ここのところ連続でドイツの古い生活文化をテーマに記事を投稿しているが、前回および前々回は1900年前後のベルリンの市民生活が見られる博物館を紹介した。1900年前後のベルリンはプロイセン王、ヴィルヘルム二世を皇帝に戴く「ドイツ帝国」の中心地として急激な発展の最中にあった。ドイツ帝国時代、ドイツ語では「カイザーツァイト(Kaiserzeit)」と表現されることの多いこの時代はどんな時代だったのだろうか。こんな資料があった。

Gerd Richter著「Die gute alte Zeit im Bild(絵に見る古き良き時代)」。副題は Alltag im Kaiserreich 1871-1914 in Bildern und Zeugnissen (絵と証拠資料に見るドイツ帝国の日常)となっている。大手出版社、Bertelsmann出版から1974年に発行されている。中を開くと、古い絵や写真、広告が満載で、文章を読まずとも当時の雰囲気が伝わってくる楽しい本だ。

「古き良き時代」とノスタルジーを持って振り返られるカイザーツァイト。この頃はまだ今ほど個人主義が確立されておらず、社会単位として家族が重視されていた。多くは大家族で、メンバーにとってのセーフティネットの役割を果たしていた。しかし、家長である父親の権威が強く、女性や子どもの権利に対する意識は高くなかっただろう。上の画像の左ページ下には父親が小学生くらいの男の子に体罰を与えようとする様子が描かれている。それを止めようとしているのは妻だろうか。

市民層が拡大していたこの時代、裕福な家では使用人を雇うことが珍しくなかった。使用人の中では乳母が最も給与が高かったようだ。1897年の女中(いわゆる”Mädchen für alles”)の年間の給料は45〜80プロイセン・ターラー、子守りはそれよりも少ない35〜60ターラー、料理人は専門職だからもっと高くて60〜100ターラーというのが相場だったのに対し、乳母は80〜120ターラーとダントツだ。授乳による体型の崩れを気にする奥様たちの間で健康な乳母は引っ張りだこだっただろうか。右側ページの真ん中の写真に写っている乳母たちは特徴的な白い被り物をしている。彼女たちはソルブ人である。ベルリン近郊のシュプレーヴァルト地域は古くからソルブ人の居住地でソルブ人の多くの女性はベルリンで乳母として働いていたようである。右ページ下の写真はハンブルクの女中専門学校で調理を学ぶ若い女性たち。

ベルリンの商人の邸宅内部。天井からは豪華なシャンデリアが下がり、装飾性の高い家具の上に所狭しと並べられた置物類。裕福な生活ぶりが伝わって来るが、今の感覚からするとゴテゴテとして悪趣味といえないこともない。ゴシック、バロック、ルネッサンス様式など、過去のスタイルの同時リバイバルで統一感が見られない。この後、ドイツではユーゲントシュティールやノイエ・ザッハリヒカイトという、よりシンプルで実用的な美へと向かっていくことになるが、、、。

ファッションもその時々の社会の価値観を反映するので興味深い。この時代の女性の服装は凝っているが、くびれたウェストを作るためのコルセットがマストだった。今の時代にも窮屈な補正下着はあるけれど、着用は義務ではないからよかった。あ、でも日本ではついこないだ、職場でのハイヒール着用強制に関する論争があったのだったな。ところで、ドイツのこの時代の衣装はベルリンの工芸博物館やマイエンブルクのモード博物館、アウグスブルクの州立織物産業博物館などで実物を見ることができる。

産業革命により資本主義経済が急激に発達したカイザーツァイトには労働者のための社会福祉制度の整備が急務となった。左ページ上の写真はベルリンの企業の社員寮で寛ぐ女性労働者たち。下の写真には1900年頃の孤児院での食事風景が見られる。右ページは幼稚園。この頃の多くの幼稚園はまだ子どもを預かる場所でしかなく、教育の場という概念は希薄だった。初めて幼児教育という観点に基づいて幼稚園を設立したのはフリードリッヒ・フレーベルである。

体操という概念が生まれたのもこの頃だ。国民運動を主導した教育者で「体操の父」として後世に名を残したフリードリッヒ・ルートヴィッヒ・ヤーンがベルリンに初の運動場を建設し、体操クラブを結成すると、体操ムーブメントは瞬く間に全国に広まり、学校教育の中にも体育という科目として確立されていく。

経済的なゆとりを得た市民は余暇を楽しみ、大都市に作られた動物園は行楽客で賑わった。自動車も普及し始め、旅行も盛んになる。さぞ絵葉書が売れたことだろう。でも、海外旅行はまだお金持ちの間でもよほど特別な機会でもない限り現実的ではなかったようだ。

ドイツ人は一般に自然の中で活動することをとても好むが、この頃から若者たちは能動的に野外活動に取り組んでいたようである。1900年前後にベルリンのギムナジウム(大学への進学を前提とした学校)で野外活動サークル「ワンダーフォーゲル(Wandervogel)」が結成され、ムーブメントとして広がっていく。ワンダーフォゲルって日本にもあったよね。最近は耳にしなくなったが。

ざーっと見ていったが、この本、200ページ以上あって、この時代のドイツ社会の様々な側面をわかりやすく紹介していてかなり面白い。