南西ドイツ弾丸旅行の二日目はシュトゥットガルトへ行った。シュトゥットガルトは大都市で見どころがたくさんありそうだけれど、時間がないので今回は目当てのシュトゥットガルトの州立自然史博物館(Staatliches Museum für Naturkunde Stuttgart)に的を絞ることに。この博物館はMuseum am LöwentorとMuseum im Schloss Rosensteinという二つの建物に分かれている。そのうちのMuseum am Löwentorは古生物と地質学の展示がメインなのでそちらへ。
シュトゥットガルト自然史博物館で知る恐竜から鳥への進化
南西ドイツ弾丸旅行の二日目はシュトゥットガルトへ行った。シュトゥットガルトは大都市で見どころがたくさんありそうだけれど、時間がないので今回は目当てのシュトゥットガルトの州立自然史博物館(Staatliches Museum für Naturkunde Stuttgart)に的を絞ることに。この博物館はMuseum am LöwentorとMuseum im Schloss Rosensteinという二つの建物に分かれている。そのうちのMuseum am Löwentorは古生物と地質学の展示がメインなのでそちらへ。
1階展示フロア。地質時代順に化石が展示されている。でも、順路が一直線でないので、ちょっとわかりづらかった。ここでは三畳紀の化石を展示している。三畳紀(約2億5100万年前〜1億9960万年前)はペルム紀の次でジュラ紀の前、中生代の最初の紀である。私のこれまでのドイツ国内化石ハンティングではペルム紀、ジュラ紀、白亜紀などの化石に触れて来たが、三畳紀は未知の世界だ。どんな時代だったのだろうか。
三畳紀はドイツ語ではTrias(トリアス)という。というよりも、Triasを日本語に訳したのが「三畳紀」だと言う方が正確かな。前々回の記事に、ジュラ紀は前期、中期、後期の3つの区分があり、ドイツではそれぞれの区分の地層の色にちなんで黒ジュラ紀、茶ジュラ紀、白ジュラ紀とも呼ばれていると書いたけれど、三畳紀も同じように前期、中期、後期の3つに区分される。区分ごとに地層の色が異なり、それが重なっていることから三畳紀とされた。命名者は南ドイツ、ハイルブロン出身の地質学者フリードリッヒ・フォン・アルベルティ。そしてこの3つの層は上から順にコイパー砂岩(Keuper)、ムシェルカルク(Muschelkalk)、ブンテル砂岩(Bundsandstein)と呼ばれる。地層はもちろん下から上に堆積するから、一番上のコイパー砂岩が最も新しい。一番古いBundsandsteinは、日本語に直訳すると「カラフルな砂岩」という意味だ。カラフルというけど、実際に見ると赤っぽい。
ブンテル砂岩に残ったラウスキア類の足跡。三畳紀前期、この化石が発掘されたあたりではしばしば川が氾濫し、湿った周辺の土の上にいろいろな生き物が足跡を残した。水が引き、土壌が乾燥すると足跡も乾いて固まった。再び洪水が起きると足跡の凹みに堆積物が溜まっていったらしい。
こちらはブンテル砂岩の上のムシェルカルク層。ドイツ語でムシェルとは貝、カルクは石灰岩なので、要するに貝などがどっさり埋まっている石灰岩ということね。
アンモナイトなどがギッシリ
ムシェルカルクからよく見つかる海棲爬虫類、ノトサウルス
コイパー砂岩層の展示はなぜか写真を撮り忘れてしまった。この博物館にはジュラ紀の化石も多数展示されている。そのうちの黒ジュラ紀化石の多くは前日に訪れたホルツマーデンで発掘されたものだ。素晴らしい標本ばかりでどれも一見の価値があるが、今回の記事ではこの博物館で個人的に面白く感じた「鳥から恐竜への進化」展示をクローズアップする。(黒ジュラ紀の化石が気になる方は、是非こちらを見てね)
最近、恐竜関連の本で”恐竜は厳密には絶滅しておらず、恐竜の一部である獣脚類が鳥類に進化して今現在も生きている“と読んだ。知識としてはそうインプットしたのだけれど、恐竜が、それも「鳥」の字がつく鳥盤類ではなく獣脚類が鳥へ進化したというのがなんともややこしく、イメージ的に今ひとつピンと来ていなかった。一体どうやったらあんな怪獣っぽいやつらがインコやジュウシマツへ進化できたのだろうか?
それを知るには、獣脚類の指と首と尾に注目すると良いらしい。写真はドイツの三畳紀の地層から発掘された最大の獣脚類恐竜、リリエンステルヌス(Liliensternus)の復元骨格。この肉食恐竜の首は前にまっすぐに伸び、尾は長く、指は4本ある。最も古い時代の恐竜は指が5本だったそうだが、1 本少ない4本になっている。
4本
上のリリエンステルヌとジュラ紀後期の獣脚類、アロサウルス(Allosaurus)を比較してみよう。アロサウルスは首がS字型に曲がり、指は前足が3本、後ろ足が4本である。
3本
次にコンプソグナトゥス(Compsognathus)の図を見ると、骨がかなり軽量化しているのがわかる。首の下にV字型をした骨がある。これはGabelbein (Furcula)といって鎖骨が中央で癒合したもので、鳥類に見られる特徴だそうだ。鳥が翼を上げ下ろしして飛ぶ際に重要な役割を果たす。足の指もぐっと華奢になっているね。
コンプソグナトゥスのモデル。羽毛に覆われ、小さいせいもあり、確かに鳥っぽい。
これは白亜紀前期のカウディプテリクス(Caudipteryx)。カウディプテリクスとは「尾に羽毛を持つもの」という意味だそうで、前足と尾の羽毛が長い。歯が描かれていないことにも注目。
カウディプテリクスの化石
カウディプテリクスと近縁のオヴィラプトルのメス
次は白亜紀の前期から後期にかけて繁栄したドロマエオサウルス。尾が固り、腕が長くなっている。後ろ足の指は鳥と同じように鉤爪になっている、木に登る際に枝を掴むのに適していたと考えられるそうだ。
ドロマエサウルス科ミクロラプトルのモデル
このように獣脚類の恐竜は長い年月をかけて次第に鳥的な特徴を獲得していった。
そして1860年、南ドイツのゾルンホーフェンで初めて始祖鳥(アーケオプテリクス、Archaeopteryx)の化石が発見される。
始祖鳥のモデル
始祖鳥という名前からには史上最古の鳥なのかと思えば、羽毛や翼を持ち相当に鳥っぽいものの、現在の鳥の直接の祖先ではないらしい(紛らわしい〜)。この辺りのことは展示には詳しく説明されていなかった、身近にある恐竜関連資料を読んでも説明が微妙にまちまちで今ひとつクリアにならないので、とりあえずここでは保留にしておこう。近々、恐竜の専門家に質問することにする。
現在の鳥
鳥は鳥でさらに進化して、現在は姿かたちの様々な鳥が約1万種もいるとされているのだから進化というのは不思議で面白いね。
以上、自分の関心によりかなり偏った紹介になってしまったので、シュトゥットガルト自然史博物館(Museum am Löwentor)の全体的な様子が知りたい方は、以下の動画をどうぞ。
Googleマイマップでドイツ食文化関連博物館マップを作った
一人でハマっているドイツまにあっく観光マップ作りもすでに9個目。今回はドイツ食文化関連博物館マップを作ってみた。
カテゴリーは「ビール博物館」「ワイン博物館」「パン・お菓子博物館」「果物関連博物館」「コーヒー・紅茶博物館」「肉・魚関連博物館」「その他の食べ物・飲み物関連博物館」、そして「食文化関連博物館」の8つ。
ビール博物館やワイン博物館は小さいものも含めると無数にあるので、全ては網羅していない。私はビールが飲めないのだけれど、以前行ったこのビール博物館はとても面白かった。
100種類以上のビールが飲めるレストランを併設したバイロイトのマイゼル醸造所ビール博物館
ドイツの食べ物というとすぐにソーセージを思い浮かべると思うけれど、意外に漁業関連の博物館もある。「その他の食べ物・飲み物関連博物館」カテゴリーにはキャベツ博物館やスープ博物館など、マニアック度の高いものも登録した。
食文化関連はとっつきやすいテーマなので、誰でも楽しめるのではないかな。よかったらマップを使ってみてください。そして、このマップに登録していない面白い食のミュージアムを知っていたら、ぜひ教えてください。
ドイツ最大のプライベート化石博物館、ホルツマーデンのUrwelt-Museum Hauff
先週、南ドイツのシュトゥットガルト方面へ行く用事があった。シュトゥットガルトといえば、その近郊にかねてから行きたいと思っていた場所があったのでついでに立ち寄ることにした。それは、ドイツ国内で最大のプライベート化石博物館とされる、ホルツマーデン(Holzmaden)のUrwelt-Museum Hauff。ジュラ紀の大型化石標本が多数展示されているというこの博物館を1年ほど前にテレビで見て以来、ずっと気になっていたのである。ホルツマーデンは小さな村なのでアクセスはあまり良くない。宿泊予定だったエスリンゲンからは車で30分くらい。
到着
ガーデンスペースに恐竜のモデルが立っているので、見落とす心配はない
とうとう来たか〜とワクワクしながら館内に入り、チケットを購入。オーディオガイドは残念ながらなかった。事前にウェブサイトで確認してこの日はガイドツアーがないと知っていたけれど、ダメもとで聞いてみる。「今日はガイドツアー、ありませんか?」
すると、「今日は設定されてないけど、個人で申し込むことはできますよ。60ユーロかかりますけど」と受付の女性。60ユーロと聞いて一瞬考えたが、夫と一緒だったので一人あたり30ユーロ。せっかくここまではるばる来たのだし、専門家に案内してもらえるチャンスを逃すのもと思い、お願いすることに。ガイドさんは当館で化石のクリーニングを担当している技術者のクラウス・ニールケンさん。
この博物館、Urwelt-Museum Hauffはホルツマーデン生まれの化石収集家、ベルンハルト・ハウフ氏が設立したプライベート博物館である。ハウフ氏の父親は化学産業に従事しており、粘板岩の採石場を所有していた。その採石場から出る化石に幼少期から魅せられていたハウフ氏は化石のクリーニングの技術を習得し、1936年、自らのコレクションを展示する目的でこの博物館を設立した。息子のベルンハルト・ハウフ・Jr.氏はテュービンゲン大学で古生物学博士号を取得し、父の博物館を引き継いだ。そして現在は孫のロルフ・ベルンハルト・ハウフ氏が館長を務める。一家三代に渡るライフワークとしての博物館。そこからしてすごいスケールの話である。
まず、この地域の地層についてざっと見てみよう。ホルツマーデンはシュヴェービッシェ・アルプという丘陵地帯の麓(北西側)に位置する。(小さい村なので以下の地図には記載されていないけど、Kirchheim u. Teck と書いてあるところのそば)
Image: Thomas Römer, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=55865564
シュヴェービッシェ・アルプ地方はジュラ紀にはトロピカルな浅い海に覆われていた。だから、この地方からはジュラ紀の海の化石がたくさん産出されるのだ。ジュラ紀というのは中生代の真ん中、三畳紀と白亜紀に挟まれる地質時代だが、そのジュラ紀はさらに前期(リアス期)、中期(ドッガー期)、後期(マルム期)に分けられる。ドイツではそのそれぞれを黒ジュラ(schwarzer Jura)、茶ジュラ(brauner Jura)、白ジュラ(weißer Jura)と呼ぶことが多い。その地質年代に相当する地層が黒、茶、白という特徴的な色をしているからだ。
以前、当ブログで紹介した化石の名産地、ゾルンホーフェンの地層はジュラ紀の中でも白ジュラ紀の時代に堆積したものだ。実際、ゾルンホーフェンの岩石は白っぽい色をしている。それに対してここ、ホルツマーデンの地層は黒ジュラ紀の地層で、ポシドニア頁岩と呼ばれる粘板岩は歴青を多く含むため、濃っぽいグレーなのだ。ジュラ紀に浅い海に堆積した泥の層が、その上に堆積した地層の重みで1/20の容積に押しつぶされてできたらしい。そのため、このあたりで産出される化石はおせんべいのようにぺしゃんこだ。
入り口を入ってすぐの展示室には地域の地質の説明パネルの他、大きな階段状の地層モデルが展示されている
これはサメの化石。お腹のあたりに何かが密集している?
と思ってよく見ると、、、、エエーッ!!これはベレムナイト!こんなに大量のベレムナイトがサメの胃の中に!?ベレムナイトとは白亜紀に絶滅したイカにソックリな生物である。この短い五寸釘のようなものは、死んで分解されても残りやすい鏃型の殻部分で矢石とも呼ばれる。
「もしかしたら、これがこのサメの死因だったのかもしれませんね」とニールケンさんは笑った。
イカを大量に食べて消化不良で死んだサメなのか、これは?
ふと、その昔、私の母の同僚が映画館で大量のスルメを食べ、ビールを飲みながら映画を見ていたら、胃の中でスルメが膨張して大変なことになり、病院に運ばれたというエピソードを思い出してしまった。イカのドカ食いには気をつけよう。
サメの他にこの博物館ではイクチオサウルス、プレシオサウルス、翼竜やワニなどの大型化石が見られる。
ホルツマーデン周辺の粘板岩から産出する化石の特徴は、生物の軟体部もよく保存されていること。普通は軟体部は分解してなくなってしまい、残るのは骨などの硬い部分だけれど、この辺りの化石は酸素の乏しい地層に閉じ込められたことで軟体部も保存されやすかった。
イクチオサウルスの骨格標本。尾が下向きに折れ曲がっている。
すごく保存状態が良いけれど、なぜ折れ曲がっているのだろう?
その疑問は軟体部分が残っている別のイクチオサウルスの標本を見て解けた。
なるほど、尾びれの下側の部分だったのか〜。
それにしても惚れ惚れとしてしまう立派な標本である。

こんなに隅々まで綺麗に残っていると、ジュラ紀に生きていらしたんですね、と話しかけたくなってしまう。一つ一つの標本がリアルな個体として迫って来る。
これはまた別のイクチオサウルスなのだけど、肋骨の内側に小さなリング状のものがたくさん並んでいるの、見えるかな?
「これはメスで、お腹の中に胎児が5体いますよ」
エエ?胎児?妊婦さんだったの?
「一匹は無事に産まれたみたいですね。ほら、左上を見てください」と言われ、標本の左上に目をやると、
あ、赤ちゃんがーーーっ!!一匹産み落としたところで力尽きたなんて、お母さん、悲しすぎ。
なんだか圧倒される標本の数々。ワニの化石もすごいですね。
ここの化石は軟体部が保存されやすいと先にも書いたけれど、こんなベレムナイト標本、初めて見たわ。
アンモナイトと魚が重なった瞬間が永久スクリーンショットされてる!
驚きの連続。そしてこの博物館の一番の目玉はこのウミユリの群生標本だ。ユリというから植物なのかと思ったら、ウミユリはヒトデやウニなどと同じ棘皮生物だった。標本の真ん中あたりの高さのところに横向きに黒っぽいものが見えるが、これは流木で、5本の腕を持つウミユリの成体がこの流木につかまるように付着してゆらゆらと生きていた。この標本はウミユリ化石の標本としては世界最大で、なんと18×6mもある。クリーニングには18年もかかったという。
細部
感動のガイドツアーが終わった。60ユーロの価値はあると感じたが、一人5ユーロの日曜ツアーも定期的にあるので、興味のある方は日曜を狙って行くのがおすすめ。
博物館のすぐ前(道路を渡った反対側)には化石収集体験のできる小さな石切場もある。でも、子供向けなので本格的にやってみたい場合は博物館から約2.5kmのところにある石切場、Schieferbruch Kromerが良いと教えてもらった。私も絶対行くつもり!
日本のマニアックな観光地 3 三笠市立博物館で日本一のアンモナイトコレクションを見る
前回、前々回と番外編の日本のまにあっく観光地を紹介しているが、その3(今回で最終回)は東京から大きくジャンプして北海道三笠市の三笠市立博物館。道央にあるこの博物館では日本一のアンモナイトのコレクションが見られると知り、行く気満々だった。
しかし、季節は真冬。実家からはまずバスで旭川駅まで行き(30分弱)、そこから電車で岩見沢まで行き(約1時間)、そこからローカルバスに乗り換えてさらに1時間近く移動しなければならない。行こうと思った日の前日、旭川の最低気温はマイナス21度だった。さすがに無謀では。内心諦めかけたところに我が母は言う。「多分三笠の方はそんなに寒くない。大丈夫だ」と。さすが道産子歴70余年。母がそう言うならと決行することにした。
博物館最寄りの幾春別バス停留所に到着
博物館への道。写っているのは我が母と娘
あった!
ドイツからはるばる来たよ、三笠市立博物館。これで閉まってたら泣くところだった。
おーっ。これは見るからに凄そう!
フロアは巨大なアンモナイトの標本のオンパレード。この光景だけでも一見の価値がある。側面にも大小様々なアンモナイトが展示されている。その数、およそ600点。日本一を誇るアンモナイトコレクションだそうだが、そもそもなぜここにそれだけのアンモナイト化石が大集合しているのかというと、三笠市及びその周辺には蝦夷層という白亜紀の地層が分布しているため。蝦夷層からはアンモナイトやイノセラムス(二枚貝)の化石が多く見つかるのだ。
縫合線くっきりのアンモナイト標本。アンモナイトの内部はたくさんの小さな部屋に分かれていて、そのそれぞれを分ける壁を隔壁と呼ぶ。縫合線とはその隔壁と外側の殻の接線で、このような複雑な模様を描くものもあるそうだ。
日本最大級のこの標本の表面にも縫合線が見られる
展示の説明はかなり詳しく、アンモナイトの系統図から見分け方の説明、さらには新種がどのように論文に記載されるのかまで説明されている。小さな町の博物館とは思えない充実ぶり。
ところでアンモナイト標本の中央の窪みのことを「へそ」と呼ぶが、おへその部分は殻が薄くて風化しやすいので大型標本にはおへそがないものが多いらしい。三笠市立博物館の大型標本にはおへそがある。また、アンモナイトには「正常巻き」のものと「異常巻き」のものがある。アンモナイトと言われて普通、頭に思い浮かべるシナモンロールのようにくるりと巻いたものは正常巻きのアンモナイト、それ以外のものは異常巻き。でも、異常巻きのアンモナイトは病気のアンモナイトということではない。巻いていないタイプを総称して正常巻きのものと区別している。
北海道を代表する異常巻きアンモナイト、ニッポニテス
これもアンモナイトなんだ!
2017年に三笠市で発見された新種のアンモナイト、ユーボストリコセラス・ヴァルデラクサム
とにかくいろんな種類のアンモナイトを見ることができて、本当に面白い。北海道産の標本だけでも十分過ぎる見応えがあるが、世界各地で発見された見事な標本もたくさん展示されている。
あれっ。この黄色い板はもしかしてドイツのゾルンホーフェン産では?
実は私もゾルンホーフェンで採集して来たんだよね。(詳しくはこちらの記事)
北海道では首長竜やモササウルスの化石も見つかっている。
1976年に三笠市で発見されたモササウルスの新種、エゾミカサリュウの模型
他にもコンボウガキと呼ばれる細長いカキの化石とか、面白いものがたくさん!もうー、書ききれない。そして、ここまでに紹介したものは三笠市立博物館に全部で6つある展示室のうちの一つでしかないのだ。他の展示室では日本最古の炭鉱である幌内炭鉱における労使を含めた郷土史の展示が見られる。そちらも大変興味深かった。
アクセスが良いとは言い難いものの、行く価値大いにありの素晴らしい博物館で大満足。今回は雪に埋もれていたため見学しなかったが、この博物館周辺はジオパークになっていて(三笠ジオパーク)地層の観察もできる。
北海道にはこんな面白いものがあったのかと故郷を再発見できたのも収穫だった。そして、この三笠市立博物館だけでなく今回の日本里帰り中に立ち寄った古生物関連博物館の全てでゾルンホーフェン産の化石標本を目にして、世界的に有名な化石の産地で化石収集体験できる環境にいるのは恵まれたことなんだなあと実感したのである。
追記:
みかさぐらしさんによる三笠市立博物館館長さんのインタビュー動画がとても面白いです。
日本のマニアックな観光地 2 世界のカバン博物館
引き続き、番外編で日本への里帰り中に訪れたまにあっく観光地の紹介である。前回は高知県の室戸ユネスコ世界ジオパークを紹介した(記事はこちら)が、今回は東京都台東区にある世界のカバン博物館についてレポートしよう。
この博物館は鞄メーカー「エース株式会社」本社ビル7階にある。都営浅草線浅草駅からすぐ。世界中から集めた珍しい鞄が展示されているという。嬉しいことに入館料は無料。そう来たら、行かなきゃ損損!

博物館入口を入ってすぐに目につくのは、円形のフロアパーティションの壁面を使ったカバンの色見本ディスプレー。写真に写っていないけれど、この曲線に沿うようにして左側の壁に「カバンの歴史」を示す展示がある。人類の生活においてカバンというものがどのように生まれ、発展していったかがわかる面白い展示だった。
展示によると、人類が最初にカバンを使ったのは紀元前3000年以上前にも遡る。最初のカバンは動物の皮や植物で作った袋だった。移動生活をしていた人々はそうした袋に食べ物や武器などを入れて運んだ。古代エジプト時代に川を利用して荷物を運搬する技術が発達し、木の幹をくり抜いて作った「トランク」が登場する。カバンには次第に装飾が施されるようになり、時代の推移の中でカバンは富と権威の象徴となって行く。世界の様々な地域で身近な素材や生活習慣に応じたそれぞれのカバンが発達したが、交易が盛んになると互いに影響を与え合い、異民族の要素も取り入れながらカバン文化が発展して行く。日本では平面布で物を包む文化が主に発達し、風呂敷や巾着袋を生み出した。鎖国をしたことで独特のカバン文化が発展し、江戸時代は袋物黄金時代と呼ばれるほど様々な名作を生み出したそうだ。近代になると産業革命によってカバンづくりが工業化し、様々な素材を利用したカバンが売られるようになる。また、交通機関の発達で旅が大衆化すると、ポーターが運んでいたそれまでのトランクも旅行者が自分の手で持ち運びやすいものへと変化していった。ハンドバックも列車の旅の際の手荷物入れとして登場し、次第に日常生活でも使われるようになったそうだ。人類の歴史においてカバンは生活文化の発展と共に発達し、生活が多様化した現在では用途や場面に応じた様々なカバンが使われている。
と、ざっくりとまとめてしまったが、展示では詳細な説明がなされていて読み応えがあった。
「カバンのひみつ」コーナーではカバンづくりの動画やパーツの名称を示すパネルなどがある。日頃、あまり何も考えずに使っているカバンだけど、よく考えられ技術を駆使して作られているのだなあ。
その先はいよいよこの博物館が誇る世界のカバンコレクションのコーナーだ。エース株式会社の創業者である新川柳作氏が収集した世界の珍しいカバン約550点の中からその都度セレクトし、展示しているという。

面白いカバン、希少なカバンのオンパレードで、またカバンを通じて世界のいろいろな民族の生活文化にも触れることができ、楽しい。どれも魅力的で全部紹介したいくらいなので興味のある方は是非、見に行ってみてください。以下は私が特に気に入ったもの。
イタリアのワインボトル入れバッグ
スイスの学童用バッグ
スウェーデンのベリー摘み用の籠
トルコの穀物袋
オセアニアの籠バック
ベトナムのプラ紐バック
セネガルの空き缶で作られたアタッシュケース
ネパールのショルダーバックとウズベキスタンのリュックサック
米国製30年代のワードロープトランク
日本の図嚢
戦時中の日本で作られていた鮭皮のバック
車掌さんのカバン。懐かしい!
この他にも著名人が寄贈したカバンのコーナーや特別企画展もあり、充実している。ウェブサイトによると、エース創業者の新川氏は1958年にドイツのオッフェンバッハにある皮革博物館を訪れ、「皮革製品が無数に展示されているけれどカバンが少ない」と物足りなく感じ、このカバンの博物館を創られたそうだ。(と思ってオッフェンバッハの皮革博物館のウェブサイトを見たら、博物館100周年記念でなんと現在「カバン展」をやっているではないか!行かなくちゃ)
これからカバンを見る目がちょっと変わりそう。
日本のマニアックな観光地 1 室戸ユネスコ世界ジオパーク
年末からしばらく更新していなかった当ブログ、1月もすでに後半に差しかかってしまったが、今年もドイツのまにあっくな観光スポットをどんどん発掘して行くつもり。年末年始は日本へ里帰りしていた。日本でもまにあっく観光を楽しんで来たので、今回から数回、番外編として日本の面白い場所をいくつか紹介することにしよう。
その一つ目は高知県室戸半島の「室戸ユネスコ世界ジオパーク」。私の故郷は北海道だけれど、今回は仕事の関係で弟一家が住んでいる高知も訪れた。弟夫婦にあちこちドライブに連れて行ってもらい、北海道やこれまでに住んだことのある関東地方とは異なる自然環境を楽しんだ。最近、ジオパークが気になっているので、高知県の端っこに位置する室戸ユネスコ世界ジオパークにも行って来た。
まずは高知市から南東へ約80kmのところにある「室戸世界ジオパークセンター」で室戸半島の成り立ちについてざっくりと予習。
このビジターセンターでは室戸半島の地形及び自然環境やそこに住む人々の暮らしについて展示されている。
室戸半島の地形モデル。全体が上下に襞を寄せたように隆起している。室戸半島のこの地形はプレートの運動によって「付加体」というものが繰り返し形成されることでできたそうだ。室戸半島は海洋プレート(フィリピン海プレート)が大陸プレート(ユーラシアプレート)の下に沈み込む海溝(南海トラフ)の北側に位置している。海洋プレートが沈み込む際、その上に堆積した砂や泥などが上方に押し出されて陸地にくっつく。すでにある地層の下部に新しい地層が潜り込むように付加されるのだが、それが繰り返されることで陸地がぐいぐい押されて持ち上がり、段丘となる。室戸半島だけでなく四国全体が南から北に向かって押し上げられてできた地形で、海溝に近い南の地層が最も新しく、北の地層ほど古いそうだ。
海プレートが大陸プレートにぶつかって押し続けるため、室戸半島の大地は平均約2m/千年のスピードで隆起しているそうだ。ジオパークセンターでは南国市にある高知コアセンターの研究や地震・津波観測監視システムDONET 2についても展示している。情報を一般向けにわかりやすく提示している良い情報センターだと思う。
さて、それではジオパークを実際に見てみよう。いくつかある室戸ユネスコ世界ジオパークの見どころのうち、室戸岬の灌頂ケ浜を歩いてみた。
奇妙な黒と灰白色のシマ模様の岩があちこちに横たわっている。このようなシマシマはタービダイト層と呼ぶそうだ。泥が海水中で堆積して固まった黒色の泥岩と灰白色の砂岩が交互に重なってできている。泥が堆積している場所に土砂を多く含んだ混濁流によって砂が運ばれて来て堆積する。それが定期的に繰り返されてシマ模様になるらしい。
泥岩と砂岩は水平に重なるのだけれど、それが激しい地殻変動によって破断したり湾曲してぐにゃぐにゃに折れ曲がる。このような構造を「スランプ構造」と呼ぶんだって。
見て、このスケールを!
サンゴがたくさん。でも、ジオパークに指定されている場所なので拾ってはダメね。
日本の自然はダイナミックだね。
アコウの木(別名、タコノキ)。本当にタコのよう。このすごい根っこは台風の被害を抑えてくれるらしい。アコウの木にはイチジクのような実がなるそうだ。
この後、生痕化石が観察できるという羽根岬へも行ったけれど、残念ながら化石を見つけることはできなかった。またの機会にじっくり探してみたい。
日本国内にはジオパークに認定されている場所が現在、44箇所ある。そのうち9箇所がユネスコ世界ジオパークで室戸ジオパークはその一つだ。これから少しづつ日本のジオパークを回れるといいなあ。