前回に引き続き、今回もナチ時代に発行された主婦向け冊子を眺めてみる。タイトルは “Fische – nahrhaft und gesund. Was jeder von Fischen wissen sollte.(魚 〜 栄養があって健康的。誰もが知っておくべき魚のこと)” 。(注: 原題のハイフン及びピリオドは読みやすいように私が入れました)

ライヒ国民経済啓蒙委員会(Reichsausschuß für Volkswirtschaftliche Aufklärung )が発行したもので、発行年が見当たらないが、調べたところ初版は1935年であることがわかった。その後第二次世界大戦中も引き続き発行されていたようだ。

日本人と比べてドイツ人は一般に魚をそれほど好まないので、80年も前の魚のレシピ集なんて珍しいなと思い、手に取った。今でこそ、発泡スチロールのトレーに乗った魚の切り身の買えるスーパーはドイツでもそれほど珍しくなくなったが、約30年前はどこで鮮魚を買ったらいいのかわからなかった。魚はほとんど食べたことがない、または好きではないから食べないという人も周囲に多かった。そんなドイツの戦前、もしくは戦時中の魚料理レシピ集とはどんなものだろうか。

全32ページのこの冊子、基本的にはレシピ集だが、最初に漁業についてのかなり詳しい説明が載っている。ナチ党は食糧政策の一環として”Eßt mehr Fische(もっと魚を食べよう)”というスローガンを掲げ、肉よりも魚を食べるように国民を誘導していたようだ。畜産は大量の穀物飼料を要するので食糧自給率を下げるには肉食を減らす必要があったのだろう。といっても、一般主婦は魚にそれほど馴染みがなく、どこでどの魚を買ってどう調理したら良いかわからない。そこで、魚は自然の恵みであり、水揚げ量は季節や天候に左右されることや、それぞれの種類の魚がどのように捕獲されるのかなどを説明している。細かい字でびっしり6ページも!

ドイツ人は伝統的にそれほど鮮魚を食べず、特に夏場には鮮度に不安があってか、売れ行きが落ちた。この冊子には「現代の品質管理・輸送技術により鮮度の問題は過去のことになった。魚屋の衛生管理も問題ないので、どこで魚を購入しても大丈夫」だと書かれている。右ページには魚は栄養たっぷりだよというコラム。

月ごとの旬の魚リスト
魚の捌き方。小型ナイフやキッチンバサミを使っている

さて、それではレシピをざっと見ていこう。

ムニエルや蒸し魚のレシピ
ロールキャベツの魚版のような料理。凝っているなあ
ミンチにした魚の料理各種
パーティ料理のような見栄えの良いゼリー寄せやグラタン料理

他にも魚介スープ、魚サラダ、トマトをくり抜いてみじん切りの魚を詰めたもの、ムール貝のサラダなどが載っているが、どれもとても凝っていて驚く。食糧難の時代に本当にこんなに手の込んだ料理をしていたのだろうかと不思議に感じる。現代でもこれだけ凝った魚料理にはあまり遭遇しないなあ。

この冊子に載っている料理の中では魚ロールキャベツが気になる。どんな味だろう?今度、レシピ通りに作ってみようかな。

今回は1940年にライヒ食糧団(Reichsnährstand)から発行された農家の女性向けの家事読本、Die 4 W`s. Eine lustige Hausarbeits-Fibel (「4つのW。愉快な家事読本」)を見てみよう。

B5版、全32ページの小冊子でタイトル文字はジュッターリーン体。「4つのW」とは、家事におけるWの頭文字で始まる4つの要素、Wege(動線)、Wasser(水)、Wärme(暖房)そしてWaschen (洗濯)のことらしい。1940年といえば、国家社会主義ドイツ労働者党が支配していた時代だ。第二次世界大戦の最中にナチスの農業統制機関が発行した読本で、紙質は良くないものの、なかなか可愛い表紙デザインである。ナチスと聞いて思い浮かべるイメージからは程遠い。

内容は農家の女性のための家事合理化の手引きで、家事を動線、水、暖房、洗濯という4つの分野に分け、効率良く楽に家事をする方法を指南している。

中もカラーイラストたっぷり

まずは動線。農場は無駄な動きをして時間やエネルギーを浪費しないように設計せよ。台所も然り。よく考えず用具を配置すると、あっちへ行ったりこっちへ行ったりすることになる。作業が最小の動きで済むように配置せよ。農具の置き場所や並べる順番などもよく考えて決めることで作業が楽になるというアドバイスが満載である。

水について。この時代の農村では、生活用水は井戸から汲んで運ぶのが一般的だった。家事にかかる時間のうちのおよそ1割が水の運搬に費やされていたようだ。重いバケツを運ぶのは骨が折れる作業だ。水道管を引き、それぞれの作業場に蛇口を設置することで作業が大幅に効率化できる。ホースなどを利用すればさらに快適に。

暖房について。冬が長く寒いドイツでは暖房の効率化は重要だ。戦時中は特に燃料が貴重だった。この読本では左ページの図のような調理用タイルストーブは同時に暖房にもなり、燃料を節約できるとして推奨している。しかし、夏場は台所が無駄に暑くなるというデメリットがある。それに対して右ページのような電気コンロは台所全体を温めるのには適していないが、夏場は短時間で調理ができて便利だと書かれている。

最後の章は家事の中で特に労力を要する洗濯について。「健康はお金よりも大切」、だからこそ少しでも洗濯を楽にしよう。腰をかがめなくても良いように洗濯だらいは台の上に置き、洗濯室の床には排水溝を設けよう。洗濯物はあらかじめ水に浸けておくと汚れが落ちやすい。この際、溜めておいた雨水を有効利用しよう、等々、いろいろなヒントが提示されている。これを読んで思い出したが、うちの村の郷土博物館には戦前まで使われていた洗濯室があり、いろいろな洗濯道具を見ることができる。

戦前の暮らしを知る 〜 カプート村の郷土博物館

この読本、挿絵の可愛さと合理的な内容のミスマッチが興味深い。一つ目のW、動線に関する部分はいかにもドイツ的な印象だ。日本の戦時中の家事読本を見たことがないので、比較してどうかということはわからないが、、、。