バードウォッチングを初めて3年ちょっとが経過した。最初のうちはとにかく目についた野鳥の写真を撮っては種名を調べることに熱中していた。それから季節が何度か巡り、身近にいる種がだいたい把握できたら、今度はそれぞれの種について知りたくなった。庭にやって来る野鳥の種類も増えて、いろんな種に親しみを覚えるようになって来た。
バードウォッチャーとしてまだ日が浅いけど、それぞれの種についてこれまでに観察したことと本で読んだり詳しい人に聞いたことをまとめていこう。第一弾は「キツツキ」について。
キツツキとは名前の通り、木をつつく習性のある鳥を指す。でも、キツツキというのはキツツキ科に含まれる鳥のことで、「キツツキ」という種名の鳥がいるわけではない。日本語ではキツツキの仲間には「〜ゲラ」という種名が付けられている。ドイツ語ではキツツキの仲間は「ナニナニSpecht」と呼ばれる。
ドイツに生息するキツツキ科の鳥は以下の10種。
- アカゲラ (Buntspecht, Dendrocopos major)
- ヒメアカゲラ (Mittelspecht, Dendrocopos medius)
- コアカゲラ (Kleinspecht, [Dryobates minor)
- ヨーロッパアオゲラ (Grünspecht, Picus viridis)
- クマゲラ (Schwarzspecht, Dryocopus martius)
- オオアカゲラ (Weißrückenspecht, Dendrocopos leucotos)
- ミユビゲラ (Dreizehenspecht, Picoides tridactylus)
- ヤマゲラ (Grauspecht, Picus canus)
- シリアンウッドペッカー? (Blutspecht, Dendrocopos syriacus)
- アリスイ (Wendelhals, Jynx torquilla)
これまでに見ることができたのは、アカゲラ、コアカゲラ、ヨーロッパアオゲラ、クマゲラの4種である。この4種についてわかったことをまとめよう。
まず、ドイツで個体数が最も多いアカゲラについて。
アカゲラはその名の通り、お腹の下の方が赤い。下腹部が赤いのはオスメス共通だけれど、オスは後頭部も赤い。メスの頭は真っ黒である。この写真はうちの庭によく来るアカゲラで、見ての通り頭の後ろに赤い部分があるのでオスだとわかる。
アカゲラは環境適応力が高いため他のキツツキよりも生息範囲が広く、そこらじゅうにいると言っても言い過ぎではない。ドイツ人がSpechtと言われて真っ先に頭に思い浮かべるのはアカゲラだろう。ドイツでは散歩がポピュラーなアクティビティで、みんなよく散歩に行く。森の中を歩くと、アカゲラのドラミングの音がよく聞こえてくる。ドラララン、ドララランという明るく小刻みの音が特徴だ。
キツツキのオスは他の多くの鳥とは異なり、美しいさえずりではなく木をつつく音でメスにアピールする。ヴォーカリストというよりもドラマーだ。メロディよりもリズム感で勝負、というとなんとなくカッコいいけど、せっかく演奏してもメスに注目(注耳?)してもらえなければしょうがない。だから、乾燥した、よく響く木を選んでつつくのだ。キツツキの求愛期間は長い。これを書いている現在は2月の初めだが、近所の森にはすでにアカゲラのドラミングの音が響き渡っている。なかなかパートナーを見つけられないオスは延々とドラミングを続けることになる。喉が枯れるほど歌うのとクチバシを木に叩きつけまくるのとでは、どっちがより疲れるだろうかなどと無意味なことをつい、考えてしまう。また、アカゲラのドラミングはパートナー探しだけでなく、ナワバリを主張するためでもある。
うまくパートナーのメスが見つかったら、今度は子育ての準備開始である。ここでも木をつついて開けて巣穴を作る。アカゲラの場合、巣穴の使い回しはあまりせず、ほぼ毎年、新しい巣穴を作るそうだ。2週間ほどかけて完成した巣穴にはコケなどのクッション材を置いたりはせず、メスは木屑の上に白くて光沢のある卵を4つから7つほど産む。抱卵はオスメスが交代でおこなうが、夜間はパパの担当だそうだ。卵は10日ほどで孵化し、それからヒナが巣立つまでの3週間ほどの間、親鳥はせっせと巣に餌を運ぶ。
巣立ちが近づくと、幼鳥は餌をもらうときに巣穴から顔を出すようになる。これがなんともかわいくてたまらない。バルト海沿岸の森で親に餌をもらうアカゲラの幼鳥を見かけたときには感激して、ずっと愛でていたかった。でも、幼鳥にとって、不用意に巣から顔を出すのはキケンだ。捕食者があたりに潜んでいるかもしれない。だから、親が戻って来るまで幼鳥は巣穴の中で待っている。戻って来た親鳥は近くの木から「餌持って来たよー」と鳴き声で知らせ、それを合図に顔を出した幼鳥は素早く餌を受け取って、またサッと穴の中に戻る。巣立ち間近な幼鳥はそれを頻繁に繰り返していた。
この親鳥も頭の後ろが赤いから、パパだろう。幼鳥は性別に関係なく頭のてっぺんが赤い。巣立った後も、しばらくの間は親に餌を食べさせてもらったり、餌の見つけ方を教えてもらったりする。去年の春、うちの庭の餌場には親鳥が子連れでやって来た。「ここのファットボールは安心して食べていいからね」と親に言われたのだろうか。そのうち子どもは単独でも食べに来るようになった。しかし、餌場の管理人(つまり、私たち)が無害でも、油断は禁物だ。周辺の森にはオオタカ(Habicht)やハイタカ(Sperber)など、キツツキを捕食する猛禽類がいる。まだ世の中に慣れていない幼鳥は特に狙われやすい。キツツキは警戒心が強いのか、頻繁に上方を確認する習性がある。餌場で餌を食べるときにも約1秒ごとに顔を上げてキョロキョロとあたりを確認しているのを、いつもキツツキらしい仕草だなあと思いながら観察している。
これはドイツ語ではSpechtschmiede(「キツツキの鍛冶場」、の意味)と呼ばれるものだ。アカゲラは松ぼっくりをこのように固定してから、鱗片の裏側にある種子を取り出して食べるのだ。鍛冶場の下の地面には種子を取り出した後の松ぼっくりがたくさん落ちている。
こういうのを目にするたびに、生き物の行動って面白いなあとつくづく思う。
さて、身近なアカゲラの観察も楽しいが、それ以外のキツツキを見る機会はぐっと減るので、見つけるととても嬉しくなる。私が特に好きなのはクマゲラ。ドイツに生息するキツツキのうちで最も大きく、体長50cmほどもある。
クマゲラは、自然破壊や捕獲によって19世紀半ばにはドイツ北部からほぼ消滅していた。保護の甲斐あって最近はそれほど珍しくなくなっている。クマゲラはオオアリ(Rossameisen)やキクイムシ(Borkenkäfer)の幼虫を好み、巣はブナの木に作ることが多い。クマゲラの作る巣穴は他のキツツキのものよりもずっと大きく、楕円形をしていることも多い。ドラミングの音はアカゲラのそれよりも低く、ドラミングの長さも長い。クマゲラは喉が大きく、ヒナに与える餌を親鳥が喉に溜めておいて、吐き戻して与えることができるので、広範囲に餌を集めることができるそうだ。
キツツキの作る樹洞は当のキツツキだけでなく、他のいろいろな生き物が利用する。クマゲラの穴は大きいので、 主にヒメモリバト(Hohltaube) やキンメフクロウ(Raufußkauz)、ホオジロガモ(Schellente)がよく使うらしい。意外なことにゴジュウカラも利用者だという。あんなに小さいゴジュウカラには入り口が大き過ぎて捕食者が入り放題になりキケンでは?と思ったら、ゴジュウカラは穴の入り口に泥を塗って固め、ジャストサイズにするらしい。ゴジュウカラを意味するドイツ語”Kleiber”は「貼る」という意味の動詞”kleben”が語源だと知った。
こちらはヨーロッパアオゲラのメス。オスは目の下が赤いので、写真を撮れば見分けることができるけれど、遠目に見分けるのはまず無理だろう。アリが主食のアオゲラは伝統的な果樹など開けた場所を好む。キツツキだけど地面にいることが多いのだ。長くてベタベタした舌でアリを捕まえて食べ、ヒナに与える餌もほぼアリのみ。ドラミングはもっぱらパートナーとのコミュニケーションの目的のみで、ナワバリの主張のためにはしない。アオゲラはドラミングをあまりしない代わりによく鳴く。目立たない体の色をしているけれど、キョキョキョキョという特徴的な鳴き声なので、姿が見えなくても声でああ、近くにいるなとわかるようになった。アオゲラは巣穴を作ることに関してはあまり熱心ではなく、同じ穴を何年も使うそうだ。
そしてもう1種。雪の降る日に森の中で一度だけ目にした小さなキツツキはコアカゲラだった。体重はわずか2ogほど。キツツキというよりも小鳥という感じ。葉や枝についた虫を食べる。
ドイツに生息するキツツキはすべての種が保護の対象だ。森にキツツキがたくさんいれば、リス、マツテン、ヤマネ、コウモリなど哺乳類からハチやアリなどの昆虫まで、キツツキが枯れ木に開けた穴を利用する生き物の密度が高くなり、またそれらの捕食者も増える。キツツキは森の生物多様性に不可欠な存在なのだ。
これから春にかけて野鳥の活動が活発になる。今年もキツツキの親子を見ることができるだろうか。まだ目にしたことのない光景が観察できたらいいな。
参考文献:
Volker Zahner, Robert Wimmer (2021) “Spechte & Co. Sympathische Hüter heimischer Wälder”