ブランデンブルク州に引っ越して来てもう14年になろうとしている。ここに来て以来、ずっと気になっているものがある。それは、この辺りでよく見る大きな石。なぜかブランデンブルクでは至るところに大きな石がある。山もないのに、大きな石が畑や道路脇や公園など、あらゆる場所にごろんごろんと場違いな感じで存在している。一体、それらはどこから来たのか。誰がそこに石を置いたのか。

公園に配置された石

不思議に思っていたら、これらの石は「迷子石(Findling)」なるものであることがわかった。はるばるスカンジナビアから運ばれて来た石であるらしい。といっても、人間がわざわざ運搬して来たのではない。氷河によってドイツ北部に辿り着き、そのまま定着した移民ならぬ移石なのである。

ブランデンブルク州を含む北ドイツは、氷河時代には厚い氷床に覆われていた。特にエルベ川の東側(現在のベルリン、ブランデンブルク州及びメクレンブルク=フォアポンメルン州)は一番最後の氷期(ヴァイクセル氷期)にもすっぽりと氷の下にあった。氷床は気候変動によって拡大したり縮小したりしていたが、それだけでなく、少しづつ移動していた。スカンジナビア氷床は長い長い時間をかけて南へと移動し、その際に氷の下にあった大量の岩石が削り取られ、氷に押されてスカンジナビアからドイツへやって来たのだ。約1万年前、最後の氷期が終わった時、石たちはそのままドイツに置き去りになった。

ドイツではこのような岩石を総称して「Geschiebe(ゲシーベ)」と呼ぶ。英語でtill(ティル)と呼ばれる氷河による堆積物に相当する。北ドイツの土の中にはゲシーベが大量に埋まっていて、土を掘るとごろんごろんと顔を出す。古来から、畑を耕したり、建物を建てるために地面を掘るたびにゲシーベが次々と掘り出された。掘り出したものをまた埋めたりはしないので、野原は石だらけ。だから、ゲシーベは一般的には「Feldstein野石)」と呼ばれている。

せっかく豊富にあるからということで、人々は昔からゲシーベを活用して来た。例えば、建材として。

野石造りの教会と壁

ブランデンブルクの田舎の教会には写真のようなゲシーベを積み上げたものが多い。私は立派な教会よりもこういう野趣のある小さな教会が好き。

それに、よく見て!ゲシーベには実にいろんな色のがあって、並べるとカラフルでとても可愛いのだ。私はこういう「一見同じようでありながら、よく見るとバリエーションが豊富」なものに弱いのだよねえ。

レンガとのこんなコンビネーションも素敵

ゲシーベは石畳の敷石にもよく使われる。大きな石を割って平らな面を上にして地面に敷き詰める。ブランデンブルク州ではこんなカラフルな石畳をよく見かける。上の画像では乾いているけれど、雨に濡れると鮮やかに光ってとても綺麗なので、雨の日はルンルンしてしまう。

小さな石を加工せずにそのまま並べたKatzenkopfpflasterと呼ばれる部分もある。Katzenkopfというのは「猫の頭」という意味。でも、猫の頭にしちゃあ硬い。痛いんだよね、こういう上を歩くのは。

敷石にもトレンドがあるようで、石がいつ敷かれたかによって、またはそのときの行政予算などにもよって石畳のタイプが変わって来るのだろう。ポツダム市の中心部には同じ通りであらゆるタイプの敷石がパッチワーク状に敷かれている場所があり、眺めていると面白くて、つい下ばかり向いて歩いてしまう。

さて、ゲシーベはの大きさは小さな石ころから巨石までさまざまだが、1枚目の画像のような大きいものを迷子石(Findling)と呼ぶ。体積が10㎥以上の特に大きなものはゲオトープとして保護されているそうだ。先日、地元のローカルペーパーを読んでいたら、うちの近所で道路工事中に大きな迷子石が掘り出されたと書いてあった。

北ドイツの地形は氷河の侵食・堆積作用によって形成された氷河地形である。私が住んでいるのは氷床のちょうど端っこだったあたりで、氷河が運んで来た土砂が堆積したエンドモレーンが形成されている。エンドモレーンには大小様々なゲシーベが埋まっている。今回、道路を掘ったらこんな大きな石が出て来たというのだ。専門家が鑑定したところ、かなり珍しいタイプの迷子石だとのことで、ゲオトープとしてこのままこの丘に設置されることになった。

ゲシーベは色とりどりで綺麗というだけでなく、よく見ればどこから来たものかがわかるのだという。ブランデンブルク州で見られるゲシーベは約35 – 30億年前に形成されたバルト盾状地(Baltischer Schild)の基盤岩から削り取られたものだ。バルト楯状地は現在のスカンジナビア半島からフィンランド、ロシアの一部を含む広大な陸塊だが、その中の特定の地域でしか見られない岩石というものがあり、そうした岩石と迷子石の組成が一致すれば、迷子石がもともとあった場所を知ることができる。

北ドイツには迷子石を集めた迷子石公園(Findlingspark)が各地にある。過去記事で紹介したが、ブランデンブルク南部にあるFindlingspark Nochtenには7000個の迷子石が集められていて圧巻だ。

 

ゲシーベについてはまだまだ書きたいことがあるのだけど、長くなったので導入編ということで一旦ここで区切って、続きは次の記事に回そう。

導入編のまとめ:

北ドイツは氷河時代には氷床に覆われていた。

氷に押されてスカンジナビアから大量の土砂や岩石が北ドイツまで移動して来た。

地質学ではそうした岩石のことをゲシーベ(Geschiebe)と呼ぶ。一般的には野石(Feldstein)と呼ばれている。人々は古くから野石を建材としてや道路の敷石などに大いに利用して来た。

ゲシーベのうち、サイズの大きいものを迷子石(Findling)と呼ぶ。体積が10㎥を超えるものはジオトープとして保護されている。

ゲシーベには色々な種類がある。ゲシーベの組成や結晶構造を分析すると、どこから移動して来たものかがわかる。

● (次の記事で書くけれど、石拾いは楽しい)