アニマルトラッキングをするようになってから、あちこちでアライグマの足跡や糞を目にするようになった。アライグマの足跡は特徴的である。まるで指を開いた人間の手のようで、他の動物と区別しやすいのだ。
「アライグマ」という名前が示唆する通り、特に水辺で見かけることが多い。
とはいえ、アライグマは食べ物を洗うために水場に来るわけではない。食べ物を洗う習性があるからアライグマと呼ばれているのかと思っていたが、それは誤解だった。アライグマは足の触覚がよく発達している。水場で前足を使って食べられるものを探し、その感触を確かめる仕草があたかも食べ物を洗っているかのように見えるということらしい。実際にアライグマが餌を食べる場面を見たことがある。すぐそばに池があるにもかかわらず、洗わずに平気で食べていた。別にきれい好きというわけではないようだ。
アライグマはドイツでは外来種である。毛皮を取るために北米から輸入されたアライグマの一部が1930年代の半ば、ヘッセン州エーデル湖付近に放たれたのがドイツにおけるアライグマ野生化の発端だ。オオカミがいったん絶滅したドイツには天敵が存在せず、雑食で適応力の高いアライグマはどんどん増えていった。最初はヘッセン州北部やニーダーザクセン州南部などドイツ西部の限られた地域のみだったが、第二次世界大戦中の1945年、さらなる増殖を引き起こす事件が起きる。ベルリン近郊のシュトラウスベルクにあった毛皮ファームに爆弾が落ちたのだ。そのとき工場敷地から逃げ出したアライグマは、現在に至るまでベルリンやその周辺のブランデンブルク州で増え続けている。ベルリンはいまやアライグマだらけで、「欧州のアライグマ首都」と呼ばれるほどである。
アライグマは見た目は愛嬌があるけれど、人の住んでいるところへもやって来て建物の中に入り込んで寝ぐらにしたり、畑を荒らしたりするので、なかなかやっかいな生き物である。回虫や狂犬病媒介のリスクもある。多種多様な動植物を捕食するので、在来生態系への影響もかなり懸念されているが、外来種として駆除するべきか、すでに定着した野生動物として扱うべきか、ドイツでは意見が割れている。駆除して個体数を減らすと、その分たくさん子どもを産んで盛り返して来たり、安全なエリアを求めて移動し、結果として生息範囲が広がるなど、逆効果な面もあってなかなか減らない。ベルリン市内ではアライグマをいったん捕獲して不妊手術をし、再び放つという取り組みをする市民イニシアチブが始まったが、効果のほどはまだわからないらしい。
どのような対策を取るにせよ、全国のアライグマ繁殖状況を把握することが重要だ。そこで、アライグマを含む外来種の痕跡を見つけた市民がアプリを通して報告するシチズンサイエンスプロジェクト、ZOWIACが立ち上がった。
私たちが家の近くに設置しているトレイルカメラも頻繁にアライグマの姿を捉えている。散歩の途中にアライグマのトイレと思われる場所を目にすることもよくある(汚いので画像は自粛)。昼間、目にすることはほとんどないが、アライグマは身近にたくさんいるようだ。私もアプリをダウンロードし、ZOWIACプロジェクトに参加することにした。よーし、これからどんどん報告するぞー!
ところがその矢先、予想していないことが起こった。なんと、我が家のガレージにアライグマが侵入した。報告第一弾は自分の家に出没したアライグマということになってしまったのである。
抜き足、差し足、忍び足。その姿はまるで泥棒。目の周りの黒い毛が目隠しのようで、泥棒感をさらに演出している。思わず笑ってしまう。しかし、笑ってる場合ではないことがまもなく判明する。
夜になりガレージから出たアライグマは庭に出て、木にぶら下げてある鳥の餌のファットボールに手を出した。さらには、餌台によじ登って中に入り込み、鳥たちの食べ残した餌を平らげてしまった。
アライグマは木登りの天才で、どんなところにもよじ登るらしい。庭には野鳥観察のためにカメラを複数設置してあるのだが、それらに映ったアライグマの器用さと大胆さは驚くばかりである。さあ大変なことになった。野鳥の餌はあくまで野鳥のためのものなので、アライグマに食べ尽くされてしまうわけにはいかないのである。この日から夕方まで残った餌は片付けてから寝ることにした。
でも、これはまだほんの序の口だった。本当の悲劇はこの数日後に起こった。
過去記事に書いている通り、我が家の庭には野鳥のためのカメラ付き巣箱を設置してある。野鳥の営巣や子育ての様子をリアルタイムで観察するのが春の大きな楽しみなのだ。今年は初めてアオガラが巣作りをし、10個の卵を産んだ。ヒナが孵るのを今か今かとワクワクして待ち、ついに元気いっぱいなヒナたちが生まれたところだった。親鳥が夫婦でせっせと巣に餌を運ぶ姿を微笑ましく見ていたのだ。
それなのに、、、、。
ヒナが生まれて3日目の朝、カメラを覗くと巣に異変が生じていた。そこに母鳥の姿はなく、巣が荒れている。ヒナ達は横たわり、動かない。一体、夜の間に何があった?
過去にさかのぼって録画を再生したところ、そこには衝撃的なシーンが記録されていた。アライグマが巣箱の中に手を入れ、母鳥を捕まえて食べてしまったのだ。ショッキングな映像なのでここには貼らないが、よく動く、あの人間のような手が親鳥に伸びた瞬間、耐えきれず悲鳴を上げてしまった。ああ、なんということだろう。
もちろんアライグマだって野生動物、本能に従って行動しているだけだ。残酷なようだけれど自然とはそういうものだと言われればそうに違いない。でも、やっぱりショック。アオガラのヒナ達が元気に巣立つ姿を見たかったのに。さらに腹立たしいことには、隣の奥さんに事件について話すと、「うちも鳥の巣を3つも荒らされた」という。そして、斜め向かいのお宅でも、、、。連続野鳥キラーである。恐るべしアライグマ。
このような理由で今年の春の野鳥営巣観察は悲しい結末となってしまった。とても残念。でも、これまでその生態をほとんど知らなかったアライグマを身近で観察する機会が得られたのは、それはそれで一つの収穫と言えるかもしれない。そう思うしかない。