UNESCO Global Geoparkや日本ジオパークのリストなどのように、特定の認証基準を満たしたジオサイトの情報は、まとまったかたちで公開されていますし、それぞれのジオパークの公式サイトの内容も充実しています。でも、それら以外にも魅力的な場所、貴重な場所はたくさんあり、なかなか見つけられないものも多い。
2階には、”Die Welt in Stein”というリトグラフィー(石版印刷)に関する展示もある。ゾルンホーフェンで化石が大量に発見された背景には、18世紀末、リトグラフィーという印刷技術が生まれたことと密接に関わっているのだ。アロイス・ゼネフェルダーによって発明されたこの新しい印刷技術には、細かい粒子が均一に詰まった特別な石灰岩が必要だった。まさにゾルンホーフェンの石は理想的な素材で、たくさんの石を切り出す過程で化石が次々と見つかったのだ。つまり、リトグラフィーの発明なしには、今日、世界的に有名なゾルンホーフェンの化石群は日の目を見ることなく眠り続けていたかもしれないというわけである。
世界のジオサイトを繋ぐ旅行者のためのデータベース、Geo Travel Atlasのプロトタイプを公開しました
このブログを更新するのは久しぶりです。
ブログ容量がほぼいっぱいになったため、現在はChikaTravel 2.0で続きを書いているのですが、今日はお知らせがあり、わずかに残った容量を使ってこちらに書いています。
旅を記録することに加え、新しい活動を始めました。「旅を通して地球の成り立ちを知り、楽しむ」ための情報に特化した旅行者のためのデータベースの構築です。。
「マニアックでディープな旅」をコンセプトに、雑多なテーマで始めたこのブログですが、旅を重ねるうちに、地形や地層、岩石、化石など、地学への情熱が高まっていきました。数年前からは地元の地学サークルに所属し、活動しています。
地学の知識が少しづつ増えていくにつれ、旅がますます楽しくなりました。つくづく思うのは、地球の面白さって、異常!ということ。
旅にでかける際には地質的な見どころ、いわゆるジオサイトを探すことが多くなりました。嬉しいことに、近年は世界各地で、地形や地質の魅力を楽しみながら、その価値を学び、保全にもつなげていこうという「ジオツーリズム」の考え方が広がっていて、各地でジオパークの設立が進められています。ジオパークでは、説明パネルやビジターセンターの展示などを通じてその地域の地形や地質について、わかりやすく解説されていて、ワクワクします。また、ハイキングルートやサイクリングルートが整備されていることも多く、自然の中で体を動かしながら同時に地球について学べるというのも最高です。私はすっかりジオパークファンになりました!
そんなわけで、「次はどこへ行こうか?」「〇〇国へ行ったら、どんな風景が見られるのだろうか?」「化石があるところは?」などと、頭の中は常に「ジオ旅行」のことでいっぱい。面白い場所は、きっと世界に数限りなくあることでしょう。でも、行き先を決めるのは、なかなか大変なんです。なぜなら、世界のジオサイトの情報は、ネット上に分散しているから。
UNESCO Global Geoparkや日本ジオパークのリストなどのように、特定の認証基準を満たしたジオサイトの情報は、まとまったかたちで公開されていますし、それぞれのジオパークの公式サイトの内容も充実しています。でも、それら以外にも魅力的な場所、貴重な場所はたくさんあり、なかなか見つけられないものも多い。
世界中のジオサイトを1箇所にまとめたデータバンク的なサイトがあったらいいのになあ。
そこで、AIを活用して、自分で作ってみることにしました。名付けて、GeoTravelAtlas。世界のジオサイトをマップとリストで見ることのできるサイトです。
試行錯誤しながら進めていて、まだまだ完成にはほど遠いのですが、これまでにできた分をプロトタイプv0.1としてGitHubPagesで公開しました。2026年7 月31日時点で、日本、ヨーロッパ、カナダ、米国のジオサイト290件を登録しています。以下のリンクからアクセスできますので、もしご興味がありましたら、ぜひ覗いてみてください。
GeoTravelAtlas
使い方をスクリーンショットで簡単にご説明します。
マップビューでは、ジオサイトの位置が地図上に表示されます。
リストビューでは、それぞれのジオサイトの写真が表示されます。
マップビューのマーカー、またはリストビューのジオサイト(ジオパーク)パネルをクリックすると、情報が現れます。
ジオサイトについての概要と見どころ、そして「地球の物語」を画面上で見ることができます。「地球の物語」とは、その地域の地形や地質がどのようにしてできたのか、そしてそれは地域の人々の暮らしをどうかたち作ったのかというストーリーです。もちろん、詳しい情報はジオサイトの公式サイトを見るのが一番ですから、公式サイトのリンクを貼っていますが、海外のサイトは日本語パージがないことがほとんどなので、まずは日本語でどんな場所なのかをざっくりと知るためのものです。
GeoTravelAtlasのこだわりポイントは、ジオサイト情報を単純に並べるのではなく、ジオサイト同士を地形、地質学的プロセス、岩石の種類や化石の有無、保護ステータスで結び、繋がりを可視化することで、地球を全体として把握するための仕組み。特徴(フィーチャー)を選ぶと、それに該当するジオサイトがマップ上に表示されます。遠く離れた国のジオサイト同士の地質学的な繋がりを可視化したいと考えました。
フィーチャーメニューから特徴が選べます。
フィーチャーで絞り込むと、該当するジオサイトだけが表示されます。
でも、旅先の風景に感動して、その地形や地質について知りたいと思っても、説明に耳慣れない地質学用語がたくさん出てくると、ピンと来ないかも知れません。私自身が最初の頃、そうでしたし、今も新しい用語に遭遇すると、そのたびに「どういう意味だろう?」となってしまい、理解がなかなか進みません。それを少しでも解決したくて、簡単な辞書機能をつけました。
日常生活ではあまり触れることのない地質年代やテクトニックプレートについても、説明をつけています。
そして、地質学的特徴とか難しいことはとりあえずいいから、気分で旅先を選びたいという場合には、「気分で選ぶ」の6つのカテゴリー、「壮大なスケールに圧倒される」「地球のダイナミズムを体感する」「人の暮らしとの繋がりを知る」「化石から太古の地球を知る」「自然の造形美を味わう」「地球史のビックイベントに触れる」で絞り込むこともできるようにしました。
GeoTravelAtlasは日本語、英語、ドイツ語の3言語で構築しています。なぜ、その3言語なの?と思われるかもしれませんが、理由は単純で、私がドイツに住んで主にドイツ語で地学を学んでいる日本人だから。旅先では英語の情報がメインとなるから。つまり、自分の勉強のためなのですが、多言語対応にすることで、多くの人に使ってもらえたらという思いもあります。
少しづつ対象地域を広げていきますので、ご覧になっていただけるととても嬉しいです。
新しいブログ開設のお知らせ
2017年から運営して来た当ブログですが、容量がいっぱいになってしまいました。
ドメインごと別のサービスへ引っ越すことも考えたのですが、大変なのでやめました。このブログはこのまま残し、今後はnoteに書いていくことにします。
ぜひご訪問ください。
ChikaTravel (note)
アルトミュール渓谷化石の旅④ ゾルンホーフェン博物館
アイヒシュテットの後に行ったのは、ゾルンホーフェンにある「ゾルンホーフェン博物館」。地元では、かつてゾルンホーフェン市長で化石収集家だったフリードリヒ・ミュラーにちなんでBürgermeister-Müller-Museumと呼ばれている。
世界に名だたるゾルンホーフェンだけど、博物館の外観は、田舎の公民館という感じ。でも、中に入ってみたら、大変な充実ぶりだった。
とても良いと思ったのは、展示の最初にジュラ紀のゾルンホーフェンエリアの環境についての解説があること。
いまから約1億5,300万〜1億5,000万年前、後期ジュラ紀の中央ヨーロッパは、ほとんどが海に沈んでいた。陸地として残っていたのは、いくつかの古い大陸地塊だけで、現在のチェコ西部にあたる「ボヘミア島」や、フランス中央高地などが島として存在した。そのあいだには、巨大な礁の壁(バリアリーフ)が広がり、北の浅い大陸棚の海と、南の深いテチス海を分けていた。礁のあいだにできた窪地には、炭酸塩が幾重にも堆積し、さらにごく浅い海域では小さなラグーンや島が点在していた。現在のゾルンホーフェン周辺は、多くのラグーンを持つ「ゾルンホーフェン群島」と呼ばれる環境を成していた。
ゾルンホーフェン博物館では、ゾルンホーフェン群島の異なる環境から発見された化石が、その環境ごとに分類され、展示されている。濃い青のセクションは外洋に開かれたテチス海、明るい青のセクションはサンゴ礁や炭酸塩台地、薄い水色はラグーン、緑色は島、そして黄色は空。
かつての環境ごとに色分けされた展示
いろいろな化石が展示されているが、圧倒的に魚が多い。
浅いラグーンに漂うぬるぬるした微生物の膜(バイオマット)に絡まって死んだジュラ紀の魚レプトレピデスの群れ。よく見ると、そのまま捕食者に食べられた、頭だけの個体も混じっている。
大きなクラゲの化石もいくつかあった。
海の底に残った波の跡も一緒に保存されたクラゲの化石
他にもいろんなのがあるんだけど、ここに来たら、見たいのはやっぱりアルケオプテリクスだよね。
ゾルンホーフェン標本(オリジナル)現在知られている中で最大のアーケオプテリクス標本。
2階には、”Die Welt in Stein”というリトグラフィー(石版印刷)に関する展示もある。ゾルンホーフェンで化石が大量に発見された背景には、18世紀末、リトグラフィーという印刷技術が生まれたことと密接に関わっているのだ。アロイス・ゼネフェルダーによって発明されたこの新しい印刷技術には、細かい粒子が均一に詰まった特別な石灰岩が必要だった。まさにゾルンホーフェンの石は理想的な素材で、たくさんの石を切り出す過程で化石が次々と見つかったのだ。つまり、リトグラフィーの発明なしには、今日、世界的に有名なゾルンホーフェンの化石群は日の目を見ることなく眠り続けていたかもしれないというわけである。
さて、博物館の展示を見た後は、ゾルンホーフェンにある採石場、Hobbysteinbruch Solnhofenへも行ってみた。
こちらの採石場はブルーメンベルクのよりも狭く、人もまばらだった。この日は運が悪かったようで、石を剥がしても剥がしてもいっこうに何も出ない。残念!
でも、捨てられた割れた石の山の中に、小さな足跡がついたものを見つけた。これはなかなか素敵。
ということで、今回のアルトミュール渓谷化石の旅はこれでおしまい。また来年あたり、来られるといいな。
アルトミュール渓谷化石の旅③ ブルーメンベルク化石採集場で化石探し
アイヒシュテットでジュラ博物館とベルガー博物館を見た後、ベルガー博物館のそばにあるブルーメンベルク採石場(Fossiliensteinbruch Blumenberg)で化石を探すことにした。通常、採石場に一般の人が立ち入ることはできないが、ドイツには化石を採集したい人のために公開されている採石場がいくつかある。ブルーメンベルク採石場はその一つ。それだけでなく、アイヒシュテット、ブルーメンベルク地区は、1875年に2体目のアーケオプテリクスが発見された場所である。その標本はベルリンの自然史博物館に収蔵されているので、「ベルリン標本と呼ばれている」。そんな世界に名だたる化石を生み出した場所で化石ハンティング体験ができるのは、最高というほかはない。
ブルーメンタール採石場。週末なので、家族連れで賑わっていた。
石にノミをあて、ハンマーで軽く叩いて板状に剥がしていく。
開くときはいつもドキドキ
この採石場で一番多く見つかるのは、茎を持たない浮遊性のウミユリ(Saccocoma)の化石。これは至るところにあった。
これは二枚貝の殻?それともアプチクス(Aptycus)?アプチクスとはアンモナイトの体の一部で、口のふた、または下あごの一部ではないかとされている。はっきりわからないので、今度詳しい人に聞いてみよう。
アンモナイトもあった。(背景が違うのは、家に帰ってから写真を撮ったため)
糞化石(Koprolith)。なんの糞かはわからない。
4時間くらい滞在して、小さいものばかりだけど、それなりにいろいろ見つけられたかなと満足。と思ったら、ここで夫が大物を発見!
じゃあ〜ん!お魚である。大きさは8cmほど。ここで最もよく見つかる魚、Leptolepides sprattiformisではないかと思われる。最後によいものが見つかって、大満足。
この採石場では、というか、一般公開されている採石場ではほぼどこでもそうなのだが、見つけた化石は採石場を出るときにスタッフに見せる義務がある。まれに、珍しい化石や学術的に価値のあるものが見つかることがあるからだ。そのような場合は、見つけた化石は研究用に献納しなければならない。とはいえ、そういうことは滅多にない。
「このお魚、たいしたものじゃないよね?まさか没収されたりしないよね?」
夫と私はそうヒソヒソ話しながら、その日獲得した化石をスタッフに見せた。
すると、スタッフの男性は魚を見るなり受付小屋に戻り、一枚のQRコードのついたシールを持って戻って来て、それを魚の化石の裏にペタンと貼ったのだった。えーん、没収?
と思ったら、「持ち帰ってもいいですが、このQRコードを通してアルトミュール渓谷自然公園に報告してください」とのことだった。魚などの、大きめの発見物は報告するルールのようだ。
家に帰って来てから、QRコードから自然公園のサイトにアクセスすると、フォーマットが用意されていて、手続きは簡単だった。そして、発見者の名前入りでサイトに登録が完了。
これはなかなか嬉しいぞ。
アルトミュール渓谷化石の旅② アイヒシュテットのベルガー博物館
ジュラ紀の化石を見にアイヒシュテットへ行ったなら、ジュラ博物館だけを見て帰って来ては行けない。アイヒシュテットにはもう一つ、有名な博物館がある。それはベルガー博物館(Museum Bergér)だ。1968年に化石コレクターであるベルガー氏とその家族によって設立された。民間の情熱から生まれた化石博物館で、こちらもとても見応えがある。
町の外れの丘の上にあって、建物の外観は地味。でも、中はこの通り、所狭しと標本が並んでいる。
このときは私たちしか訪問者がおらず、オーナーの方が丁寧に展示を説明してくれた。
小さい標本から大型標本まである中で、特に面白いと思った標本はこれ。
魚を飲み込む魚。
食事中に死んでしまったとは。幸せだったのか不幸だったのか、よくわからないけど、すごい瞬間が保存されたものだ。
これは一体どういう状況?魚の頭を太い針のようなものが貫通しているが、、、。
その横にあった説明イラストによると、捕食者に食べられそうになったべレムナイト(古代のイカのような生き物)が、逃れようと墨を出し、触腕を閉じて後ろ向きにダッシュしたところ、たまたま後ろにいた魚を串刺しにしてしまった、というのだ。本当なの〜〜?
もちろん、1億5000万年前に何が起きたのかを100%の確実性を持って語ることは誰にもできない。化石に刻まれた物証を手がかりに、もっとも合理的な推測をするしかない。本当にそうだったのかどうかは、化石になった生き物のみぞ知る。でも、きっとそこが古生物学のワクワクするところなんだろうなあ。
「これは、何がどうなったんですか?なにやら複雑に見えますが」
「これは、捕食者に襲われて死んだ魚の残骸があって、そこに翼竜が飛んで来て、魚に喰らい付いて、その場で死んだようです」
魚が腐っていた?もし、そうだとして、その場で即死する?ジュラ紀の生物世界に対する知識が乏しいので、いろいろ疑問が湧いてくるけれど、ひとまずここはその説明で収めておこう。いつか、どこかでまた似たような標本を目にすることがあるかもしれない。
これは、死んだアンモナイトの上に形成された牡蠣のコロニーだそう。
自分が気になった標本の画像ばかり載せているけれど、展示されている化石は質的にも量的にも価値が高くて、当然ながら大学や公的研究機関と連携しているそうだ。
さて、アイヒシュテットで2つの博物館を見た後は、やっぱり自分で化石を探してみたい。それについては次の記事で。
アルトミュール渓谷化石の旅① アイヒシュテットのジュラ博物館
久しぶりに遠出して、南ドイツ、アルトミュール渓谷(Altmühltal)へ行って来た。アルトミュール渓谷とは、バイエルン州トロイヒトリンゲンからケルハイムまでのアルトミュール川流域一帯で、ジュラ紀の化石を多く含むゾルンホーフェン石灰岩(Solnhofener Plattenkalk)の産地だ。この石灰岩の層は、初期の鳥とされるアルケオプテリクス(Archaeopteryx)の化石が見つかったことで世界的に有名である。
趣味で化石を探すようになって、かれこれ8年ほどになるが、化石のことをまったく知らないまま、初めて参加した化石ハンティングがアルトミュール渓谷でのツアーだった。
とても面白い体験だったけれど、このときは化石ハンティングだけで、アルトミュール渓谷に数多くある、化石を展示した博物館を訪れる時間がなかった。それがずっと心残りで、今回ようやく博物館巡りが実現したので記録しておこう。まずは、アイヒシュテットにあるジュラ博物館(Jura-Museum)から。
博物館はヴィリバルツブルク(Willibaldsburg)というお城の中にある。
展示室
展示されているのは、もちろん、この地域で出土したゾルンホーフェン石灰岩のジュラ紀の化石標本の数々。保存状態の極めて良い標本を隅々まで観察できる。
約1億5000万年前のジュラ紀、アルトミュール渓谷は浅い暖かい海で、サンゴや海綿、藻類が繁茂してリーフ(礁)を作っていた。さらに、波や潮流で運ばれた石灰質の砂が積もって、砂州のような地形もできていた。ゾルンホーフェン石灰岩は、リーフや砂州の間にできた窪地に、細かい泥や石灰質の堆積物が溜まり、後に固まってできたものだ。
当時の気候は暑く乾燥していたので、塩分が濃縮され、窪地の水は塩分濃度が高く、酸素に乏しく、生き物が暮らすには厳しい環境だった。周囲の環境にはさまざまな生き物が生息しており、嵐の際にそれらの死骸が窪地に流れ込んで化石になったのだ。当時、死骸を食べる生物は存在しなかったことも、化石が極めて良好に保存された理由の一つだ。
甲羅を持つジュラ紀の甲殻類、Cycleryon propinquus。長いハサミや脚の関節までくっきり。
ウミガメの化石。ジュラ紀のカメは、まだ現在のウミガメのように手足が完全にヒレ状に変化していない。
ほぼ完全な形で保存されている標本にも圧倒されたけれど、私がより興味深く感じたのは、生き物が死ぬ直前の行動が保存されている標本だ。
捕食者に数多を骨ごと噛みちぎられてしまった魚
この博物館で一番印象に残ったのは、この標本。
添えられている説明によると、このエビのような生き物は、塩分濃度が高く酸素の少ない、水の深いところに仰向けに落ちてしまい、起き上がってそこから浅瀬へと脱出しようと後ろ向きに移動したが、途中で力尽きて死んでしまったらしい。1億5000万年前ものはるか昔にも、生き物たちは一生懸命、命を繋ごうとしていたのだなと感じ入るものがあった。
アイヒシュテット近郊からは、恐竜の全身骨格の化石も見つかっている。
「ジュラ山脈の狩人」を意味するジュラヴェナトル(Juravenator)と名付けられた恐竜の化石。
そして、なんといっても、目玉はアルケオプテリクス。アルケオプテリクスの化石はこれまでに14体見つかっているが、ジュラ博物館が所蔵しているのは、1951年に発見されたアイヒシュテット標本。
そして、現在、ジュラ博物館には、アルケオプテリクスの羽毛化石が展示されている。1861年にゾルンホーフェン近くで見つかった最古の羽の化石だ。この羽こそがギリシャ語で「古い羽」を意味する「始祖鳥(Archaeopteryx)」という名前の由来となった化石だ。発見されたのはダーウィンの進化論が出た直後で、鳥と恐竜との繋がりを示す重要な証拠として注目されたのだった。
他にも翼竜やワニ、昆虫、植物など素晴らしい標本がたくさん。ジュラ紀の化石に興味があるなら、この博物館は、過去に行ったホルツマーデンの博物館Urwelt-Museum Hauffと並んで、マスト中のマストだな。今回、行けてよかった。
アルトミュール渓谷の博物館巡りは続く。