前回の記事に書いたように、ブラウンシュヴァイク自然史博物館ではスピノフォロサウルスやイチクロサウルスの化石などを見たが、スピノサウルス展を見るためダンクヴァルデローデ城へ移動した。
ダンクヴァルデローデ城の外観を撮り忘れてしまったが、こんな感じ。
受付でチケットを見せると、「スピノサウルス展なら二階の騎士の間です」と言われ、階段を上がる。
わっ。なんか凄そうな広間!入り口に「スピノサウルス 〜 謎の巨大恐竜」と書かれた大きなパネルが置かれている。このスピノサウルス展はナショナルジオグラフィックとシカゴ大学による移動展覧会であるらしい。
「騎士の間」の内装は素晴らしく、それ自体が拝観に値するが、そこに大きなスクリーンが設置され、スピノサウルス発掘ドキュメンタリー動画が流れている。これから何が始まるんだろうという期待感が高まる空間演出だ。
中世の広間と恐竜は一見ミスマッチだが、ブラウンシュヴァイクでスピノサウルス展が開催されているのは偶然ではない。なぜなら、スピノサウルスを初めて学問的に描写したのはブランシュヴァイク出身の古生物学者、エルンスト・シュトローマー男爵だったからだ。1912年、シュトローマー男爵を含むドイツの化石発掘調査隊がエジプトで巨大な生き物の化石を掘り当てた。シュトローマーはこの生き物を「スピノサウルス(Spinosaurus aegyptiacus)=エジプトの棘のあるトカゲ」と命名した。
化石の分析の末、シュトローマーはスピノサウルスはティラノサウルスをも超える巨大な肉食性恐竜だったと結論づけた。発掘した化石の全てをドイツに運ぶことはできなかったが、シュトローマーの持ち帰ったスピノサウルスの骨の一部はミュンヘンの博物館に保管された。しかし、第二次世界大戦におけるミュンヘン空爆で焼失してしまう。
失われ、忘れ去られていたスピノサウルスだが、シュトローマーの発見から約100年経過した2013年、再びその化石が発見され、古生物学界にセンセーションが巻き起こった。新たな発見者はドイツ生まれのシカゴ大学古生物学研究者、ニザール・イブラヒム(Nizar Ibrahim)氏。イブラヒム氏のスピノサウルス発掘物語はまるで推理小説のようだ。2008年、博士論文の調査のために赴いたモロッコで同氏はベドウィンの商人からいくつかの「恐竜の骨」を見せられた。そのうちの一つがイブラヒム氏の関心を引く。巨大な棘のかけらのように見えるその化石には赤い特徴的なラインが入っていた。
そしてその数年後、イブラヒム氏はミラノの自然史博物館でモロッコで見たものとそっくりな恐竜の骨に遭遇する。その骨にもやはり赤いラインが入っていたのだ。「あのとき見た骨はこの骨と同一の恐竜のものでは!?」
こうしてイブラヒム氏のスピノサウルスを探す旅が始まった。勢い勇んで再びモロッコへ飛んだものの、あの時の商人の名前も住所もわからない。ほとんど手掛かりの無いまま数ヶ月間探し回ったが、なしのつぶてだった。しかし、諦めて往来の茶屋でミントティーをすすっていると、なんという偶然か、くだんの商人が通りかかったという。「あのときの骨はどこで見つけたんだ?場所を教えてくれ!」2013年、イブラヒム氏率いる発掘調査隊はモロッコへ向けて出発した。そしてベドウィンの男に教えられたケムケム層から、幻のスピノサウルスを含め、数々の恐竜化石が見つかったのである。
すごい話だなあ。このスリリングな冒険物語をワクワクしながら読み終わり、パーティションで仕切られた広間の反対側へ出た。すると、、、、。
うわあああ!凄い!!騎士の間の豪華絢爛な装飾との相乗効果で大迫力の光景。
これがスピノサウルスだ。シュトローマーの研究から100年を経て、イブラヒムの再発見によりスピノサウルスの全骨格標本復元が実現したんだね。
口はワニのように細長い。鼻の穴は小さく、口の先端からはかなり距離がある。スピノサウルスは水棲で、水中の獲物を捕らえる際に息がしやすいように頭部がこのような形に進化したと考えられるそうだ。魚のようなヌルヌルした獲物をしっかりと掴めるよう、指は長く、鋭い爪が付いている。後ろ足の短さも水棲生物の特徴だという。
この長い尻尾と大スクリーンのサハラ砂漠!ただただ圧倒されるのみ。
スピノサウルスの他にもカルカロドントサウルスや、
デルタドロメウス、
アランカ・サハリカなどが展示されている。
これは相当に面白い展覧会。とにかくロケーションが素晴らしい。9月9日までなので、見たい方はお早目に。
イブラヒム氏のTED動画