スコットランドのグラスゴーへ行って来た。グラスゴーは同じスコットランドのエジンバラほど観光地としてメジャーではないが、行ってみると見応えのある美術館や博物館がいくつもあった。かつて、大英帝国第二の都市として栄えたグラスゴーは第二次世界大戦後、産業の衰退による深刻な不況に陥り、治安の悪い都市として知られていたが、近年はアートの町として注目されるようになった。町中にストリートアートが見られ、UNESCOの City of Musicにも認定されるなど、斬新で活気ある町だ。
そんなグラスゴーで目当てにしていたのは、19世紀の終わりから20世紀初頭のグラスゴーで建築家、デザイナー、芸術家として活躍したチャールズ・レニー・マッキントッシュ (Charles Rennie Macintosh)のデザインだ。私が住んでいるドイツはモダンデザインを生み出した「バウハウス」という芸術学校が存在したことで知られているが、スコットランドのグラスゴーもまた、「グラスゴースタイル」と呼ばれる独特なモダンデザインを創出したという。チャールズ・レニー・マッキントッシュはその中心的担い手だった。グラスゴー市内にはグラスゴー美術学校 (Glasgow School of Art)の校舎をはじめとするマッキントッシュ設計の建築物や、彼の手がけたインテリアデザインの見られる場所がたくさん存在する。それらをできるだけたくさん見て回りたかった。
が、残念なことに、マッキントッシュ建築の最高傑作とされるグラスゴー美術学校は修復工事中でカバーがかかっていて見られず、ライトハウス (The Lighthouse)も閉鎖中だった。そんなわけで、マッキントッシュの建築は鑑賞できなかったが、インテリアデザインの方はかなり楽しめたので記録しておこう。
まず、最初に訪れたのは、ソーキーホール・ストリートのウィロー・ティールーム (Willow Tea Rooms)。マッキントッシュがパトロンであった実業家、ミス・クラントンの依頼を受けてデザインし、1903年にオープンしたティールームだ。
このティールームが誕生したとき、グラスゴーは繁栄のピークにあった。産業革命によって造船業や綿工業などの産業が急速に発展し、世界最大の都市の一つとなっていた。1888年に初の国際見本市が開催され、豪奢な建物が建ち並ぶ華やかな町に成長したグラスゴーだったが、1870年代までは外食の場は上流階級紳士のためのプライベートクラブや労働者用のパブがほとんどで、女性が楽しめる場所はほとんどなかった。1875年に紅茶のブレンドや販売をビジネスにしていた事業家スチュアート・クラントンがグラスゴーに初めて小さなティールームをオープンし、紅茶とケーキやパンを提供し、人気となる。その頃、スコットランドを含む英国で禁酒運動が激しくなっていたいたこともティールーム文化の開花を後押しした。スチュアート・クラントンの妹、キャサリン•クラントン(ミス・クラントン)もティールーム経営に乗り出した。ミス・クラントンは前衛的なアートの支援に意欲的で、自らの経営するティールームのデザイナーに、グラスゴースタイルの先駆者、マッキントッシュに白羽の矢を当てたのだ。マッキントッシュはミス・クランソンのティールームをいくつも手がけているが、その中でこのウィロー・ティールームは建物の外部及び内部デザインから家具までをトータルデザインしている。
1階は道路側と奥の2つのエリアに分かれている。道路側は女性のためのティールームで、白を多く使った明るい空間にデザインされている。
マッキントッシュの家具デザインの中で代表的なのは、背もたれの高い「ハイバックチェア」。高い背もたれで広空を区切り、テーブル周りにパーソナルで心地よい空間を創ることを意図したそう。
ティールームは奥のランチルームへと続いている。ランチルームは男女共に利用することが想定され、ティールームよりも暗めの落ち着いた空間にデザインされている。マッキントッシュは「女性のためのスペースは明るく、男性のためのスペースは暗く」というコンセプトを持っていたそう。
事前にマッキントッシュについて読んだら「アール・ヌーヴォーの建築家」と記述されていたけれど、私にはアール・ヌーヴォーは曲線的というイメージがあったので、白と黒が基調で、コントラストがはっきりしていて直線のラインが目を引くティールームの内装を見て、あれっと思った。むしろ、アール・デコ?その一方で、装飾には柔らかい曲線が用いられている。デザインに詳しくないのであくまで個人的な感想だけれど、直線と曲線のバランスが絶妙だなと思った。このティールームのあるソーキーホール・ストリートの「ソーキー」というのはスコッツ語で柳を意味する言葉だ。だから、壁などの装飾には柳のモチーフが使われている。でも、かなり抽象化されていて、説明されなければ私は柳だとは気づかなかったかも。
建物は4階建てで、この上には女性用のより豪華な”Salon de Luxe”、そしてさらに上には男性用のビリヤードルームがあるが、現在、一般公開はされていないのか、見ることはできなかった。
ティールームの隣の建物はミュージアムおよびショップで、そこでもマッキントッシュのデザインを見ることができる。
マッキントッシュのデザインに直接触れたのは、このウィーロー•ティールームが初めてだったので、全体的な雰囲気を見て「へーえ。これがマッキントッシュのデザインかあ」と感心しただけで、ハイバックチェアがあること以外にはどの部分が特にマッキントッシュらしいのかはよくわからなかった。この後、グラスゴーの各地で見たマッキントッシュの家具やインテリアに、繰り返し使われるフォルムがあることに気づく。
続きは次の記事に。