ライターの久保田由希さんと私とで結成した「ブランデンブルク探検隊」、これまで隊員は私たち二人だけだったけれど、ツイッターで隊員を募集したところ、嬉しいことに何人かの人達が名乗りを上げてくれた。先日、その中の一人、ローゼンさんから「これからポツダムのアルベルト・アインシュタイン学術研究パークに散歩に行くけど、一緒にどう?」と探検活動への誘いの電話がかかって来た。何を隠そう、ローゼン新隊員はポツダムの公式観光ガイドの資格を持ち、ポツダムに関する知識なら右に出る者はいないエキスパートである。探検隊にとって超強力な新メンバーだ。そのローゼン隊員にポツダム散策に誘われたら、そりゃ行かないわけがない。

というわけで、久しぶりにアルベルト・アインシュタイン学術研究パーク(Wissenschaftspark Albert Einstein)へ行って来た。研究パークはポツダム中央駅から緩やかな丘を登ったところにある。テレグラーフェンベルクと呼ばれるこの丘には19世紀後半、その小高い立地を利用して王立の天文学や気象学の研究施設が造られた。1879年には世界初の天体物理観測所、Astrophysikalisches Observatoriumが完成。また、1920年代には建築士エーリヒ・メンデルゾーンによって設計されたアインシュタイン塔(Einsteinturm)があることでも知られる。

 

 

 

パークの守衛さんにもらった写真入り地図。敷地内には歴史的な建造物の他にヘルムホルツ・ドイツ地球科学研究センター、アルフレート・ヴェーゲナー極地・海洋研究所、ドイツ地質学研究センター、ポツダム気候影響研究所など多くの研究所の建物がある

 

パークの中心地にある、3つのドームがシンボルの旧王立天文物理観測所の建物は残念ながら工事中だった。この建物は1881年にこの建物の地下室で初めての干渉測定実験をした物理学者アルバート・マイケルソンにちなんでマイケルソンハウスと呼ばれている。

マイケルソンハウスの北側には北塔(Nordturm)と呼ばれる塔が立っている。見て、ピンと来た。ハハーン、これは給水塔だね?たまたまドアが開いていたので中に足を踏み入れると研究所の人がいた。この塔は給水塔ですか?とローゼン隊員が聞くと、研究所の人は「いや、違います。ただの塔です」と言う。ただの塔って何?「塔を建てたからには目的があったはずですよね?」とツッコむローゼン隊員。私も「今は給水塔でなくてもかつては給水塔だったのでは?」と言ってみたが、「いやいや、給水塔なんてここにはないですよ」と言う返事。

うーん、、、。でもさ、こんな大きな研究施設に給水設備が備わっていなかったわけないよねえ?絶対どっかにあったはず。首を傾げながら守衛さんにもらった説明パンフレットに目をやると、「北塔はかつて給水塔だった」とちゃんと書かれているではないか。やっぱりね!

 

こちらの建物は屈折望遠鏡(Großer Refraktor)。マイケルソンハウスと同じ黄色い高温焼成レンガが美しい。1899年にここに設置された屈折望遠鏡の口径は80cmで、当時は世界最大を誇った。

 

たくさん建物があって全部は紹介しきれないので、私の好きなものを優先で紹介しよう。

 

見よ、この素晴らしい建物を。これはポツダム気候影響研究所の建物で、木の板を貼ったファサードが素敵。正面からではわからないけど、この建物は上から見るとクローバーの葉のような形をしているそうだ。エネルギー効率に優れたエコな建物で、すぐ横には電気自動車用の充電ステーションがある。

 

 

そして、この研究パークの目玉はなんといってもアインシュタイン塔!

この建物は、太陽の重力場では光の波長が長波長側にずれるという、アインシュタインの相対性理論において予測された赤方偏移という現象を実証実験するために建てられたものだ。ところが、ここでの実験はうまくいかなかったという。実験では赤方偏移と同時に青方偏移という短波長側へのズレも同規模で起こり、互いの効果が打ち消しあってしまうので、赤方偏移を実証することができなかった。

正面から見たアインシュタイン塔

案内パンフレットによると、曲線を多用した躍動感あるアインシュタイン塔の外観は、音楽に造詣が深かった設計者メンデルゾーンがバッハの音楽から着想を得て実現したという。

入り口のガラス越しに見えるアインシュタインの顔像
ドイツ地質学研究センター内に置かれたアインシュタイン塔のモデル

プロイセン科学アカデミーの会員となってベルリンで教鞭を取っていたアインシュタインは1930年にこの研究パークから5kmほど離れたカプート村に別荘を建て、そこで夏を過ごした。カプート村は私が住んでいる村なので、ローゼン隊員に「今日、チカさんはアインシュタインと同じルートでここに来たんじゃない?」と言われて、あっ、確かに!とちょっと感動。しかし、周知のようにアインシュタインは別荘建設からわずか2年後の1932年に米国を訪問したまま、ドイツには戻らなかった。そしてアインシュタイン塔を設計したメンデルゾーンもまた、1933年に英国を経てパレスチナへ移住し、最終的には米国に渡っている。

 

ところで、アインシュタイン塔の前の地面には、ヒトの脳をかたどったブロンズ製のオブジェが埋め込まれている。実際のヒトの脳よりもずっと小さいので、真剣に探さないと見過ごしてしまうのだが。このオブジェは3sec-Bronzehirn (3秒のブロンズの脳)と呼ばれていて、心理学者エルンスト・ペッペルの意識理論からインスピレーションを得たベルリンのアーチスト、フォルカー・メルツが作成したものだという。それはどんな理論なんだろうとちょっと検索してみたところ、私たち人間が感じている時間の連続性というのはたぶん錯覚に過ぎない、という理論らしい。人間の意識は実はわずか3秒しか持たず、その3秒づつの内容をつなぎ合わせることであたかもそれらが連続しているように感じるだけ、だとか。詳しく調べていないので誤解があるかもしれないが、どうもそんな理論らしい。

でも、その理論がアインシュタイン塔となんの関係があるんだろう?そういえば、さらにこの脳のオブジェから着想を得て書かれた推理小説というものも存在する。”Kellers Gehirne Ein Telegrafenbergkrimi“と題されるポツダムのご当地推理小説で、実は以前なんとなく気になって買ってうちの本棚にあるのだけど、まだ読んでいない。読まないと。

それにしても、建築家メンデルゾーンがバッハの音楽を聴いてインスピレーションを得、アインシュタインの相対性理論実証のための塔を建て、それとどういう繋がりなのか知らないが、心理学者の理論からインスピレーションを受けたアーチストが脳オブジェを作り、その脳オブジェから着想を得た作家が推理小説を作り、、、、。様々な異なる脳をした人たちの間でアイディアがリレーのバトンのように受け継がれ、世界が形作られていく。そして、私がその壮大なリレーに想いを馳せながらこうして駄文を書いてブログにアップし、それをまたどこかの奇特な方が読んで、もしかしたらちょっと刺激を受けて新しい何かを生み出す可能性だって全くないとはいえない。ああ、世界のなんと不思議で素晴らしいことよ。アイディアが泉のように湧き出し絡み合う研究パークの豊かさよ。

はっ!どうやら妄想ワールドに入りかけているようだ。暑さのせいかもしれない。

 

パーク内には素敵なカフェもある。カフェのテラスでコーヒーフロートでも飲んで涼を取ろう。

 

ポツダムのアインシュタイン学術研究パークは静かな森の中にあり、規模も散策にちょうど良い。建物を眺めるだけでも楽しいし、パンフレットや立て看板の説明を読めば知的刺激をたっぷりと得ることができる贅沢極まりない空間だ。

 

久しぶりに化石収集に行って来た。今回もこれまでにも何度か参加しているGeoInfortainmentを通じてこちらの日帰りエクスカーションに申し込んだ。今回の目的地は、ジュラ紀の化石が豊富に出ることで知られるドイツ中南部フランケン地方のグレーフェンベルク(Gräfenberg)だ。

バイロイトの南西50kmちょっと、ニュルンベルクの北東30kmちょっとの地点

グレーフェンベルク一帯は、中生代ジュラ紀(今から約1億9960万年前〜約1億4550万年前)には浅い海だった。その頃の気候は暖かく、空気中の酸素と二酸化炭素の濃度は現在の1.3倍から5倍もあったそうだ。そして位置的には現在よりもずっと南の、現在のサハラ砂漠あたりの緯度に位置していた。

今回、化石採集をしたグレーフェンベルクの石切場の地層はジュラ紀後期(マルム期)キンメリッジアン(Kimmeridgian)の地層である。ここでは特にアンモナイトの化石がザクザク出るという。

今回の化石採集の場。ここで採れる石灰岩はセメントの原料になる
手前の石の山の中から化石を探し出す

早速、化石探しを開始。本当にどこもかしこもアンモナイトだらけ。開始から数分以内にもう見つけた!

化石を含む石にノミを当て、ハンマーで軽く叩いて石を割り、化石を取り出す

アンモナイトの表面が青みがかっている。このようなアンモナイトはGrünlingと呼ばれ、グレーフェンベルクの地層に特徴的なものだそうだ。地層に含まれる海緑石(Glaucornite)によって表面が青緑になるという。

化石だらけとはいっても、多くは割れたり欠けたりしている。うんと小さいものは完全な形で地面に落ちていることが多いので、簡単に手で拾えるけれど、大きいものは石を割らないと取り出せない。石が硬いと割るのに力がいるし、うまくやらないとせっかくの化石まで一緒に割ってしまう。ここの地層からはリヤカーがないと運べないほど大きなアンモナイトが見つかることも少なくないそうだが、初心者の私たちには難しい。初心者とはいっても、一番最初に化石探しをしたときは化石の形跡がちょっとでもあったら嬉しくてなんでもかんでももって帰って来ていたが、今回はそれなりに綺麗な形のものを拾おうと試みた。

がんばった結果がこちら。

初回のゾルンホーフェンでのエクスカーション(以下の過去記事)の成果と比べると、少し進歩したかな。今見ると笑ってしまうが、ゾルンホーフェンで拾えたのはバリバリに割れたものばかり。

家に帰ってから、拾ったアンモナイト達の汚れを落としてきれいにした。

アンモナイトは種類がとてもたくさんあって、主催者からもらった画像リストと見比べたけれど、残念ながらどれがどの種類のものなのかはよくわからない。

一番気に入ったのはこれ!

それにしてもすごいよね。私たちよりも1億5000万年くらい前にこの地球に生きていた生き物たちとこうして対面するって。人間はたかが1年や2年の経験の差をもって先輩だ後輩だと言うけれど、このアンモナイトは1億5000万年もセンパイなのだよ。そう考えると、リスペクトの念が湧いて来て、なんだか拝みたくすらなって来る。

これは形は完全じゃないけど、結晶化しているのがよい

アンモナイト以外の化石もいくつか拾った。

大中小のアンモナイトや貝、べレムナイトが埋まった石塊
貝とか小さなハート型のウニ、腕足動物なども見つかった

エクスカーションは午前10時から午後4時まで。たっぷり6時間も化石探しができる。飽きたら途中で帰ってもOK。この日はカンカン照りだったので、さすがに6時間は長過ぎたので早めに切り上げたけれど、楽しかったなあ。化石採集は奥の深い趣味なので、やればやるほど楽しくなる。

今月末はシュヴェービッシェ・アルプ地方での週末エクスカーションに申し込んだ。その1日目の地層は待望のホルツマーデンのポシドニア頁岩なので、今からワクワク感が半端ない。去年、ホルツマーデンの化石博物館で素晴らしい標本を見てものすごく感動したから。自分ではたいしたものは見つけられないだろうとはわかっているけれど、ホルツマーデンで化石探しができるというだけで夢のようなのである。