まにあっくドイツ観光ニーダーザクセン編(その1 、その2 、その3 )の続き。南ドイツからはるばるやって来た友人とハノーファーで落ち合い、ニーダーザクセン州立博物館を見た後、私たちはそこから北西に約72kmのところにあるDörverdenという村へ向かった。人口1万人弱のその小さな村に私たちの目指す「オオカミセンター (Wolfcenter )」があるからである。
近頃、ドイツのメディアでは野生のオオカミに関する記事を目にすることが多くなった。オオカミはかつてドイツ全国に棲息していたが、徹底的に駆除され個体数が減少、1870年頃にほぼ絶滅したとされていた。しかし近年、ドイツ国内で野生のオオカミが再び目撃されるようになっている。中世以降、忌み嫌われて来たオオカミだが、1973年に「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約 (ワシントン条約)」 が採択され、保護の対象となった。旧西ドイツも1975年に条約の締約国となったが、旧東ドイツは加盟しておらず、90年代半ばからポーランドから国境を超えてちらほらと東ドイツの領土に野生のオオカミが入って来るようになると撃ち殺していた。ドイツ統一後はオオカミはドイツ全国において保護の対象となっている。そのためか、ドイツにおける個体数は増え続けている。2000年、旧東ドイツのザクセン州で野生のオオカミのペアが確認され、ポーランドとの国境に近いラウジッツ地方では現在14の群れがいることがわかっている。そしてさらにブランデンブルク州を通過してニーダーザクセン州方面へもオオカミの縄張りは広がりつつある。現時点で全国には72のオオカミの縄張りがあるとされる。生物多様性の観点からオオカミが戻って来たことを喜ぶ人々がいる一方で、家畜を殺される被害も増えており、不安を抱く人も少なくない。狼を巡る議論がこれからますます活発になりそうだ。
そんなわけでオオカミについて知りたいと思っていたところ、Dörverdenにオオカミ学習施設があることがわかったので、動物好きの友人を誘って行ってみることにしたのである。
オオカミセンターは動物園とミュージアム、会議場を合わせた総合学習施設だ。
こんな感じの普通の森の中にフェンスで囲まれた3つの飼育場があり、動物園や大学から譲り受けたヨーロッパオオカミが飼育されている。野生のオオカミの保護施設なのかと思って行ったのだがそうではなく、オオカミと人間の共生についての啓蒙活動を目的としてオオカミを飼育しているそうだ 。
早速園内を歩いてみたら、いたいた!でも、みんな眠そう。寝ている姿は犬そっくり。フェンスで囲まれてはいるが、走り回れる程度の広さはある。
ヨーロッパオオカミ。よく見るとやっぱり犬とはちょっと違うかなあ。
しかし、真っ白なハドソン湾オオカミはまるで犬。
別料金で飼育場のフェンスの中に入れてもらうこともできる。私たちは外から見ただけだったが、中に入っている人たちがいた。このオオカミは赤ちゃんの頃からここで飼育されているため人懐こい。足を客の膝に乗っけて甘えている!
お腹を見せちゃっているし、、、。
しばらくオオカミたちを眺めていたら、ガイドツアーの時間になった。入館料には約1時間のガイドツアーが含まれている。生物学修士のリヒターさんが案内してくれた。まずは餌やりの見学から。
餌はシカ丸ごと1頭。事故などで死んだ野生動物が近くで見つかるとオオカミセンターへ運ばれて来るそうだ。もちろん、毎日動物の死骸が見つかるわけではないので、これは不定期のご馳走だ。この日はオオカミたちがご馳走にありつく様子を見学することができた。
シカはリヤカーでフェンスの中に運び込まれる。フェンスは二重構造。飼いならされている狼とはいえ、餌を見ればやはり野生の血が騒ぐ。慣れている飼育員でもむやみに食事中のオオカミに近づくことはしないそうだ。素早く餌を運び入れたらすぐに外に出る。
一斉にシカに飛びつくオオカミたち
友人が撮った動画。みんなでぐいぐいシカを引っ張り合ってる。
まもなく数匹は脱落した。切れ端を加えて別の場所へ行ったオオカミが1匹。
残った1匹が悠々と食べている。ボスオオカミだ。オオカミの群は雄オオカミと雌オオカミ、そしてその子どもたちから成る。つまり、群れ=ファミリーである。しかし、この飼育場にいるグループは兄弟で、ボスはお兄さんオオカミ。餌が運び込まれると、一瞬だけは皆でつつくが、その後はボスオオカミが自分だけでゆっくりと食事を堪能するらしい。満腹になると口元を地面に擦りつけて綺麗にし、ご馳走様。他のメンバーがおこぼれにありつくのはその後だ。ガイドさんの説明を聞きながらボスオオカミの食事の様子を眺めていたが、ボスオオカミは随分長いことムシャムシャとやっていた。
オオカミの赤ちゃんは春に生まれる。野生においては一つの群につき平均4〜7匹、多くて9匹ほどだそう。生後数週間は洞穴の中で過ごし、親が食べ物を運んで来る。とはいっても生肉を加えて持ち帰るわけではない。獲物は外で食べてしまう。胃の中で柔らかくなったものを洞窟に戻って吐き出し、赤ん坊に与えるのだそうだ。
夏になると赤ん坊たちは洞穴から出て、家族の集合地点で過ごすようになる。親が狩に出ている間はお兄さん、お姉さんオオカミがベビーシッターをする。この集合地点で赤ん坊たちはサバイバルに必要なスキルを習得し、集団のルールを学ぶ。群から離れるなどの勝手な行動を取ると親に厳しく叱られるらしい。
秋がやって来る頃には赤ん坊たちもすっかり若者らしくなり、いよいよ狩りに参加する。集合地点から離れ、縄張り内を自由に移動するように。ヨーロッパでは野生のオオカミの縄張りの大きさは150〜300 km2ほどである。一つの縄張りにつき群れ一つというのが決まりで、子どもたちは遅くとも2才までには群れを離れ、新しい縄張りを探さなければならない。
そして冬は子作りの季節。妊娠した雌オオカミは63日の妊娠期間を経て子どもを産む。これがオオカミの1年だ。
ところでオオカミといえば真っ先に連想するのは遠吠え。オオカミは集団で生活する生き物なのでコミュニケーション力が高い。匂いによるマーキングや表情を使ったコミュニケーションなど多様な手段を持つが、その中で遠吠えは主に狩りのさいに散らばった群れのメンバー間で情報をやり取りする手段だ。オオカミの遠吠えは森の中でもおよそ16km先まで届くのだって。
「遠吠えでオオカミたちに話しかけてみましょう」と遠吠えの真似をするガイドのリヒターさん。「ウォォォォ〜〜〜〜〜ン!」
すると、それに応えてオオカミたちが一斉に「ウォォォォ〜〜〜〜〜〜ン!」と合唱してくれた。
VIDEO
オオカミセンターではオオカミだけでなく、羊も飼われている。来場者らに家畜をオオカミから守る手段について啓蒙するためだ。オオカミの獲物となる動物は主にシカやイノシシ、エルクなどだが、狩りの成功率はかなり低いのだそうだ。米国のある研究によると、オオカミに狙われたエルク131頭のうち、実際に食べられたのはわずか6頭だった。狩りは多大なエネルギーを要するので、オオカミだってできれば楽をしたい。だから、狙うのは主に子どもや年老いた個体、病気や怪我をした個体だ。でも、もっと楽に餌にありつけるのならその方がいい。家畜の羊や山羊なら捕らえるのは簡単である。それで家畜が狙われる。家畜をオオカミの被害から守るには適切な対策を取る必要がある。
電気フェンスを家畜小屋の周辺に張り巡らせたり、
番犬を飼うのが効果的。この可愛いクレオくんは羊の番係だ。
オオカミの縄張りの多いザクセン州やブランデンブルク州などではガイドラインに沿った保護対策を実施するための補助金制度がある。それでも家畜を襲われてしまった場合、補償を受けることも可能だが、その辺りはケースバイケースで必ず補償してもらえるというわけではないらしい。一般にドイツ国民は自然に対する思いが強く、市民による環境保全や野生動物の保護活動が活発だけれど、ことがオオカミになると市民感情は複雑だ。しかし、オオカミが戻って来ることで生態系のバランスが保たれるという大きなメリットがある。先に書いたようにオオカミは主に弱い個体を獲物として狙うので、動物群における健康な個体の数を高める効果があるそうだ。また、オオカミが不在の自然環境では本来狼の獲物となる動物が繁殖し過ぎてしまい、草が食べ尽くされて草地が減少することで地面が侵食を受けやすくなる。その結果、動物たちの餌となる植物が不足してしまう。実際、オオカミが増え始めて以来、イノシシやシカの個体数も増加しているそうだ。
人間もオオカミに襲われるのではないかと不安を持つ人も少なくないが、基本的に人間はオオカミの興味の対象ではないので、むやみに恐る必要はないそうだ。とはいえ、これまでにオオカミに襲われた人がいないわけではない。亡くなった人もわずかながらいる。ただし、死亡例の半数以上は狂犬病への感染が原因だそうなので、予防接種で守れた命もあっただろう。もし、オオカミに遭遇してしまったら、慌てて逃げずに(逃げると本能で追いかけて来る)ゆっくりと立ち去ること、万一、オオカミが近くまで来て目が合ってしまったら、手を広げるなどして体を大きく見せ、大きな声を出すと良いそうだ。
ガイドツアーは予定より長引き、1時間半にも及んだ。専門家から興味深いお話がたくさん聞けてとても満足。
さて、ツアーの後はミュージアムだ。
オオカミの生態や人間とオオカミとの関わりの歴史、そして犬についても詳しく展示されている。こちらもとても興味深かった。
このオオカミセンターのあるニーダーザクセン州で最も恐れられたオオカミは「リヒテンモーアのオオカミ」と呼ばれるオオカミだ。1948年にリヒテンモーア地域でほぼ毎晩、家畜が襲われた。しかし、戦後の食糧難の時代でもあったので、肉を求めてリヒテンモーアのオオカミによって殺された動物の死体を探し回る人も多かったという。また、独裁者ヒトラーはオオカミ好きで知られていたらしい。自らの名、「Adolf」の由来はAdal-Wolfで、これはEdel-Wolf(高貴なオオカミ)という意味だと豪語し、ナチスの親衛隊も「mein Rudel Wolf(私のオオカミの群れ)」と呼んだという。他にも情報が盛りだくさんだけれど書ききれないのでこのくらいに。
ところで、オオカミセンターでは宿泊も可能である。
こんなテントや簡素なドミトリー風の部屋、キャンピングカーを停めるスペースもある。
オオカミを上から観察できるこんなツリーハウスも。オオカミの遠吠えを聞きながら眠るなんて楽しそうだけど、宿泊費は朝食付きダブルが420ユーロ。さすがに高すぎるので諦めて、私たちはオオカミセンター近くの乗馬場のゲストハウスに泊まった。
オオカミセンターはオオカミ啓蒙イベントや農家を対象としたセミナー、スロバキアからドイツまで12日間に及ぶ本格的なオオカミスタディツアーなども実施している。ドイツ国内でオオカミについて知りたいならここ!