コスタリカ滞在中、多くの野鳥を見た。その中で、最もよく目にし、かつ存在感の大きい野鳥はコンドルだったのではないか。コスタリカの至る場所で、コンドルの群れが滑空していた。

子どもの頃から「コンドル」と聞くと、羽を大きく広げて広い空を優雅に飛ぶ姿が目に浮かび、なんとなく憧れがあった。しかし、パナマやコスタリカで実際のコンドルを目にするようになって、すっかり印象が変わってしまった。そう、コンドルは「ハゲタカ」と総称される、腐肉を食べる野鳥の仲間なのだ。生き物の死骸に群がり、肉を食いちぎる様はグロテスクで優雅なイメージとは真逆である。でも、頻繁に姿を見かけるだけに、気になる野鳥である。

手持ちのフィールドガイドによると、コスタリカには3種のコンドルがいる。その中で最も多く目にするのは、クロコンドル(Coragyps atratus )だ。

クロコンドル (Coragyps atratus

コンドルの頭が禿げている、つまり羽毛がないのは、死骸に頭を突っ込むようにして食べるため、頭部が不衛生になるかららしい。

動物の死骸に群がるクロコンドルたち

クロコンドルは視覚に優れ、大きな群れで死肉を探して滑空する。道路脇で車に轢かれた動物などの死骸に群がっている場面によく遭遇した。あまりいい気持ちのする光景ではないけれど、ロードキルをすばやく片付けてくれるお掃除屋さんだと思えば、ありがたい存在にも思える。ただし、彼らは死肉を食べるだけでなく、産卵中のウミガメなど、無防備な生き物を襲うこともある。

クロコンドルほどではないが、ヒメコンドル(Cathartes aura)もコスタリカ各地で頻繁に見かけた。

ヒメコンドル (Cathartes aura

ヒメコンドルはクロコンドルのように大きな群れで行動することは少ない。視覚だけでなく嗅覚にも優れており、その両方を駆使して死肉を探す。

羽を広げたヒメコンドル

顔と脚が赤いこと、広げた羽の下半分が白いことで、上空を飛んでいてもクロコンドルと簡単に区別がつく。(クロコンドルは羽の先だけが白く、全体は黒い)

そして、コスタリカに生息するコンドルの仲間のうち、最も大きいのはトキイロコンドル (Sarcoramphus papa)だ。羽を広げると2メートルにも及ぶ。羽全体の色は白、広げた羽の下部のみ黒い(若鳥は全体が黒)。「トキイロコンドル」という和名は頭部がカラフルだからつけられたのだろう。

トキイロコンドルは単独で行動することが多い。クロコンドルやヒメコンドルと違って、目はあまりよくなく、嗅覚で獲物を探す。深い森など視界の開けていない場所では強い嗅覚は有利だ。そのため、都市に近い場所で目にすることは稀らしい。私はオサ半島で上の写真を撮ることができた。

コンドルはコミュニケーション能力に長け、死肉発見情報はコンドル達の間で瞬く間に共有されるらしい。Jack Ewing著 “Monkeys are made of Chocolate – Exotic and Unseen Costa Rica”には著者が経験したこんなエピソードが書かれている。1972年、著者はニカラグアとの国境に近いコスタリカ北東部のグアナカステ州に頻繁に滞在していた。コスタリカの他の地域同様、グアナカステ州でも至るところでコンドルの姿を見た。しかし、その年の12月にニカラグアの首都マナグアで大地震が起き、1万4000人もの人が亡くなった。新聞は人々の遺体に大量のコンドルが群がっていると伝えていた。そして、大地震の発生から2週間ほどの間、著者はグアナカステ州からコンドルの姿がすっかり消えていることに気づいたそうである。

 

死骸を食べる野鳥はコンドル以外にもいる。たとえば、カンムリカラカラというハヤブサ科の野鳥。

カンムリカラカラ(Polyborus plancus

オレンジ色のクチバシに真っ白な喉、黄色い足。ポップな美しい見た目をしていて、死肉をあさるようには思えない。カンムリカラカラという和名も面白い響きで親しみが湧く。でも、彼らが死骸を食べる現場を目撃した。

道路に転がったネズミか何かの死骸を食べているところ。

道路に転がっている小動物の死骸を見つけて、一羽のカンムリカラカラがやって来た。死骸をつついていると、仲間らしい別の1羽が向こうから歩いて来て、仲良く死骸を食べ始めたのだった。カンムリカラカラは生きた小動物を捕らえて食べることもあるが、狩りはあまり得意でないそうで、落ちているものがあればラッキーという感じなのだろうか。カンムリカラカラは現地ではquebrantahuesosと呼ばれている。直訳すると「骨を折る者」。動物の死骸を掴んで空に飛び上がり、硬い地面に落として骨を砕いて食べる習性があるのだそう。

キバラカラカラ (Daptrius chimachima)

こちらは同じハヤブサ科のキバラカラカラ(Daptrius chimachima)。これもいかにも上品な姿の野鳥だが、カンムリカラカラ同様に死肉を主食としている。

 

この記事の参考文献:

Fiona A. Reid, Twan Leenders, Jim Ook & Robert Dean “The Wildlife of Costa Rica – A Field Guide”

jack Ewing “Monkeys are made of Chocolate – Exotic & Unseen Costa Rica”

「あれ、どうしたの?首から上が真っ赤だよ」

コスタリカ旅行の最終日。朝、目を覚まして夫の顔を見て、思わずつぶやいた。夫は色が白く、日に当たるとすぐに肌が真っ赤になる。でも、昨日は日焼けするほど暑かったっけ?

「え、そんなに赤い?」

「まるでヒメコンドルみたいだね」

屍を探してコスタリカの空を飛び回るヒメコンドルの禿げた赤い頭が思い浮かんだのだ。

「酷いなあ」

私の冗談に憤慨しつつ、夫は起き上がった。この日はポアス火山を見に行くことになっていた。でも、私は出かけるべきかどうか迷っていた。というのも、前の晩からお腹の調子が悪かったのだ。胃腸が弱い私は、熱帯を旅行すると、すぐにお腹を壊してしまう。コスタリカは安心して水道水の飲める国だとされているけれど、少しづつ細菌が体内に蓄積されてしまったのだろうか。今日のトレイルは残念だけどパスして、夫には一人で行ってもらおうか。

しばらく悩んだが、せっかくチケットを購入したし、今日が最後と思うとベッドで寝ているのも惜しい気がして、やっぱり出かけることにした。活性炭の錠剤を水で胃に流し込んで、車に乗り込み出発した。公園のエントランスでヘルメットを借り(義務)、まずは火口の見えるプラットフォームに向かう。火口まではエントランスから300mほどで、あっという間に着いた。

煙を上げるカリエンテ湖(Laguna Caliente)の火口

世界最大級の大きさを誇る火口はモクモクと煙を上げていた。すごいスケールだ。プラットフォームにまで強い刺激臭が漂って来て、むせそうになる。あまり長くはいられない。

プラットフォームからもう一つの火口湖であるボトス湖(Laguna Boto)へ直接続くトレイルは現在閉鎖中で、いったんエントランスに戻り、El Canto del los Avesという森の中の坂道を登る必要がある。長めのトレイルなのでお腹が心配だったが、せっかくここまで来たのだから湖も一目見て帰りたい。幸い、トレイルは思ったほどハードに感じなかった。それなのに、「ああ、けっこうキツいな、これ。」と夫は辛そうなのである。おかしいな、と思った。体力のある夫は、普段、この程度のハイキングで弱音を吐くことはない。

ボトス湖

山道を登りきり、ボト湖に到着。エメラルドグリーンの水を湛えた湖は神秘的な美しさだ。しばらく眺めていたかったが、10分もしないうちに夫が「もう下りよう」と言うので、すぐに戻ることにした。山道を一気に下りて駐車場に戻り、そのまま宿に帰った。

そこからが大変だった。ポアスで私たちが泊まっていたのは、グランピングテントなるものだった。ドーム型をした、こんなテントである。

ネットでたまたまこの宿泊施設を見つけたとき、こういうのも面白いんじゃないか、一度試しに泊まってみたいと思って予約したのである。

内部は比較的広く、ベットとテーブル、チェアーが置かれ、小さなキッチンとシャワーもついている。天井には大きなスクリーンのテレビまであって、テントとはいっても贅沢な感じ。ビニールの窓部分からの眺めも良い。これは快適そうだ。

着いたときにはそう思ったのだが、実はこのテントには重大な欠陥があった。内部の温度調整ができないのである。ここは標高2000m以上あるので、日が沈むと一気に寒くなる。でも、それはまだよかった。毛布が二枚重ねになっていたし、宿主からポータブルヒーターを借りることもできる。問題は昼間だった。午後になると、耐えられないほどテントの中が暑くなってしまうのだ。

ポアス火山から戻った夫は「少し横になって休みたい」と言う。え、こんな暑いところで、とても寝られないでしょう?と思ったけれど、他に横になる場所はない。少しでも涼しい空気を入れようとドアを全開にし、備え付けの扇風機をフルに回した状態で夫はしばらく眠った。私は暑すぎてとても中にはいられず、外の日陰に座って日が沈むのを待った。

休んだら良くなるどころか、夫の体調は急激に悪化した。暑い暑いと訴えるので濡らした冷たいタオルを額に乗せると、しばらく後、今度は寒い寒いとガタガタ震え出す。「体温がうまく調節できない。頭は熱いのに手足は冷たいんだ」。それを聞いて、「マラリア」という言葉が一瞬頭をよぎる。いや、マラリアではないだろう。蚊のいない季節を選んで来ているし、実際、蚊には刺されていない。では何?コルコバード国立公園で私たちは、虫除けスプレーを使っていたにもかかわらず、身体中を小さなダニに噛まれていた。ダニが何か病気を媒介したのだろうか?でも、ネイチャーガイドさんは「ダニに噛まれても特にリスクはない」と言っていたではないか。それとも、ポアス火山で気分がすぐれなかったのは単なる疲れで、戻ってからこのドームテントの気狂いじみた暑さの中で寝ていたので熱射病になったのだろうか?ああ、こんな宿に泊まるんじゃなかった!

朝食以来、何も食べていなかったが、夫はとても食事に出られる状態ではないし、私はお腹を壊していて翌日のフライトまでに治らないと困る。何も食べない方がよいだろうと思い、ただひたすら水だけを飲んで朝になるのを待った。とにかく無事に家に帰らなければならない。辛く長い夜だった。

夜が明けて、そこからは思い出したくもない地獄。くねくね曲がる長い山道を下りて首都サン・ホセまで戻り、レンタカーを返し、空港で長い列に並び、飛行機を乗り継ぎ、ベルリンの空港近くの駐車場に預けてあったマイカーを取りに行き、、、。二人とも絶不調の中、どうにかこうにかやっとの思いで帰宅した。途中で倒れなかったのが不思議なくらい。しかし、自宅に戻ったものの、夫の体調はますます悪化していくように見えた。これは、熱中症ではないのでは?すぐに医者に見せた方がいいだろう。熱帯病かもしれない。

夫を車に押し込み、ベルリン医大病院の熱帯病研究所外来へ運んだ。ひとまずインフルエンザ、コロナ、マラリアの検査がなされ、そのいずれでもないことが判明したが、炎症を示す値がとても高いとのことで、そのままシャリテ大学病院の感染症病棟に入院し、抗生剤の点滴投与を受けることになった。詳しい血液検査の結果が出るには数日かかる。私は気が気ではなく、夫の症状が当てはまる病気がないか、ネットで検索したところ、それらしき病名がヒットした。

レプトスピラ症

スピロヘータに汚染された水や土壌との接触によって起こる感染症、どうもこれらしい。熱帯病ではなく、ほとんどのケースは軽症だが、稀に重症化し、最悪の場合は命を落とすこともあると書いてある。それを読んでゾッとしたけれど、幸い、早々に専門家の手に委ねることができたから大丈夫だろう。でも、いったいいつ、どこで感染したんだろう?コスタリカ滞在中、何度も滝壺で泳いだり、ジャングルの中でぬかるんだ場所を歩いたりしている。でも、滝壺のように流れの速い水が汚染されていたとは考えにくいし、ぬかるんだ川べりを歩いたときはゴム長靴を履いていた。私たちはほぼ常に一緒に行動していたので、夫だけが感染したというのも不思議である。

あっ!

あのときかもしれない。頭に浮かんだのは、ドラケ湾の集落で橋が壊れていて、しかたなく車ごと川を渡ったときのことだ。(詳細は「オサ半島での最後の日々 〜 またもやハプニング」)

このとき、川底に穴が開いていたり、角ばった石があってパンクでもしては大変だと、夫は車を下り、歩いて川を渡って川底の状態を確認した。その直後、牛の群れがぞろぞろと川を渡っていったのだ。

牛たちは、毎日、あの川を行き来しているに違いない。水の中に糞尿を垂れ流す牛もいるだろう。川の水は特に汚くは見えなかったけれど、家畜が通り、生活用水が流れ込んでいるかもしれない川が汚染されていたとしても不思議はない。夫がこの川を歩いて渡った際、足の擦り傷かどこかから細菌が体内に侵入した可能性は少なくない。

ああ〜〜〜。

毒ヘビや毒グモのいるジャングルの中では常にあたりに注意を払っていた。人の住む集落に戻って来た途端に気が抜けて、油断してしまったということか。でも、もとを正せば、四輪駆動の車を借りなかったということが最大のミスだったのだ。そのせいで今回の旅のほぼ全行程にわたって悪路に悩まされることになり、ついには夫が病に倒れるという結末を迎えてしまったのだ。

まさに、悪夢に始まり、悪夢に終わったコスタリカ旅行だった。

幸い、これを書いている現在、夫はすでにすっかり回復しており(検査の結果、やはりレプトスピラ症だった)、いろいろあったけど楽しかったねなどと二人で話している。旅にハプニングはつきものとはいえ、ハプニングが重なり過ぎた。同時に楽しい時間や心躍る瞬間も多くあり、いろんな意味でとても濃厚な旅となった。きっとずっと私たちの記憶に残るだろう。

 

(コスタリカ・ジャングル旅行2024の記録はこれで終わりです)

およそ3週間に渡るコスタリカ旅行が終わろうとしている。最後の滞在地に選んだのは、コスタリカ北部に位置するポアス火山国立公園(Parque Nacional Volcán Poás)だった。その中心となるポアス火山は、標高2,697mの成層火山で、コスタリカの火山のうちで最も噴火活動が活発な火山である。火口を間近に見られる数少ない活火山の一つだが、2017年4月の大噴火時には近隣住民や旅行者が避難するほどの事態となり、公園はしばらく閉鎖されていた。2018年9月からまた入場可能になっているので行ってみようと思ったのだ。

ところが、コスタリカに来てまもなくの頃、ローカルな食堂で食事をしていたら、店内のテレビがついていて、たまたまニュースが流れていた。なんと、ポアス火山の映像とともに、「ポアス火山は昨年12月より、断続的に噴火活動が続いています。危険防止のため、近々、公園は閉鎖されるかもしれません」と言っているではないか。すでに宿は予約してしまっているので、公園に入場できない事態になったら、予定を変更しなければならない。以来、ヒヤヒヤしながらこちらのサイトの情報をこまめにチェックしていた。

幸い、滞在予定日直前になっても公園は閉鎖されていなかったので、予定通り、向かうことにする。それまで滞在していたロス・ケツァーレス国立公園(Parque Nacional Los Quetzales)からは国道2号を北上し、首都サン・ホセを経由してさらに北上する。ロス・ケツァーレスからしばらくの間は山道を登るので、標高が高くなるにつれて視界に霧がかかり始めた。そしてそのうち、霧は厚い雲となった。

分厚い層雲が広がっている。これは、もしかして雲海というものでは?

さらに北上すると、ラ・チョンタ(La Chonta)という集落に国道沿いのサービスエリア的なものがあったので、休憩することにした。コーヒーを注文してレストランのテラス席につくと、目の前に広がっていたのはこの景色!

これぞ「雲海テラス」!雲海は、様々な気象条件が揃わないと見ることができない稀な自然現象だと思っていたので、予期せずに見られて感動した。コーヒー一杯でこんな景色が見られて、得した気分。間違いなく、これがこの日のハイライト。

 

と思っていたら、なんとまだ続きがあったのだ。ポアス火山国立公園近くの宿に着き、公園入り口の近くにサンセットスポットがあると知ったので、日の入り少し前に行ってみた。

 

首都サン・ホセを見下ろす山の上で見たものは、夕陽でオレンジ色に染まりゆく空の下、ゆっくりと広がる雲海だった。

こんな日ってある?

 

 

楽しくもハードだったオサ半島滞在が終わり、約3週間のコスタリカ旅行も終盤に近づいた。ドイツの自宅に戻る前に、あと2つ、行っておきたいエリアがあった。その一つはロス・ケツァーレス国立公園 ( Parque Nacional Los Quetzales )。この国立公園は広さ50km2と小規模ながら、標高は低いところで1,240m、最も高いところは3,190mとかなりの幅がある。標高に応じて異なる種の野鳥が生息するバードウォッチャーのパラダイスだ。コスタリカでバードウォッチングというとモンテヴェルデ熱帯霧林自然保護区がメジャーだけれど、今回の旅では飛行機の遅延のせいで予定していたモンテヴェルデでの3日間の予定がまるごとなくなってしまっていたので、ロス・ケツァーレス国立公園に期待をかけていた。世界一美しい野鳥として名高いケツァールの名前を冠しているから、もしかしてケツァールを見るチャンスがあるかもしれない。

オサ半島からは国道2号(Inter American Highway)に出て、首都サン・ホセ方面に向かってひたすら進むだけ。舗装された道路だから安心である。パルマー・ノルテ(Palmar Norte)で右折し、川沿いをしばらく走ると、そこからはグングンと標高が上がっていく。高温多湿のオサ半島を出発したときには半袖にサンダル履きだったが、進むにすれて気温が下がっていき、肌寒さを感じ始めた。あたりの景色もどんどん変化していく。

ラ・タルデでお世話になったネイチャーガイドのジョセフさんに「ロス・ケツァーレス方面へ行くならぜひ、寄って」と勧めてもらった場所がある。それはラ・アスンシオン山(Cerro La Asuncion)という山で、タパンティ国立公園(Parque Nacional Tapanti)内にある。標高3,335mと、とても高い山だが、頂上が国道2号の道路脇にあり、100mも登らずにてっぺんに上がれてしまうという。天気が良ければ、頂上からは太平洋とカリブ海を同時に両方見ることができるらしい。

ラ・アスンシオン山の頂上付近

頂上への登山口が見つかったので、登ることにした。登山道はかなり急だけれど、たいした距離ではないから楽勝だろう。そう思って登り始めたのだが、海抜ゼロに近いオサ半島から急に3000メートルを超える高山に来たからだろうか。少し登っただけで心臓がバクバクした。わー、これはちょっと危険。

頂上

頂上からの眺め

雲があって残念ながら海は見えないけれど、向かって左がカリブ海側、右が太平洋側。コスタリカが日本同様、国土の真ん中に山脈が走る細長い国だということがわかる。

 

ラ・アスンシオン山からさらに国道2号を北上すると、まもなくロス・ケツァーレス国立公園の入り口がある。

ロス・ケツァーレス国立公園入り口

この国立公園は訪問者が少ないので、事前にチケットを購入しなくても余裕で入れる。

トレイルは部分的に閉鎖中で、歩ける距離はそう長くないが、オサ半島など低地のトレイルとは植生がまったく異なっていて新鮮だ。

見晴らし台からのロス・ケツァーレス国立公園の眺め

あっという間に歩き終わったので、ひとまず宿へ行くことにした。ホテルやコテージは深く切り込む谷の道路に沿って建っている。

幸い、道路は舗装はされているもののかなり急な斜面を降り、予約していたコテージに到着した。部屋は広いが、標高が高い上に谷だから、日当たりが悪くてけっこう寒い。それなのにコテージの床はタイル張りで冷え冷えとしている。もしやと思い、シャワーを確認してみたら、案の定、熱いお湯は出ない。一気にテンションが下がった。オサ半島で四六時中汗だくになっていたのも辛かったが、今度は寒すぎなのである。過酷すぎないか、今回の旅?

部屋で震えていてもしょうがないので、洋服を何枚も着込んで、コテージの向かいにあるレストラン、Miriam´s Quezalesへお茶を飲みに行くことにしよう。

レストランの奥には谷に面したテラスがあった。テラスに一歩出た瞬間、私は目を見張った。テラスの向こうのバードフィーダーに、たくさんの野鳥が集まっていたのだ!すごい!!沈んでいた気分が一気にぱあっと晴れた。そこにいたのは、

ドングリキツツキ (Melanerpes formicivorus

クロキモモシトド (Atlapetes tibialis)

ニシフウキンチョウ(Piranga ludoviciana

アカエリシトド (Zonotrichia capensis )

アオボウシミドリフウキンチョウ (Chlorophonia callophrys)のオス

Long-tailed silky flycatcher (Ptiliogonys caudatus)

マミジロアメリカムシクイ (Leiothlypis peregrina)

メジロクロウタドリ (Turdus nigrescens)

バフムジツグミ (Turdus grayi) 地味だけど、コスタリカの国鳥

ギンノドフウキンチョウ (Tangara icterocephala)

ハチドリもいろいろいたけど、種は識別できず。

すごいすごい!やっぱりロス・ケツァーレスへ来てよかった!これまで訪れた場所ではまったく目にして来なかったいろんな野鳥がいる。それも1箇所でこれだけ多くの種が見られるとは。

ところで、ケツァールも見られるのだろうか?レストランの女主人に聞いたところ、ケツァールがよく見られる場所を教えてくれた。谷をさらに20分ほど下ったところらしい。それらしき場所へ行ってみたが、よくわからないので、近くのお店で「ケツァールが見られる場所を探しているんですが」と尋ねてみた。

すると、「ケツァールなら、うちの主人がガイドツアーをやっています。明日の朝もやりますよ」とのこと。「ツアー?どこへ行くんですか?」との私の質問に女性は店の後ろの急な斜面を指さした。

「そこを登るんですか?」「はい」

ダメだ、急斜面過ぎる。ラ・アスンシオン山に登ったときの心臓のバクバクを思い出したのだ。コテージからこの谷をここまで車で下って来るだけでもかなりの標高差である。そしてここから歩いて山を登るとなると、降りたり登ったりで体にかなり負担がかかってしまいそうだ。おまけに、ツアーは早朝なので、水シャワーしかないあの寒いコテージで相当早くに起きなければならない。うーん、、、ちょっと無理。諦めよう。

そんなわけで、幻の鳥、ケツァールは見れずじまいだったが、それでもたくさんの美しい野鳥が見られて満足である。ケツァールは、またいつか機会があるといいな。

 

 

ついに念願叶って、オサ半島コルコバード国立公園のラ・シレナ・レンジャーステーションで過ごすことができた!シレナ海岸からドラケ湾(Bahia Drake)へ戻るボートの上で、私は満足感でいっぱいだった。再び1時間半ほど波に揺られ、ボートはドラケのメインビーチに到着した。


私たちはあと少しだけ、美しいオサ半島に滞在するつもりで、ドラケ湾の南西側にあるプンタ・リオ・クラロ国立野生動物保護区に近い山の上に宿を取っていた。

しかし、このコスタリカ旅行記のに詳しく書いた通り、四輪駆動の車を借りなかったという大きなミスのため、悪路に散々苦労していた私たちである。今度の宿も集落からは離れており、そこへ向かう道路のことを考えると、心底ウンザリした。これまではラ・シレナへ行くという強い意志があったから、どんな悪路もどうにか乗り越えることができた。でも、目標が達成された今、その気力はもう残っていない。一体何のためにわざわざ大変なことをしなければならないのだ?という気持ち。そこで、山の上の宿はキャンセルし、もっと楽にアクセスできる別の宿を取り直すことにした。

かといってメインビーチのホテルでは、うるさくてゆっくりできないかもしれない。できるば自然に囲まれた場所がいい。地図と睨めっこし、ここならよさそうだと判断したのはメインビーチから数キロ北、飛行場のそばにあるコルコバード・バンガローである。キッチンもプライベートプールもついた綺麗な宿だ。飛行場といっても日に何度も飛行機が飛んでくるわけではないから、騒音は問題ないだろう。コスタリカに来て以来、連日のハイキングで、さすがに疲れが蓄積していた。早く快適な宿でのんびりしたい。ビーチのそばに停めておいた車に乗り込み、私たちはバンガローに向けて出発した。

ところが!(またもや「ところが!」な事態が発生……. いい加減イヤになる)

バンガローへ行くには川を渡らなければならないが、橋に続く道路は橋が故障しているため通行止めになっていたのである。えー!

もう一度地図を見ると、幸い、別の道があったので、そちらからアクセスすることにした。が!

こちらにはそもそも橋がないのだった。どーするよ?

どうするもこうするもない。川を越えなければ宿に到達できないのだから、車ごと川を渡るしかないのだ。幸い、乾季で水の量は少ない。ただ、川底に大きな凸凹があったり、角張った大きな石があったりするとタイヤがパンクするリスクがある。夫は車を降り、サンダル履きで歩いて川を往復し、川底の形状を確認した。これなら大丈夫そう、と判断した夫は再び車に乗り込み、一気に川を横断。無事に向こう岸に渡ることができた。(が、これが後に大きな災いを及ぼすのである)

 

バンガローはのどかな集落にあった。民家の敷地内に建てられた真新しい建物で、見晴らしもよく、素晴らしい。オーナーの女性は「良いところでしょう。私はここで生まれ育って、ここが本当に気に入っているんです」と笑顔で言う。

バンガローからの集落の眺め

目の前の大木にはコンゴウインコの群れが

バンガロー内部も広々としていて内装のセンスもよく、快適だった。ここなら2日間、ゆっくりできそうだ。

ああ、そうだ、晩ごはんはどうしよう?メインビーチに戻ればレストランがいくつかあるけれど、またあの川を車でバシャバシャ渡らなければならないと思うと気が滅入る。キッチンが付いているから、何か買ってきて料理をしようか?川を渡らずに行ける村のスーパーへ行ってみることにしよう。

村のスーパー

幸い、車で5分のところにスーパーがあった。何が売っているかな。

パンコーナー

とりあえずパンを買おうと思ったけど、うーん、、、。コスタリカは基本、米食で、都会はともかく田舎ではパン食文化は発達していないようである。

お米とお豆はたっぷり売っている。

何を買ったらいいのかよくわからない。気合を入れて料理をする気にもなれず、そのままつまめるものを適当に買って帰り、宿のオーナーさんが「庭で採れたのでよかったら」とバンガローに持って来てくれたプランテンバナナを焼いて食べた。

このコスタリカ旅行記には食べ物の写真はほとんど載せていないが、それには理由がある。コスタリカに来てから、毎日ほとんど同じものしか食べていないのだ。朝ごはんは、どこへ行っても国民食ガジョピント(お豆と一緒に炊いたごはん)とスクランブルエッグまたは目玉焼き、それに焼いたプランテンバナナ。美味しいけれど、いつも同じ。外国人の多い観光地のレストランではピッツァやスパゲティなどの欧米風の料理も食べられるが、田舎の食堂で出てくるコスタリカ料理(comida tipica)は、ご飯に煮豆、焼いたお肉、焼いたプランテンバナナか揚げキャッサバから成るカサード(Casado)と呼ばれる定食が定番だ。

食堂の定食

都市部のスーパーに売っていたコスタリカのお弁当

味付けはクセがなく食べやすいけれど、店によって多少のバリエーションはあれど大体似たり寄ったり。家庭料理はまた違うのかもしれないけれど、旅行者がメジャーな観光地以外で食べられる料理は限られている。特に今回の私たちの旅はリモートな場所を回っているので、食事に関してあまり選択肢はなかった。

 

オサ半島での最後の2日間はこのような環境で過ごした。ドラケ湾にもいくつかのトレイルがあるようだったが、ハードな毎日が続いていたからトレイルはパス。特に何もせずダラダラ過ごし、川を渡らずに行ける北のビーチに夕陽を見に行っただけである。

太平洋に沈む夕陽

さて、なかなかに冒険度の高かったオサ半島ともそろそろお別れだ。

 

前回の記事の続き。

どのくらい寝ただろうか。2段ベッドのずらりと並ぶコテージの板の間を常に誰かしらが歩き、その度に懐中電灯の灯りがあっちこっちへと動く。枕元のスマホで時間を確認すると、まだ朝の4時だった。午前5時には朝のハイキングに出発することになっている。そろそろ起きなくちゃ。

洗面所へ行くと、すでに大勢の宿泊者らが薄暗い中で歯を磨いていた。開放的な造りのコテージの外からはホエザルの低い吠え声が響いて来る。なんとも不思議な光景。今、私は本当にコルコバード国立公園にいるんだと実感する。

大変な道のりだったけれど、私たちはとうとうラ・シレナ・レンジャーステーションにやって来ていた。1泊2日のこのツアーではネイチャーガイドさんと一緒にレンジャーステーションを起点とする4つのトレイルを歩き、植物や野生動物を観察しながらガイドさんの説明を聞く。

1日目は到着直後の午前中と夕方にそれぞれ3時間ほど歩いた。

フィールドスコープを担いで歩くネイチャーガイドのドニーさんについて行く。

動物を見つけると、ガイドさんはネイチャースコープを設置して、グループのみんなに見せてくれる。

スコープを覗き込むメンバー

昼寝中のジェフロイクモザル (Ateles geoffroyi)

これは私のカメラで撮ったジェフロイクモザルたち

コスタリカにはマントホエザル(Alouatta palliata)、ノドジロオマキザル(Cebus capucinus)、セアカリスザル(Saimiri oerstedii)、そしてジェフロイクモザル(Ateles geoffroyi)の4種のサルが生息する。いずれも新世界ザル(広鼻猿)だ。コルコバード国立公園ではこの4種のサルがすべて見られるのだ。

「クモザル」は英語名でもspider monckeyという。腕や脚が長いからクモに例えられるのだろうと思っていたが、ドニーさんによると、彼らの手には親指がなく、両手合わせて指が8本だからクモザルだそう。クモザルは親指がない代わりに長くて強い尾で器用に木の枝を掴むことができる。

 

コルコバード国立公園には、シレナ川とパヴォ川という2つの川が流れており、両者はシレナ海岸近くで合流し、太平洋に流れ込んでいる。

川にはメガネカイマン ( Caiman crocodilus )やアメリカワニ (Crocodylus acutus )がいるので注意。

メガネカイマン ( Caiman crocodilus )

 

2日目。ドニーさんについて、夜明け前のジャングルをヘッドランプをつけて歩いていく。そのうちに少しづつ空が白み始め、木々の輪郭がはっきりして来た。ドニーさんはバクを探しているようだった。バクは夜行性で、昼間は茂みに隠れて眠る。バクのいそうな場所を、なるべく音を立てないよう気をつけながらそっと歩いた。

ベアードバク (Tapirus bairdii)

茂みの中で1頭のバクが横になっていた。邪魔をしないように、少し離れたところにしゃがみ、息を潜めて茂みの奥を見つめる。しかし、バクは目を覚ましてしまった。立ち上がって周囲の植物の葉を食べ始めたので、その様子をしばらく観察した。ベアードバクの体長はおよそ2メートル。体重は重い個体だと300kgにも及ぶと言う。こんな大きな野生動物を間近で観察できるなんてすごいな。コルコバードに来た甲斐があったというものだ。ドニーさんによると、このメスのバクは妊婦さんである。中央アメリカ全体ではベアードバクの個体数は激減しており、コルコバードは重要な生息地だ。無事に赤ちゃんが産まれて育つことを願うばかり。

バクの足跡。巨大!

 

朝食後のハイクではたくさんの野鳥を目にした。

カンムリシャクケイ (Penelope purpurascens)

ワライハヤブサ (Herpetotheres cachinnans)

ムナフチュウハシ ( Pteroglossus torquatus)

ハチクイモドキ (Motmot)

他にも写真を撮れなかった野鳥がたくさん。

 

レンジャーステーションの近くにはハキリアリ(Atta cephalotes)のゴミ捨て場があり、ゴミ捨て係のアリがせっせとゴミを運んでいた。ハキリアリは、切り落とした葉を巣に運んで餌となるキノコを栽培することで知られているが、養分が抜けてゴミとなった葉や死んだアリは巣から運び出され、特定のゴミ捨て場に廃棄されるということを知った。

 

他にも目にしたもの、聞いた説明などたくさんあって、とても書ききれない。2日目の最後のハイキングで面白い新しい経験をすることができたので、それを記しておこう。

ある高い木の下で、ドニーさんが「みんな、この木の根を見て」と言うので地面に目をやると、

太い根の1箇所がぱっくりと開いて、中が空洞になっている。

「入ってみてください」

人が入れるほど中は広いのだろうか?

「全員入れる広さですよ。危険なことはないので、さあ、どうぞどうぞ」

私たちは恐る恐る、順番に中に潜った。

動画には映っていないが、木の中はずっと上までがらんどうだ。樹洞の中ではコウモリたちが休んでいた。「木の中って、なんだかワクワクするね」。グループのメンバーはみんな大人だけど、なんだか子どもに戻ったような気分だ。

 

さて、楽しかったラ・シレナでの時間もそろそろ終わりである。レンジャーステーションに戻り、荷物をまとめてボートの出る海岸へと歩いた。海岸に着きボートを待っていると、急に当たりがどよめいて、みんなが同じ方向を凝視している。「バクが歩いているよ!」

バクがゆっくりと茂みに沿って砂浜を歩いている。

バクは、たくさんの観察者に見守られる中、食事をしながらゆっくりと砂浜を移動していった。ツアーの最後の最後に大サービスという感じ。

多くの野生動物が見られて、私としては大満足だ。でも、ラ・シレナに来たのが3回目の夫は「過去の2回はもっと多くの動物が見られたよ。やっぱり、以前と比べて訪問者の数が増えているから、動物たちは奥地に引っ込んでしまうんだろうね」と言う。ガイドツアーで歩けるエリアはコルコバード国立公園全体のわずか2%に過ぎない。野生動物の密度が最も高いとされるコルコバード湖(Laguna Corcovado)を中心としたエリアは、特別に許可を得た科学者以外、近寄ることが禁じられている。動物たちには人間に邪魔されることなく生活できる場所が必要だから。

動物の側からすれば、人間など近づいて来ないに越したことはない。でも、野生動物を見るのは多くの人にとって大きな喜びだし、観察の機会があって初めて保護の必要性に気づくという側面もある。そのバランスを取るのはとても難しいことだけれど、コスタリカは失敗も経験しながらも、エコツーリズムのトップランナーとして経験を蓄積していっている。とても評価すべきことで、そのコスタリカの中でも最も重要性の高いコルコバード公園に来ることができてよかった。

 

 

楽しかったラ・タルデ(La Tarde)での数日の滞在が終わり、いよいよコルコバード国立公園のラ・シレナ・レンジャーステーション(La Sirena Ranger Station)へ向けて出発する日が来た。前日の夜更けから雨が降り出し、夜通し降る激しい雨粒がコテージのブリキ屋根に当たって大きな音を立てていた。

普通なら、ジャングルの中で雨音を聞きながら眠るのは、自然を直に感じられるから嫌いではない。でも、この夜は違った。翌朝のドライブが心配だったのだ。なにしろ、ラ・タルデに来るまでの山道の状態が極めて悪く、やっとの思いで辿り着いたのだ。あの道をまた戻らなくてはならない。雨が降れば山から石が落ちて来て、道路状態がますます悪化するのではないか。戻れるのだろうか。そう思うと、雨が気になってよく眠れなかった。

朝になったら雨は止んでいた。どうにか山道を突破して念願のラ・シレナへ行きたいという気持ちと、ラ・タルデを去るのが名残惜しい気持ちとが入り混じった複雑な気分で私たちは出発した。幸い、山道を下るのは登るよりは楽で、大きな障害にぶつかることなく麓の集落、ラ・パルマを抜け、国道沿いのリンコン(Rincon)まで戻ることができた。問題はそれからだ。再び舗装されていない森の中の道を30km以上走って、ラ・シレナ行きのボートが出るドラケ湾(Bahia Drake)まで移動しなければならない。

ドラケまでの道は最初は比較的良かった。

このくらいなら、特に問題はない

ところどころ道路の上にロープが張られている。

ロープは道路によって分断された森を野生動物(主にサル)が無事に渡るための橋だった

ドラケ湾に近づくに連れ、道路は勾配を増していった。急なカーブのところだけ部分的に舗装されているので助かったけれど、アップダウンの度にヒヤヒヤしながら進んだ。時間はかかったけれど、幸い、何事もなく、昼下がりに遂にドラケ湾に到着。

ドラケ湾

次の日にこの湾からボートでラ・シレナへ出発することになっていた。ラ・シレナへのツアーは半年ほど前からドラケ湾のメインビーチにあるCorcovado Info Centerのサイトで予約してあった。ドラケ湾からは近くのカニョ島へのスノーケリングやダイビングツアーも出ており、ビーチ付近はホテルやレストランもそこそこあって、ある程度観光地化されている。ただし、銀行やATMはないので注意が必要だ。翌朝の集合時間が早いので、その日はビーチから徒歩数分のホテルに泊まった。久しぶりにエアコンやお湯の出るシャワーのある近代的な部屋で快適である。

翌朝6時。ビーチの指定された場所で待っていたら、ガイドのドニーさんが現れた。私たちのグループはドニーさんを除いて6人。1泊2日のラ・シレナツアーの間、共に行動するメンバーだ。私たち以外はアメリカ人、オーストラリア人、ポルトガル人、スペイン人と欧米人ばかり。そういえばコスタリカに来てから、日本人の姿は一度も見ていない。

こちらの記事に詳しく書いた通り、ドラケ湾からのボートはラ・シレナ・レンジャーステーションへの唯一の交通手段である。徒歩で到達する方法もあるにはあるが、強者向け。そして、ボート移動もそう甘くはない。まずドラケ湾まで来るのが大変だし、ドラケ湾からのボートはかなり揺れた。1時間半ほどの移動だけれど、船酔いしやすい人には辛いだろうなあ。

私たちはロス・パトス・セクター(白い転線で囲んだ場所)からコルコバード国立公園の北側をぐるりと回ってラ・シレナ(赤い転線の場所)に到達した。

 

海岸のエントランス

ボートがシレナ海岸に到着し、いよいよ上陸である。ウェットランディングなので、背の低い私は腰まで水に浸かってちょっと大変だった。岸に上がったら、まず、エントランスで荷物検査を受ける。国立公園への食べ物やペットボトルの持ち込みは固く禁じられている。荷物検査を終えて、ドニーさんの後についてレンジャーステーションまでおよそ1kmの道のりを歩く。その短い時間の間にもクモザルをはじめとする野生動物に遭遇した。

ラ・シレナ・レンジャーステーション敷地

ラ・シレナ・レンジャーステーション (La Sirena ranger Station)はコルコバード国立公園の保護や学術的研究活動の拠点であると同時に、公園を訪れる旅行者の宿泊施設でもある。上記リンクのサイトの写真では古びて見えるが、数年前にリニューアルされ、衛生的な施設になった。

レンジャーステーションのロッジ

宿舎は蚊帳付きの2段ベッドがずらりと並ぶ大部屋のみ。ベッドはガイドツアーのグループごとに割り当てられる。

コルコバード国立公園は特に厳しく入場制限をしている。記憶が不確かだけれど、ドニーさんは確か1日最大200人と言っていたような。日帰りのツアーもあるので、宿泊者の人数はもっと少ない。現在の衛生的な宿舎ができてからコルコバードを訪れる旅行者の数が増え、宿舎はほぼいつも満杯の状態らしい。

1泊ツアーのスケジュールは以下の通り。朝6時にドラケ湾を出発し、およそ2時間後にレンジャーステーションに着いて荷物を置いたらグループごとに午前のハイキングに出かける。ハイキングの後、レンジャーステーションに戻って昼食を取り、2時間ほど休憩したら夕方のハイキング。ナイトハイクはなく、消灯は20:00。翌日は5時から朝のハイキング、朝食後に最後のハイキングと、合計4回のハイキングがプログラムとして組まれている。最後のハイキングから戻ったら荷物をまとめ、13:00にボートに乗り込み、ドラケ湾で解散である。

レンジャーステーション周辺のトレイル地図

ラ・シレナ・セクターは平地だし、ハイキングは野生動物や植物を観察しながらゆっくり歩くので、特にハードではない。でも、レンジャーステーションに来るまでにすでに結構な体力を使い、高温多湿の環境の中、立て続けに4度のハイキングをするわけだから、それなりに体に負担はかかる。参加者に若い人が多いのも頷ける。オサ半島は素晴らしいところだけれど、私にとって辛いのは湿度があまりにも高いことだった。少し歩くだけで汗だくになるので、何度着替えてもすぐに着ているものが汚くなってしまう。洗濯物が溜まるのも嫌だし、洗っても高湿度環境では洗濯物がしっかり乾き切ることがなく、常にじめっとした服を着ているのもストレスになった。もう一つ不快だったのは、肌に日焼け止めと虫除けをスプレーすると余計に汗をかきやすくなり、日焼け止めと虫除けの成分に汗が混じると皮膚が痒くなってしまうこと。

そんなわけで、憧れのラ・シレナ滞在はなかなかにキツい体験だった。でも、それでもやっぱり、ここでしか得られない経験があるから、来た甲斐があったと感じた。

ツアーの内容については次の記事に。

 

前回の記事では、オサ半島ラ・タルデでのナイトハイクについて書いた。エコロッジ、Ecoturistica La Tarde(略してELT)に滞在中は、もちろん昼間も一次林のトレイルやロッジ周辺の二次林を歩き回った。

昼間のジャングルは色鮮やかだ。

熱帯アメリカ原産の植物といえば、代表的なのはヘリコニア(オウムバナ)。コスタリカには35種以上のヘリコニアが生育する。その色やかたちは実に様々。でも実は、花のように見える鮮やかな色をした部分は実は花ではなく、苞と呼ばれる特殊化した葉で、花はその中に入っている。

ヘリコニアは主なポリネーターであるハチドリと共進化して来た。ハチドリもとても多くの種がいるが、決まった種のハチドリが決まった種のポリネーターであるそうだ。

Palicourea elata

この真っ赤な花弁を持つ植物の名は「娼婦の唇(Whore´s lips)」。これにもいろんな種類があるらしい。薬効があり、コスタリカの先住民族が伝統的に利用して来た。

あまりにいろいろな植物が生えていて、植物の知識がほとんどない私は、ガイドさんから聞いたことのうち、一部を記憶するだけで精一杯。ガイドツアーを重ねていけば、少しづつ、植物の世界にも入っていけるだろうか。

ジャングルにおいて、圧倒的な存在感で迫って来る最も印象深い木の一つは「締め殺しの木」だろう。他の木に巻きついて成長するつる植物で、最終的には宿主の木を枯らしてしまうのだ。主にイチジク属で、英語ではStrangler fig(締め殺しのイチジク)と呼ばれる。宿主の木の上に鳥が落としたイチジクの種が発芽し、下へ下へと伸びる根は、互いに絡まり合体して太くなり、幹となって宿主を覆い尽くす。

 

宿主の木がすでに消滅した巨大な締め殺しのイチジク。すごいなあ、、、。

 

ガイドのジョセフさんは、私の要望に応えてアニマルトラックを探すのにも連れて行ってくれた。

水場を歩くときにはゴム長靴必須。

アグーチの足跡

 

「ジャングルでは、匂いの情報がとても重要です。歩いていると匂いがどんどん変わります。ほら、この匂い。わかりますか?」

そう言われてみると、さっきまで植物の良い香りがしていたと思ったけれど、なんだか急に獣くさい匂いがする。「これはペッカリーのフェロモン。ペッカリーは強烈な臭いのフェロモンを出すので、すぐわかるんですよ」

ペッカリーの噛み跡

ガイドさんに案内して貰えば説明を受けられて良いけれど、ロッジの周辺はガイドなしで散策することもできる。私と夫は小さな滝のあるところまで歩くことにした。すると、ジョセフさんが「滝まで行きます?いいけど、滝の近くにガラガラヘビがいるんですよ。昼間はとぐろを巻いて寝ていますが、猛毒なので気をつけて」と言う。ガラガラヘビぃ?気をつけてと言われても、どう気をつければいいの?

「僕が先に行って、ガラガラヘビのいる場所をマーキングして来ますよ」と言いながら、ジョセフさんは出かけて行った。「ビニール袋を結びつけて来たから、すぐわかると思います」

手間をかけてもらったけど、私はガラガラヘビのいる場所にはさすがに行きたくない。ハイキングは別のルートにしようと夫を説得した。しかし、別の道を知っていると言うからついて行ったのに、「あれ?道を間違えた。来るつもりなかったのに滝の方に来ちゃった」。

滝の手前にはジョセフさんによるマーキングがあった。

あの下にガラガラヘビが?うう、、。近寄りたくない。これ以上は一歩も進みたくない。でも、ガラガラヘビの姿は一目見たい気もする。その場でカメラを構え、思いっきりズームで撮った写真がこちら。

ミナミガラガラヘビ (Crotalus durissus)

いる、、、、。怖い。写真を撮ったら即座にUターンし、来た道を戻った。去年、北海道旅行をしたときには、あちこちにある「ヒグマ出没!」の看板にビビっていたけれど、ここではヒグマの心配をしなくてもいい代わりに毒ヘビに気をつけなければならない。ネイチャーガイドさん達は毒ヘビを発見したらマーキングし、互いに情報交換をしているようで、旅行者が毒ヘビに噛まれるケースはごく稀だそうだが。

トレイルにはこんな張り紙がしてあった。「我々は、誇りを持って絶滅の危機にあるブッシュマスター(Lachesis stenophrys)を保護しています。見つけた方はご一報くださいますようお願い致します」。ブッシュマスターはコスタリカに生息する毒ヘビの中で最も猛毒のヘビだ。噛まれたら、まず助からない。絶滅の危機に瀕しているくらいだから、遭遇することはほぼないだろうけれど、、。

そう、エコトゥリスティカ・ラ・タルデのオーナーのエドゥアルドさんは、長年、ヘビの保護活動をしているのだ。ロッジの周辺にはかつてカカオのプランテーションやその他の農地だった。農家の人は、当然ではあるけれど、農地にヘビが出ることを喜ばず、見つけたら殺処分していた。エドゥアルドさんはそうしたヘビを農家から預かり、保護するようになった。エコロッジを経営する現在は、希望があれば旅行者に保護しているヘビを見せてくれる。毒のないおとなしいヘビは触らせてももらえる。

エドゥアルドさんの保護しているマツゲハブ(Bothriechis schlegelii)。これは毒ヘビなので、もちろん触らず見るだけ。

これはボア・コンストリクター (Boa constrictor)

こちらは私も持たせてもらった。ヘビの体はヌルヌルしているイメージだが、実際にはひんやりすべすべしている。コンストリクター(締め付ける者)と言うだけあって、ぎゅうっと締め付ける力がすごい。

 

さて、この後、夫はまたハイキングに出かけて行ったが、私は少し疲れたので、コテージに戻って休むことにした。テラスの椅子に座って、しば楽野鳥を眺めて過ごしていたら、なんだか蒸し暑くなって来た。風通しのよい場所に椅子の一つをずらそう。重い木の椅子を移動させて座り、ふと、椅子がもともとあった場所に目をやると、後ろの壁(というかネット)になにやらついている。遠目には大きな木製のブローチか何かに見えるが、なぜあんなところにそんなものが?

黄色い円で囲ったところに何かついている。

よく見ると、、、それは巨大なゴキブリだった。傍にあったフィールドガイドのページをめくると、同じものと思われるゴキブリが載っている。ジャイアントコックローチだって。ゴキブリの仲間としては最大級らしい。それにしても、いつからそこにいるんだろう?もしかして、私、椅子の後ろにいると知らずに座っていた?

この巨大なゴキブリ、確か、どこかの自然博物館で見たことがあった気がする。でもまさか、こんなところで実物に遭遇するとは思わなかったな。なんてことを考えながら、私はしばらくそれを観察していた。私も強くなったもんだ。初めて熱帯を旅行した20代には夜になるとホテルのバスルームに出る虫達が怖くて怖くて、夜中にはトイレに行きたくても行けずにいたのに。

タランチュラや毒ヘビのいるジャングルを歩き回った後だもん、ゴキブリくらい別にどうってことないよね。

そう思ったけど、ときどき思い出したように体をゴソゴソと動かすのを見ると、やっぱりちょっとゾワっと来る。どっか行って欲しいけど、自分でどかすのは嫌だなあと思っていたら、夫が戻って来た。

「すげ〜!」

夫もその大きさには目を丸くしていた。

 

ジャイアントゴキブリは夫が片付けてくれたのでよかった。

 

私たちの滞在したオサ半島のエコロッジ、エコトゥリスティカ・ラ・タルデ(Ecoturistica La Tarde)は熱帯雨林に囲まれている。熱帯雨林には人為的な影響を受けていない原生林である一次林(primary forest)と、人為的な活動により破壊された原生林が再生した二次林(secondary forest)があるが、コルコバード国立公園のロス・パトス・レンジャーステーションから5kmの地点に位置するエコロッジの周辺は主に一次林だ。多くの異なる植物種による多層的な林冠構造をした一次林は、多種多様な生き物の生息地として極めて重要だ。

私は、ロッジ周辺を地元のネイチャーガイド、ルイスさんに案内してもらうのをとても楽しみにしていた。ルイスさんはラ・タルデで生まれ育ち、ジャングルを知り尽くしているベテランのスペシャルガイドだ。2022年に夫と息子がコルコバード国立公園を徒歩で横断した際、ルイスさんに同行して頂き、素晴らしい体験ができたと繰り返し言っていた。ルイスさんは野生動物の痕跡にもとても詳しいとのことで、アニマルトラッキングを学んでいる私(過去記事)は、ぜひともルイスさんと一緒にラ・タルデのジャングルを歩きたかったのだ。

ところが!直前になってルイスさんからメッセージが入り、「体調を崩してしまい、同行できなくなった」という。なんと、、、。本当にガッカリである。それが目的で来たのに。

代わりに、ジョセフさんという若いネイチャーガイドさんに案内してくれることになった。エコツーリズム大国コスタリカにはネイチャーガイドが大勢いる。でも、正直、レベルはそのガイドさんによってまちまちだと思う。ジョセフさんはガイドになってまだ数年で、経験値ではルイスさんに及ばないが、とても知的でモチベーションの高い、良いガイドさんだった。

まずはナイトハイクに連れて行ってもらった。

ゾクゾクする体験だった。ナイトハイク自体は以前も参加したことがあったが、メジャーな観光地で大勢の旅行者と一緒にゾロゾロとホテルの周辺を1時間程度歩いただけだった。今回のようにジョセフさんと私と夫の3人だけで真っ暗なジャングルに足を踏み入れ、たっぷり2時間半も歩くというのは全く別の体験だといっていい。

記事タイトルに注意書きをしたように、このナイトハイクで見たものは主に昆虫などの小さな生き物だ。虫は苦手な人が多くて、画像を目にするだけでも無理という人もいるので、ネット上に画像を上げるときには気を遣ってしまう。かく言う私も若い頃は虫がとても苦手だった。でも、一時期ナショナルグラフィックの記事を翻訳する仕事をしていたことがあり、その際に昆虫の記事が多かったので、だんだんと面白いと思うようになった。毒のあるものや刺してくる虫は困るけど、そうでなければOKだ。

ナイトハイク中、セミがバサバサと何度も体にぶつかって来た。

 

ジョーセフさんが懐中電灯であたりをチェックしながら進み、何かを見つけると説明してくれる。

後尾中のヤスデ

緑のナナフシ(ナナフシモドキ?)

昆虫は種が多くて、フィールドガイドを見てもどの種なのかよくわからない。ナイトハイクの難点は、ガイドさんに生き物の名前を教えてもらっても、暗くてその場ではメモできないのですぐに忘れてしまうこと。(と書いて気づいたけど、スマホで音声入力すればよかった)

これはなんというクモだったっけな?

このクモを眺めていたら、ジョセフさんが「この辺りにはタランチュラがいるんですよね」と言う。え、タランチュラ?

「あっ。ここにいた!見て。早く早く!」数十メートル前を歩いていたジョセフさんに言われて急いで近づいたが、タランチュラは地面の穴にサッと隠れてしまった。惜しい!野生のタランチュラを目にする機会なんてまずないのに、残念だなあ。

 

ところで、毒のある虫にも注意しなければならないが、気をつけるのはそれだけではない。ジャングルの中にはトゲトゲの木や植物がたくさんある。足元が不安定だからといって、よく見ずに近くの木を掴んだりしてはいけない。

ものすごい棘。でも、虫が敵から身を守るのには便利みたいだね。

 

植物も生き物同様に様々な生存戦略を持っているのが興味深い。英語ではBullhorn acacia(「牛の角のアカシア」の意)と呼ばれるアカシア・コルニゲラ(Vachellia cornigera)は、牛の角のようなかたちをした棘を持つ。この棘は仲が空洞になっていて、先に開いた小さな穴からアリが出入りしている。アリがアカシアの樹液を狙う動物を攻撃してアカシアを守る一方で、アカシアはアリに住処を提供している。つまり、アカシア・コルニゲラとアリと共生関係にあるのだ。

 

ベニスカシジャノメ (Cithaerias pireta)

羽が透き通ったとても綺麗な蝶がいた!暗闇と紅い羽のコントラストが美しく、うっとりしてしまう。写真がピンボケになってしまって、本当に残念。

再び歩き出し、数十メートル進んだときだった。ジョセフさんが「あっ、これは!」と地面を凝視しながら立ち止まった。「これは脱皮したテルシオペロの皮です」。テルシオペロ (Bothrops asper) は日本語ではチュウオウアメリカハブとも呼ばれる猛毒のヘビである。ジョセフさんは皮を拾い上げ、「まだ湿っている。脱皮したばかりです。まだこの辺にいるかもしれないので、気をつけないと」

ひえ〜。

「安全を確保するのはガイドの勤めです」と言いながら、ジョセフさんは持っていた先端の丸く曲がったスネークスティックで地面を慎重に確認し始めた。「このヘビの皮、もらっていいですか?」と夫が聞くと、「どうぞ」と返事が帰って来たので、夫は皮をそっと摘んでリュックに入れた。

そこからは、ヘビがいないか確認しながら進むジョセフさんの後ろをゆっくりゆっくりと歩いた。そして、出発から2時間ほどが経過し、もう少しでロッジというところで、前方の木の上で何か大きなものが動いた。

「アリクイだ!」

暗闇の中で白い毛が浮かび上がった。よく見ようと私たちが立ち止まった瞬間、アリクイは体の向きを変えて茂みの中に入ってしまった。顔は見えなかったけれど、大きな体は確認することができた。ついにアリクイに遭遇できて嬉しい!

 

いろいろな昆虫たちが生活を営んでいただけでなく、タランチュラが巣穴から顔を出し、毒ヘビが脱皮して這い、木の上ではアリクイが歩き回っていた夜の熱帯雨林。なんだかあまりに現実離れしているようで、不思議な感覚だ。

エコロッジの敷地に戻ると、澄み切った空いっぱいに星が瞬いていた。本当に夢みたいだな。そう思いながらベッドに横になり、眠った。

 

でも、夢ではない証拠に、翌朝起きたとき、拾って来たテルシオペロの皮はリュックの中にやはりあったのだった。

脱皮した後のヘビに遭遇しなくてよかったなあ….