先週、南ドイツのシュトゥットガルト方面へ行く用事があった。シュトゥットガルトといえば、その近郊にかねてから行きたいと思っていた場所があったのでついでに立ち寄ることにした。それは、ドイツ国内で最大のプライベート化石博物館とされる、ホルツマーデン(Holzmaden)のUrwelt-Museum Hauff。ジュラ紀の大型化石標本が多数展示されているというこの博物館を1年ほど前にテレビで見て以来、ずっと気になっていたのである。ホルツマーデンは小さな村なのでアクセスはあまり良くない。宿泊予定だったエスリンゲンからは車で30分くらい。
とうとう来たか〜とワクワクしながら館内に入り、チケットを購入。オーディオガイドは残念ながらなかった。事前にウェブサイトで確認してこの日はガイドツアーがないと知っていたけれど、ダメもとで聞いてみる。「今日はガイドツアー、ありませんか?」
すると、「今日は設定されてないけど、個人で申し込むことはできますよ。60ユーロかかりますけど」と受付の女性。60ユーロと聞いて一瞬考えたが、夫と一緒だったので一人あたり30ユーロ。せっかくここまではるばる来たのだし、専門家に案内してもらえるチャンスを逃すのもと思い、お願いすることに。ガイドさんは当館で化石のクリーニングを担当している技術者のクラウス・ニールケンさん。
この博物館、Urwelt-Museum Hauffはホルツマーデン生まれの化石収集家、ベルンハルト・ハウフ氏が設立したプライベート博物館である。ハウフ氏の父親は化学産業に従事しており、粘板岩の採石場を所有していた。その採石場から出る化石に幼少期から魅せられていたハウフ氏は化石のクリーニングの技術を習得し、1936年、自らのコレクションを展示する目的でこの博物館を設立した。息子のベルンハルト・ハウフ・Jr.氏はテュービンゲン大学で古生物学博士号を取得し、父の博物館を引き継いだ。そして現在は孫のロルフ・ベルンハルト・ハウフ氏が館長を務める。一家三代に渡るライフワークとしての博物館。そこからしてすごいスケールの話である。
まず、この地域の地層についてざっと見てみよう。ホルツマーデンはシュヴェービッシェ・アルプという丘陵地帯の麓(北西側)に位置する。(小さい村なので以下の地図には記載されていないけど、Kirchheim u. Teck と書いてあるところのそば)
シュヴェービッシェ・アルプ地方はジュラ紀にはトロピカルな浅い海に覆われていた。だから、この地方からはジュラ紀の海の化石がたくさん産出されるのだ。ジュラ紀というのは中生代の真ん中、三畳紀と白亜紀に挟まれる地質時代だが、そのジュラ紀はさらに前期(リアス期)、中期(ドッガー期)、後期(マルム期)に分けられる。ドイツではそのそれぞれを黒ジュラ(schwarzer Jura)、茶ジュラ(brauner Jura)、白ジュラ(weißer Jura)と呼ぶことが多い。その地質年代に相当する地層が黒、茶、白という特徴的な色をしているからだ。
以前、当ブログで紹介した化石の名産地、ゾルンホーフェンの地層はジュラ紀の中でも白ジュラ紀の時代に堆積したものだ。実際、ゾルンホーフェンの岩石は白っぽい色をしている。それに対してここ、ホルツマーデンの地層は黒ジュラ紀の地層で、ポシドニア頁岩と呼ばれる粘板岩は歴青を多く含むため、濃っぽいグレーなのだ。ジュラ紀に浅い海に堆積した泥の層が、その上に堆積した地層の重みで1/20の容積に押しつぶされてできたらしい。そのため、このあたりで産出される化石はおせんべいのようにぺしゃんこだ。
これはサメの化石。お腹のあたりに何かが密集している?
と思ってよく見ると、、、、エエーッ!!これはベレムナイト!こんなに大量のベレムナイトがサメの胃の中に!?ベレムナイトとは白亜紀に絶滅したイカにソックリな生物である。この短い五寸釘のようなものは、死んで分解されても残りやすい鏃型の殻部分で矢石とも呼ばれる。
「もしかしたら、これがこのサメの死因だったのかもしれませんね」とニールケンさんは笑った。
イカを大量に食べて消化不良で死んだサメなのか、これは?
ふと、その昔、私の母の同僚が映画館で大量のスルメを食べ、ビールを飲みながら映画を見ていたら、胃の中でスルメが膨張して大変なことになり、病院に運ばれたというエピソードを思い出してしまった。イカのドカ食いには気をつけよう。
サメの他にこの博物館ではイクチオサウルス、プレシオサウルス、翼竜やワニなどの大型化石が見られる。
ホルツマーデン周辺の粘板岩から産出する化石の特徴は、生物の軟体部もよく保存されていること。普通は軟体部は分解してなくなってしまい、残るのは骨などの硬い部分だけれど、この辺りの化石は酸素の乏しい地層に閉じ込められたことで軟体部も保存されやすかった。
イクチオサウルスの骨格標本。尾が下向きに折れ曲がっている。
すごく保存状態が良いけれど、なぜ折れ曲がっているのだろう?
その疑問は軟体部分が残っている別のイクチオサウルスの標本を見て解けた。
なるほど、尾びれの下側の部分だったのか〜。
それにしても惚れ惚れとしてしまう立派な標本である。
こんなに隅々まで綺麗に残っていると、ジュラ紀に生きていらしたんですね、と話しかけたくなってしまう。一つ一つの標本がリアルな個体として迫って来る。
これはまた別のイクチオサウルスなのだけど、肋骨の内側に小さなリング状のものがたくさん並んでいるの、見えるかな?
「これはメスで、お腹の中に胎児が5体いますよ」
エエ?胎児?妊婦さんだったの?
「一匹は無事に産まれたみたいですね。ほら、左上を見てください」と言われ、標本の左上に目をやると、
あ、赤ちゃんがーーーっ!!一匹産み落としたところで力尽きたなんて、お母さん、悲しすぎ。
なんだか圧倒される標本の数々。ワニの化石もすごいですね。
ここの化石は軟体部が保存されやすいと先にも書いたけれど、こんなベレムナイト標本、初めて見たわ。
アンモナイトと魚が重なった瞬間が永久スクリーンショットされてる!
驚きの連続。そしてこの博物館の一番の目玉はこのウミユリの群生標本だ。ユリというから植物なのかと思ったら、ウミユリはヒトデやウニなどと同じ棘皮生物だった。標本の真ん中あたりの高さのところに横向きに黒っぽいものが見えるが、これは流木で、5本の腕を持つウミユリの成体がこの流木につかまるように付着してゆらゆらと生きていた。この標本はウミユリ化石の標本としては世界最大で、なんと18×6mもある。クリーニングには18年もかかったという。
感動のガイドツアーが終わった。60ユーロの価値はあると感じたが、一人5ユーロの日曜ツアーも定期的にあるので、興味のある方は日曜を狙って行くのがおすすめ。
博物館のすぐ前(道路を渡った反対側)には化石収集体験のできる小さな石切場もある。でも、子供向けなので本格的にやってみたい場合は博物館から約2.5kmのところにある石切場、Schieferbruch Kromerが良いと教えてもらった。私も絶対行くつもり!