今回は1931年にライプツィヒで出版された古生物学の本、”Das Leben der Urwelt(原始時代の生き物)”を紹介しよう。アンティークショップの店内をなんとなく見ているとき、変色した布製のハードカバーに恐竜のイラストが描かれているのに惹かれて手に取った。著者はヴィルヘルム・ベルシェ(Wilhelm Bölsche)。専門家向けではなく一般書のようである。1931年といえば日本では昭和6年。その時代のドイツで読まれていた古生物学の本とはどんなものなのだろうか。

多少の変色とシミはあるものの、状態は悪くない

ページ数は全部で約350ページで一般向けにしてはかなりのボリュームだ。中表紙の隣に掲載された絵は海に覆われていたジュラ紀の南ドイツの想像図。プレシオサウルスとイクチオサウルスが魚を捕らえている。

目次はなく、地球の歴史が「現在の地球はほぼ探検され尽くされてしまったが、地下には地球の過去が刻まれており、次々と新事実が発見されている」という導入で始まる長い長い読み物だ。文中挿絵は141点と豊富でビジュアル的にもアピールする。(上のページにはウミユリとアンモナイトの挿絵)

著者ヴィルヘルム・ベルシェ(1861 – 1939)は自然科学を自ら専門的に学んだことはなかったが、作家として科学をポピュラーにするのに大いに貢献した人物のようだ。自然科学の読み物を数多くしたためただけでなく、ドイツの生涯学習機関Volkshochschuleの創始者でもあった。Volkshochschule(直訳すると「市民大学」)はある程度の規模の町には必ずあるカルチャーセンターのような機関で、手頃な受講料でいろいろなことが学べる。私もスペイン語を習ったりなど、よく利用しているのだけど、Volkshochschuleは今年、ちょうど創立100周年を迎えたらしい。その記念すべき年に創始者の著書に遭遇したということになる。ベルシェはドイツ古生物学会の発足時からのメンバーでもあり、古生物学には特に造詣が深かったらしい。古生物に関する本をたくさん書いている。この”Das Leben der Urwelt”はベルシェの晩年の作品なので、長年に渡って蓄積してきた彼の知識の集大成だったのかもしれない。

イクチオサウルスの頭蓋骨
ベルンハルト・ハウフ博士(Dr. Bernhard Hauff)。過去記事で紹介した南ドイツ、ホルツマーデンにある凄い化石博物館、Urweltmuseum Hauffの設立者だ。(過去記事はこちら
フランクフルト、ゼンケンベルク博物館所蔵のトラコドンのミイラ(左ページ)とメガロサウルスから逃げる草食恐竜イグアノドン(右ベージ)。ゼンケンベルク博物館に関する過去記事はこちら
20世紀前半のティラノサウルス・レックス想像図。ティラノサウルスの骨格標本はベルリン自然史博物館で見られる。関連過去記事はこちら

一般向けの本にしては随分と詳しく、読み物の体裁を取ってはいるがかなり学術的な内容である。相当な部数が発行されたようで、90年近くも前にこのような本を読む市民がたくさんいたということが驚きだ。いや、この時代は市民の知的好奇心が爆発していた時代だったから、人々はベルシェの書く科学読み物を貪り読んだのかもしれない。ベルシェは1904年から1999年までほぼ1世紀に渡ってドイツで刊行された一般向け科学雑誌「Kosmos」でもチャールズ・ダーウィンやエルンスト・ヘッケルの進化論を紹介している。

この本はフラクトゥール文字で書かれているので読むのは疲れるけど、挿絵や写真を眺めているだけでも楽しい。もっと挿絵をお見せしたいところだが、あまりに数が多くてどれを選んだらいいのかわからないのでこのくらいに、、、。