過去旅風景リバイバル、米国編の5箇所目はアリゾナ州セドナ(Sedona)のすぐ南に広がるレッド・ロック州立公園(Red Rock State Park)。レッド・ロックという名の通り、赤い色をした岩山がそびえ立つ驚異的な景観の自然保護区だ。赤い岩が朝日や夕日を浴びて一層赤く染まる姿が神秘的だからか、パワースポットとしてとても人気があるようだ。セドナについて事前に調べ他とき、「ボルテックス」という言葉を含むサイトをたくさん目にした。私はパワースポットには興味がないのだけれど、レッド・ロック州立公園の風景は是非とも見たかったし、それ以外にも絶景の宝庫であるアリゾナ州を回る拠点としてセドナに滞在することにした。そしてここで、私たち家族は「ヘリコプターに乗って観光する」という初めての経験をすることになる。これが本当に素晴らしく、忘れられない思い出となった。
ヘリコプターに乗るなんて、そんなお金のかかるアクティビティをしようという発想はそれまでまったくなく、旅の計画の中には当然、含まれていなかった。それがなぜ乗ることになったのかというと、ドイツからアメリカへの移動に利用した航空会社のオーバーブッキングのおかげなのである。フランクフルト空港からいざ出発という段になって、出発ゲートにあるアナウンスが響き渡ったのである。
「オーバーブッキングのため、ご予約くださったすべてのお客様に搭乗していただくことができません。明日の便に変更しても構わないという方はいらっしゃいませんか?お客様お一人あたり600ユーロを差し上げます」
「え?変更したら一人600ユーロくれるの?ってことは、うちは4人だから、2400ユーロ?」
家族で顔を見合わせた。米国旅行をしようということになったとき、「アメリカは広いから移動に時間が取られる。1週間や2週間の日程では十分に見られないだろう」と思い、思い切って3週間の計画を立てていた。しかし、3週間もホテルに泊まるとなると、さすがに高くつく。それで、4人で一つの部屋に泊まり、1つのベッドに二人づつ寝て宿泊費を半分にするという節約モードの旅になるはずだった。
「3週間もあるんだから、1日くらい減ってもそんなに変わらないよね?」
「2400ユーロももらえるなら、旅行をグレードアップできるんじゃない?」
「2部屋に泊まれるよ」
「いや、それはもったいない!せっかくの臨時収入なんだから、普段ならできないことに使うべきだ」
数分のうちに決めないと、他の人に権利を取られてしまう!飛行機の変更を受け入れて旅程が1日短くなる代わりに普段できないことにお金を使おうというのでみんなの意見がまとまった。そして、1日遅れで出発した私たちは、航空会社から貰ったお金を「レッド・ロック州立公園の上をヘリコプターで飛ぶ」ことになったのだった。
このヘリコプターに乗って空から観光するのだ
助手席に座ったのは私。機体にドアはなく、シートベルトで体を固定するだけ。ドキドキ、、、。
ヘリコプターが上昇を始め、ドアのない機体から眼下に広がる景色を見下ろす感覚は、それまでにまったく体験したことがないものだった。気分は一気に高揚。怖いといえば怖いけれど、興奮がそれを上回る。層を成す赤い岩山、その間に広がる森林、雲の影。息を呑む美しさである。
セドナはコロラド高原の南西の端の断崖、Mogollon Rimに位置している。レッド•ロック州立公園に見られる特徴的な岩山はおよそ3億〜2億7000年前に古代の山から運ばれて来た砂が堆積して固まってできたもので、後に川による侵食を受けて現在のかたちになった。柔らかい地層ほど侵食されやすいので、硬い部分が残った独特のかたちになる。岩が赤い色をしているのは、堆積した砂が鉄分に富む地下水に浸されることで、白い石英の砂粒一つ一つが酸化鉄の薄いレイヤーに覆われているからだ。
ところどころに、帯のような白い層が見える。白い部分の層は砂の粒が他の部分よりも大きく、粒子同士の間の隙間が大きいので水が素早く流れ、鉄分の赤い色がつかなかったそうだ。
手前の山は鐘の形をしたベル・ロック(Bell Rock)。その右後ろに見えるのはコートハウス・ビュート(Courthouse Butte)。上の硬い地層が残って台地になった地形は、その形状によってメサ(Mesa)とかビュート(Butte)と呼ばれる。メサとビュートの厳密な違いはよくわからないが、上部が細く孤立丘になっているものがビュートと呼ばれるらしい。ベル・ロックやコートハウス・ビュートの色はひときわ鮮やかだった。このオレンジががった色の岩はSchnebly Hill Formationと呼ばれる岩で、およそ2億8000年前に形成された。その頃、セドナ一帯は海岸の砂丘だった。ベル・ロックの裾広がりの下部は丸みを帯びた階段状になっている。
ヘリコプターはベル・ロックの周りを旋回した。カーブを描くときには機体が大きく傾く。もちろん、自分の体も一緒に傾くので落ちそうな感覚になる。でも、高いところというのは中途半端に高い方がむしろ怖くて、一定以上の高さになるとそれほど怖くない気がする。現実味が薄れるからだろうか。
レッド・ロック州立公園というくらいなので、圧倒的な迫力で視界に入って来るのは主に赤い砂岩だけれど、ベル・ロックよりも高い山の上の方は白っぽい色をしている。Schnebly Hill Formationの上に乗っかっているのはココニノ砂岩(Coconino Sandostone)。ココニノ砂岩が形成された2億7500万年前にはセドナの南東にあった海が後退し、一帯は内陸の砂丘になっていた。Schnebly Hill Formationよりも砂の粒が大きく均等で、酸化鉄の色がつかなかった。
それにしても、ダイナミックな景色の中をヘリコプターで飛び回るというのは、想像以上に感動的な体験だった。同じ空から眺めるのでも、飛行機の窓から見るのとはまただいぶ違い、もっと鳥のような感覚だと言えるかな。
さて、レッド・ロック州立公園はもちろん、歩いて回ることもできる。公園内にはたくさんのハイキングコース(トレイル)が整備されている。
ベル・ロックからコートハウス・ビュートを背景に撮った写真
Devil’s bridge
カセドラル・ロック(Cathedral Rock)
Oak Creek Canyon
写真はたくさん残っているけれど、公園にはとてもたくさんのトレイルやビューポイントがあるので、どの地点で撮ったのかどうしても思い出せないものもたくさんある。この記事をまとめるためにガイドブックやいろんなサイトを見たが、「こんな場所もあったのか。見ればよかった!」と何度も悔しい気持ちになった。広大な自然保護区のすべてを見ることはもちろん不可能だけれど、、、。家族で行けて本当によかったなあ。
参考図書: Wayne Rainey “Sedona Through Time. A Guide to Sedona’s Geology” (2010)