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2017年から運営して来た当ブログですが、容量がいっぱいになってしまいました。

ドメインごと別のサービスへ引っ越すことも考えたのですが、大変なのでやめました。このブログはこのまま残し、今後はnoteに書いていくことにします。

ぜひご訪問ください。

ChikaTravel (note)

 

Google My Mapsでドイツ住文化観光スポットマップを作った

久しぶりに新しい観光マップを作成した。ここのところ、住文化をテーマにした博物館をいくつか紹介して来たので、ドイツ全国の住文化関連の観光スポットを集めてみた。これまでに作成した観光マップ同様、一般公開しているので、ドイツの住文化に関心のある方はぜひ利用してね。 「ドイツ住文化観光スポットマップ」 今回のマップのカテゴリーは、「住文化博物館」「野外博物館」「労働者コロニー」「田園都市」「モダニズム集合住宅」「ナチ時代の住宅地」の6つ。博物館だけでなく、集合住宅もドイツの住文化を知る上で欠かせない。住文化は建築と密接に結びついているけれど、建築関連のスポットとのどこまでをマップ化の対象にするかの線引きがなかなか難しかった。住文化観光マップなので、「人々の暮らしの場」としての建物であることを基準に、一般住居とその集落に対象を絞ることにした。したがって、お城の博物館などは対象外です。 最初のカテゴリー「住文化博物館」には実際に住居として使われていた建物を利用した博物館などをまとめた。たとえば、以下のようなタイプの博物館ね。 https://chikatravel.com/2020/02/06/heynstrasse8/ 博物館によって展示する住文化の時代や社会層が異なる。また、地域によっても住文化に違いがある。マップに登録した博物館の他、各地の郷土博物館もその土地の住文化を知るにはうってつけだ。ただ、郷土博物館は数が多すぎてとても網羅できないので、マップにはその一例のみ含めた。ほとんどの町に郷土博物館があるので、行く先々で訪れてみるとその土地の伝統的な住・生活文化が把握できる。その地方で豊富に採れる建材を使った建物や民族衣装など特色あるものが見られるので、見比べると楽しい。 https://chikatravel.com/2019/08/12/heimathaus-caputh/ 個別の博物館だけでなく、集落ごとオープンエアで展示する野外博物館もたくさんある。野外博物館にはもともとある集落をそのままミュージアム化したものと、地方の歴史的建造物を一箇所に集めたテーマパーク的なものがあるが、どちらも面白い。テーマパーク的な博物館には各種体験コーナーがあったり、年間を通じてイベントも催しているので子ども連れで行くのも楽しいと思う。古代ローマやケルトの住居跡を利用したテーマパークもたくさんあるけれど、そこまで時代を遡ると考古学の範疇に入るので、今回のマップでは中世後期以降のものに限定した。考古学観光スポットマップは別に作成してあるので、合わせてどうぞ。私が訪れてとても気に入ったヴェントラントの野外博物館を以下に紹介しよう。 https://chikatravel.com/2017/07/23/rundlingsdorf/ 次のカテゴリーは「労働者コロニー(ArbeitersiedlungまたはWerkssiedlung)」。ドイツでは19世紀後半から企業が労働者用の住宅を建設するようになった。産業革命以降、農村から多くの人が労働者として都市に流入して都市の人口が急激に膨れ上がり、深刻な住宅難を引き起こした。労働者の多くは賃貸バラック(Mietskaserne)と呼ばれるじめじめした不衛生なアパートに住み、病気が蔓延していた。大規模企業は工場の近くに住宅を建設し、社員に健康的で文化的な生活環境を提供するようになったのだ。いわゆる社宅である。エッセンの重工業企業、クルップ社が建設した労働者コロニー群は特に有名だ。 ドイツの建物は耐久性が高いので、この時代に作られた労働者コロニーの多くは補修や改築を経て現在も住宅として使われている。いろんなスタイルの社宅があるので、外から見学すると面白い。でも、人が住んでいるので、建物にあまり接近したり内部を覗き込んだりするのはNG。全国にかなりの数の労働者コロニーがあるので、歴史的に重要で文化財として保護されていているものをピックアップした。 ドイツには英国の社会改革者エベネザー・ハワードが提唱した田園都市のコンセプトに基づいて建設された住宅地も多くある。ドレスデン近郊のドイツ初の田園都市ヘレラウが有名だが、クルップ家も田園都市型の労働者住宅を建設している。 https://chikatravel.com/2018/04/26/margaretenhohe/ 次は「モダニズム集合住宅」。ワイマール時代にはバウハウスなどモダニズムの建築家が機能的で合理的なスタイルの集合住宅を建設した。モダニズムの集合住宅は日本では「ジードルンク(Siedlung)」と紹介されることが多い。ベルリンのモダニズムの集合住宅群はUNESCO世界遺産に登録されている。ベルリン以外ではフランクフルトやデッサウが有名だが、ザクセン州ニースキーにこんな木造モダニズムのジードルンクを見つけて、とても気に入った。 https://chikatravel.com/2017/06/26/niesky-konrad-wachsmann/ 最後は「ナチの時代に建設された住宅」。この時代にも住宅は建設されているけれど、住文化の文脈で注目されることは少ない。「血と土(Blut…
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氷河の置き土産 〜 北ドイツの石を味わう(基礎編)

前回の記事の続き。前回、北ドイツの至るところで目にする石の多くは、最終氷期に氷に押されてスカンジナビアからやって来たもので、総称してゲシーベ(Geschiebe、「押されて移動したもの」の意)と呼ばれることについて書いた。そしてそのゲシーベには実にいろいろな種類があり、建材や石畳の敷石などによく使われ、北ドイツの町をカラフルにしている。今回はゲシーベの種類についてわかったことをまとめようと思う。 私と夫はよく家の近所の森を散歩するのだが、散歩のついでに綺麗だなと思う石や見た目の面白い石をよく拾って来る。夫は漬物石サイズの石、私は小石やジャガイモ程度のものをよく集める。 森の中で面白い石を探しているところ 拾った石は、特に気に入っているものは家の中に飾り、サイズがちょうど良いものは庭の花壇の区切りに使ったりする。あとは他に使い道が思いつかないので、庭に適当に並べてある。 どうすんのこれ?と思わないでもないけど、、、 しかし実は、これらの石がどういう種類の石なのか、今まで全然わかっていなかった。ちょっと調べてみようという気になったのは、先日、給水塔の写真を撮りに訪れたベルリン近郊の町、Fürstenbergの博物館でゲシーベに関する展示を見たためだ。Museum…
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氷河の置き土産 〜 北ドイツの石を味わう(導入編)

ブランデンブルク州に引っ越して来てもう14年になろうとしている。ここに来て以来、ずっと気になっているものがある。それは、この辺りでよく見る大きな石。なぜかブランデンブルクでは至るところに大きな石がある。山もないのに、大きな石が畑や道路脇や公園など、あらゆる場所にごろんごろんと場違いな感じで存在している。一体、それらはどこから来たのか。誰がそこに石を置いたのか。 公園に配置された石 不思議に思っていたら、これらの石は「迷子石(Findling)」なるものであることがわかった。はるばるスカンジナビアから運ばれて来た石であるらしい。といっても、人間がわざわざ運搬して来たのではない。氷河によってドイツ北部に辿り着き、そのまま定着した移民ならぬ移石なのである。 ブランデンブルク州を含む北ドイツは、氷河時代には厚い氷床に覆われていた。特にエルベ川の東側(現在のベルリン、ブランデンブルク州及びメクレンブルク=フォアポンメルン州)は一番最後の氷期(ヴァイクセル氷期)にもすっぽりと氷の下にあった。氷床は気候変動によって拡大したり縮小したりしていたが、それだけでなく、少しづつ移動していた。スカンジナビア氷床は長い長い時間をかけて南へと移動し、その際に氷の下にあった大量の岩石が削り取られ、氷に押されてスカンジナビアからドイツへやって来たのだ。約1万年前、最後の氷期が終わった時、石たちはそのままドイツに置き去りになった。 ドイツではこのような岩石を総称して「Geschiebe(ゲシーベ)」と呼ぶ。英語でtill(ティル)と呼ばれる氷河による堆積物に相当する。北ドイツの土の中にはゲシーベが大量に埋まっていて、土を掘るとごろんごろんと顔を出す。古来から、畑を耕したり、建物を建てるために地面を掘るたびにゲシーベが次々と掘り出された。掘り出したものをまた埋めたりはしないので、野原は石だらけ。だから、ゲシーベは一般的には「Feldstein(野石)」と呼ばれている。 せっかく豊富にあるからということで、人々は昔からゲシーベを活用して来た。例えば、建材として。 野石造りの教会と壁 ブランデンブルクの田舎の教会には写真のようなゲシーベを積み上げたものが多い。私は立派な教会よりもこういう野趣のある小さな教会が好き。 それに、よく見て!ゲシーベには実にいろんな色のがあって、並べるとカラフルでとても可愛いのだ。私はこういう「一見同じようでありながら、よく見るとバリエーションが豊富」なものに弱いのだよねえ。 レンガとのこんなコンビネーションも素敵 ゲシーベは石畳の敷石にもよく使われる。大きな石を割って平らな面を上にして地面に敷き詰める。ブランデンブルク州ではこんなカラフルな石畳をよく見かける。上の画像では乾いているけれど、雨に濡れると鮮やかに光ってとても綺麗なので、雨の日はルンルンしてしまう。 小さな石を加工せずにそのまま並べたKatzenkopfpflasterと呼ばれる部分もある。Katzenkopfというのは「猫の頭」という意味。でも、猫の頭にしちゃあ硬い。痛いんだよね、こういう上を歩くのは。 敷石にもトレンドがあるようで、石がいつ敷かれたかによって、またはそのときの行政予算などにもよって石畳のタイプが変わって来るのだろう。ポツダム市の中心部には同じ通りであらゆるタイプの敷石がパッチワーク状に敷かれている場所があり、眺めていると面白くて、つい下ばかり向いて歩いてしまう。 さて、ゲシーベはの大きさは小さな石ころから巨石までさまざまだが、1枚目の画像のような大きいものを迷子石(Findling)と呼ぶ。体積が10㎥以上の特に大きなものはゲオトープとして保護されているそうだ。先日、地元のローカルペーパーを読んでいたら、うちの近所で道路工事中に大きな迷子石が掘り出されたと書いてあった。 北ドイツの地形は氷河の侵食・堆積作用によって形成された氷河地形である。私が住んでいるのは氷床のちょうど端っこだったあたりで、氷河が運んで来た土砂が堆積したエンドモレーンが形成されている。エンドモレーンには大小様々なゲシーベが埋まっている。今回、道路を掘ったらこんな大きな石が出て来たというのだ。専門家が鑑定したところ、かなり珍しいタイプの迷子石だとのことで、ゲオトープとしてこのままこの丘に設置されることになった。 ゲシーベは色とりどりで綺麗というだけでなく、よく見ればどこから来たものかがわかるのだという。ブランデンブルク州で見られるゲシーベは約35…
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ブランデンブルク探検隊 給水塔を巡る冒険

当ブログ「まにあっくドイツ観光」ではドイツ全国の面白スポットを紹介しているが、紹介スポットのセレクトは完全に私の独断と偏見によるものである。一般ウケは放棄しており、私にとって面白ければそれでいいのだ、と開き直っている趣味ブログだ。取り扱うテーマがあまりに雑多なせいか、検索で当ブログに辿り着いてくださる方たちの検索ワードはものの見事にバラバラで、コアな読者はいるのかいないのか。多分いないんだろうなあ〜。 なにしろ、私の場合、まず見たいものがあって出かけるというよりも、「まず行ってみる、話はそれからだ」という感じなので、自分でも何を基準に動いているのかよくわからない。何があるか知らないけれど、行ったことのないところへ行ってみたい。つまりは探検なのである。 ドイツに移住して30年近くの歳月が経過したが、その間に行ってみた場所はこんな感じだ。 印のついているのがこれまでに行った場所。未踏のエリアもまだあるけど、結構行ったと自負している。これらのうち半分くらいは一人で出かけて行った場所。残りは夫と一緒。青と赤で色分けしているが、赤いスポットはブランデンブルク州内のスポットだ。住んでいるのがブランデンブルク州なので、必然的にブランデンブルク州の密度が高くなる。ブランデンブルクの部分を拡大してみよう。 首都ベルリンをぐるりと取り囲むブランデンブルク州は観光地としての認知度が低い。ブランデンブルク州に何があるのか全く知らない、という人も少なくない。でも、私はその知られざるブランデンブルクを愛していて、暇さえあれば探検しているのだ。何があるのかわからないからこそ、探検のしがいがあるというもの。 こんな物好きは自分くらいだろうと思っていたら、なんと仲間がいた。ベルリン在住のライター、久保田由希さんもブランデンブルクを探検するのが好きだという。そこですっかり意気投合して、「ブランデンブルク探検隊」を結成してしまった。今のところ、隊員は私と由希さんの二人しかいない。由希さんはベルリンにお住まいなので一緒に探検するのはときどきだけ。普段の探検活動はバラバラだけれど、互いに活動報告をし合って楽しんでいるというわけである。 探検のテーマは多岐に及ぶが、目下、熱中しているのは給水塔巡りである。かつて飲料水や工業用水の供給に不可欠だった給水塔がドイツ各地に残っている。ブランデンブルク州にも数多くあるようだ。州内に散らばる給水塔を探し当てるというプロジェクトである。しかし、なぜ給水塔なのか?私の給水塔熱に火を付けたのは、ほかでもない由希さんであった。由希さんは以前から給水塔を含む塔がお好きで、ベルリンを中心に給水塔巡りをしているという。2018年の12月に私のポッドキャスト「まにあっくカフェ」で由希さんに塔の魅力をたっぷりと語ってもらったことがきっかけで、それまでそれほど関心のなかった塔が気になるようになったのだ。 まにあっくカフェ…
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ベルリン、Dunckerstraßeのアパートに見る1900年頃の庶民の暮らし 〜

先日、1900年前後の裕福な市民の生活文化を知ることができる博物館、ハイン邸を紹介した。(記事はこちら) 同じベルリン北部のプレンツラウアーベルク地区ドュンカー通り(Dynckerstraße)にも類似の住宅博物館がある。ほぼ同じ時代のものだが、ハイン邸との違いはハイン邸が資産家フリッツ・ハイン氏が自身と家族の住居として建てさせたものであるのに対し、ドュンカー通りの建物は賃貸アパートであったという点だ。どのように違うのだろうか。見に行ってみよう。       プレンツラウアーベルク地区は現在はお洒落なカフェやショップが多く、ベルリンの中でも人気の高いエリアだが、1900年前後の状況は全く違っていた。急激に産業が発達していたベルリンへ周辺の地方から多くの労働者が流入し、大変な住宅難を引き起こしていた。1850年にはベルリンの人口は40万人ほどだったが、それが1900年頃には200万人弱まで膨れ上がっていたというのだから凄まじい。ドュンカー通り77番地のこの建物は1895年に建築大工マイスター、ハインリッヒ・ブルンツェルが賃貸用に建てたアパートで、通りに面した棟(Vorderhaus)と奥の棟(Hinterhaus)とがいわゆる「ベルリンの間(Berliner…
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ドイツのネイチャーツーリズム 2 〜自宅の周りでバードウォッチング

前回の記事で、一見、観光資源に比較的乏しそうに見えるブランデンブルク州は実はネイチャーツーリズムを楽しむのにとても適していることについて書いた。森林をハイキン…