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ドイツ光学産業の発祥地、ラーテノウの光学ミュージアム
今日は午前中から抜けるような青空が広がった。ドライブ日和である。平日だが、仕事は日没後に回し、出かけることにした。
目的地はラーテノウ。ブランデンブルク州西部の人口2万5千人弱の小さな町だ。日本人でラーテノウの名前を聞いたことのある人は、おそらく少ないだろう。
この町に何をしに行ったのかというと、光学博物館(Optik…
見応え抜群なブランデンブルクの製鋼所ミュージアム、Industriemuseum Brandenburg
この週末もマニアックな観光をしようと張り切っていたのだが、あいにく雨である。目星をつけておいた観光スポットは屋外だったので、今回は行くのを諦めた。でも、どこかには行きたい!雨に打たれない場所で面白そうなところはないかと調べたところ、ブランデンブルク市になかなか面白そうなミュージアム、Industriemuseum…
トム・ハンクスが絶賛する旧東ドイツの社会主義計画都市、アイゼンヒュッテンシュタット
最寄の町、ポツダムからベルリンへ出るときにはいつも、都市間を結ぶRegionalbahnという電車を利用する。この電車はブランデンブルク市が始発で、フランクフルト(オーデル)が終点なのだが、ときどき終点がEisenhüttenstadt(アイゼンヒュッテンシュタット)となっていることがある。
私は、このアイゼンヒュッテンシュタットという町が以前から気になっていた。アイゼンヒュッテンシュタット。名前の響きに惹かれるものがある。どんな町なのだろうか。
しかし、誰かがアイゼンヒュッテンシュタットについて話しているのを聞いたことがない。誰も話題にしていないが、ベルリン行きの電車にそのまま乗っていれば行き着く町。どうしても気になるので、調べてみた。すると、この町は実は特別な町であることがわかった。しかも、誰も話題にしていないどころか、アイゼンヒュッテンシュタットを大いに話題にしている人がいるのである。それは、トム・ハンクスである。
アイゼンヒュッテンシュタットというのは、第二次世界大戦後、旧東ドイツ(DDR)で誕生した初の社会主義モデルシティであった。社会主義の理想の元に誕生した計画都市である。DDRの工業を支える拠点として、ここに新たに大規模製鉄所、Eisenhüttenkombinat…
ベルリン軍事史博物館(Militärhistorisches Museum Flugplatz Berlin-Gatow)
日曜の今日はベルリンのGatow地区にある軍事史博物館へ行って来た。この博物館はドレスデンにある連邦軍事史博物館の分館で、航空戦をテーマとした展示を行っている。博物館の敷地はナチスの時代に秘密基地として建設され、第二次世界大戦中は空軍兵士の訓練場となった空港だ。戦後の1948年にベルリンがソビエトにより封鎖された際、西ベルリンへの生活物資を空輸するのに使われた空港の一つだという。
兵士の学びの場としての機能を果たすだけでなく、一般市民にも無料で公開されており、歴史を学び、軍事に関する議論を活発化させることを目的とした展示を行っている。
広い敷地にはすごい数の軍用機が展示されている。私は軍事関係には非常に疎く、ましてや軍用機には全くの無知。空軍にいたことのある夫がいろいろ説明してくれた。
当然のことながら、軍用機にはいろいろなタイプがある。外形区分はこうで技術的にはこう、どのような任務に使われる航空機なのか、どこの国でどの時代に製造されたものかなど、一つ一つ説明してくれるのだが、予備知識がないため、とりあえずチンプンカンプンである。
「これはMiG-23。NATO-CodeではFlogger…
世界最古の天文盤、ネブラ・ディスクの出土地を訪れる
ある秋の日曜、私と夫はザクセン・アンハルト州の小さな町、ネブラを訪れることにした。世界最古の天文盤とされる「ネブラ・ディスク(die Himmelsscheibe von Nebra)」が出土…
廃墟感満載なラウジッツの発電所ミュージアム、Erlebniskraftwerk Plessa
春の訪れとともに、出かけたい欲が急激に高まって来た。
冬の間も観光ができないことはないが、ドイツの冬は日が短く、すぐに真っ暗になってしまう。天気が良くない日が多い上に、観光できる時間が限られるとなると、遠出しにくい。特に、屋外や地方のマニアックな観光スポットは、観光客が少ない冬季にはサービスを休止しているところが多い。冬は旅行好きにはもどかしい季節だ。
3月の声を聞いたら、居ても立ってもいられなくなった。ようやくシーズン開幕だ。さて、週末にはどこへ行こう?
訪れたい場所リストの中から狙いをつけたのは、ブランデンブルク州南部とザクセン州東部にまたがる地域、ラウジッツである。褐炭の豊富なこの地域は、まだドイツが東西に分かれていた頃、旧東ドイツ(DDR)のエネルギー産業を支える重要な工業地帯だった。1990年のドイツ統一後、旧東ドイツの産業は急激に衰退し、多くの発電所や工場が閉鎖されたが、施設のいくつかは産業遺産に指定され、観光スポットになっている。特に、褐炭採掘場や関連施設を結ぶ「エネルギールート」は、ラウジッツ産業観光のハイライトであるらしい。よしっ、このスポットのどれかを見学に行こう!
しかし、やはり少々気が早かったのか、スポットの多くは4月にならないとオープンにならない。なかばがっかりしつつ、どこかないかと片っぱしからリンクを開いてチェックしていたところ、3月から訪問者を受け付けているスポットがようやく見つかった。Erlebniskraftwerk…
ノルウェーの英雄フリチョフ・ナンセン オスロのフラム号博物館で辿る北極探検の軌跡
フリチョフ・ナンセン (Fridtjof Wedel-Jarlsberg Nansen)の名前を知ったのは15年ほど前になる。当時中学生だった息子が親しくなったクラスメートの名前が「フリチョフ」だったのだ。ドイツでは珍しい名前だなと思ったら、ノルウェーの極地探検家、フリチョフ・ナンセンにあやかって命名されたという。その男子のお父さんは極地研究者なのだった。それでナンセンの存在を知ったのだが、偉大な探検家らしい、ということ以外は知らないままでいた。
今回、初めてノルウェーを訪れることになり、そういえばとナンセンのことを思い出した。首都オスロにはナンセンが北極圏探検に使った船、フラム号が展示されているフラム号博物館がある。見ておかなくちゃ。
毎度のことながら、博物館外観の写真を撮り忘れた。館内に入ると、ナンセン像が迎えてくれる。
館内中央にどーんとフラム号が展示されている。1893年から1896年にかけて、ナンセンはこの船に乗って北極点を目指したのだ。こんな木造の船で?と現代の感覚ではびっくり。しかし、フラム号には特別な設計がなされていた。船体の丸みを帯びたかたちのおかげで、フラム号は北極海に浮かぶ厚い氷に閉じ込められても押しつぶされずに上に持ち上げられるように作られている。実際、フラム号はナンセンによる長期間にわたる航海の間、持ちこたえた。その後、オットー・スヴェルドラップによる第二次北極探検やロアール・アムンセンの南極探検にも使われている。
設計士Colin Archerによるフラム号のモデル
ナンセンの北極探検の構想は、フラム号を氷に閉じ込め、流氷と共に漂流させ、数年かけて北極点に到達するという大胆かつ壮大なものだった。ナンセンはこのアイディアを1881年にシベリア北海岸沖で沈没し、その3年後にグリーンランド沖で発見された米国の探検船ジャネット号から得ている。この探検の途中でナンセンはフラム号を降り、徒歩で北極点を目指したが、結局、北極点に到達することはできなかった。それでも、ナンセンの探検はその後の極地探検の礎を築くことになる、とてつもない業績だったのだ。
展示されているフラム号の中に入ってみた。
ナンセンを含めて13人が5年分の食料を積んだこの船で生活を共にした。中はかなり広いけれど、氷に閉ざされ、真冬は太陽が昇らない北極圏、船の中で何年も過ごすなんて過酷の極みだ。肉体的にも精神的にも極めて強靭じゃなければ無理だろう。想像の域を完全に超えているよ、、、。
発電のための風車
船員の寝室
食堂。フラム号のFRAMの文字が入った食器が並ぶ。
ナンセンの航海道具
当時、ナビゲーションに使われていた六分儀
海洋学者であり動物学者でもあったナンセンは、この探検を通じて海流や北極地域の環境に関する研究を行い、科学の発展に大きく寄与した。ナンセンを探検に駆り立てたのは、誰よりも早く北極点に到達したいという野望だけでなく、未知の世界を知りたいという圧倒的な知的好奇心でもあったのだ。
さらに、ナンセンはヒューマニストでもあった。第一次世界大戦後、国際連盟で難民高等弁務官を務め、数多くの難民を支援した。ナンセンが無国籍者や難民に身分証明書に発行した、いわゆる「ナンセン・パスポート」は難民の移動や再定住を可能にした。この活動により、ナンセンは1922年にノーベル平和賞を受賞している。
すごい、、、、すごすぎる。まさにレジェンド。まちがいなくノルウェー国民にとってのスーパーヒーローだろう。
フリチョフ・ナンセンの圧倒的な人間力に自分のちっぽけさを痛感してしまった。
さて、このフラム号博物館、フラム号とナンセンについてだけでなく、アムンセンなど他の探検家についての展示も充実していて、人類の極地探検の歴史を辿ることができる。ショップの書籍コーナーに置いてある資料も豊富だ。
今回、買って来た資料