久しぶりに遠出して、南ドイツ、アルトミュール渓谷(Altmühltal)へ行って来た。アルトミュール渓谷とは、バイエルン州トロイヒトリンゲンからケルハイムまでのアルトミュール川流域一帯で、ジュラ紀の化石を多く含むゾルンホーフェン石灰岩(Solnhofener Plattenkalk)の産地だ。この石灰岩の層は、初期の鳥とされるアルケオプテリクス(Archaeopteryx)の化石が見つかったことで世界的に有名である。

趣味で化石を探すようになって、かれこれ8年ほどになるが、化石のことをまったく知らないまま、初めて参加した化石ハンティングがアルトミュール渓谷でのツアーだった。

とても面白い体験だったけれど、このときは化石ハンティングだけで、アルトミュール渓谷に数多くある、化石を展示した博物館を訪れる時間がなかった。それがずっと心残りで、今回ようやく博物館巡りが実現したので記録しておこう。まずは、アイヒシュテットにあるジュラ博物館(Jura-Museum)から。

博物館はヴィリバルツブルク(Willibaldsburg)というお城の中にある。

展示室

展示されているのは、もちろん、この地域で出土したゾルンホーフェン石灰岩のジュラ紀の化石標本の数々。保存状態の極めて良い標本を隅々まで観察できる。

約1億5000万年前のジュラ紀、アルトミュール渓谷は浅い暖かい海で、サンゴや海綿、藻類が繁茂してリーフ(礁)を作っていた。さらに、波や潮流で運ばれた石灰質の砂が積もって、砂州のような地形もできていた。ゾルンホーフェン石灰岩は、リーフや砂州の間にできた窪地に、細かい泥や石灰質の堆積物が溜まり、後に固まってできたものだ。

当時の気候は暑く乾燥していたので、塩分が濃縮され、窪地の水は塩分濃度が高く、酸素に乏しく、生き物が暮らすには厳しい環境だった。周囲の環境にはさまざまな生き物が生息しており、嵐の際にそれらの死骸が窪地に流れ込んで化石になったのだ。当時、死骸を食べる生物は存在しなかったことも、化石が極めて良好に保存された理由の一つだ。

甲羅を持つジュラ紀の甲殻類、Cycleryon propinquus。長いハサミや脚の関節までくっきり。

ウミガメの化石。ジュラ紀のカメは、まだ現在のウミガメのように手足が完全にヒレ状に変化していない。

ほぼ完全な形で保存されている標本にも圧倒されたけれど、私がより興味深く感じたのは、生き物が死ぬ直前の行動が保存されている標本だ。

捕食者に数多を骨ごと噛みちぎられてしまった魚

この博物館で一番印象に残ったのは、この標本。

添えられている説明によると、このエビのような生き物は、塩分濃度が高く酸素の少ない、水の深いところに仰向けに落ちてしまい、起き上がってそこから浅瀬へと脱出しようと後ろ向きに移動したが、途中で力尽きて死んでしまったらしい。1億5000万年前ものはるか昔にも、生き物たちは一生懸命、命を繋ごうとしていたのだなと感じ入るものがあった。

アイヒシュテット近郊からは、恐竜の全身骨格の化石も見つかっている。

「ジュラ山脈の狩人」を意味するジュラヴェナトル(Juravenator)と名付けられた恐竜の化石。

そして、なんといっても、目玉はアルケオプテリクス。アルケオプテリクスの化石はこれまでに14体見つかっているが、ジュラ博物館が所蔵しているのは、1951年に発見されたアイヒシュテット標本。

そして、現在、ジュラ博物館には、アルケオプテリクスの羽毛化石が展示されている。1861年にゾルンホーフェン近くで見つかった最古の羽の化石だ。この羽こそがギリシャ語で「古い羽」を意味する「始祖鳥(Archaeopteryx)」という名前の由来となった化石だ。発見されたのはダーウィンの進化論が出た直後で、鳥と恐竜との繋がりを示す重要な証拠として注目されたのだった。

他にも翼竜やワニ、昆虫、植物など素晴らしい標本がたくさん。ジュラ紀の化石に興味があるなら、この博物館は、過去に行ったホルツマーデンの博物館Urwelt-Museum Hauffと並んで、マスト中のマストだな。今回、行けてよかった。

アルトミュール渓谷の博物館巡りは続く。