若い頃に楽しんでいた都市型の旅から自然を楽しむ旅へと移行したのは、子どもが生まれたことがきっかけだったと思う。幼な子と大荷物を抱えて公共交通機関で町から町へと移動することが難しくなった。子どもは美術館や博物館にはすぐに飽きてしまうから、ゆっくり見られない。必然的に自然豊かな場所に滞在する旅が中心となった。

子どもが大きくなるまでの間だけのことと最初は思っていたけれど、気づいたらすっかり自然の美しさ、面白さに魅了されている自分がいる。子どもたちはすでに大人になったが、私と夫の自然を楽しむ旅は終わらない。特に近年は地形や石や化石、野生動物など、自然風景を構成するいろいろなものへ興味が増していて、風景を少しでも「読み解きたい」と思うようになった。

過去数年に訪れた場所についてはこのブログに記録している。それ以前の旅でも印象的な風景をたくさん目にしたけれど、以前は自然について知りたいという欲求が今ほど強くなかったので、「綺麗!」「すごいなあ」という感想だけで終わってしまうことが多かった。過去に訪れた場所についての解説を今になってから読むと、「そういうことだったんだ!」と改めて感動する。地球上に行ってみたい場所は数限りなくあるけれど、次々と新しい場所へ行くだけが旅の楽しみではないのかもしれない。これまでに見た印象深い場所について、一つ一つ調べて味わい直すのもいいんじゃないか?旅は「行ったら終わり」ではなく、その後の人生において繰り返し楽しめるものであって欲しい。

ということで、「過去旅風景リバイバル」シリーズを始めよう。まずは2013年の夏に家族で行った米国の風景から。ドイツからロサンゼルスへ飛び、レンタカーで3週間かけてカリフォルニア州、ネバダ州、アリゾナ州を回った。青春時代を米国で過ごした私にとって雄大な米国の自然を家族と一緒に味わうことは悲願だったので、とても大切な思い出となった。

印象に残った数多くの風景の中でまず最初に甦らせたいのは、カリフォルニア州にあるモノ湖の風景。

白っぽくゴツゴツした柱状の岩が広い湖の水面からニョキニョキと突き出している。この不思議な風景は、ヨセミテ国立公園の東側の外れにある。

私たちが行ったとき、真昼間にも関わらずモノ湖の周りに人影はほとんど見当たらず、ひっそりと静かだった。その静けさが、鏡のような湖面とそこに映る奇岩群がつくり出す景色を幻想的にしていた。これらの奇岩はトゥファ(Tufa tower)と呼ばれる。モノ湖の水はアルカリ性で大量の炭酸カルシウムが溶け込んでいる。モノ湖には周辺から地表水が流れ込むが、独立した水域なので水が外へ流出することはない。そのため、湖の塩分はしだいに濃縮されていく。炭酸カルシウムが飽和すると沈澱し、湖の底に堆積する。それが何十年、何百年という長い年月をかけて大きな岩に成長していく。水の中に形成されたトゥファが湖の水位が下がることで露出したのがこの景色なのだ。

浅瀬にハエが大量にいた。Alkali fly という名前のハエで、このハエを食べにモノ湖には野鳥がたくさんやって来る。モノ湖の「モノ」とはネイティブアメリカンの言葉で「ハエ」を意味するそうだ。

この日は晴天で、湖面は澄んだブルーだった。きっと、日の出や夕暮れ時には美しく染まり、より幻想的なんだろうなあ。モノ湖は1941年から1990年までロサンゼルス市の生活用水の水源として使われ、水量が著しく減ってしまったため、現在は保護されている。保護活動によって水位が上がればトゥファの一部は水面下に隠れ、モノ湖の景色も変わる。いつかモノ湖の景色からトゥファがすっかり姿を消す日が来るだろうか。そうなることが望ましいのだろうけれど、もしそうなったらちょっと残念な気も、、、。