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先日、こんな本を読んだ。

Berlin Story Verlagという出版社から出ている”Berlin Geologie(ベルリン地質学)”というもの 。ベルリン関連の書籍は数え切れないほどあるが、地質学という切り口は珍しい。最近、ドイツ地質学が楽しくてしょうがない私。この本を見つけて、「わざわざ遠出しなくても、首都ベルリンでも地質学を楽しめるかも!」と心踊った。

紐解いてみると、地質学を切り口としたベルリン本というよりも、ベルリンを切り口とした地質学の入門書という感じ。想像していたのとはちょっと違ったが、それはそれで興味深かった。日本でいえば新書レベルで読みやすい。地球の誕生から現在に到るまでの大陸移動と地層堆積の歴史を、地球全体からヨーロッパへ、ヨーロッパから北ヨーロッパへ、北ヨーロッパから現在のドイツへ、そしてドイツから首都ベルリンへとズームインしながら説明していく。ベルリンは平坦な土地で、地質学的に特別注目される場所ではないけれど、ベルリン周辺の地層がどのようにして形成されたのか、ベルリンのどこにどんな石が使われているのかなど、わかると面白い。

この本にベルリン、パンコウ地区の植物公園Botanischer Volksparkにはドイツ各地の様々な石を集めて積み上げた「地質の壁(die geologische Wand)」なるものがあると書いてあった。面白そうなので、早速見に行って来た。

かなり郊外なので電車やバスを何度も乗り換えて、ようやく到着。我ながら物好き、、、。

これが「地質の壁」

この長さ約30メートル、高さ約2.5メートルの壁は、地質学を専門とするベルリンのギムナジウム教師、エドゥアルト・ツェッヒェ(Eduard Zeche)  の発案で1891年から1995年にかけて作られた教育用の岩石見本だそうだ。壁にはドイツ全国から集めた123種類の異なる石が使われている。

近くで見るとこんな感じ

石はテキトウに積み上げてあるのではなく、壁の右端から左方向へ、古生代石炭紀から新生代完新世までの地質年代をAからUまでのエポックに分け、それぞれのエポックの地質構造がわかるような形で下から上へと積んであるのだ。

それぞれの種類の石には番号が振ってある。番号を見れば、それがどこで採れたどういう石なのかがわかるのだが、紙の説明図だけでなく、スマホやPC上で閲覧できる「デジタル版」があって、これがとても便利なことがわかった。モバイルデバイスがあれば、実際の壁で石を観察し手触りを感じながら、それぞれの石について確認できるのだ。

ほらっ。画像上で番号を押すとその石の情報が出て来る

持参したiPad mini上でデジタル版地質の壁を開き、片っ端から番号を押してみた。石の用途や実際にどこで使われているかなどが書いてある。

まずはわかりやすい玄武岩(116番)から見てみよう。ノルトライン=ヴェストファーレン州ライン川沿いのUnkelという場所で採れたもの。今から約700万年前の火山噴火によって形成され、古代ローマの時代から建材などに使われていた。ドイツはあまり火山のイメージがないが、これらの石が採れたアイフェル地方は火山地帯なのだよね。火山噴火によってできたマールと呼ばれる丸い美しい湖が点在し、カンラン石の入った火山弾やガラス化した美しい砂岩など、珍しい石がよく見つかる地質学的にとても面白い地方である。(アイフェル地方のレポートはこちらにまとめています)

こちらはベルリン郊外、リューダースドルフ(Rüdersdorf)産の石灰岩。ムッシェルカルクと呼ばれる三畳紀の地層から採れるもので、ムッシェル(貝)という名の通り、貝殻などの化石がたくさん含まれるのが特徴だ。この石に見られるのはMyophoria vulgarisという貝の化石らしい。この石は主にセメントの原料となる。リューダースドルフの採石場は現在では野外ミュージアムになっていて、シャフトキルンという石灰窯が見学できる他、採石場をジープで廻ったり、併設の地質学博物館で化石を見たりなど、一日かけて遊べる楽しい公園だ。

10番の赤い石は10億年前以上も前に形成されたスカンジナビア半島の花崗岩。なぜスカンジナビアの石がドイツの岩石見本に含まれるのかというと、氷河とともに運ばれて来たからだ。ベルリンを含む北ドイツにはこのような花崗岩の塊が至る所にある。山もないのに大きな岩が突拍子もなくゴロンゴロンと転がっている様子を最初に見たときにはわけが分からずなんとも不思議だったが、迷子石(Findling)と呼ばれると知ってなんだか気に入った。小さく割られたものが田舎の教会の壁などによく使われているのを見かける。色は上の写真のような赤だけでなくいろいろあって、配色を考えて並べるとカラフルなモザイクになり、可愛い。

たとえばこんな具合に

迷子石はあまりにもたくさんあるので、観光スポットとしてこんな迷子石パークが作られているほどだ。

、、、という具合に、壁とiPadを見比べながら「これは〇〇地方で見たあの石と同じだ!」と一人で喜んでしまった。たかが石じゃないか、そんな地味なものと思われるかもしれないけれど、石って結構重要だ。建物や敷石などに使われるから、その土地でどんな石が採れるかで街並みが変わって来る。また、石からは産業が生まれ、その産業を基盤に生活文化が生まれ、その土地ごとの歴史を作っていく。ある地域について語るなら、まず石からと言っても大袈裟ではないかもしれない。

それに、カラフルな石は見ているだけで楽しいな。

今後は旅行に出たらその土地の石をよく観察してみるつもり。

 

前回の記事では火山アイフェル・ジオパークにあるマール湖群を写真と動画で紹介した。アイフェルはマール湖を中心に美しい自然が広がっているが、博物館も充実している。今回の旅行はジオ旅行ということで、数ある博物館のうち、地学関係の博物館をいくつか見て来た。

最近とみに感じるのは、自然の中で休暇を過ごす際には地元の自然史博物館や地学系博物館でその地域の特徴を大まかに捉えてから自然の中を散策すると、より楽しめるということ。もちろん、何も予備知識がなくても自然の美しさに感動したり、心地よさを感じたりできるけれど、絶景があるというわけではない場所だと単調に見えて「何もないただの田舎」と感じることがよくあった。でも、どこの地域にもその地域ならではの特徴がある。そしてジオパークに指定されているような地域ならなおさらだ。あらかじめ多少なりとも知っておけば、実際に歩いてみたときに「ああ、なるほど」と思えるものが見つかってより面白い。あるいは逆に、先にフィールドで過ごしてから博物館へ行くと、「あ、これはあそこで見たものでは?」と博物館をより楽しめる。フィールドと博物館を行ったり来たりするとさらに良いだろうな。

今回は火山アイフェル地方南部のマンダーシャイト (Manderscheid)にあるマール博物館(Maarmuseum)を紹介しよう。

マール博物館はその名の通り、マール湖に関する博物館だ。マンダーシャイトから数キロ離れたところにはエックフェルダー・マール(Eckfelder Maar)というマールがある。前回の記事でアイフェルのいろいろなマールを紹介したが、エックフェルダー・マールはそこに含まれていない。というのも、このマールは25万年前に陸地化したTrockenmaar(乾いたマール)で、現在、その跡形を一般人が確認するのは難しいのだ。後で詳しく説明するが、エックフェルダー・マールは古生物学において極めて重要な場所であることがわかった。

メインの展示室。マール湖についての一般的な説明の他、世界のマール湖が紹介されている。マールの成り立ちについては前の記事でも触れたが、図解の方がわかりやすいと思うので、ドイツ語だけれど、マール博物館にあった火山円錐丘とマールの違いについての画像を貼っておこう。

右の図が示すように、マール湖はマグマ溜りから上昇したマグマが水と接触することで水蒸気爆発が起き、周囲の岩石が吹き飛ばされて開いた穴に水が溜まったもの。マール湖の周辺や湖面の植物が枯れると、湖に沈み、底に堆積して行く。だから、マール湖はいつかは水がなくなり陸地になる。陸地下のスピードはマールの大きさやかたち、水質や植生、気候などの条件により様々である。もちろん、人為的な要素も関係する。

現在残っているマール湖は、貧栄養湖(ヴァインフェルダー・マール)、中栄養湖(プルファー・マール、ゲミュンデナー・マール)、富栄養湖(ウルメナー・マール、ホルツマール)、過栄養湖(イメラーター・マール)といろいろだ。そういえばヴァインフェルダー・マールの水はものすごく透き通っていたが(前の記事の画像を見てね)、なるほど貧栄養で藻も発生しないということなんだね。

 

さて、ここからが本題!

マール博物館からほど近いエックフェルダー・マールは約4430万年前に形成された最古のマールで、とうの昔に陸地化しているが、その地下にはおびただしい数の始新世の化石が埋まっているのだ。エックフェルダー・マールがマール湖だった当時、周辺の地面は傾斜が激しく、陸生生物の棲息できる範囲が狭かった。傾斜が激しいので、生物の死骸を含んだ周辺の土壌がだんだん湖の内側にずり落ちて水の底に沈んで行った。湖の水というのは表面に近い層は温かくて深い層は冷たいものだけれど、ある一定の深さのところに急に冷たくなる層がある(水温躍層)。この層の上部には藻などの水生植物が発生するが、水温躍層の下は酸素が乏しく、生物の死骸が分解されずに化石化した。以前、こちらの記事に書いたメッセル・ピットと同様である。エックフェルダー・マールからはこれまでに約3万個の化石が見つかっている。

その中で最も有名なのは「エックフェルトの古代ウマ (Eckfelder Urpferdchen)」である。

ここでもまたまた凄い化石に遭遇してしまった。恐るべしドイツの地下世界。この古代ウマ(プロパレオテリウム 、Propaleotherium voigti)は、ほぼ全骨格が残っていただけでなく、普通は残りにくい軟組織の一部、胃の内容物、そして胎児までが保存されている。馬といっても結構小柄で、肩の高さは約50cm、短足で首も鼻も短く、むしろ犬のような体型だそう。

この古代ウマの他にエックフェルダー・マールの地下からは約7700種類の植物化石、5500種類の昆虫化石、そして魚、爬虫類、両生類、さらには猿などの哺乳類の化石も見つかっており、それらはこのマール博物館とマインツの自然史博物館に保管されている。(マインツにも行かなくちゃ!!)

こちらは4500万年前のカメの甲羅の化石。エックフェルダー・マールからはこういう完全な甲羅の化石が10体も出て来た。凄いね〜。

こちらはワニ (Alligator Diplocynodon sp.)。ワニは中生代三畳紀に出現して以来、今に至るまであまり変化していない「生きた化石」で、進化の成功例と言えるそうだ。エックフェルダー・マールには少なくとも3種類のワニが棲息していたことがわかっている。

1996年、ラインラントプファルツ州政府とポツダムの地質学研究所(GeoForschungsZentrum Potsdam)が共同で調査のためのボーリングを実施し、エックフェルダー・マールが実際にマール湖だったことが学術的に確認された。マールの地下にある厚いオイルシェールの層は8万2000年もの年月をかけて堆積されたもので、その中に保存されている花粉から過去の植生とその変化を知ることができる。また、オイルシェールは一年毎に層になっているので、一つ一つの層の厚さを見れば太陽活動の変化が地球環境に及ぼした影響がわかるという。今日と同様、4400万年前にも黒点活動サイクル(11年周期)や磁場の反転サイクル(22年周期)が気候に影響を与えていたことが確認された。(詳しい情報はこちら

 

マール博物館はそれほど大きな博物館ではないけれど、展示を丁寧に読むとかなりの情報量。火山アイフェルには面白い博物館がまだまだたくさんある。続きは次回に。

 

こないだの「ドイツ考古学スポットマップ」に引き続き、同じくGoogle My Mapsで今度は「ドイツ自然史博物館マップ」も作った。

どんな場所にも自然史があるので、自然史博物館は全国にわりあい満遍なくある。自然史博物館の絶対数が少ないのは人口密度が低い地域だ。

マップのコンセプトはほぼ考古学スポットマップ同様。カテゴリーはマップでは総合的な自然史博物館と特定分野に特化した展示を行なっている博物館や地域の自然学習センターの二つ。カテゴリーごとにも表示できる。赤いアイコンのスポットはすでに行ったことがある博物館で、クリックするとブログ記事リンクが表示される。

青いアイコンは私のまだ行ったことのない博物館だけれど、全てのスポットに簡単なコメントを入れた。自然史博物館もそれぞれ特色があり、その博物館でしか見られない展示物もあるので、展示の重点や見所を書き入れている。クラシカルな標本キャビネットが置かれた雰囲気のある博物館からインタラクティブで学際的な展示を行なっている新しい博物館までいろいろあるので、たくさん見ていけば「自然史博物館の歴史」にも触れられて面白いかもしれない。これまでに情報を得られた範囲でどの博物館にどんな恐竜の骨があるかもコメントとして入れた。恐竜についてはこれとは別に恐竜関連スポットに特化したマップも作る予定である。

メジャーな博物館はほぼ網羅している。地方の小さいけれど特色ある良い自然史博物館を発見したら随時アップデイトしていくつもり。

ドイツ自然史博物館マップはこちらからアクセスできます。