クアパークの横を流れるザーレ川。バート・デュレンベルクとハレはどちらもサーレ川沿いの塩ルート(Salzhandel an der Saale)上にある。作られた塩は川を使って運ばれた。
旧塩務局(Altes Salzamt)。現在はホテルになっている。
塩水を汲み上げるための塔、Borlachturm。当時のザクセン選帝侯領の塩産業の発展を担った技術者で、バート・デュレンベルクの製塩業を近代化しJohann Gottfried Borlach(ヨハン・ゴットフリート・ボルラッハ)(1687-1768年)によって設計・建設された。 現在、中はミュージアムになっている。
今回のケニア・サファリツアーの最後の目的地は、野生動物の密度が高いことで世界的に知られるマサイマラ国立保護区(Massai Mara National Reserve)だ。ケニア南西部に位置するこの保護区は、隣国タンザニアの セレンゲティ国立公園 とつながっている。マサイマラとセレンゲティは同じ生態系に属し、国境を挟んで広がる 「マラ・セレンゲティ生態系」 を形成している。
ドイツ最長! バート・デュレンベルクの歴史的製塩設備、Gradierwerk
巨大産業建築って、理由はよくわからないけれど惹かれるものがあるよなあ。視界に入ってくると、「うわあ、なんだあれは?」とまず驚く。それが何なのかを知ると、なぜそれがそこにあるのか、いつできたのか、どういう仕組みのものなのか、と次々と疑問が湧いてくる。
ようやく春になって、出かけるのが楽しい季節だ。ザクセン=アンハルト州バート・デュレンベルク(Bad Dürrenberg)にあるGradierwerk(グラディアヴェルク)を見に行って来た。グラディアヴェルクとは、塩水を蒸発させて塩を濃縮するための施設で、日本語では一般的に 「塩水濃縮施設」 や 「塩水噴霧施設」 と訳されることが多いようだ。ドイツにはいくつかの歴史的なグラディアヴェルクが残っているが、その中でも バート・デュレンベルクのものは特に有名で、ドイツ最長の規模を誇る。
これがドイツ最長のグラディアヴェルクだ!
全長およそ 636メートル。もともとは5つのグラディアヴェルクが一続きになっていて全長1821mあったのが、一部は失われてしまった。それでも一枚の写真にはとうてい収まらない大きさ。1739年 – 1765年にかけて建設されたこのグラディアヴェルク、今でも町のランドマークだけれど、全盛期には圧倒的な存在感だっただろうなあ。
近づくと、確かに塩の匂いがする。
グラディアヴェルクを作った製塩は以下の手順で行われる。
天然の塩水(Sole)が地下からポンプでくみ上げられる。
くみ上げた塩水をスモモの一種であるスピノサスモモ(Schlehdorn)の枝が組まれた壁に上から散布する。
塩水が枝を通る間に自然に蒸発し、塩の濃度が高まる。
塩水の霧が空気中に広がる。
塩分が濃縮された水を採取し、塩として加工する。
この巨大な壁を塩水が滴り降りて来る。
足場が組まれていて、壁伝いに歩くことができる。
枝を組んだ壁に付着しているのは、塩水に含まれていた石灰(カルシウム)、石膏(硫酸カルシウム)、鉄鉱物などの溶けにくい不要な成分。
これまでにシチリア島トラパニ、ドイツのリューネブルクやハレなど製塩業の発達した場所をいくつか見てきたが、同じ塩作りでもいろんな方法がある。シチリア島では海岸に作った塩田に海水を引き入れ、太陽の熱で塩水を濃縮する天日採塩の方法が取られていた。
これに対してドイツでは、塩水ではなく岩塩を使った製塩が行われる。現在のヨーロッパ大陸北部は約2億5000万年前には「ツェヒシュタイン海(Zechsteinmeer)」と呼ばれる広大な浅い海に覆われていた。乾燥した気候のもとで海の水が繰り返し蒸発し、濃縮された塩分が海底に塩化ナトリウム(NaCl)として析出し、岩塩ができた。そのプロセスは数百万年にわたって繰り返されたので、ドイツの地下には厚い岩塩層が堆積しているのだ。
ツェヒシュタイン海でできた岩塩の堆積範囲
岩塩層に地下水が浸透すると、岩から塩が地下水に溶け出して天然の塩水(Sole)ができる。これを汲み上げて濃縮することで塩が得られるのだ。
ドイツ国内にはドイツ塩街道という観光ルートがあるほど多くの製塩都市がある。でも、それらの場所すべてにグラディアヴェルクがあるわけではない。これまでに行ったことのあるリューネブルクでもハレでも、グラディアヴェルクは使われていなかった。これはなぜなんだろう?
それは岩塩層の深さに関係しているらしい。リューネブルクやハレでは、岩塩層は地下約250~300mと比較的浅いところにある。高濃度の塩水が得られるので、それを直接煮詰めて塩を取り出すことができる(煮沸製塩法、)。これに対し、バート・デュレンベルクの岩塩層はもっと深いところにあって地下水が浸透しにくく(この辺りのメカニズムは複雑でよく理解できないが)、塩水の濃度が低い。だから、組み上げた塩水をいったんグラディアヴェルクを通して濃縮してから煮詰める必要があるのだそう。
岩塩の塊
最初は塩の生産の目的のみに使われていたグラディアヴェルクだが、19世紀になると、塩水(Sole)の霧を吸い込むことで喘息・気管支炎・アレルギーなどの呼吸器系の疾患に効果があることが注目され、療養施設としても活用されるようになった。バート・デュレンベルクのグラディアヴェルクの横には療養のための公園「クアパーク」が広がっていて、現在も利用されている。グラディアヴェルクのそばを歩くだけで塩分を含んだミストを吸い込むことができ、健康に良いと人気らしい。
クアパークには塩をモチーフにした子どもの遊び場もある。
クアパークにあるクア施設。マッサージなどの施術が受けられるようだ。
泉の水をちょっと舐めてみたら、思った通りしょっぱかった。
クアパークの横を流れるザーレ川。バート・デュレンベルクとハレはどちらもサーレ川沿いの塩ルート(Salzhandel an der Saale)上にある。作られた塩は川を使って運ばれた。
旧塩務局(Altes Salzamt)。現在はホテルになっている。
塩水を汲み上げるための塔、Borlachturm。当時のザクセン選帝侯領の塩産業の発展を担った技術者で、バート・デュレンベルクの製塩業を近代化しJohann Gottfried Borlach(ヨハン・ゴットフリート・ボルラッハ)(1687-1768年)によって設計・建設された。
現在、中はミュージアムになっている。
私が行った日は定休日で閉まっていたけれど、クアパークの中にはカフェやレストラン、植物園、体験コーナーなどいろいろあって、お出かけにぴったりの場所だなと思った。
この記事の参考サイト:
Bad Dürrenberg市ウェブサイトのグラディアヴェルク関連ページ
Bad Dürrenberg LandesgartenshauWebサイト
ケニア・サファリ旅行⑫ ケニア・サファリと コスタリカ・ネイチャーウォークの比較
初めてのアフリカサファリとなったほぼ2週間のケニアでのサファリを終えて、今回の体験を振り返ってみたい。
ケニアサファリでは期待をはるかに超える数と種類の野生動物を見ることができた。ケニア旅行そのものも初めてだったが、全体的に良い印象で楽しい滞在だった。
特に良かったと思う点を具体的に述べると、こんな感じになる。
部屋の窓からシマウマやウォータバックを眺められるナイバシャ湖のロッジ
全体として、観光業が大きな産業であるケニアでは観光インフラが整っており、人々も観光客に対してフレンドリーで親切だという印象を持った。
一方で、少し残念に感じた点もある。
私たちは自然体験や生き物観察の旅が好きで、過去記事に記しているように、これまでにコスタ・リカやパナマなどを旅して来た。野生動物を見るという点ではケニアと同様なのだが、ケニアでのサファリとの大きな違いは、コスタリカやパナマでのネイチャーウォークは「自分で歩いて動物を探す」点だ。視界の開けたサバンナと異なり植物の生い茂るジャングルにジープを乗り入れるのは現実的ではないので、自然の中に整備されたトレイルをネイチャーガイドさんと一緒に歩きながら、またはガイドさんなしで歩き、ジャングルの中にいる動物を探したり、植物を観察したりする。鬱蒼としたジャングルの中で動物を見つけるのはサバンナで動物を見つけるのよりずっと難しいし、いたと思っても、すぐに見失ってしまう。大型の肉食動物に遭遇することは極めて稀で(私たちはパナマで吊り橋の上からピューマを目撃したけれど)、見られるのは小さい生き物が多い。でも、生き物を見つけるのが難しいからこそ、見つけられたときの喜びは大きい。そして、リスクがないわけではないけれど、五感を働かせて危険を回避しながら歩くのは、とてもワクワクするのだ。
高温多湿で足場が必ずしも良くないジャングルトレイルを歩くのは疲れるし、快適とは言い難い。だから、「安全に快適に、かつ簡単に野生動物が見たい」と思う人は、ケニアのサファリの方が圧倒的に向いているだろう。大型の動物をじっくり観察できるので、動物の生態に興味がある人も満足が得られると思う。でも、「自然を直に体験したい」「冒険感を味わいたい」人にはネイチャーウォークの方がより充実感を得られるかもしれない。
私はといえば、、、、どっちもそれぞれ良くて、どちらかを選ぶのは難しい。同じ野生動物観察でもまったく違う体験だと思う。
ケニア・サファリ旅行⑪ 東アフリカ大地溝帯にある火山、ロンゴノット山に登る
マサイマラ国立保護区でのサファリを持って、10日間のケニア旅行は終了するはずだった。2日目のサファリを終えて夕食を食べながら、「終わっちゃったね。楽しかったね」と余韻を楽しんでいた私たち。明日のこの時間には空港か、などと言いながらふとスマホに目をやった夫が「え?」という顔をした。
「ちょっと!帰りの飛行機キャンセルになったよ」「え?」
乗り継ぎの空港でストライキが行われるため、その空港行きの航空便は飛べないというのだ。代替便として提案されたのは、その丸2日後の便。さあて、どうする?ルーカスさんにケニア滞在が48時間延長になったと事情を話し、追加で2日間、ドライバーとしてお付き合い頂くようお願いした。問題は何をするかである。もう動物は十分に見た。ずっとサファリカーに乗りっぱなしで運動不足が続いていたので、体を動かすことがしたかった。どこかでハイキングがしたいと言うと、ルーカスさんが提案してくれたのはロンゴノット山登山だった。幸い、ハイキングシューズは持参していたので、登ることにした。
ロンゴノット山は大地溝帯にある標高約2,776mの成層火山で、ヘルズゲート国立公園にほど近い。大地溝帯とは周知の通り、アフリカ大陸が東西に引き裂かれつつある場所で、プレートが離れる「拡大境界(divergent boundary)」にあたる。プレートが引っ張られて地殻が薄くなっているので、地下のマグマが地表近くまで上昇しやすく火山活動が活発なのだ。ロンゴノット山が最後に噴火したのはおよそ2000年〜3000年前。山の上には直径約8kmのカルデラがあり、その縁を一周することができる。
遠目には平たく見えるこの火山、山肌にやたらと縦の溝ができている。あのヒダヒダの斜面を登るのだ。聞けば、「ロンゴノート」とはマサイ語で「険しい」とか「アップダウンが激しい」という意味らしい。
ロンゴノート国立公園のゲート
マサイ族の若いガイドさんが登山に同行してくれることになった。というか、ガイドは要らないと思ったけれど、ガイドをつけることが「強く推奨」されているそうで、ルーカスさんがアレンジしてくれるのを断れなかった。
まずは緩やかな坂道を登っていく。砂の上には動物たちの足跡がたくさん付いていた。この国立公園にも多くの野生動物が生息しているのだ。アニマルトラッカーの私としては、足跡はスルーできない。
「これは、肉食動物の足跡ですね?」と尋ねると、ガイドさんはすかさず「ヒョウです。爪の跡がありませんが、表は爪を隠すんです。これは若い個体ですね」と。「え、ヒョウ?この足跡、ずいぶん新しいですよね?」。ヒョウの足跡のすぐそばにはハイエナの足跡があった。「僕はマサイ族なので、足跡からだけでなく、匂いでも動物を嗅ぎ分けられます。マサイの男子は18歳からの2年間、ブッシュにこもって修行するんです」。
他に草食動物や大型野鳥などの足跡を見ながら歩いていると、バッファローが道を横切った跡があった。
「あっ、走って行ったね!」「まだ、この辺にいるかもしれません。気をつけて」。ガイドさんはおもむろに地面に落ちていた大きめの石を拾い上げた。「先に行ってください。ちょっと確認するので」。私たちが先に進むと、バッファローの足跡が消えた茂みの方向をうかがっていたガイドさんが「あそこに隠れてますよ。見えますか?」と言うのでそちらを見ると、確かに茂みの奥にバッファローの姿が見えた。幸いこちらとの間には距離があり、私たちに向かって来ることはないだろう。ガイドなんていらないと思ったけれど、やっぱり付いてもらって正解だった。ロンゴノット国立公園内にはキャンプ場があるのだけれど、ヒョウやハイエナやバッファローがうろつき回るところでよくキャンプなどできるものだなあ。ケニアの人はやっぱり私たちとは感覚が違うのだろうか?
少し登ったところで、茂みの中からディクディクが顔を出した。これなら可愛いけどね。
クレーターの縁まで登るのに小一時間。細かいアップダウンが激しくて、写真を撮っている余裕がない。ようやくクレーターまで登り、ビューポイントからあたりの景色を眺める。
ナイヴァシャ湖が見える。
ヒダヒダの山肌
ロンゴノット山の噴火スタイルは主に爆発的な噴火と溶岩流の組み合わせで、山肌の溝は厚く積もった火山灰の層が侵食を受けることでできた。
眼下に平たく広がる丘は溶岩流が形成した
ロンゴノット山は頂上のクレーターの他にもいくつものクレーターを持つ。
「あ、キリンがいますよ」と言われて遠くに広がるブッシュに目をやると、ブッシュからキリンの頭が飛び出している。
すごい動物だなあ、キリンって。背が小さくて視界が低い私はキリンが羨ましい。
さて、クレーターまでは登ったので、あとはクレーターの縁に沿って歩くだけだ。
えっ?クレーター縁って、平らなんじゃないの?まさか、あのギザギザの上を歩く?一番尖っているところがロンゴノート山の頂上だ。ガイドさんに聞くと、8kmのクレーターを一周するのに3〜4時間かかるというが、ここまで来たら、歩くしかない。
クレーターの内側は鬱蒼とした森になっている。火山灰が風化して養分豊富な土壌が作られたのだ。あそこを歩いて横断することは可能ですか?との夫の問いに、ガイドさんの返事は「歩き慣れた人でも少なくとも半日はかかりますね。地面はゴツゴツの岩だらけで溝がたくさんありますし」。
登ったり降りたり登ったり降りたり。どうにか頂上に到達!
「やりましたね!高齢の方をここまでご案内するのは、これが2度目です。大抵の高齢の方はクレーター縁まで登って、さらにアップダウンがあると知ると、諦めて下山されますよ」
まだそこまで高齢じゃないつもりだけど!笑
頂上を超えても、まだまだアップダウンは続く。
超えてきたアップダウンを振り返る。
だんだん疲れてノロノロ歩きになっている私たちを、驚いたことにスポーツウェアに身を包んだ若い人たちが颯爽とジョギングで追い越していった。こんなところでジョギングとは、元気にもほどがあると思ったら、アスリートの高地トレーニングらしい。
はあ、ようやく一周し終えた。地球の割れ目の真ん中にある火山を歩いたんだと思うと、やっぱり感慨深いな。
さて、ここから一気に下山だ。
「高齢者」の私たちは、結局、合計6時間かけてゲートに戻った。まあまあハードな山登りだったので、やり切った感がある。ケニア滞在の終わりに少しは能動的なことができて、嬉しかったのだった。
ケニア・サファリ旅行➉ マサイマラ国立保護区では良くも悪くも動物が近い
もし、「マサイマラはどうだった?」と聞かれたら、一言目には迷わず「すごく良かった!」と答えるだろう。野生動物の密度と視界の良さでマサイマラ国立保護区に勝る場所はこの地球上でそうそうないのではないかと思われる。
その一方で、少し気になることもあったので、反省の意も込めて記録しておきたい。
気になることというのは、動物との距離がとても近いことだ。先にも述べたが、保護区では基本的にはサファリ客はサファリかーから降りることはできない。車に乗ったまま、風景の中の野生動物を見ることになる。しかし、例外もあり、許可された一部の場所では車を降りて休んだり、散策することが許されている。そのようなルールの中、とても楽しかったのはマサイマラで体験したピクニックだ。終日サファリの日はロッジにお弁当を作ってもらい、ピクニックツリーと呼ばれるアカシアの木の下でブランケットを広げ、お昼ご飯を食べる。ピクニックツリーはいくつもあり、程よい木陰のある木をガイドさんが見つけてくれる。
あの木なんか素敵!と思っても、要注意。木の下をよく見ると、、、
ライオンが昼寝中だったりする。
マサイマラでのサファリの1日目に車を止めたピクニックツリーの下に、何やら毛玉のようなものが落ちていた。
「ああ、ハイエナがここにいましたね。ハイエナは獲物を食べた後、消化しにくい毛を吐き出すことがあるんです」とルーカスさん。そうか、ここにハイエナがいたのか。
ブランケットを広げ、座ってランチボックスを開けたら、どこからともなくハゲコウがやって来た。
じっ。ハゲコウもランチ食べたいみたい。
美味しいものがたくさん詰まったランチボックス
さらにもう1羽のハゲコウがやって来て、2羽のハゲコウに両側から見られながらお昼ご飯を食べることになった。もちろん、野生動物に餌をやるのは御法度だ。でも、食べ残しをやる観光客も中にはいるだろうし、そうでなくても近寄って来て人間の食べ物を盗む動物もいるだろうと思われる。
しばらくしたら、急にハゲコウたちはそそくさと足早に離れて行き、遠くへ飛び去った。なぜ急に?と訝しく思い、ふと振り返ると、
そこにはヒヒがいた。ハゲコウたちはヒヒが近づいて来たから去っていったのだろう。そんな力関係を目にするのも興味深い。
二日目は別の木の下でランチタイム。この日はそう遠くない距離をゾウの群れがゆっくりと通り過ぎていった。こんなふうに、野生動物と同じ空間を共有していると実感できるのは素晴らしい。
その反面、サファリ客が動物に近づきすぎているのではと感じるシーンも多々あった。多くの動物たちはサファリカーに慣れていてリラックスしており、車が近づいても逃げるどころか、平気で車の目の前を横切るものもいる。人間は自分たちに危害を加えないと知っているからこその行動だろうから、それは特に問題ではないのかもしれない。しかし、サファリカーが動物にあまり接近するのはどうなんだろう?ビック5のいる場所には多くの車が集まり、至近距離で写真を撮ろうとみんなが身を乗り出す。車の数が多いと良いアングルの争奪戦となり、動物たちの周りではひっきりなしにエンジン音が鳴り響くことになる。私たちが滞在した2月はピークシーズンではないが、それでも大人気のマサイマラ国立保護区には多くのサファリカーが走っていた。ピークシーズンには一体どれほどの観光客が押し寄せるのだろうか。
自分自身もサファリをしているのだからサファリカーが多すぎると文句を言える立場にない。が、さすがにあればないんじゃないかという光景に出くわした。ライオンの赤ちゃんたちが寝ている茂みを道路から双眼鏡で観察していたときのこと、たくさん停まっていたジープの1台がふいにエンジンをかけたと思うと、草むらに分け入って行った。ルーカスさんによると、オフロードは禁止されており、見つかるとかなりの罰金を取られるらしいが、その車はルールなどなんのその。茂みの至近距離まで近づいた。すると、他のジープも次々に後に続き、茂みのある木の周りを取り囲んでぐるぐると周りはじ始めたのだ。赤ちゃんたちはゆっくり休めないどころか、包囲されて逃げることもできない。明らかなハラスメントではないのか?
とても嫌な気持ちになり、「もう十分に見たので、他の場所に行きましょう」とルーカスさんに伝え、その場を離れた。動物を近くで見たい、良い写真を撮りたいというのはわかる。でも、今の時代、良い双眼鏡やズームレンズがあるのだから、かなり離れていても良く見ることは可能だ。まあ、客の方からオフロードで近くまで行ってくれと頼んでいるわけではなさそうで、ガイドさんが客に喜んでもらいたいと思ってそうしているわけで、そこには願わくばチップを弾んで欲しい、良いレビューをつけて欲しいという気持ちもあるのだろう。彼らはそれで生計を立てているのだから致し方ない面があるのもわかる。だからそこは、客の方が「そんなに近づかなくて結構です」とキッパリ断るべきなんじゃないかとやるせない気分だった。
動物の側からすれば、サファリ客などそもそも来ない方が良いに決まっている。ただし、サファリ客が来てお金を落とすことで野生動物の保護が成り立つという構図になっている以上、サファリというアクティビティの良し悪しには簡単に白黒つけられない。人は見たこともないものを保護しようとは思えないものだし、実際に動物を見ることで学べることが多いのも事実。私はサファリに行ったことを後悔はしていない。けれど、自分の行動がもたらすかもしれない負の影響に無自覚でいてはいけないなあと思う。
ケニア・サファリ旅行⑨ マサイマラ国立保護区 肉食動物編
マサイマラ国立保護区で見た草食動物については前回の記事に書いたので、次に肉食動物についてまとめよう。
ケニアへ行く前は「ビック5のうち、いくつか見られたらいいなあ。でも、そんなに簡単には見られないんだろうなあ」となんとなく思っていた。アフリカサファリのビック5とは、ライオン、ヒョウ、ゾウ、サイ、バッファローの5つである。
ところが、現実は期待を遥かに上回り、マサイマラへ辿り着く前にライオン、ゾウ、サイ、バッファローはすでに何度も目にしていた。残るはヒョウのみ。夜行性のヒョウは目撃するのが一番難しいそうだ。「マサイマラで見られるといいですね。でも、1週間マサイマラに滞在しても見られない人もいます。運次第です」とガイドのルーカスさんは言う。まあ、ヒョウが見られなくても他の動物がいろいろ見られるのならそれでいいかな。ヒョウの代わりにチーターが見られたら嬉しいな。
願いはあっさりと叶った。
草むらに4匹のチーターの姿。
他の動物の場合、群れでいるのは大抵メスとその小さな子どもたちだ。しかし、チーターは兄弟が一緒に行動することが多いそうだ。逆にメスは単独行動で狩りをする。だとすると、体の大きさが同じくらいのこの4匹はオスの兄弟か。チーターといえば走ることにかけてはサバンナ最速、最高時速100km でダッシュする。まったりしている姿からはちょっと想像できないね。
精悍な顔のライオンと違って、チーターのオスは優しげな面構え。
ネコらしくてかわいい。
セグロジャッカル (black-backed jackal, Lupulella mesomelas)の姿も見ることができた。
ジャッカルは肉食というより、雑食性で、自分で小動物を狩って食べる他、果物も食べればライオンやハイエナの食べ残しを食べることもある。
保護区内をサファリカーで走りながら気づいたのは、広大な保護区に動物たちは満遍なく散らばっているのではなく、いろんな草食動物の群れが種混合で集まっているエリアと全く何もいないエリアとがあることだった。
「この辺には何もいませんね?どうして?」との答えにルーカスさんは、「草丈が高い場所を草食動物たちは好みません。捕食者が潜んでいるかもしれないので」と教えてくれた。なるほど、草丈が高ければ、肉食動物は獲物に気づかれずに近づきやすいだろう。そんなことを考えながらぼんやりと景色を見ていたとき、「このあたりの草むらにヒョウがいるという情報がありました!」というルーカスさんの声にハッとする。一生懸命、ヒョウの姿を探すが見当たらない。
「ほら、そこそこ!目の前ですよ」
遠くの方ばかり見ていたが、なんとすぐ目の前の草むらをヒョウが歩いているではないか。
おお、本当にヒョウだー!
びっくりしている間にヒョウはさっさと去っていってしまった。草に隠れると、ほんとに見つけづらい。
こんなに簡単にビック5を見れてしまうとは、なんとラッキーな私たちだろう。でも、サファリの真の面白さは特定の動物を「見られたか、見れなかったか」にあるのではなく、動物たちの行動を観察できるところにあるといって間違いない。サンブル国立保護区ではメスライオンたちが赤ん坊にお乳をやるところを間近で見ることができてとても感動したが、マサイマラではライオンの狩りの試みを見ることができたのだ。
マサイマラでのサファリの2日目、同じ群れに属するライオンのメス達が 分散し、狩りの体制に入っているようだとの情報が入った。少し離れたところにはバッファローの大群がおり、ライオン達のいるエリアとは反対方向へ少しづつ移動していた。バッファローの群れがいる草むらと道を挟んだ反対側に水場があり、バッファロー達は交代でそこに水を飲みにいっては群れに戻っていたが、群れが移動していく中で、2頭のバッファローが 群れからはぐれてしまった。
はぐれたバッファローたち
「あの2頭、ライオン達に狙われるね」私たちはそう言いながら、ライオン達の動向を見守った。
2頭のバッファローの間が少し離れた隙を狙って、メスライオンのうちの1匹がそうっと近づいていく。
仲間のメスライオン。
他のメスライオン達はそれぞれ離れたところに隠れて待機し、バッファローが逃げたら飛び出して囲むつもりのようだ。
しかし、バッファローもバカではなく、近寄って来たライオンの存在に気づいた時点でそれぞれ違う方向に向かって駆け出した。ライオン達は一瞬、どちらを追いかけるべきか迷ったようだが、最初に狙った方を追い始めた。
最初に狙った1頭を追いかけることにしたメスライオン。
3匹でバッファローを追いかけるライオン達
結局、逃げ切った。
「あーあ、失敗しちまったわ」。手ぶらで戻って来るライオン。
百獣の王といえども、いつも成功するとは限らないのだった。見ていた私は狩りが失敗して残念なような、バッファローが死ぬ場面を見ずに済んでホッとしたような、複雑な気分。
メスライオン達は狩りに失敗していたが、その頃、サバンナの別の場所では、、、。
バッファローの足が落ちている。
さては、ライオンの食べ残しか?食べられてからそう時間が経っているようには見えない。ということは、近くにオスライオンがいるんだろうか?あたりをキョロキョと見回すと、いたいた。
満腹して熟睡中の様子。そりゃあ、あんな大きな獲物を食べればね。
太ももの1箇所にやたらとハエがたかっている。バッファローを倒したときに返り血を浴びた場所だろうか。
ライオンの興味深さは言うまでもないが、私が今回のサファリ旅行でとても興味を引かれたのはハイエナである。広大なサバンナで草を喰むアンテロープ達の間をハイエナ達がウロウロと歩き回り、獲物になりそうな個体を探している光景はとても印象に残っている。
獲物の品定めをするブチハイエナ (Spotted Hyena, Crocuta crocuta)たち
意外にも、草食動物達はハイエナが近づいてもすぐに逃げるわけではなく、ハイエナの動きに注意しながら草を食べ続けていた。ハイエナ達がお腹がぺこぺこで今すぐにでも狩りをしようとしているのか、それほどでもないのか、動き方で見極めているらしい。ハイエナの姿を見つけるたびにいちいち逃げていたらエネルギーを消費してしまうから、当然なのかもしれない。また、ハイエナ達もぶらぶら巡回することで、ケガをしている個体や子どもなど、捉えやすい個体がいないかをチェックしているようだ。
「よしっ、あれをやるか」
しばらく観察していたら1頭のイボイノシシが標的になった。しかし、逃げられ、ハイエナたちも遠くの茂みの中に消えていった。
と思ったら、しばらくしたら口に何か咥えて戻って来た。どうやら狩りには失敗したものの、ライオンの食べ残しを見つけたらしい。バリバリと音を立てて骨を噛み砕いている。ハイエナの噛む力は相当強いらしいもんね。
他のハイエナたちは暑かったのか、水たまりに行って腰を下ろした。
「ああ〜、ひんやりしてて気持ちいい〜」
嫌われ者のハイエナだけど、リラックスしているときはなかなかとぼけた表情をしてるな。
ハイエナって、どんな動物なんだろう?今、私にとって一番気になる存在かもしれない。
ケニア・サファリ旅行⑧ マサイマラ国立保護区 草食動物編
今回のケニア・サファリツアーの最後の目的地は、野生動物の密度が高いことで世界的に知られるマサイマラ国立保護区(Massai Mara National Reserve)だ。ケニア南西部に位置するこの保護区は、隣国タンザニアの セレンゲティ国立公園 とつながっている。マサイマラとセレンゲティは同じ生態系に属し、国境を挟んで広がる 「マラ・セレンゲティ生態系」 を形成している。
ナイヴァシャ湖からマサイマラ国立保護区までの移動は、途中にあるナロック(Narok)の町までは国道なので比較的快適だが、そこからは道路状態が急に悪くなった。道路の中央は陥没して穴だらけなので、路肩を走らなければならず、道路の真ん中を走れないなら何のための道路か、と思ってしまう。ナイヴァシャ湖からナロックまで約2時間半、そしてナロックからタレックゲート(Talek Gate)の近くの宿泊施設までさらに2時間半、合計5時間ほどかかって到着した。(ナロックでマサイマラ大学の学生たちがデモをやっていて、道路を塞いでいたせいもある)
マサイマラで私たちが泊まったのは、コテージタイプのロッジではなくテンテッドキャンプ(tented camp)と呼ばれるテント式のロッジ。自分で選んだわけでなくサファリツアーに組まれていたのだけれど、テントだとより自然と一体感がありそうで、楽しみだった。
泊まったテント式ロッジ
中は普通に快適
テントの中にはシャワースペースもある。蛇口を捻ってからお湯が出るのに5分くらいかかる。
レセプションやレストラン、バーなどのスペースもすべてテント。
テンテッドキャンプは雰囲気たっぷりでいい感じ。夜中にはハイエナの鳴き声が聞こえたりと「アフリカのサバンナにいる」感が味わえる。ただし、自然と一体化していると感じるほどではなく、ワイルドさにおいては今までに経験したパナマのツリーハウス風コテージやコスタリカのジャングルの中のシンプルなロッジの方がすごかった。私たちが泊まったのは公園の外にあるテンテッドキャンプだったが、公園内のテンテッドキャンプ(より割高)なら、もっと直接的に野生の世界を感じられたのかもしれない。
マサイマラ国立保護区では保護区を流れるマラ川の支流、タレック川沿いにあるタレックゲートから入園し、2日間の終日サファリを楽しんだ。
タレック川。乾季なので水が少ない。雨季にはまったく違う景色になると思われる。
タレックゲート(Talek Gate)
マサイマラ保護区内はサバンナが広がりアカシアの木が点在する、野生動物ドキュメンタリーで見るアフリカの景色そのもの。およそ1,500㎢の敷地を数えきれないほど多くの野生動物たちが歩き、走り、食べ、休み、後尾をし、子育てをし、狩りをする姿が見られる、先進国に住む私たちにとって、まさに非日常の世界だ。
この記事ではマサイマラで見た草食動物を中心に紹介しよう。肉食動物に関しては後の記事で。
まず、大型のアンテロープ、トピ(Topi、Damaliscus korrigum) がたくさんいる。
トピの群れ
トピはツヤのある茶褐色の体をしていて、顔と肩、腰部がまるでアザができたかのように黒いのが特徴。
特定の個体がシロアリ塚などの小高い丘の上に立って見張りをしているのがあちこちで見られた。トピに典型的な行動だそうだ。
イボイノシシ (Warthog, Phacochoerus africanus)
目の下と頬のあたりに「イボ」のような突起があり、口から上に反り返るように牙が生えている。どことなく愛嬌のある顔だな。
背中には短いタテガミ。走るときにはしっぽをピンと立てる。イボイノシシは草食ではなく雑食だが、主に草や根、塊茎、果実を食べる。イボイノシシは脚も首も短いので、草を食べるときは前脚を曲げて跪くことが多いらしい。残念ながらその姿は見られなかった。できればじっくりと観察したい動物だ。
マサイマラにいるキリンは「マサイキリン (Massai Giraffe, Giraffa tippelskirchi)」
そして、マサイマラにいるダチョウは、マサイダチョウ (Masai ostrich, Struthio camelus massaicus)。ソマリダチョウと違い、首や脚がピンクっぽい。
ゾウが水を飲んだり草を食べるところをゆっくり観察することができた。
鼻で草を根っこごと引き抜いて、振って泥をある程度落としてから口に運ぶ。美味しいところだけ食べて、不味いところは落とす。
鼻をストローにように使って水を吸い上げ、一度鼻の中にためてから口に注ぐのね〜。
マラ川(Mara River)。 毎年、7月~10月にはヌーの大移動のクライマックスとなる 川渡り が見られることで有名だが、今の季節はヌーの姿はない。しかし、カバはたくさん。
マラ川にはワニもいる。
黄色っぽくて小さいから、これは若い個体かな?
ワニがカバに近づいて行った。ガイドさんによると、このカバはメスで、自分の前の水中に赤ちゃんを隠している。その赤ちゃんをワニは狙っているらしい。
カバの群れもすごいが、圧倒的だったのはバッファローの群れだ。
一体全部で何頭いたのか。これだけの数のバッファローが移動する様はとにかく圧巻だった。