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35年かけて集めた素晴らしい石のコレクション。Manderscheidのブライベート鉱物博物館、Die Steinkiste
前回の記事ではアイフェル地方南部のマンダーシャイトにあるマール博物館について書いた。マール博物館を見終わって外に出ようとしたとき、出入り口に小さいポスターが貼られているのに気づいた。
Geologischemuseum Die Steinkiste (地学博物館 石の箱)
と書いてあり、綺麗な鉱物の写真が載っていた。気になる!
マンダーシャイトの旧市街にある博物館だということがわかった。入場無料とある。しかし、ポスターに印刷されている開館時間を見ると、その日はあいにく休館日。うわー、残念。せめて外から中を覗くだけでも、、、と思い、歩いて行ってみた。その博物館はマルクト広場(住所はMarkt 1)にあった。
あった。しかも開いている!!
こじんまりとした博物館である。中に足を踏み入れる前に、まずはウィンドーに飾っている石に目をやった。
綺麗な瑪瑙!石コレクター、山田英春氏の著書「奇妙で美しい石の世界」を読んで以来、私は瑪瑙の美しさに取り憑かれてしまっている。瑪瑙を中心とした石英質の石の断面の模様に関する本で、鉱物学の本というよりは美学の観点から書かれたエッセイなのだが、紹介されている石が本当に素晴らしく、読み物としてもとても面白い。この本に載っている瑪瑙の断面写真を眺めるだけでうっとりとするが、マンダーシャイトのこの小さな博物館のウィンドーでこうしてお目にかかれるとは!
これも素敵〜。
正式な開館時間外のはずなので中に入っていいものかどうか戸惑っていたら、入り口付近に座っていた男性から「中を見たいのですか?どうぞお入りなさい」と声をかけられた。この博物館のオーナー、Hans Stölben氏だ。
「ここにある石は私が35年かけて集めたものですよ。ゆっくり見て行って。質問があれば遠慮なくどうぞ」
2部屋に分かれたフロアには80代半ばと思われるStölben氏が世界のあらゆる産地から収集した鉱物標本が展示されていた。
わあ〜〜。
展示されている標本は全部で約1500個。どれもじっくり味わいたいものばかり。
瑪瑙のディスプレイの一部。他にもたくさんの瑪瑙が産地ごとに展示されていた。
これが見られただけでも幸せなのに、「奇妙で美しい石の世界」に出て来て見てみたいと思っていた種類の石、ほとんどを見ることができた。
たとえばセプタリア(亀甲石)とか。巨大!
Stölben氏の奥様は芸術家だそうで、奥のフロアにはまるで絵画のような自然の造形美のギャラリーが設けられている。
こ、これは!フィレンツェ近郊で採れるという風景の石、パエジナ・ストーンでは!?
こんな見事なデンドライトがあるんだねー。
デンドライトといえば、私もゾルンホーフェンでこんなのを見つけたんだった。比べ物にならないけどね。(ゾルンホーフェンのレポートはこちら)
珍しく美しい石を見ながら心の中でキャーキャー言っていると、Stölben氏が「石に興味があるようだね」と言って、標本棚のガラス戸を開け、中からいろいろな石を取り出して見せてくださった。Stölben氏が特に気に入っているものについて、一つ一つ説明して頂いた。それがとても興味深く、感激した。
角度を変えると不思議な模様が浮かび上がる「虹色の黒曜石(レインボー・オブシディアン)」。
これは恐竜の糞が化石化したものだそう。
他にもいろんな石について説明を聞くことができた。この鉱物博物館、公式なウェブサイトはないので、事前のネットサーチでは引っかからなかった。思いがけず素晴らしい博物館を発見して嬉しい限りである。マンダーシャイトへ行かれる方は、マール博物館とこの鉱物博物館、Die Steinkisteを是非セットでお楽しみください。
火山アイフェル・ジオパーク その2 マール湖跡からも化石がザクザク。Manderscheidのマール博物館
前回の記事では火山アイフェル・ジオパークにあるマール湖群を写真と動画で紹介した。アイフェルはマール湖を中心に美しい自然が広がっているが、博物館も充実している。今回の旅行はジオ旅行ということで、数ある博物館のうち、地学関係の博物館をいくつか見て来た。
最近とみに感じるのは、自然の中で休暇を過ごす際には地元の自然史博物館や地学系博物館でその地域の特徴を大まかに捉えてから自然の中を散策すると、より楽しめるということ。もちろん、何も予備知識がなくても自然の美しさに感動したり、心地よさを感じたりできるけれど、絶景があるというわけではない場所だと単調に見えて「何もないただの田舎」と感じることがよくあった。でも、どこの地域にもその地域ならではの特徴がある。そしてジオパークに指定されているような地域ならなおさらだ。あらかじめ多少なりとも知っておけば、実際に歩いてみたときに「ああ、なるほど」と思えるものが見つかってより面白い。あるいは逆に、先にフィールドで過ごしてから博物館へ行くと、「あ、これはあそこで見たものでは?」と博物館をより楽しめる。フィールドと博物館を行ったり来たりするとさらに良いだろうな。
今回は火山アイフェル地方南部のマンダーシャイト (Manderscheid)にあるマール博物館(Maarmuseum)を紹介しよう。
マール博物館はその名の通り、マール湖に関する博物館だ。マンダーシャイトから数キロ離れたところにはエックフェルダー・マール(Eckfelder Maar)というマールがある。前回の記事でアイフェルのいろいろなマールを紹介したが、エックフェルダー・マールはそこに含まれていない。というのも、このマールは25万年前に陸地化したTrockenmaar(乾いたマール)で、現在、その跡形を一般人が確認するのは難しいのだ。後で詳しく説明するが、エックフェルダー・マールは古生物学において極めて重要な場所であることがわかった。
メインの展示室。マール湖についての一般的な説明の他、世界のマール湖が紹介されている。マールの成り立ちについては前の記事でも触れたが、図解の方がわかりやすいと思うので、ドイツ語だけれど、マール博物館にあった火山円錐丘とマールの違いについての画像を貼っておこう。
右の図が示すように、マール湖はマグマ溜りから上昇したマグマが水と接触することで水蒸気爆発が起き、周囲の岩石が吹き飛ばされて開いた穴に水が溜まったもの。マール湖の周辺や湖面の植物が枯れると、湖に沈み、底に堆積して行く。だから、マール湖はいつかは水がなくなり陸地になる。陸地下のスピードはマールの大きさやかたち、水質や植生、気候などの条件により様々である。もちろん、人為的な要素も関係する。
現在残っているマール湖は、貧栄養湖(ヴァインフェルダー・マール)、中栄養湖(プルファー・マール、ゲミュンデナー・マール)、富栄養湖(ウルメナー・マール、ホルツマール)、過栄養湖(イメラーター・マール)といろいろだ。そういえばヴァインフェルダー・マールの水はものすごく透き通っていたが(前の記事の画像を見てね)、なるほど貧栄養で藻も発生しないということなんだね。
さて、ここからが本題!
マール博物館からほど近いエックフェルダー・マールは約4430万年前に形成された最古のマールで、とうの昔に陸地化しているが、その地下にはおびただしい数の始新世の化石が埋まっているのだ。エックフェルダー・マールがマール湖だった当時、周辺の地面は傾斜が激しく、陸生生物の棲息できる範囲が狭かった。傾斜が激しいので、生物の死骸を含んだ周辺の土壌がだんだん湖の内側にずり落ちて水の底に沈んで行った。湖の水というのは表面に近い層は温かくて深い層は冷たいものだけれど、ある一定の深さのところに急に冷たくなる層がある(水温躍層)。この層の上部には藻などの水生植物が発生するが、水温躍層の下は酸素が乏しく、生物の死骸が分解されずに化石化した。以前、こちらの記事に書いたメッセル・ピットと同様である。エックフェルダー・マールからはこれまでに約3万個の化石が見つかっている。
その中で最も有名なのは「エックフェルトの古代ウマ (Eckfelder Urpferdchen)」である。
ここでもまたまた凄い化石に遭遇してしまった。恐るべしドイツの地下世界。この古代ウマ(プロパレオテリウム 、Propaleotherium voigti)は、ほぼ全骨格が残っていただけでなく、普通は残りにくい軟組織の一部、胃の内容物、そして胎児までが保存されている。馬といっても結構小柄で、肩の高さは約50cm、短足で首も鼻も短く、むしろ犬のような体型だそう。
この古代ウマの他にエックフェルダー・マールの地下からは約7700種類の植物化石、5500種類の昆虫化石、そして魚、爬虫類、両生類、さらには猿などの哺乳類の化石も見つかっており、それらはこのマール博物館とマインツの自然史博物館に保管されている。(マインツにも行かなくちゃ!!)
こちらは4500万年前のカメの甲羅の化石。エックフェルダー・マールからはこういう完全な甲羅の化石が10体も出て来た。凄いね〜。
こちらはワニ (Alligator Diplocynodon sp.)。ワニは中生代三畳紀に出現して以来、今に至るまであまり変化していない「生きた化石」で、進化の成功例と言えるそうだ。エックフェルダー・マールには少なくとも3種類のワニが棲息していたことがわかっている。
1996年、ラインラントプファルツ州政府とポツダムの地質学研究所(GeoForschungsZentrum Potsdam)が共同で調査のためのボーリングを実施し、エックフェルダー・マールが実際にマール湖だったことが学術的に確認された。マールの地下にある厚いオイルシェールの層は8万2000年もの年月をかけて堆積されたもので、その中に保存されている花粉から過去の植生とその変化を知ることができる。また、オイルシェールは一年毎に層になっているので、一つ一つの層の厚さを見れば太陽活動の変化が地球環境に及ぼした影響がわかるという。今日と同様、4400万年前にも黒点活動サイクル(11年周期)や磁場の反転サイクル(22年周期)が気候に影響を与えていたことが確認された。(詳しい情報はこちら)
マール博物館はそれほど大きな博物館ではないけれど、展示を丁寧に読むとかなりの情報量。火山アイフェルには面白い博物館がまだまだたくさんある。続きは次回に。
火山アイフェル・ジオパーク その1 「アイフェルの目」と呼ばれる美しいマール湖群
アイフェル地方へ行って来た。今回から数回に渡って書く記事は「まにあっくドイツ観光火山編」である。ドイツと聞いて火山を思い浮かべる人は少ないかもしれないが、ドイツにも火山はあるのだ。ノルトライン=ヴェストファーレン州南西部からラインラント=プファルツ州北西部に広がる山地、アイフェル地方には「ドイツ火山街道」という全長約280kmに及ぶ観光ルートがある。夏の最後の旅行として、火山街道のおよそ西半分に当たるUNESCOグローバルジオパーク、火山アイフェル(Vulkaneifel)に4泊滞在した。
火山アイフェルで是非とも見たかったのはこの地方に点在するマール湖だ。マールとは火山地形の一つで、上昇マグマが地下水と接触して水蒸気爆発を起こし、周囲の岩石を吹き飛ばすことでできた漏斗状の空洞である。この空洞に水が溜まると湖ができる。まん丸な湖を縁取るように森が広がっているので「アイフェルの目」と呼ばれることも多い。観光ポスターなどで目にして、その神秘的な美しさに憧れていたのだ。
アイフェル地方には75ほどのマール湖があるとされるが、その大部分は干上がっていて、現在、常に水に満たされているマール湖は10ほど。そのうちのダウナー・マーレ (Dauner Maare)と呼ばれるマール群は、ダウン市周辺に数キロメートルづつ離れて存在する。今回、私たちはダウンのマール群の一つ、シャルケンメーレナー・マール(Schalkenmehrener Maar)のほとりにある村、シャルケンメール村を拠点に動くことにした。目標はできるだけたくさんのマール湖を見ること。
では早速、マール湖はしごツアーに出発!
まずはシャルケンメーレナー・マール。湖の向こう側に見えるのがシャルケンメーレン村。アイフェル地方は世界的にも有名(らしい)なスレートの産地なので、この地方のほとんどの建物の屋根はスレート葺きである。シルバーグレーのスレートは真っ白な壁に映え、すっきりと美しい。
反対側から見たところ。湖面がレンズのようで綺麗。ダウンのマール群はおよそ2〜3万年前、最後の氷河期に形成された。湖の向こう側、右上のあたりに円形の平らなスペースが見える。実はシャルケンメーレナー・マールは双子のマールで、片方は干上がり、もう片方のみに水が残っているのでこのような地形になっている。
次はお隣のヴァインフェルダー・マール (Weinfelder Maar)へ。
丘がはっきりわかるね。
マール湖の水はとても透き通っている。私の住むブランデンブルク州には氷河湖が数え切れないほどあり、そのほとんどで泳げるが、アイフェルのマールはとても深く水も冷たいので、泳げるのは特定の場所に限定されている。ちなみにこのヴァインフェルダー・マールの中心部の深さはなんと51メートルもある。
ダウン周辺の3つ目のマールはグミュンデナー・マール (Gmündener Maar)。山の上にある塔、ドロンケ塔(Dronketurm)から見下ろすことができる。
ドロンケ塔
向こうのところどころに見える盛り上がりは火山。これまで持っていた火山のイメージとはだいぶ違うけれど、、、。
ドロンけ塔の側には「マールブランコ」なるものがあり、グミュンデナー・マールを見下ろしながらブランコが漕げる。もちろん、乗ったよ。
さて、ダウンから南下し、次はギレンフェルト(Gillenfeld)のマール群に属するプルファー・マール (Pulvermaar)へ 。
このマールの側のキャンプ場で地質学者による岩石講座をやっていたので参加した。それについては別の記事で書くことにするが、岩石だけでなくマールの成り立ちについても講義してもらい、とても面白かった。日本語版ウィキペディアのマールのページにはマールは「通常は1回だけの噴火で形成され(単成火山)」と書いてあるのだけど、地元の学者先生によるとアイフェルのマールは短期間に30〜40回の爆発を繰り返しながら形成されたそうだ。
お次はマンダーシャイト(Manderscheid)市近くにあるメルフェルダー・マール (Meerfelder Maar)。
日没にさしかかっていたので、こんな写真が撮れた。このマールができたのは約8万年前。周辺に遊歩道があり、泳げる場所もある。
メルフェルダー・マールとは対照的に最も最近形成されたのはウルメン(Ulmen)市にあるウルメナー・マール (Ulmener Maar)。形成時期は約1万900年前。地質学的な時間スケールで考えるとごく最近生まれたマール湖ってことになるかな。
このマールはそれほどまん丸ではないので、見た目のマールらしさが薄い。(ちょっと不満)
でも、やっぱり綺麗。
今回、3日間で7つのマールを回ることができた。どのマールもそれぞれ美しいが、最も気に入ったのはこれから紹介するホルツマール (Holzmaar)だ。このマールの素晴らしさといったら!!
息を呑む素晴らしさで感動!(伝わらなかったら私の下手な写真のせいです。すみません)しばらくウットリとして佇んでいたが、夫が「ドローンで上から写真撮ろう」と言うので、ドローンを飛ばせる場所を探すことに。ドイツはドローン規制が厳しく、マール湖の真上及びその周辺は自然保護区に指定されているため飛ばすことができないが、少し離れた駐車場からドローンを上げて斜めに見下ろすように撮影することができた。
これ、これこそが私が憧れていたマールの姿。森に縁取られた深いブルーの湖水が本当に美しい。
動画も撮ったので見てみてね。
幸いお天気にも恵まれ、たくさんのマール湖を回ることができ、大満足である。しかし、アイフェルの魅力はマールだけではなかった。次回の記事からはマール以外のアイフェルの素晴らしさを紹介していこう。
歴史ある「鳥の間」が美しいバンベルク自然史博物館
北バイエルンのバンベルクに用があり、行って来た。
バンベルクはユネスコ文化遺産に指定されているとても美しい観光地で見どころも多い。しかし、今回は自由時間が数時間しかなかったので、まにあっく観光は自然史博物館のみ。
かつてのイエズス会コレギウムの建物がバンベルク大学の自然史博物館だ。
この博物館は規模はそう大きくないが、歴史ある美しい「鳥の間 (Vogelsaal)」が有名である。
バンベルク大学の付属施設として作られ、1810年に完成した床面積約200平米メートルの鳥の間。陳列棚には1255体、約800種類の鳥類の剥製が展示されている。まだドイツに動物園も存在していなかった頃、自然科学の学生達の学習のために集められたものだ。この鳥の間は現在までの間に壁の塗り替えや補修はされているが、19世紀の博物館の姿をそのまま残していて、それ自体が博物館的価値を持つ。二重の意味で博物館であり、「博物館の中の博物館(ein Museum im Museum)」と呼ばれている。
壁際をぐるりとギャラリーが囲んでいる。
美しい〜〜〜。
展示物のメインは鳥類だが、その他の動植物のキャビネットもある。
博物館キッズ。可愛いね〜。
女の子達はこの棚を見て、「ワーオ!」と歓声を上げていた
鉱物キャビネット
この博物館の目玉展示物の一つは果物モデルのコレクション。18世紀後半から19世紀にかけて作られたとても希少なものだそうだ。様々な種類のドイツ産のりんご、なし、さくらんぼのモデルが並んでいる。
これらモデルの種類の果物の多くは現代では栽培されていない。
こちらは鳥の卵モデルコレクション。
たまたま生物多様性に関するこのような本のサンゴのところを読んでいるところだったので、サンゴの棚はじっくり見た。
クダサンゴ
脳サンゴ
鳥の間のキャビネットはどれも美しく魅力的だけれど、展示物に関する説明がほとんどない(名称と産地のみ)のがちょっと残念だった。
鳥の間以外にも様々な展示物がある。1階フロアのフランケン地方の地質や鉱物に関する展示は説明が充実していて満足。今年(2018)の4月から新しく展示されるようになったものに「バンベルクの驚異の首飾り(Bamberger Wunderkette)がある。さくらんぼの種137個、あんずの種15個を繋いだネックレスで、それぞれの種には繊細な装飾が施されている。約200年前に作られたものらしい。
さて、常設展示に関して簡単に紹介したが、バンベルク自然史博物館では現在、とても面白い特別展、「Frankenland am Jurastrand (ジュラ紀の海岸のフランケン地方)」をやっている。この展示は写真撮影が禁止なので画像の紹介ができないのだけれど、すごい化石がたくさんで大興奮!以前、こちらの記事でゾルンホーフェン石灰岩から発掘されるジュラ紀の化石について紹介したが、最近になってフランケン地方のヴァッテンドルフ(Wattendorf)の石灰岩にもジュラ紀の化石の産地が豊富に埋蔵されていることがわかったそうだ。ゾルンホーフェンと比較すると石灰岩地域はずっと狭いが、化石の埋蔵密度はゾルンホーフェン以上だという。ヴァッテンドルフでは翼竜、魚竜、魚やカメの他に爬虫類の化石も比較的多く見つかっている。
どんな化石が展示されているか知りたい方は、以下の動画をどうぞ。化石探しの様子も見られます。(ドイツ語)
ニーンブルクのニーダーザクセン州警察博物館が面白い
Dörverdenでオオカミセンターの見学を無事終え、友人Sちゃんをハノーファー空港へ車で送って行くことにした。飛行機の出発時刻まで時間に余裕があったのでどこか途中の町に寄って行こうということになり、立ち寄ったのはニーンブルク(Nienburg)。
ニーンブルク
「なかなか可愛い町じゃない?」などと言いながら、気の利いたカフェでも探そうと目抜き通りを歩いていると、ある建物のウィンドーの前でSちゃんが「あら、これ何?」と足を止めた。目をやると、そこには、、、、
イノシシの剥製があった。傍には警察の制服を着た人形が立っている。ん?これ、普通のイノシシじゃない?見るとこのイノシシは警察犬ならぬ警察イノシシらしい。名前はルイーゼ。ニーダーザクセン州警察により麻薬探知イノシシとして正式に訓練を受け、1987年まで活躍したそうだ。メディアで引っ張りだこのスターイノシシだったと書いてある。なぜそのルイーゼさんがここに展示されているのかというと、たまたま通りかかったこの建物はニーダーザクセン州警察博物館なのであった。何それ、面白そう。無料だったので中に入ってみた。
入り口にズラーっと警察ミニカー。かつてドイツの警察カラーはこのように緑とベージュだった。2004年に緑から青への変更が決まり、徐々に新カラーへ移行した。でも、バイエルン州だけはまだ移行が完了しておらず、まだ緑色のパトカーも見られるらしいね。
警察おもちゃがいろいろ展示交通してある。写真は交通ルールを学ぶためのボードゲーム(さすがボードゲーム大国、ドイツ!)とおまわりさん指人形。指人形は可愛いのか怖いのかよくわからない。この人形を指にはめて子どもたちはどんな風に遊ぶのだろう。

1階フロアのうちかなりのスペースを占めていたのはニーダーザクセン州ハノーファーで1919年から1924年にかけて24人を殺害した「フリッツ・ハールマン連続殺人事件」に関する展示だった。事件の被害者は若い浮浪者や男娼で、ハールマンに自宅のアパートに連れ込まれ、性行為の相手をさせられた後、喉を嚙み切られて死亡した。ハールマンハールマンは被害者の頭部を石で叩き割り、遺体を包丁でバラバラに解体してバケツに入れ、外に運び出していたそうだ。骨はライネ川に捨て、その他の部分を町の共同トイレに投げ入れ、液体状の部分は下水溝に流し、被害者が身につけていた衣類は古着屋に売り飛ばしたという。
地元の子どもたちがライネ川で5体の頭蓋骨を発見したことからハールマンの犯行が明るみになり、ハールマンは斬首刑に処された。
ハールマンの処刑後、20年も経ってから発見された、犯行に使われたとみなされる包丁。ハールマンは肉の加工業も営んでおり、ソーセージなどを作って売っていた。被害者の遺体を食品に加工していたという憶測もあるらしいが証拠は見つかっていない。このおぞましい事件を私は知らなかった。数々の文芸作品の題材として取り上げられ、映画にもなっていることがわかった。家に帰ってから夫に「ハールマン連続殺人事件って知っている?」と聞いたら、「あー、『Die Zärtlichkeit der Wölfe』だね?」という返事が返って来た。
このハールマン事件は衝撃的な事件として市民をパニックに陥れただけでなく、警察の取り調べのあり方についても大きな議論を引き起こした。取調官はなかなか口を割らなかったハールマンを拷問し、恐怖を与えるため、独房の四隅に頭蓋骨を起き、ベッドの下には被害者の骨の詰まった袋を置いたという。また、ハールマンは警察の情報提供者でもあったため、容疑者リストにありいながら逮捕が遅れたということもあり、警察に対する市民の信頼はガタ落ちした。ハールマンは同性愛者だったために、事件後、同性愛者に対する風当たりはますます強くなっていたらしい。
身の毛がよだつような恐ろしい事件だが、こうした事件が起きた当時のドイツの社会状況は興味深い。第一次世界大戦後の食糧難で犬や猫の肉が闇市で売買されていたり、ハノーファーの中央駅周辺は性を売って飢えをしのぐ孤児の溜まり場になっていたなどの背景があったようだ。
さて、ニーダーザクセン警察博物館ではハールマン事件についてだけでなく警察史も知ることができる。
18世紀の鐘つき手錠
プロイセン時代のおまわりさん
1911年の警察の風刺画
1900年の警察官用の柔術の教科書
ナチス時代の警察の制服
戦後の連合軍軍政期に英国の警察をモデルに導入されたニーダーザクセン州警察の制服
70年代の検査官の制服
それぞれの時代の警察についての説明も面白いのだけれど、記事が長くなり過ぎるので、また改めて取り上げたいと思う。
フォルクスヴァーゲン・ケーファーのパトカー。可愛い!
ふらっと寄ったニーダーザクセン州警察博物館、なかなかの見応えだった。警察博物館はドイツ各地にあるので、他のも是非訪れたい。
戻って来たオオカミ。Dörverdenのオオカミ啓蒙施設、Wolfcenterでオオカミについて知る
まにあっくドイツ観光ニーダーザクセン編(その1、その2、その3)の続き。南ドイツからはるばるやって来た友人とハノーファーで落ち合い、ニーダーザクセン州立博物館を見た後、私たちはそこから北西に約72kmのところにあるDörverdenという村へ向かった。人口1万人弱のその小さな村に私たちの目指す「オオカミセンター(Wolfcenter)」があるからである。
近頃、ドイツのメディアでは野生のオオカミに関する記事を目にすることが多くなった。オオカミはかつてドイツ全国に棲息していたが、徹底的に駆除され個体数が減少、1870年頃にほぼ絶滅したとされていた。しかし近年、ドイツ国内で野生のオオカミが再び目撃されるようになっている。中世以降、忌み嫌われて来たオオカミだが、1973年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約 (ワシントン条約)」が採択され、保護の対象となった。旧西ドイツも1975年に条約の締約国となったが、旧東ドイツは加盟しておらず、90年代半ばからポーランドから国境を超えてちらほらと東ドイツの領土に野生のオオカミが入って来るようになると撃ち殺していた。ドイツ統一後はオオカミはドイツ全国において保護の対象となっている。そのためか、ドイツにおける個体数は増え続けている。2000年、旧東ドイツのザクセン州で野生のオオカミのペアが確認され、ポーランドとの国境に近いラウジッツ地方では現在14の群れがいることがわかっている。そしてさらにブランデンブルク州を通過してニーダーザクセン州方面へもオオカミの縄張りは広がりつつある。現時点で全国には72のオオカミの縄張りがあるとされる。生物多様性の観点からオオカミが戻って来たことを喜ぶ人々がいる一方で、家畜を殺される被害も増えており、不安を抱く人も少なくない。狼を巡る議論がこれからますます活発になりそうだ。
そんなわけでオオカミについて知りたいと思っていたところ、Dörverdenにオオカミ学習施設があることがわかったので、動物好きの友人を誘って行ってみることにしたのである。
オオカミセンターは動物園とミュージアム、会議場を合わせた総合学習施設だ。
こんな感じの普通の森の中にフェンスで囲まれた3つの飼育場があり、動物園や大学から譲り受けたヨーロッパオオカミが飼育されている。野生のオオカミの保護施設なのかと思って行ったのだがそうではなく、オオカミと人間の共生についての啓蒙活動を目的としてオオカミを飼育しているそうだ。
早速園内を歩いてみたら、いたいた!でも、みんな眠そう。寝ている姿は犬そっくり。フェンスで囲まれてはいるが、走り回れる程度の広さはある。
ヨーロッパオオカミ。よく見るとやっぱり犬とはちょっと違うかなあ。
しかし、真っ白なハドソン湾オオカミはまるで犬。
別料金で飼育場のフェンスの中に入れてもらうこともできる。私たちは外から見ただけだったが、中に入っている人たちがいた。このオオカミは赤ちゃんの頃からここで飼育されているため人懐こい。足を客の膝に乗っけて甘えている!
お腹を見せちゃっているし、、、。
しばらくオオカミたちを眺めていたら、ガイドツアーの時間になった。入館料には約1時間のガイドツアーが含まれている。生物学修士のリヒターさんが案内してくれた。まずは餌やりの見学から。
餌はシカ丸ごと1頭。事故などで死んだ野生動物が近くで見つかるとオオカミセンターへ運ばれて来るそうだ。もちろん、毎日動物の死骸が見つかるわけではないので、これは不定期のご馳走だ。この日はオオカミたちがご馳走にありつく様子を見学することができた。
シカはリヤカーでフェンスの中に運び込まれる。フェンスは二重構造。飼いならされている狼とはいえ、餌を見ればやはり野生の血が騒ぐ。慣れている飼育員でもむやみに食事中のオオカミに近づくことはしないそうだ。素早く餌を運び入れたらすぐに外に出る。
一斉にシカに飛びつくオオカミたち
友人が撮った動画。みんなでぐいぐいシカを引っ張り合ってる。
まもなく数匹は脱落した。切れ端を加えて別の場所へ行ったオオカミが1匹。
残った1匹が悠々と食べている。ボスオオカミだ。オオカミの群は雄オオカミと雌オオカミ、そしてその子どもたちから成る。つまり、群れ=ファミリーである。しかし、この飼育場にいるグループは兄弟で、ボスはお兄さんオオカミ。餌が運び込まれると、一瞬だけは皆でつつくが、その後はボスオオカミが自分だけでゆっくりと食事を堪能するらしい。満腹になると口元を地面に擦りつけて綺麗にし、ご馳走様。他のメンバーがおこぼれにありつくのはその後だ。ガイドさんの説明を聞きながらボスオオカミの食事の様子を眺めていたが、ボスオオカミは随分長いことムシャムシャとやっていた。
オオカミの赤ちゃんは春に生まれる。野生においては一つの群につき平均4〜7匹、多くて9匹ほどだそう。生後数週間は洞穴の中で過ごし、親が食べ物を運んで来る。とはいっても生肉を加えて持ち帰るわけではない。獲物は外で食べてしまう。胃の中で柔らかくなったものを洞窟に戻って吐き出し、赤ん坊に与えるのだそうだ。
夏になると赤ん坊たちは洞穴から出て、家族の集合地点で過ごすようになる。親が狩に出ている間はお兄さん、お姉さんオオカミがベビーシッターをする。この集合地点で赤ん坊たちはサバイバルに必要なスキルを習得し、集団のルールを学ぶ。群から離れるなどの勝手な行動を取ると親に厳しく叱られるらしい。
秋がやって来る頃には赤ん坊たちもすっかり若者らしくなり、いよいよ狩りに参加する。集合地点から離れ、縄張り内を自由に移動するように。ヨーロッパでは野生のオオカミの縄張りの大きさは150〜300 km2ほどである。一つの縄張りにつき群れ一つというのが決まりで、子どもたちは遅くとも2才までには群れを離れ、新しい縄張りを探さなければならない。
そして冬は子作りの季節。妊娠した雌オオカミは63日の妊娠期間を経て子どもを産む。これがオオカミの1年だ。
ところでオオカミといえば真っ先に連想するのは遠吠え。オオカミは集団で生活する生き物なのでコミュニケーション力が高い。匂いによるマーキングや表情を使ったコミュニケーションなど多様な手段を持つが、その中で遠吠えは主に狩りのさいに散らばった群れのメンバー間で情報をやり取りする手段だ。オオカミの遠吠えは森の中でもおよそ16km先まで届くのだって。
「遠吠えでオオカミたちに話しかけてみましょう」と遠吠えの真似をするガイドのリヒターさん。「ウォォォォ〜〜〜〜〜ン!」
すると、それに応えてオオカミたちが一斉に「ウォォォォ〜〜〜〜〜〜ン!」と合唱してくれた。
オオカミセンターではオオカミだけでなく、羊も飼われている。来場者らに家畜をオオカミから守る手段について啓蒙するためだ。オオカミの獲物となる動物は主にシカやイノシシ、エルクなどだが、狩りの成功率はかなり低いのだそうだ。米国のある研究によると、オオカミに狙われたエルク131頭のうち、実際に食べられたのはわずか6頭だった。狩りは多大なエネルギーを要するので、オオカミだってできれば楽をしたい。だから、狙うのは主に子どもや年老いた個体、病気や怪我をした個体だ。でも、もっと楽に餌にありつけるのならその方がいい。家畜の羊や山羊なら捕らえるのは簡単である。それで家畜が狙われる。家畜をオオカミの被害から守るには適切な対策を取る必要がある。
電気フェンスを家畜小屋の周辺に張り巡らせたり、
番犬を飼うのが効果的。この可愛いクレオくんは羊の番係だ。
オオカミの縄張りの多いザクセン州やブランデンブルク州などではガイドラインに沿った保護対策を実施するための補助金制度がある。それでも家畜を襲われてしまった場合、補償を受けることも可能だが、その辺りはケースバイケースで必ず補償してもらえるというわけではないらしい。一般にドイツ国民は自然に対する思いが強く、市民による環境保全や野生動物の保護活動が活発だけれど、ことがオオカミになると市民感情は複雑だ。しかし、オオカミが戻って来ることで生態系のバランスが保たれるという大きなメリットがある。先に書いたようにオオカミは主に弱い個体を獲物として狙うので、動物群における健康な個体の数を高める効果があるそうだ。また、オオカミが不在の自然環境では本来狼の獲物となる動物が繁殖し過ぎてしまい、草が食べ尽くされて草地が減少することで地面が侵食を受けやすくなる。その結果、動物たちの餌となる植物が不足してしまう。実際、オオカミが増え始めて以来、イノシシやシカの個体数も増加しているそうだ。
人間もオオカミに襲われるのではないかと不安を持つ人も少なくないが、基本的に人間はオオカミの興味の対象ではないので、むやみに恐る必要はないそうだ。とはいえ、これまでにオオカミに襲われた人がいないわけではない。亡くなった人もわずかながらいる。ただし、死亡例の半数以上は狂犬病への感染が原因だそうなので、予防接種で守れた命もあっただろう。もし、オオカミに遭遇してしまったら、慌てて逃げずに(逃げると本能で追いかけて来る)ゆっくりと立ち去ること、万一、オオカミが近くまで来て目が合ってしまったら、手を広げるなどして体を大きく見せ、大きな声を出すと良いそうだ。
ガイドツアーは予定より長引き、1時間半にも及んだ。専門家から興味深いお話がたくさん聞けてとても満足。
さて、ツアーの後はミュージアムだ。
オオカミの生態や人間とオオカミとの関わりの歴史、そして犬についても詳しく展示されている。こちらもとても興味深かった。
このオオカミセンターのあるニーダーザクセン州で最も恐れられたオオカミは「リヒテンモーアのオオカミ」と呼ばれるオオカミだ。1948年にリヒテンモーア地域でほぼ毎晩、家畜が襲われた。しかし、戦後の食糧難の時代でもあったので、肉を求めてリヒテンモーアのオオカミによって殺された動物の死体を探し回る人も多かったという。また、独裁者ヒトラーはオオカミ好きで知られていたらしい。自らの名、「Adolf」の由来はAdal-Wolfで、これはEdel-Wolf(高貴なオオカミ)という意味だと豪語し、ナチスの親衛隊も「mein Rudel Wolf(私のオオカミの群れ)」と呼んだという。他にも情報が盛りだくさんだけれど書ききれないのでこのくらいに。
ところで、オオカミセンターでは宿泊も可能である。
こんなテントや簡素なドミトリー風の部屋、キャンピングカーを停めるスペースもある。
オオカミを上から観察できるこんなツリーハウスも。オオカミの遠吠えを聞きながら眠るなんて楽しそうだけど、宿泊費は朝食付きダブルが420ユーロ。さすがに高すぎるので諦めて、私たちはオオカミセンター近くの乗馬場のゲストハウスに泊まった。
オオカミセンターはオオカミ啓蒙イベントや農家を対象としたセミナー、スロバキアからドイツまで12日間に及ぶ本格的なオオカミスタディツアーなども実施している。ドイツ国内でオオカミについて知りたいならここ!