜中にふと目がさめると、小屋がユサユサと左右に揺れている。寝ぼけていて何が起こっているのかわからない。「あれ?なんで揺れてる?サルが木を揺すってるのか?」とありえない考えが頭に浮かんだ。向こうのベッドで寝ている夫がつぶやいた。「ジシン」。はっ、そうか。これは地震か。地震の滅多にないドイツに長年住んで感覚を忘れてしまっていた。高いところにあるウッドハウスだから揺れを余計に強く感じたのかもしれないが、後から思うと体感震度は3と4の間くらい、結構長いこと揺れていたように思う。

そんでもってその次の夜。夕食から戻りドアを開けた瞬間、何かがサッと室内を飛ぶのが見えた。「あれ?何か虫がいるよ」。夫が叫ぶ。「虫じゃない、コウモリだよ!」どうやって入って来たのだろうか、私たちのいない間にコウモリが部屋に侵入していた。「網戸を開けろ!」「でも、開けると虫が入ってくるよ」「コウモリと寝るよりもマシだ!」しかたない、ドアを全開にし、網戸を開けた。幸い、コウモリはすぐに出て行ったが、案の定、蚊が入って来てしまい、刺されて痒くてまた夜中に起きてしまう。ああ、自然の中でぐっすり眠ることの難しさよ!

前置きが長くなったが、雨季のコロン島、夜はいろいろあっても昼間は晴れていることが多く、いろんなアクティビティを楽しむことができる。とても気に入ったのは5つのスポットを回るアイランドホッピングツアーだ。これがなかなか盛りだくさんな内容である。

ピンボケ失礼

ボカスタウンの港から出発し、まずはイルカ湾でイルカを観察する。

2つ目のスポットは無人島Cayo Zapatillaのビーチ。ここでは2時間ほど滞在し、ゆっくりとビーチを楽しむ。20人ほどのツアー客はほとんどが外国人観光客だったが、その中に若い男の二人組がいた。島についてボートを降りると、この二人組は娘に寄って来た。「俺たちと一緒に泳がない?」。保護者がついているというのに、そう誘って来るではないか。

「そうしよっかな」と娘が呟く。はい、どうぞどうぞお好きなように。早速、娘は二人組の男たちと連れ立って歩き出した。私と夫は若者の邪魔をしないように別の場所を探すことにする。夫が「もっとあっちに行こう」とどんどん歩いていくので、ボートからは随分離れてしまった。誰もいないところで荷物を下ろす。

それにしても美しいビーチである。水温もちょうどよく、最高だ。

ひとしきり泳いでふと見ると、夫は波打ち際でラッコのような体勢になって何やら手を忙しく動かしている。「何してるの?」「きれいなサンゴを探してるんだ。ハイ、これあげる」。

いろんな形のサンゴのかけら。ハート形のやブレーツェルのようなのものも。中年夫婦が海ではしゃいでいるところなど誰も見たくもないだろうが、本人たちはなかなか楽しいのであった。そういえば子どもの頃、大人とは「遊ばない人たち」のことだと思っていた。子どもは遊ぶ存在だが、大人になると遊ぶのをやめて分別のあることだけを言ったりしたりするようになる。そう思っていたものだ。でも、自分が大人になってみると、その認識は正しくなかったことがわかった。いくつになっても遊ぶのは楽しい。

さて、ボートに置いていかれては困るから、そろそろ戻ろうか。もと来た道を戻り始めると、娘が男たちと陸に向かって歩いていくのが見えた。あれ?いつの間にか男が一人増えている。3人目の若い男はひょろひょろした痩せ型の男であることが遠目に見て取れた。彼らは何をしに密林へ入って行くのか?

先にボートへ行って待っていると、まもなく娘たちもやって来た。二人組の男たちはボートに乗り込んだが、痩せた男は乗る気配を見せない。娘は男に別れのハグをし、男はやや悲しそうな目で「良い旅を!」と娘に手を振る。どういうことなんだろう?ボートが岸を離れたとき、娘は言った。「彼はね、スペイン人で、今、この島に住んでいるの」。「え?でもここ無人島でしょう?」「そう。彼はこの島でボランティアとしてウミガメの保護の仕事をしているんだよ。ウミガメの産卵を観察して記録するんだって。他にもう二人、ボランティアがいて、三交代でモニタリングしているんだ。寝泊まりしている小屋を見せてくれたんだよ。食べ物は1週間に一度、コロン島から運ばれて来るものだけ。スマホはあるけど、電波が届く場所は1本の木の下だけ。それもいつも繋がるわけではなくて、だから繋がった瞬間にスペインにいる家族に、生きてるよ!とだけ言ってそれでおしまいだって。私がクラッカーを一袋あげたら、泣きそうになって喜んでいたよ」。へええ。

「でも、なぜそんな条件でボランティアを?いつからやってるの?」「2ヶ月前から。生物学を勉強していて、ウミガメについて研究しているんだって。島には2種類のウミガメがいるみたい。いろいろ教えてもらったよ」。過酷そうだが、意義あることをしているんだなあ。そんな青年に出会い、娘は大いに感銘を受けたようであった。私はといえば、このときには「へえ、そういう活動もあるんだな」と思っただけだったが、頭のどこかに引っかかったようで、後にドイツで野生動物のモニタリングに関わることになる。人生、何がきっかけになるか、わからないものだ。

船は島を離れ、その後はスノーケルスポットでスノーケリングしたり、ヒトデが浜でヒトデを観察(コロン島のヒトデが浜とは別のヒトデスポットで、こちらの方がたくさんヒトデがいる)したりして、ツアーは終了。一人25ドルで6時間半。盛りだくさんで良いツアーだった。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

カリブ海に浮かぶ島。開放的な高床式のウッドハウスで自然に包まれて眠る。なんて贅沢!と喜んでいたのはコロン島へやって来て最初の夜だけだった。昼間はアドベンチャー三昧、夜はクタクタに疲れてベットに倒れ、子どものように眠る、、、、はずが、2日目の夜は予想外の展開になったのである。

あまりに開放的なつくり

夜半から雨が降り出し、どんどん激しくなった。外壁のない網戸だけのウッドハウス、雨音がもの凄い。幸い、網戸がはまっているし、横殴りの雨ではないので濡れはしない。でも、窓際のソファーに寝ている私は安眠できそうにもない。やがて雨は雷雨に変わった。

この雷のすごいのなんのって。一晩にいったいどれくらいの稲妻が走っただろう。とにかくひっきりなしである。ベッドの横は全面窓であるから、「大スクリーンでオールナイト光のショー」状態だ。また、雷の音も途方もないボリュームである。ドーン!バーン!ドカーン!ズドーン!その度にびっくりしてまるで自分が打たれたかのようにえび反りになる私。到底、眠れるわけがない。10年ほど前から耳の持病があって、大きな音は耳に負担になるから避けなければならないのだが、そんなことを考えている余裕すらない強烈体験であった。ほとんど眠れない夜を過ごしヘトヘトになりかけた朝方、ようやく雨は止み、鳥たちがさえずり始めるのを聞きながら眠りに落ちた。後に知ったことには。コロン島は雷が多いので有名だそうだ。

目が覚めると、すっかり前は上がっている。青空だ!よかった、外に出られる。私たちはすぐそばのビーチ、Playa Blaffへ行くことにした。しかし、海岸へ行ってみると海は波が高く、泳げそうもない。見ると「離岸流に注意」と立て看板がある。うーん、、、、。

家族で顔を見合わせていると、サーファー風の白人男性が通りかかったので、「ここって泳いだら危ないですかね?」と聞いてみる。男性は言った。「ここでね、毎年一人二人、旅行者が死んでるよ。いつも今の季節。こないだもドイツ人が死んだ。離岸流で流されるっていうより、波で頭を海底に叩きつけられるんだ。現地のやつらは言わないけどね。だって、ただでさえ客の少ないシーズンオフだろ、ますます旅行者が減ったら困るもんね。オレもこないだ危なかったんだよ。サーファーだから海には慣れてるけどさ。それでもやばかったから、あんたらここで泳ぐのはやめときなよ」

死にたくはないので忠告に従うことにしよう。でも、コロン島のビーチはどこもそうなのか?と一瞬不安になる。しかし、島の北にあるPlaya Boca del Dragoなら安心して泳げるというので、行ってみることにした。

道路は大雨で土砂崩れを起こしているところがあり、気をつけながら進む。雨季をちょっと甘く見ていたかなあ。

Playa Boca del Drago。こちらは静かな良いビーチだった。

ハンモックやブランコが設置されていて、ハイシーズンにはきっと賑わうのだろうな。この日は誰もいなくて、貸切り状態だった。寛ぐ娘。

ペリカンが飛んでいた。カッショクペリカンかな。

このPlaya Boca del Dragoから少し南下したところにはヒトデが浜(Playa Estrella)というビーチもある。ボートタクシーで送迎してもらうこともできるけれど、2kmくらいなので海岸沿いを歩いてみよう。

マングローブの林に沿って歩く。カニがたくさんいた。

Playa Estrellaは魚がたくさん泳いでいる遠浅のとても綺麗なビーチだ。湾なので波もなく、泳ぐのに最適。でも、ヒトデが浜といいながら、ヒトデがうじゃうじゃといるわけではなかった。探せばいるという程度。季節にもよるのかもしれない。

コロン島に気に入ったビーチを見つけ、まずは満足。

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

滞在している場所からそう遠くないところにコウモリの棲む洞窟があることがわかったので、行ってみた。

コロン島は長さ13.6km、幅7.2kmの小さな島だけれど、道路が穴だらけで穴をよけながら運転しなければならない。また、コロン島に限ったことではないものの、犬がとても多く、必ずしも野良犬ではないが基本的に放し飼いになっていて路上をたくさんの犬が歩いている。そんなわけで、ちょっと移動するにも結構時間がかかる。

洞窟の看板があった。自然保護のために一人1ドルの入場料を払ってくださいと書いてあるが、受付は見当たらない。道路を挟んで向かいの民家からおばさんが出て来て、「洞窟?一人1ドルね」と言うのでお金を払った。「懐中電灯、ある?なければ貸すけど」「持って来ました」「中に入ってぐるっと回ると出口があるからね」。

洞窟は鍾乳洞で、下には水が流れている。

中から外を見るとこんな感じ。最初は岩づたいに進もうとしたが、ぬるぬるしていてとても滑りやすく、危険だ。諦めて水の中を歩くことにした。靴が濡れてしまうがしょうがない。でも、水は綺麗で不快さはなかった。

洞窟に入って数メートルのところで立ち止まり、頭上を見ると、

いるいる!小さめの黒いコウモリだ。

コウモリは窪んだ場所に集まっているようだ。この写真は現像の際に明るくしたので、肉眼ではこんなにはっきりは見えない。黒い塊があるなというくらいである。

野生のコウモリは何度も見たことがあるが、洞窟の中で見たのはこれが初めて。私たちの住むドイツにもコウモリがたくさん生息していて、南ドイツのカルスト地形の洞窟など、コウモリの寝ぐらになっている場所が少なくないが、コウモリの冬眠を邪魔しないように冬眠の時期には洞窟が立ち入り禁止になることが多い。コロン島のこの洞窟は年中入れるようで、熱帯だからコウモリは冬眠をしないのだろうか?ときどきコウモリがバサバサバサと飛んで、顔の横をかすめていく。寝ているところを私たちが起こしてしまったかな。

洞窟の中は蛇行しているが全長は100メートルちょっとだろうか。入り口と出口のあるトンネルのような洞窟だった。出口の少し手前に来ると、おびただしい数のコウモリがぶら下がっていた!

これはすごい、、、、。野生のコウモリを間近で数匹見られるだけでも十分だと思っていたので、ここまでの数は期待していなかった。

あとで調べたところによると、コロン島には13種ほどのコウモリが生息している。ところで、コウモリは狂犬病ウィルスに感染している場合があるので注意が必要だ。自然の中を歩くことが好きな私は破傷風などのワクチン接種を定期的に受けていて、初めての国へ行く際には、追加で受けるべきワクチンがないか確認している。

洞窟の周辺には動物に齧られた植物の実がたくさんあった。何の植物かわからないけど、食べかすが洞窟の中にたくさん落ちていたので、きっとコウモリが洞窟に入る前に食べたのだろう。

ミステリアスな洞窟を通り抜ける体験は面白かった。しかし、マジカルなパナマの自然体験はこの後もまだまだ続くのである。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

コロン島に来るにあたってとても楽しみにしていることがあった。それは森の中のツリーハウス風の小屋に宿泊すること。旅行計画を立てているときに偶然ネットで見つけ、良さそうだったので予約しておいた。コロン島の宿は港のあるボカスタウンに集中しているが、私たちが滞在するのはタウンから少し離れたブラフビーチ付近にある。

壁のない開放的な造りで窓にはガラスもなく、網戸だけなので自然をダイレクトに感じることができそうだ。

ドイツでは聞いたことのない種類の鳥たちがさえずり、虫が鳴いている。海が近いので、潮騒も聞こえる。静寂とはとても言えない賑やかな環境だ。でも、自然の音に包まれながら眠り、朝はホエザルの吠え声で目が覚めた。気分は最高。

高い場所なので鳥たちが飛び回る様子がよく見える。キッチンから尾の黄色い大きな鳥が数羽、忙しそうに何かをしているのが見えた。「見ろ、紐みたいなのを引っ張ってるよ!」と夫が興奮して叫ぶ。

網戸越しなので画像が不鮮明だけれど、黒い大きめの鳥が植物の繊維を引っ張り出して、その繊維で何かを編んでいるようなのだ。ツリーハウスだからいきものが観察できるかな?と期待はしていたが、初っ端からこのようなものを間近に見られるとは。

何の鳥だろう?生き物の種類を特定できるように家から中米用フィールドガイドを持参していた。それによると、どうやらmontezuma oropendoraという鳥だとわかった。日本語名は「オオツリスドリ」。植物の繊維で袋を編んで巣にするらしい。残念ながら葉っぱが邪魔して巣がよく見えない。ネット検索したら、ナショナルジオグラフィックに連載記事を書いていらっしゃる昆虫研究者、西田賢司さんのオオツリスドリに関する記事に巣の画像が載っている。編んだ袋は枝にぶら下げてヒナを入れておくようだ。私なんて、手が2つ指が10本あっても編み物は得意じゃないのに、クチバシだけで編むなんてオオツリスドリは器用だなあ。

他にもいろんな鳥が飛んでいる。「ティリッタラ、ティリッタラ、ティリッタラ」と可愛い声でリズミカルに歌い続ける鳥もいる。何の鳥だかわからないけど、すごく気になる。(残念ながら、最後までその鳥の名はわからなかった)

ツリーハウスから鳥を観察したり、外に出て周辺の植物や虫を眺めるだけでもかなり楽しくてそれだけでも私は満足だ。

でも、家族がじっとしているのは退屈だ、何かしようとうるさい。近くにコウモリの洞窟があるというので行って見ることにする。それについては次の記事で。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボケテ高原に1週間滞在し、ハイキングしたり、温泉に入ったり、動物保護施設を見学したり、ジップラインを楽しんだりした後、私たちはカリブ海の島、コロン島へ移動することにした。

コロン島はパナマ北西部のボカス・デル・トーロ県に属する島である。同県には大小の島があって、コロン島はメインの島なので飛行場もあるが、私たちはレンタカーを借りているのでパナマ本土からカーフェリーを利用しなければならない。フェリーはアルミランテ(Almirante)という小さな町から出ている。ボケテからアルミランテまでは地図で見ると直線距離ではそう離れていない。でも、山道なのでどのくらいの時間がかかるのか、よくわからなかった。ボケテの人に聞くと、4時間ほどらしい。フェリーの運行は朝の7時または正午の一日2回。しかも、乗れる台数が少ないので、出港の1時間前には港に到着していないと乗れない可能性があるという。正午のフェリーに乗ることを目指し、余裕を持って朝6時半にボケテを出発した。

なかなかハードな道のりだった。山道でカーブが多い上に道路は穴だらけ。滞在していたパロ・アルトも雲霧林の入り口に位置しているため始終霧雨が降っていたが、峠を越えるにはさらに山を上らなければならない。つまり、霧で視界が悪いのである。

アルミランテまでの間、町らしいものはなく、ところどころに集落があるだけ。途中で車の調子が悪くなったりなど何かハプニングがあれば完全にお手上げだろう。

道路にいろんな動物がいて、その度によけて通ったり、

壊れそうな狭い吊り橋を渡ったり、なかなかスリルがある。でも、私はこれまでに夫があらゆる国のあらゆる道路を運転するのに同乗して来たので、今では悪いコンディションにもすっかり慣れてしまったというか、まあ今回もきっとどうにかなるさという妙な安心感があった。

そして、村々を通過しながらの移動は楽しかった。パナマシティを出発してボケテ高原へ行く途中やチリキ県で見た民家のほとんどはビビッドな色のペンキを塗ったコンクリートの四角い家が多かったが、ボカス・デル・トーロ県に入ると高床式の木造や茅葺機の家屋が目につくようになった。物干しロープに干してあるカラフルな洗濯物や、お母さんと一緒に通学中の子どもを眺めながらゆっくりと車を走らせる。ある集落では皆で集まって公共スペースの草刈り作業をしている最中だった。男性も女性もマチェテと呼ばれる山刀をブンブン振って草を刈っている。マチェテは農具として不可欠なのか、道ゆく人の多くがマチェテを手に提げて歩いている。

馬とともに川を渡人たち。後ろの人は右手にマチェテを下げている

幸い何事もなく、フェリー出航の1時間前に無事にアミランテに着いた。アミランテはちょっと不潔な感じの町で、あまり長居をしたい雰囲気ではない。フェリー乗り場の看板を探したが見つからない。現地の自称ガイドが何人も自転車でうろうろしている。外国人旅行者を乗り場まで案内してお小遣いを稼ごうということらしい。

高原から来たので、低地は蒸し暑くてたまらない。水をがぶ飲みしながらフェリーを待っていると、ようやく到着して車が降りて来た。しかし、乗り降り口付近の路上に大きな穴が開いていて、降りて来た車があっさりと穴に嵌まってしまった!

なんとまあ、、、。御愁傷様。それにしても、こうなることは予測できることなのに、穴を埋める気はないのだろうか?この車を穴から出すためにフェリーの出航時刻が遅れることになった。ようやく救済作業が終わり、私たちは穴に落ちないように気をつけながらフェリーに乗り込んだ。

約1時間でコロン島に到着。コロン島はボカス・デル・トーロ県にあると先に書いたが、コロン島にある県都の名前もボカス・デル・トーロ(略してボカス)という。県都といっても人口10万人弱の小さなタウンである。ボケテタウンとは異なり、カジュアルな雰囲気の町だ。ボケテおよびその周辺には少数民族ノベ・ブグレ族(グァイミー族とも呼ばれる)が多く住んでいて、カラフルなロングドレスの民族衣装をよく目にしたが、コロン島ではアフロ系住民が多いらしいことに気づいた。また、ボケテ高原には仕事をリタイアした欧米人移住者がたくさん住んでいて外国人の平均年齢が高めの印象だったが、コロン島はサーファーなど若い外国人が多そうである。観光地として人気上昇中なのが見て取れるが、まだマスツーリズムの波は到達していないようで、大型のリゾート施設などはなく、素朴な感じである。現在は雨季でシーズンオフなので、余計そう感じるのかもしれない。

ここまで来るだけでもなかなかの冒険だった。さて、これから1週間、カリブ海の島暮らしを楽しもう。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

前回に引き続き、私たちがパナマで訪れた野生動物保護施設について。娘がネットで調べたところ、ボケテタウン近隣のVolcánというところにもRaquel´s Arkという保護センターがあることがわかった。ボケテタウンからは車で片道1時間半くらいかかるが、娘が是非とも行きたいと言うので出かけることにした。(結果は行って良かったと思える場所だった)

マップを見ながらたどり着いた場所はこんな場所。左側に民家があり、横の塀にRaquel´s Arkとスプレー書きしてある。ここが動物保護施設?どうやって入ったらいいのかわからない。民家の窓から中を覗くと人がいたので、窓ガラスを叩いた。すると中にいた女性が、ドアは開いているから入って来いと合図するので、建物横のドアを押して敷地内に入った。

ドアを開けるとこのような池があり、その奥がテラスになっている。テラスに向かって進むと、家の中から6歳くらいの女の子が出て来た。スペイン語で「私たちは動物が見たい」と伝えると、女の子は頷いて家の中に入って行った。

そして、まもなく大きなぬいぐるみを抱えて再び出て来た。「はい、どうぞ」とぬいぐるみをこちらに渡そうとする。いや、見たいのはぬいぐるみじゃなくて、、、、と思ったら、えっ?目が動いてる?これって本物?ていうか、これナマケモノじゃないの?

びっくりしていると、オーナーのRaquelさんが出て来た。「よくいらっしゃいましたね。さあ、どうぞどうぞ。ナマケモノを抱っこしてください」といきなり!

予期せぬ展開、なにがなんだかわからない。でも、ナマケモノ可愛い!!今まで何度か野生のナマケモノを目にしたことはあるが、高い木の上にいるので下からフカフカの丸いお尻を眺めるだけで、なかなか全体像を捉えることができなかった。望遠鏡で顔を確認できれば上出来だ。そのナマケモノを間近で見られるだけでなく、抱っこできるとは。ナマケモノは嫌がる様子もなく、腕を絡ませて来る。

Raquelさんが保護しているナマケモノは二匹。私が抱いている方はかなり大きく、ずっしりと重い。もう一匹は小さく、紙おむつを当てていた。「赤ちゃんなんですか?」「いえ、二匹とも同い年で9歳ですが、種類が違うんです。小さい方は雌なので、その違いもありますね。小さい方は今日、ちょっと下痢気味で、それでオムツしてるんです」。「ナマケモノは何年くらい生きるのですか?」「30〜40年生きますよ」

とにかく可愛くてたまらない〜。

他にも動物がいるはずだが、ナマケモノが可愛すぎていつまでも抱っこしていたい。しばらく楽しんだ後、他の動物も見せてもらうことにした。

オーナーの方が二匹のナマケモノを布で包み、ベンチの背もたれに立てかけて置いた。「そろそろ寝る時間だから」。「そうやって寝かせるんですか?」「そうよ」。

ナマケモノを寝かせた後、敷地の奥へ案内してもらった。

初めて見るネコ科の動物がいる。「それはジャガランディ」。光沢のある毛並みが美しい。

家猫のように擦り寄って来た。ジャガランディを撫でていると、ラケルさんが「Don´t touch the jaguar.」と言う。え?え?ジャガーって?と振り返ると、

後ろのフェンスの向こうにはジャガーが!わ、びっくりした。「どういう経緯でジャガーを保護することになったんですか?」「ペットとして飼われていたんですよ。狭いところに閉じ込められていたのをうちで引き取ることになりました」「ペット?ジャガーをペットとして飼うことは違法ではないんですか?」「この国には、それをはっきりと禁じる法律がないのです」。

「それではサル達を見に行きましょう。うちでは若いホエザルとフサオマキザルを保護しています」。サルと聞いて喜ぶ娘。ここではケージの中に入ることができた。

ホエザルの子どもと戯れる娘

娘はエクアドルで主にサルの世話をしていたので、さすが慣れているなあ。と思って眺めていたら、後ろから誰かに髪の毛を引っ張られた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、、、」

なぜかやたらと指を舐めたがる。でも、可愛いわ〜。ホエザルはとどろきのような大声で鳴く大型のサルである。以前休暇を過ごしたコスタ・リカのオサ半島では明け方になると怪獣のような恐ろしい鳴き声が森に響き渡った。その体験から、可愛いという存在ではないと思っていた。でも、子どもはやっぱり可愛いね。

夫はホエザル2匹とフサオマキザル1匹にまとわりつかれている。フサオマキザルは夫の頭にシラミがいないか探してくれているようだ。そしてこの直後、夫は彼におしっこをかけられた。笑

その他、ハナグマとアライグマも保護されていた。Raquelさんに「いつから動物保護活動をしていらっしゃるんですか」と聞くと、「もう20年ほどやっています。以前は中南米のあちこちを転々として活動していましたが、6年前からここに定住して保護している動物に尽くしています」と仰った。センター名のRaquel´s Arkはノアの箱舟(Noah´s Ark)をもじったものだろう。

動物保護センターというと専用の敷地や建物があるものだと思っていたので、Raquel´s Arkのように個人の自宅がそのまま保護施設という事実には驚かされたが、その分アットホームで私たちの突然の訪問にも快く対応してくれて感激だった。動物を見せてもらうのは無料だったが、感銘を受けたのでわずかながら寄付金を置いて来た。また、Raquelさん宅はAirBnBを通して部屋も提供している。野生動物と触れ合うことのできる宿なんて最高だよね。

(追記: この訪問から3年経った現在も、FacebookでRaquel´s Arkのページをフォローしている。抱っこさせてもらったナマケモノの他、現在ラケルさんが保護している野生動物についてリアルタイムで知ることができ、いつかまた訪ねていきたいなあと思う日々である)

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

今回の旅行では娘が滞在地の周辺情報を調べ、行きたいところを連日提案している。この日はボケテタウンに隣接するPalmiraというところにある動物保護センター、Jungla Wildlife Rescue & Rehab Centerを訪問したいと言う。

娘は動物好きで、高校を卒業してすぐ、エクアドルアマゾンにある野生動物レスキューセンター、Merazoniaへボランティアに行っていた。Merazoniaは怪我をしたり密輸されかけ保護された野生動物をケアし、また野生に戻す活動をしている組織で、娘はそこで1ヶ月半、保護されたサルや鳥、ハナグマ、キンカジューなどいろいろな動物の世話をさせてもらった。その経験から、パナマでの動物保護についても知りたいのだという。私も大いに興味があったので、見学に行くことにした。

Jungle Wildlife Center

娘がボランティアをしていたエクアドルの施設は、動物を自然に戻しやすいように施設自体がジャングルの中にあるが、ここは町外れのファームのような場所で、かなり雰囲気が違うと娘は感じたようだ。

建物の中に入ると若い男性が出て来たので、施設を見学させて欲しいと伝える。男性はボランティアスタッフの一人だった。10ユーロを払うと現在保護している動物を見せてくれるとのことで、早速、案内してもらう。どんな動物たちが保護されているのだろうか。

大きなケージではスパイダーモンキーのデイジーとピーターが保護されている。

デイジー

サルのケージには見学者は入ることができず、金網の隙間からピーナツをやるだけ。その他の動物のケージには入らせてもらうことができた。

このアライグマはペットとして飼われていたことがあり、人馴れしている。自然に還してもきっとまた人のいるところに戻って来てしまうだろうとスタッフは説明した。スタッフがドライフードの載ったトレーと水をはった金だらいをアライグマの前に置くと、両手でドライフードを少しづつすくっては水の中に入れて洗って食べていたのが可愛かった。

メガネフクロウ

クロコンドル

トゥーカン

トゥーカンは他の鳥たちと異なり、小さいケージに入れられている。娘が質問した。「この子は野生に戻す予定ですか?」センターのオーナーの女性が「ええ。そうしますよ」と答えると、娘は「飛べるように大きなケージにして、中に枝を置くなど、自然に近い環境にしないのですか?」と突っ込む。「もちろん。この子はたった今、ここに運ばれて来たばかりなの。これからこの子のために良い環境を作りますよ」

キンカジュー

オーナーの女性に案内され、物置小屋の戸をそっと開けると、中にキンカジューが寝ていた。「この子は夜行性で昼間は出かけるんだけど、昼間はなぜかいつもこの物置に入って寝ているのよね。ここが好きみたいで」

この日センターで見た動物たちの他にも、昼間は出かけて夜だけセンターに戻ってくる動物もいると聞いた。また、野生動物の他にもヤギや馬のような家畜、犬や猫もたくさん保護されている。犬は10匹ほど、猫は25匹もいるとのこと。

この馬は目が見えないが、なぜか娘に擦り寄って来た。

この犬も目が見えない。でも、他の犬と元気にじゃれ合って、楽しそうにしている。犬や猫は広い敷地の中で放し飼いになっていて、自由気ままだ。

センターのオーナーの女性はアメリカ人で、動物たちの世話はボランティアスタッフが支えている。保護されている動物たちの多くは怪我をして飛べなくなっていたり、目が見えなかったりと問題を抱えているが、よくケアされていて幸せそうだ。この動物保護施設にはとても良い印象を持った。

次の記事では、翌日見学したもう一つの動物保護施設、Raquel´s Arkを紹介する。

 

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボケテ高原3日目。この日はTree Trek Adventure Parkというところで吊り橋ツアーに参加することにした。吊り橋を渡りながらハイキングするツアーで、ネイチャーガイドさんが動植物について説明してくれるという。

現地に着き、受付でツアーに申し込もうとすると、「今、最初のツアーが出たばかりなので、次は1時間後です」と言われてしまった。1時間も待つのかあとがっかりしていたら、別の男性が隣の部屋から入って来た。受付係りはその男性と何やら話している。そして受付の人が急に言った。「やっぱり今すぐツアーできます。彼について行って」。わけがわからないが、出発できると聞いてついて行った。

「私、今日は本当はガイドの担当じゃないんですが、ちょうどヒマなので特別に案内しますよ。他の参加者と一緒の大きなグループより、あなた達だけの方がいいでしょ?」どうやらスケジュール外のプライベートツアーを通常料金でやってくださるということらしい。ついている。お願いすることにした。

ハイキングするのはLa Amistad Friendship International Parkといって、コスタ・リカとパナマにまたがり、両国が共同管理している自然公園だ。渡る吊り橋は全部で6つ。最初の橋の高さは40m、長さは135m。

怖そうに見えるかもしれないけれど、ジャングルの中は植物が生い茂っていて地面が見えないから、全く怖くない。ガイドさんがいろいろな植物や動物について説明してくれるのを聞きながらの散策はとても楽しかった。ガイドさんがいなければ気づかずに通り過ぎてしまうものばかり。但し、山を登りながら写真を撮るので精一杯でメモを取ることができなかったので、教えてもらった植物や虫の名前全部忘れてしまった。とても残念。

「この蜘蛛の巣を見てください。蜘蛛がまるで小枝のようでしょう?」なるほど擬態しているのか。面白い。

綺麗な花がたくさん咲いている。「これ、花びらがずいぶん硬いね」と花を触りながら娘が言う。「それは本当の花びらじゃないんですよ。本当の花はこっち」

歩いていると頭の上をいろんな鳥が飛んでいく。ガイドさんによると、鳥は赤、黄色、白しか認知できないので、ジャングルを歩くときにそれらの色の服を着ていると花と勘違いして鳥が寄って来やすくなるそうだ。

ガイドさんは今度は地面近くを指差した。斜面の下の方の少し窪んだところに細い透明な糸のようなものが張られている。

「これは蜘蛛の巣のようなものだけど、蜘蛛によるものではないんです。ほら、この白い細長いもの、この虫が蜘蛛のようにネバネバした糸を出しているんですよ。この虫は夜になると光ります」

ツマジロスカシマダラ (Glasswing butterfly)

うまく写真が撮れなかったが、羽がほぼ透明で向こうが透けて見える綺麗な蝶がいた。

2つ目の吊り橋を渡り終わって少し歩いたところで、ガイドさんが「上を見て。ケツァールがいますよ」と言った。目を凝らして指さされたあたりを見ると、枝の間に赤と鮮やかな青をした小さな何かがいるのが見えた。双眼鏡で見ると、本当にケツァール!?ケツァールは世界一美しい、幻の鳥と言われている鳥だ。それがそんなに簡単に見られるとは驚きである。写真を撮ろうとしたけれど、望遠レンズでも遠くてダメだった。「尾がありませんね。売り物にするために尾を切ってしまう人がいるんですよ。だから、尾のないケツァールが多いんです」

上から先に出発したハイキング客のグループが戻って来てすれ違った。「あの方達が予約したのはハーフツアーだから、3つ目の吊り橋で引き返して来たんですね。私たちは6つ全部渡りましょう」。

3つ目、4つ目と高度を上げながら吊り橋を渡って行く。4つ目の橋の高さは70m。吊り橋から見下ろすジャングルは素晴らしい。そして吊り橋から眺める滝も。

「あのオレンジの実は食べられますか?」

「あれはまだ熟していませんね。サルの好物ですよ」

「こっちは熟している」ガイドさんは一粒つまんで口に入れた。「あなた達も食べてみて」。食べてみるとそれほど甘くはなく、トマトのような味がする。でも、あ、あれっ?「後味がピリッとするでしょう?」かすかに唐辛子のようなスパイシーな後味が残った。

「あ、Black guanがいる。ほら、あそこ!」見ると、黒くて大きな鳥がいた。「あなた達、今日はずいぶんラッキーですね。バードウォッチングツアーでもblack guanはなかなか見られないんですよ」。日本語名はクロシャクケイというらしい。こちらも残念ながら写真は撮れず。

さらにいろいろなシダ植物や蘭などを見ながら歩いて行く。ふと足元に目をやると、赤いキノコが生えていた。「これ、毒キノコ?」

「そう。毒キノコです。ちょっと待って」。ガイドさんは小枝を2本拾い、キノコの赤い部分を両側から挟んでぎゅっと押した。

真ん中からパフッと胞子が出てくるのが見えた。「吸い込んじゃダメ。吸い込むと象が空を飛びますよ」「象が空を飛ぶ?幻覚を見るってことですか?」「そう、このキノコは幻覚作用のある毒キノコなんです」。あたりを見回すとあっちにもこっちにも生えている。

「あれえ?カニだ!何でジャングルにカニが?」驚く娘。「サワガニだね」と私。でも、ずいぶん高いところにまでいるんだなあ。

「さあ、一番高い場所に着きましたよ」。ここがトレイルの頂点。なんてクールな場所なんだろう!

さあ、ここからは下り坂だ。

「わ、見て。毛虫がこんなにびっしり!」「毒ありますか?」「これは毒なしだから触っても大丈夫。柔らかいですよ」。そっと触ると、毛がふわふわだ。小さなヘビやトカゲもいた。

マラカイトハリトカゲ (Sceloporus malachiticus)?

いろんなものを見てご機嫌な私たち。5つ目の吊り橋を渡っている時だった。先頭を歩いていたガイドさんが急に血相を変えて振り返った。口に人差し指を当てて「静かに」の合図をしてから吊り橋の下の茂みを指差す。「プーマがいる」。

ええっ!プーマ!?まさか、聞き間違いだよね?

「あそこ。見えますか?プーマですよ」。必死で目を凝らすが、見えない。どこ?

するとガサガサっと葉の動く音がし、茶色い大きな猫が茂みの中を走るのが見えた。呆然とする私たち。

「す、すごい、、、、」。ジャングルの奥地でもないのに、サファリツアーでもないのに、野生のプーマに遭遇するなんてことがあり得るんだろうか。信じられない。

ガイドさんもしばらく感慨深そうに橋の上に立ち尽くしている。

「あなた達は本当にラッキーですよ。私はよく一人でジャングルを散策しますが、いろんな動物を見つけることができます。でも、お客さんと一緒のときには難しい。あのプーマは多分、今夜この辺りで寝ていたんでしょう。あなた達の前に出発したグループ、途中で引き返しましたよね。もし彼らがここまで来ていたら、その時点でプーマは逃げてしまっていたと思います。だから、あなた達はラッキーだった。私がなぜプーマに気づいたと思いますか。かすかに唸り声が聞こえたんですよ」

驚きと感動で言葉が出て来ない。「ワオ、、、」と言いながら三人、顔を見合わせるばかり。ただの吊り橋ツアーだと思って申し込んだのが、記念すべき特別なものとなった。優秀なガイドさんに何度もお礼を言い、チップを多めに渡してお別れした。

ああ、本当に素晴らしい体験だった。パナマ、なんて素敵なところなんだ。

 

 

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

前回の記事ではLost Waterfalls Trailを歩いたことについて書いた。これはその日の続きである。

ハイキングを完了して、「ああ、疲れた〜」と言いながら宿に戻ったが、部屋に着くか着かないかのうちに娘が「じゃ、今度は何する?」と言うではないか。彼らのエネルギー量は半端ではない。休むということを知らない人たちなのだ。私も精神的には活発な方と思っているけれど、そのわりに体力がないのが悩み。

「え、また出かける??」と驚く私に「温泉があるみたいだから行こうよ」と娘。温泉か、うん、それなら行ってもいいかな。動き回るわけじゃないしね。夫も温泉に入りたいという。私は出かけることに同意した。

地図で見ると温泉はCalderaというところにある。Palo Altoから25kmくらいだろうか。車だから大した距離ではない。しかし、宿の人に聞くと「あなたたちの車で近くまで行けないこともないけど、道が悪くて大変ですよ」と言われる。そう言われてひるむ夫ではない。運転するのは自分ではないので、私は何も言わずに車に乗り込んだ。

しかし、思った以上に酷い道だった。大きな石がごろごろした凸凹道をソロソロと進まねばならず、かなり時間がかかった。どうにかこうにかCalderaまで辿り着いたが、道はますます悪くなり、ついにこの状態に。

さすがにこれ以上は無理だろう。レンタカーを壊してもいけない。ここで車を停め、この先は歩いて行くことにした。またハイキングか、、、。

どんどん凄くなる。こんな道を10分ほど歩くと立て看板があった。

私有地のため立ち入り禁止。でも、温泉に入りたいなら2ドル払えばいいらしい。看板の横には民家があり、庭にいたおじさんがこちらにやって来た。温泉に入りたいことを伝え一人2ドル払うと、道順を教えてくれた。温泉は全部で4つあり、熱いのとぬるいのが二つずつ。と言ったと思うんだけれど、スペイン語なので正確に理解できたか自信がない。まあ行けばわかるだろうと、指さされた方向へ歩く。

森の中を少し歩くと芝生があり、石に囲まれた露天風呂が見えた。実際にはこの2倍の大きさで、すでに何人か人が入っている。外交的な娘は早速水着になって「ハロー」と彼らに仲間入り。アメリカ人だったので、お喋りに花が咲いた。ちなみにパナマでは英語はあまり通じないようだ。泊まっているPalo Altoの宿の経営者はアメリカ人でコミュニケーションに全く支障はないが、地元の人は英語が話せない人が多く、私と娘はドイツで習って来た下手なスペイン語で奮闘しているのである。

夫がドローンで撮影した写真。中央が露天風呂

こちらは二つ目の露天風呂。こちらも一つ目と同様、お湯はしっかり熱い。でも、外気温も高いので、とても長くは入っていられない。ぬるい方の温泉は川の方にあるというので、よくわからないが探しに行くことにする。

川縁に行くと、お湯が滝のように流れていた。そして、ぬるい温泉は「川の方」ではなく、川の中にあった。

中でくつろぐ夫と娘、そして米国人夫婦。この湯船?では温泉の熱いお湯と川の冷たい水がブレンドされ、いい具合の温度になっている。

河原にはヤギの群れがいた。ヒマそうに私たちの様子を観察している。さて、温泉にたっぷり浸かったことだし、そろそろ帰ろうか。

帰り道では孔雀の母子に遭遇。いろんな生き物がいて楽しいなあ。

車を停めてあった場所まで戻って初めて気づいたのだが、どうやら来るとき随分回り道をしてしまったらしい。帰りはそれほど酷い道路を走らずに済み、無事にボケテに戻って来た。でも、午前中は山登り、午後はドライブと温泉でもうクッタクタ。だけど、なんだか心地よい疲れだ。せっかくの休暇なのに何をそんなに疲れることをしているのかと言われるかもしれないけれど、昼間遊び倒して夜ぐっすり眠る、そんな休暇の過ごし方が嫌いではない。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボケテ高原にやって来た目的の一つはハイキングだ。冷涼なドイツに住んでいる私たちにとって、熱帯雨林をハイキングするというのは本当に楽しいアクティビティなのである。ボケテ高原にはハイキングコースが豊富にあるが、まずはその中のLost Waterfalls Trailを歩くことにする。3つの滝のあるトレイルで、往復2時間くらいなので初級コースといっていいだろう。

朝、出発しようとしたら霧雨が降って来た。「雨だよ。どうする?」「構わん。行くぞ」。夫は雨でも実行するという。娘も怯むことなく、「行くしかないよ」と言うので出発することにした。6月のパナマは雨季である。雨季にも小雨季と大雨季があり、今は小雨季だからそんなにザアザア降られることはないだろうと思っていたのだが、Palo Altoに到着してからずっと霧雨が降ったり止んだりしている。後から知ったことには、これは雨季だからというよりもPalo Altoは常に雨がちなのだそうだ。ボケテタウンから3kmも離れていないが、熱帯雲雨林の入り口に位置していて霧雲がかかる範囲にある。だから、ボケテタウンでは晴れていてもPalo Altoまで北上すると急にシトシト雨が降ることが多いようだ。

トレイル入り口近くの駐車場に車を停め、15分くらい山を登ったところでコース入場料を払う。上の写真は頂上ではなく、入り口。この高さからさらに登るのだ。

防水のジャンバーを着てはいるけど、濡れるの嫌だなあ。そう思いながら歩き始めた。でも、実際に歩いてみると、ジャングルの中は大きな葉っぱが密集していてあまり雨が体に当たらないのと、汗をかいて内側からも湿って来るので、雨が降っていようがいまいがそのうちどうでも良くなった。

いやあ、やっぱりジャングルはワクワクする。ティーンエイジャーの頃は「疲れる」だの「暑い」だのと文句ばかり垂れてハイキングには参加したがらなかった娘も、ずんずん歩いていく。

道は良く整備されているけれど、雨で少しぬかるんでいて滑りやすい。スニーカーでも歩けないことはないが、ハイキングシューズがベター。

私たちが住んでいるドイツでは森の中を歩くのは国民的スポーツといっていいほどポピュラーなアクティビティで、「散歩」と称して2時間も3時間も日常的に歩く人もいる。ドイツの森を歩くのも楽しいけれど、熱帯の森は大きな葉があったり、見慣れない虫や鳥がいて刺激的である。

 

キダチチョウセンアサガオは南米原産

肝心の滝だが、3つとも無事に通過することができた。

夫と娘は滝壺で泳いだけど、水は冷たかったみたい。

雨が上がった

そんなわけで、雨に濡れながらも1本目のトレイルは無事に歩き切った。まだ少し時差ボケが残っていたこともあり、初級コースとはいえ、結構疲れた。だが、これはあくまで午前中のアクティビティで、午後の部もしっかりあるのだ。それについては次の記事で。

 

 

(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)

ボケテ高原のパロ・アルトに到着した翌朝、朝食の席で娘がその日のアクティビティを提案した。小さい頃からあちこち連れ回したせいか、大の旅行好きに成長した娘。やる気満々である。

「まずはコーヒー農園を見学に行こう」と娘は言う。ボケテ高原はコーヒーの産地で、アラビカ種だけでなく希少なゲイシャ種のコーヒーも栽培されていることで知られる。見学できるコーヒー農家は複数あるが、その中から娘がピックアップしたのはレリダ農園(Finca Lerida)だった。宿泊施設やレストランも併設するお洒落な農園だ。

パナマのゲイシャコーヒーについて、またレリダ農園についても農業の専門家である宮﨑大輔さんが以下の記事を書いていらっしゃるので、興味のある方は詳しくは宮﨑さんの記事を読んでいただければと思う。

パナマ産ゲイシャコーヒーの特徴!中米ボケテ高原のコーヒーツアーで学んだ栽培方法、豆の精製・焙煎技術、値段

ゲイシャコーヒーを育てる中米パナマ・ボケテ高原のレリダ農園の生産・加工・輸入・テイスティング方法

 

コーヒーの収穫期は11月から3月までだそうで、今は6月だから本来は収穫期ではなくツアーの内容は少し違っていたようだ。レリダ農園では50ヘクタールの畑にアラビカ種のカトゥアイという品種とゲイシャ種の2種類を栽培している。カトゥアイは標高の高いところで、ゲイシャは標高1600mくらいの低いところで栽培されているが、ツアーではゲイシャ種の畑を歩きながら説明を聞いた。

ゲイシャ種はエチオピア原産の品種で、とても繊細で栽培が難しい。労力に見合うほどの量が収穫できないので、かつては誰も栽培したがらなかったそうだ。しかし、お茶に似た軽い味わいとフルーティな香りが中国人などアジア人に受け、人気が出た。レリダ農園ではコーヒー畑に他の木を一緒に植え、コーヒーの木に当たる日射量を最適に保ち、風が当たりすぎないように調整するなど、繊細なゲイシャ種を手をかけて栽培している。

収穫期ではないけれど、木には花があり、実がなっていた。

その年の最初の強い雨の後、コーヒーの木は花を咲かせ、花が散った後、枝に節ができる。実はその節になる。青い実が熟れて赤くなったら収穫だ。ところが、近年、異常気象が続き雨が降りすぎたため、ストレスでコーヒーのライフサイクルが狂ってしまっているそうだ。

さらには葉っぱが寄生虫にやられ、カビが生えて写真のように黒ずんでしまった木がたくさんあった。大変なダメージだ。しかし、やみくもに農薬を散布すると益虫も一緒に死んでしまう。なるべく農薬の量を抑えながら効果的にカビの問題を解決しようと栽培ロットごとに様々な方法を試しているそうだ。農業って大変だなあ。

熟れた実(チェリーと呼ぶ)を潰して押し出した生豆にはヌメヌメしたゼリー状のものが付いている。伝統的なコーヒー豆の処理法は水洗い法といい、ゼリー状のものを洗い流してから3週間ほどかけて乾燥させ、皮を剥く。でも、前述のように異常気象で本来は収穫期でない時期に実がなったり、コーヒーの実を摘む労働者が不足していて摘みきれない実が熟しすぎ、美味しくなくなってしまうという問題があるそうだ。

そこで、水洗い法の他の方法も取られるようになった。その一つはハニー法といって甘いゼリー状のものを洗い流さないまま乾燥させる方法で、ゼリーの甘みが残るのでハニー法と呼ばれるそうだ。もう一つはナチュラル法で、実を丸ごと乾燥させ、後から機械で割って豆を取り出す。これらの方法は人手不足による苦肉の策だったが、出来上がったコーヒー豆はそれぞれ味わいが違い、飲み比べて違いを楽しめるのがセールスポイントになっているという。

こちらの豆はゲイシャではなくカトゥアイ。熟れると黄色くなる種類もある。コーヒーの実の品質は大きさ、色、密度などで決まる。グレードの高いものは主に輸出され、グレードの低いものは地元で消費される。高校を卒業してから一人で1ヶ月半、エクアドルに滞在したことのある娘は「エクアドルでも美味しいコーヒーはヨーロッパなどに輸出されて、地元で飲むのはセカンドクラスだと聞いたよ」と頷いた。

他にもコーヒーの歴史など面白い話をいろいろ聞かせてもらった後、ティスティングをすることになった。水洗い法、ハニー法、ナチュラル法のそれぞれで精製したカトゥアイと水洗い法のゲイシャの4種を比べるという。

コーヒーのティスティングは初めてで、ただ飲み比べるだけかと思ったら、ローストした豆の状態での香りの違い、挽いた豆の香りの違い、お湯に溶いた状態での香りの違い、そして飲んでみての味と香りの違いと4段階で比較するという。それぞれどう違うか、コメントしてくださいとガイドさんに言われたので戸惑う。水洗い法の豆が一番普通のコーヒーらしく、その他はそれぞれ香りが違うのはわかるけれど、言葉で説明するのは難しい。いろいろな香りの書かれた円チャートを指差さされ、「さあ、この中のどの香りを感じますか?」と聞かれる。「えーと、ハニー法の豆はちょっとシナモンっぽい香り?」「シトラス系の香りもしませんか?」「ナチュラル法はウッディな香りかな」。コーヒー豆ソムリエごっこのようでなかなか楽しい。

ゲイシャ種の豆は明らかに異なる香りがした。コーヒーというよりも軽くて確かにお茶のよう。そしてフルーティでちょっとフローラルな香りがする。すごーーーくいい香り!希少だからありがたがるわけではないけど、なんだかすごく気に入ってしまった。世界で最も高いコーヒーの一つだそうで、パナマで飲む機会が得られてよかった。