最近、古いドイツの資料の面白さに目覚めてしまった。もう誰も読まないような、下手をすると束ねて紙ゴミとして捨てられてしまいそうな本や新聞、雑誌、パンフレット、葉書。そうしたものをよく見ると過去のドイツが浮かび上がって来る。現在のドイツへと続いている過去のドイツ。私がドイツへやって来たのは1990年。それから今日までのドイツはごく小さな個人的範囲とはいえ経験して来たが、それ以前は日本にいたのでリアルには知らない。古い資料を通して覗く世界はこれまでこのブログで紹介して来た博物館の数々において見たものと繋がっていく。

そこで今回から観光スポットの情報に加え、マニアックなドイツの資料を少しづつ紹介していくことにする。最初に紹介する資料は、ドイツ民主共和国(DDR)で1978年に発行されたこのホテルガイドだ。

発行元は旧東ドイツの経済専門出版社、Verlag Die Wirtschaft。西ドイツ時代からボンに拠点を置き現在も続いているVerlag für die deutsche Wirtschaft社と名前が似ていて紛らわしいが、今はなきDDRの出版社だ。

ホテルガイドといっても社会主義国のホテルガイドである。馴染みのある日本や現在のドイツのガイドブックとはかなり違う雰囲気だ。ざらざらした発色の悪い紙でできていて、デザインもシンプル。

けっこう紙の黄ばみが強い

中を見てみよう。表紙裏にはホテルの設備を表すアイコンとその説明一覧表が載っている。ガイドブックのタイトルは「Hotelführer Deutsche Demokratische Republik(ドイツ民主共和国ホテルガイド)」とそのまんま。DDR時代、国民はどこでも好きなところへ旅行ができたわけではなかった。観光が可能だったのは国内とDDRと友好関係にあった他の社会主義国のみだった。

このホテルガイドは主にDDR国民のためのものだが、DDRに滞在する外国人旅行者も対象にしていたようで、前書きはドイツ語、ロシア語、ポーランド語、チェコ語、英語の5ヶ国語で書かれている。前書きによると、このガイドに掲載されるのはベッド数が10以上(エクストラベッド含む)の宿泊施設に限られていた。DDRでは1975年に1つ星から5つ星までの統一的なホテルカテゴリーが導入された。上の画像でわかるように、カテゴリーごとに宿泊費の幅も決まっていたらしい。5つ星ホテルのシングルルームで28〜42東ドイツマルク、ダブルルームだと45〜75東ドイツマルクか〜。高いのか安いのかよくわからない。そして、、、なになに?社会主義国および非社会主義国からの旅行客にはこれとは別の料金が適用される、と書いてある。つまり、国民と外国人とでホテルの宿泊費が異なっていたということ。

ページの下部には四角い囲み。他のいくつかのページにもこのような囲み部分があって、どうやら広告スペースらしい。極めてプレーンな広告だ。資本主義国と違って競争がないから凝った広告は必要なかったのだろう。つまり、これは広告というより、お知らせのようなもの?

何のお知らせだろう?と思ってよく見ると、”neue werbung(新しい広告)”という文字。「新しい広告」の広告、いや、お知らせ?。ちょっとよく意味がわからない。そしてそのすぐ下には Fachzeitschrift für Theorie und Praxis der sozialistische Werbung(社会主義的広告の理論と実践のための専門誌)と書いてある。ううむ、、、、。

次のページには、ベルリンPlänterwaldにあった遊園地の広告。かなりラフなイラストである。社会主義的広告の理論と実践に基づいた、というわけではないだろうが、、、。

さて、肝心のホテル情報。地域ごとにホテルがリスト化され、それぞれのホテルの住所、電話番号、Fax番号、星の数、部屋数/ベッド数、そして設備を表すアイコンが並んでいる。ざっと見た感じ、さすが首都ベルリンのホテルは星付きであればほぼ全室に電話が付いていたようだ。小さな町のホテルは星の数に関わらず個別電話の設置されていたところは少ない。シャワーまたはバスタブのないホテルも普通だったとみられる。でも、日本のホテルとは違って、ダンスフロアのあるホテルがちらほら。

私の住んでいるポツダム地域は3つの宿泊施設が掲載されていた。Hotel Potsdamというのはかつてのインターホテルで現在メルキュールホテルになっているところかな。ホテル内にインターショップ(外貨ショップ)もあったのだね。

裏表紙にはテレビ塔の写真。このホテルガイドの値段は2マルク80セント。内容は定期的にアップデイトされていたようだ。