投稿

ハレにある州立先史博物館 (Landesmuseum für Vorgeschichte)へようやく行って来た。ここへはかねてからどうしても行きたいと思っていたのだ。ネブラ・ディスク (Himmelsscheibe von Nebra)を見るために。

ネブラ・ディスクとは、1999年にドイツ、ザクセン・アンハルト州ネブラで発見された世界最古の天文盤である。2017年3月にネブラの出土地及びビジターセンターを訪れたが、ビジターセンターに展示されていたネブラ・ディスクはレプリカだった。オリジナルはハレの州立先史博物館にあると知り、いつか見に行きたいと思っていたのだ。

ネブラ・ディスクに関する記事はこちら。↓

世界最古の天文盤、ネブラ・ディスクの出土地を訪れる

これが州立先史博物館。いい味を醸し出している。きっと良い博物館に違いない!入館料は大人5ユーロと割安。しかも、ハレの博物館は1箇所で入館料を払うと他の10の博物館には半額で入れるとのことである。なんとお得な!

この先史博物館には、ドイツ中央部で発掘された旧石器時代からローマ帝国時代までの出土品が展示されている。ネブラ・ディスクが見たいということしか頭になかったのだが、展示を見て初めてザクセン・アンハルト州が考古学的重要度の非常に高い地域であるらしいことに気づいた。

これはチューリンゲン州Bilzingslebenで発掘された約37万年前のホモ・エレクトスの集落跡の一部。ホモ・エレクトスの集落跡は欧州全体で他に6つしかない。

ホモ・エレクトスが動物の骨を加工して作った道具。

ホモ・エレクトスが火を使っていたことがわかる木炭。

サイの下顎。すごい!

これまた状態の良いアナグマの足の指の骨。

 

こちらは石器を一列に展示した壁。

石器は考古学・先史博物館ならどこでも展示されていて、なんとなくどれも似たように見えていたのだけれど、よく見ると実に様々なタイプがあるものだ。出土地によって石の種類が違うのはもちろん、カットも様々である。

 

美しいハンドアックス

これなんか持ちやすそう

スマートなデザインがおしゃれ

詳しい説明はなかったが、石器の種類について知りたくなった。

 

新石器時代にはドイツ中央部では線帯文土器文化が発達した。模様だけでなく、色といい形といい、なかなか素敵である。

ブランデンブルク門っぽい模様

下が丸いタイプはどのように使ったのだろう?

 

考古学系の博物館では埋葬文化の展示がつきものだが、この州立先史博物館では埋葬文化にかなりのウェイトが置かれている。

これはWesterhausenで発掘された球状アンフォラ文化時代のお墓。左の四角い囲みは個人の墓で右側に埋まっているのは数頭の牛。

新石器時代初期のヨーロッパでは膝を曲げた形で死者を埋葬するのが一般的だった。地域によって遺体を埋める方向が異なっていた。中央ドイツでは性別に関係なく、頭を南、顔を東に向けて埋葬した。その他の地域では男女で反対向き、または体の反対の側を下にして埋めたらしい。

ここからかなり衝撃的な話になるのだが、2005年、ナウムブルク近郊のオイラウ(Eulau)で約4600年前の墓地が発見された。それぞれの墓には家族が数人ずつ一緒に埋葬されていた。死者ほぼ全ての頭蓋骨に重度の損傷が見られることから、集団殺戮の犠牲となったと考えられている

両親と子供達の墓

このように埋葬されたと見なされる

こちらの墓では3人の子供のうち、一人は母親に抱かれるように埋葬され、後の二人には母は背を向けている。DNA鑑別の結果、二人の子どもは母親と血の繋がりがないことが判明した。つまり、女性は彼らにとって継母なのであった。

 

次は石器時代の部屋へ。

芸術的な燧石のダガー

 

さあさあ、青銅器時代といえば、ネブラ・ディスクである。ついにネブラ・ディスクの本物にお目にかかるときがやって来た。

この入口の向こうがネブラ・ディスクの展示室である。

じゃーん!

と言いたいところだが、残念ながら写真撮影は禁止だった。でも、部屋の中は私一人だけで、ガラス越しに見るディスクの美しさにとても感動した。わざわざ来た甲斐があったなあ、としみじみ。

この博物館も私のお気に入り博物館に追加しよう。考古学がますます魅力的に感じられてしょうがない。

 

 

 

ある秋の日曜、私と夫はザクセン・アンハルト州の小さな町、ネブラを訪れることにした。世界最古の天文盤とされる「ネブラ・ディスク(die Himmelsscheibe von Nebra)」が出土された場所を見るためだ。

 

(Flickr/Patrik Tschudin)

 

ネブラ・ディスク、それは1999年に発見された天文盤だ。紀元前1600年頃の青銅器時代の遺物とされ、現在はユネスコ記憶遺産に登録されている。青銅製の円板の上に太陽と三日月、そして32個の星を表す金のインレーが嵌め込まれている。

 

この天文盤はミッテルベルク・プラトーという丘陵地にあるネブラに埋まっていた。

 

ネブラに到着した私たちは駐車場に車を止め、ビジターセンターとおぼしき建物へ向かった。

 

ビジターセンター(Arche Nebra)

 

ビジターセンターに入り、「出土地はどこですか」と尋ねると、係員の女性は「ここから約3km、丘を上がったところですよ」と教えてくれた。

 

丘を3kmも登るのか、、、、。

 

窓から見える丘の向こうが出土地

 

「シャトルバスもあります。あと10分で出発しますが、先に出土地を見ますか?それともプラネタリウムを見ますか?」

なんだ、バスがあるんじゃないの。よかった。もうじき出発だと言うので、ビジターセンターを見るのは後回しにして、バスで出土地に行くことにした。間もなくやって来たのは、バスというよりもワゴン車。中年の女性とその息子と思われる小学生男子が乗っていた。

「帰りは好きなときに歩いて戻ってくださいね。下り坂だから、大丈夫ですよね?」
シャトルバスと言いながら、片道であった。

森の中を抜け、あっという間に到着した原っぱにそのスポットはあった。

 

この丸いフェンスで囲まれたところから天文盤が発掘された

 

 

ディスクが掘り出された中央部には現在、このようなステンレス製の円板が埋め込まれている。空を映すこの鏡は「天空の目(Himmelsauge)」と呼ばれるそうだ。

ネブラ・ディスクの発見ストーリーは謎めいている。この天文盤は考古学者らにより発掘されたのではなく、盗掘品であった。違法な取引きによって人の手から手へと渡った後、2002年、正式に保護された。青銅器時代、この地に住んでいたウーネチツェ人が天体を観察するために使っていたとされる。しかし、肝心の天文盤はここにはなく、近郊の都市、ハレの先史博物館にある。丘の下のビジターセンターではそのレプリカが見られるだけである。

 

 

すぐそばには見晴らし台が建っている。

 

見晴らし台からの眺め

 

そして、この見晴らし台は日時計でもあるのだ。

 

 

地面に引かれたラインはブロッケン山という高い山の方角を示していて、夏至にはちょうどこの方角に太陽が沈む。人里離れた静かなこの地で青銅器時代の人たちがディスクを見ながら天体の動きを観測していたのだなあと想像すると、なんともロマンチックである。

 

さて、出土地を確認した私たちは満足し、3kmの道のりを下った。シャトルバスの運転手さんが言うように、下り坂なのですぐに降りてしまった。ビジターセンターではネブラ・ディスクについての展示やプラネタリウムを見ることができる。(ちなみに、プラネタリウムでは結婚式も挙げられるそうだ)

 

 

駐車場前にはこんなレストランがあり、なかなか雰囲気良し。

 

 

アプフェルシュトルーデルというリンゴのパイを頼んだら、ネブラ・ディスク風の盛り付けになっていて、でも、雑で可笑しかった。