巨大産業建築って、理由はよくわからないけれど惹かれるものがあるよなあ。視界に入ってくると、「うわあ、なんだあれは?」とまず驚く。それが何なのかを知ると、なぜそれがそこにあるのか、いつできたのか、どういう仕組みのものなのか、と次々と疑問が湧いてくる。
ようやく春になって、出かけるのが楽しい季節だ。ザクセン=アンハルト州バート・デュレンベルク(Bad Dürrenberg)にあるGradierwerk(グラディアヴェルク)を見に行って来た。グラディアヴェルクとは、塩水を蒸発させて塩を濃縮するための施設で、日本語では一般的に 「塩水濃縮施設」 や 「塩水噴霧施設」 と訳されることが多いようだ。ドイツにはいくつかの歴史的なグラディアヴェルクが残っているが、その中でも バート・デュレンベルクのものは特に有名で、ドイツ最長の規模を誇る。

これがドイツ最長のグラディアヴェルクだ!
全長およそ 636メートル。もともとは5つのグラディアヴェルクが一続きになっていて全長1821mあったのが、一部は失われてしまった。それでも一枚の写真にはとうてい収まらない大きさ。1739年 – 1765年にかけて建設されたこのグラディアヴェルク、今でも町のランドマークだけれど、全盛期には圧倒的な存在感だっただろうなあ。

近づくと、確かに塩の匂いがする。
グラディアヴェルクを作った製塩は以下の手順で行われる。
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天然の塩水(Sole)が地下からポンプでくみ上げられる。
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くみ上げた塩水をスモモの一種であるスピノサスモモ(Schlehdorn)の枝が組まれた壁に上から散布する。
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塩水が枝を通る間に自然に蒸発し、塩の濃度が高まる。
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塩水の霧が空気中に広がる。
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塩分が濃縮された水を採取し、塩として加工する。

この巨大な壁を塩水が滴り降りて来る。

足場が組まれていて、壁伝いに歩くことができる。

枝を組んだ壁に付着しているのは、塩水に含まれていた石灰(カルシウム)、石膏(硫酸カルシウム)、鉄鉱物などの溶けにくい不要な成分。
これまでにシチリア島トラパニ、ドイツのリューネブルクやハレなど製塩業の発達した場所をいくつか見てきたが、同じ塩作りでもいろんな方法がある。シチリア島では海岸に作った塩田に海水を引き入れ、太陽の熱で塩水を濃縮する天日採塩の方法が取られていた。
これに対してドイツでは、塩水ではなく岩塩を使った製塩が行われる。現在のヨーロッパ大陸北部は約2億5000万年前には「ツェヒシュタイン海(Zechsteinmeer)」と呼ばれる広大な浅い海に覆われていた。乾燥した気候のもとで海の水が繰り返し蒸発し、濃縮された塩分が海底に塩化ナトリウム(NaCl)として析出し、岩塩ができた。そのプロセスは数百万年にわたって繰り返されたので、ドイツの地下には厚い岩塩層が堆積しているのだ。

ツェヒシュタイン海でできた岩塩の堆積範囲
岩塩層に地下水が浸透すると、岩から塩が地下水に溶け出して天然の塩水(Sole)ができる。これを汲み上げて濃縮することで塩が得られるのだ。
ドイツ国内にはドイツ塩街道という観光ルートがあるほど多くの製塩都市がある。でも、それらの場所すべてにグラディアヴェルクがあるわけではない。これまでに行ったことのあるリューネブルクでもハレでも、グラディアヴェルクは使われていなかった。これはなぜなんだろう?
それは岩塩層の深さに関係しているらしい。リューネブルクやハレでは、岩塩層は地下約250~300mと比較的浅いところにある。高濃度の塩水が得られるので、それを直接煮詰めて塩を取り出すことができる(煮沸製塩法、)。これに対し、バート・デュレンベルクの岩塩層はもっと深いところにあって地下水が浸透しにくく(この辺りのメカニズムは複雑でよく理解できないが)、塩水の濃度が低い。だから、組み上げた塩水をいったんグラディアヴェルクを通して濃縮してから煮詰める必要があるのだそう。

岩塩の塊
最初は塩の生産の目的のみに使われていたグラディアヴェルクだが、19世紀になると、塩水(Sole)の霧を吸い込むことで喘息・気管支炎・アレルギーなどの呼吸器系の疾患に効果があることが注目され、療養施設としても活用されるようになった。バート・デュレンベルクのグラディアヴェルクの横には療養のための公園「クアパーク」が広がっていて、現在も利用されている。グラディアヴェルクのそばを歩くだけで塩分を含んだミストを吸い込むことができ、健康に良いと人気らしい。

クアパークには塩をモチーフにした子どもの遊び場もある。

クアパークにあるクア施設。マッサージなどの施術が受けられるようだ。

泉の水をちょっと舐めてみたら、思った通りしょっぱかった。

クアパークの横を流れるザーレ川。バート・デュレンベルクとハレはどちらもサーレ川沿いの塩ルート(Salzhandel an der Saale)上にある。作られた塩は川を使って運ばれた。

旧塩務局(Altes Salzamt)。現在はホテルになっている。

塩水を汲み上げるための塔、Borlachturm。当時のザクセン選帝侯領の塩産業の発展を担った技術者で、バート・デュレンベルクの製塩業を近代化しJohann Gottfried Borlach(ヨハン・ゴットフリート・ボルラッハ)(1687-1768年)によって設計・建設された。
現在、中はミュージアムになっている。
私が行った日は定休日で閉まっていたけれど、クアパークの中にはカフェやレストラン、植物園、体験コーナーなどいろいろあって、お出かけにぴったりの場所だなと思った。
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