数日来、何度か頭に浮かんでいた疑問を口にしたのは、出発から15kmほどの地点に到達したときだった。
「ねえ、どうして四輪駆動の車を借りなかったの?」
コスタリカに来て以来、私たちは連日、車でメジャーな観光地を離れたさまざまな場所を訪れていた。舗装されていない砂利道、でこぼこの道、くねくねと曲がる山道、穴の空いた道。走りやすいとは言い難い道が多かったが、このときまでは楽観視していた。
夫とロードトリップをするようになって、30年以上になる。これまでに世界の多くの国を訪れ、あらゆる悪路を通って来た。オフロード好きの夫は石ころだらけの急斜面や狭い崖の道など、都市生活をしていれば通る機会のない道を繰り返し走った。助手席の私は怖い思いをしたことが何度もある。最初のうちは「なぜこんな道を通らなければならないの」と文句も言っていた。でも、いつの間にか慣れてしまったのだ。運転が得意な夫は、どんな道も難なく走り抜けて来た。今回もきっと大丈夫だろう。そう軽く考える癖がついた。
ただ、いつもなら四輪駆動の車を借りる夫が今回借りていたのは、なぜか前輪駆動の車。いつも旅行の計画を立て、飛行機や宿の予約をするのは私だが、レンタカーだけは運転手の夫に任せている。サン・ホセのレンタカー会社で車を受け取った際、あれ、おかしいな?と思ったのだが、そのとき私は何も言わなかった。というのも、こちらの記事に書いたように、今回の私たちの旅行はハプニングに次ぐハプニングで始まっており、最初の数日はその処理に追われ、ストレスでかなり参っていた。ようやく車を借りられてほっとしたところで新たな問題提起をする気にはなれなかったのだ。
この日、私たちは滞在中のケポス(Quepos)から、25kmほど離れたロス・カンペシーノス(Los Campesinos)と呼ばれる、山間の小さな自然保護区へ向かっていた。そこでハイキングをするつもりだった。
この日も「なんとかなるさ」という気持ちで出発したが、山道を進むにつれ、道路の状態はどんどん悪くなっていく。本当にたどり着けるのだろうか?それで、とうとう口にしたのだ。「なぜ四輪駆動の車にしなかったのか」と。私の問いに夫は「予約するときにうっかりしてた。後から気づいたけど、四駆じゃなくてもなんとかなるだろうと思って、変更しなかった」と言う。えええ?
なんとかなるのか、これ?
ならないんじゃない?
難所に次ぐ難所。ただ横に座っているだけでも心臓が縮みそうだ。
結論を言うと、相当な時間をかけてソロソロと進み、どうにかこうにか目的地に辿り着くことができた。ロス・カンペシーノス自然保護区があるのはケブラダ・アロヨ村という、民家がいくつかあるだけのとても小さな集落だった。ロス・カンペシーノスとはスペイン語で「農夫達」を意味する。地元の農協メンバーのイニシアチブで一次林および二次林から成るおよそ33ヘクタールの土地が保護されるようになった。保護区内にはいくつかの小さなコテージがあり、宿泊客はさまざまな自然体験をし、持続可能な農業について学ぶことができる。ガイドツアーへの参加なしでも受付で入場料を払えば、保護区内のトレイルを歩くことが可能である。受付の女性は英語はまったく通じなかったので、私のカタコトのスペイン語の出番だった。
保護区内には2本の吊り橋と2つの滝がある。
この日、私たちの他に観光客の姿は見当たらず、聞こえるのは鳥や蝉の声だけ。
コスタリカには吊り橋がたくさんある。私の知っている限りでは、コスタリカの吊り橋は目の細かいネットでできた幅の細いものが多く、吊り橋というよりも平均台とトランポリンを足したような感覚で、歩くとボヨヨン、ボヨヨンとしなるのが楽しい。
トレイルを歩くこと自体も素晴らしかったが、この自然保護区のハイライトはトレイルの終点にある大きな滝だ。期待を上回る美しい空間がそこには広がっていた。
滝の水は透き通る糸のように岩壁をつたい、岩の窪みに流れ落ちている。滝の下にはエメラルドグリーンの水を湛える天然のプールができている。この滝はこれまでにコスタリカで訪れた他の滝のような力強さはないが、その分、穏やかでとても落ち着く。前日のナウヤカの滝では水着を持参せず泳げなかったので、今回は忘れずに持って来た。着替えてさっそく天然プールに入る。最高!しばらく泳いでから、まるで露天風呂のような風情の小さな滝壺にも入ってみた。
ひんやりした水が気持ち良い。あ〜、ここは天国?こんな場所を独占できるなんて、信じられない。はるばる苦労してやって来た甲斐があったよ。
コスタリカは国立公園や国が指定する大規模な野生動物保護区の他にも大小様々な自然保護区が無数にあり、それぞれの場所でハイキングを楽しんだり、ネイチャーガイドによるツアーに参加できるのが素晴らしい。さすがエコツーリズム大国である。ガイドブックに載っているようなメジャーな保護区以外は混み合うこともなく、このように大自然を独り占めするチャンスもある。
素晴らしい自然を堪能した後、石だらけの道を慎重に戻り、無事にケポスに戻ることができた。
が、悪路に悩まされたのはこのときが最後ではなかった。「四輪駆動の車を借りなかった」というミスは、私たちにつきまとい、とんでもない結末を生むことになる。この時点ではまだそれを知らずにいたが、、。