Googleマイマップで作るまにあっく観光マップの7つ目ができた。今回は在独日本人向けに実際的で超有用な情報サイト「ドイツ情報生活百科」を運営されているノラさん(@g_item)がドイツ国内の航空関連の博物館リストを提供してくださったので、それをベースにドイツ航空関連スポットマップを作ってみた。

カテゴリーは「博物館」「飛行クラブ」「レストラン」の3つ。

まず、博物館を見ていこう。

確認できたのは全国で44箇所。思ったよりたくさんあった。純粋な航空博物館の他に技術博物館の中に航空関連の展示コーナーがあるものや乗り物博物館も含めている。航空分野は私にとってほとんど未知の世界で、これまでに4箇所しか訪れていない。

そのうちの一つ、アンクラムのオットー・リリエンタール博物館はとてもオススメ!以下の記事で紹介している。

過去記事: 「ライト兄弟にインスピレーションを与えたドイツの航空パイオニア 〜 アンクラムのオットー・リリエンタール博物館

そして、ベルリンのガトー地区の空港にある軍事博物館の分館(Militärhistorisches Museum Flugplatz Berlin-Gatow)では、様々な戦闘機を見ることができる。

過去記事: 「ベルリン軍事史博物館

他にも気球博物館ヘリコプター博物館ツェッペリン博物館グライダー博物館など特定分野に特化した博物館もたくさんあり、充実している。

博物館をマッピングしたついでにドイツ全国の飛行クラブもマッピングしようと思ったが、検索してそのあまりの数の多さに仰天してしまった。ノラさんからドイツはスカイスポーツがとても盛んで、アマチュアの同好会もたくさんあると聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。一体全国にいくつのクラブがあるのかわからないが、グライダーだけでも相当な数だ。(グライダーの同好会をマッピングしたものがあったので、ご興味のある方はこちらをどうぞ)

いくらなんでも多すぎるので飛行クラブをドイツ航空関連スポットマップに登録するのは諦めたが、ウェブサイト上に「試乗可能」と明記されているクラブをいくつか登録した。ドイツでではないけれど、私は休暇の際にセスナ機に二度、ヘリコプターに一度乗ったことがあり、どちらもすごく感動的だったので機会があればまた乗ってみたいと思っていたところ。

さて、マップの3つ目のカテゴリー「レストラン」だが、スカイスポーツのできる飛行場にはレストランやカフェを併設しているところがある。先日、イーダー・オーバーシュタインへ旅行に行ったとき、地元の人が「飛行場のレストランが人気ですよ。料理も美味しい」と薦めてくれたので行ってみた。それがとても気に入ったのだ(ウェブサイトはこちら

飛行場に面したレストランのテラスで飛行機が離着陸するのを眺めながら食事ができる。ちょうど夕暮れの時刻だったので素晴らしかった。クラブの会員になってスカイスポーツをしなくても、食事をしながら見学するだけでもかなり楽しいと思う。

そしてこちらは飛行場のレストランではないが、バルト海沿岸の町、ロストックにあるパイロットバー、Schallmauer。経営者は夫と私の古い友人で、退官した空軍パイロットである。店内パイロットグッズだらけのかなりマニアックな飲み屋で面白いと思う。

 

以前、ニーダーザクセン州のニーンブルクで警察博物館に立ち寄った。それがなかなか面白かった(記事はこちら)ので、他の州の警察博物館も見てみたいなと思ったのだが、そのまますっかり忘れていた。先日、仕事でベルリン市の少年犯罪について専門家から興味深い話を聞く機会があり、ベルリン警察史博物館(Polizeihistorische Sammlung)の存在を思い出したので今週、行って来た。

警察史博物館はベルリン、テンペルホーフ地区の警察署本部の建物内にある。

入り口で身分証明書を見せて警察署の建物の中に入り、地下の展示室へ。

地下の博物館入り口

なんと入場料は1ユーロ。

展示室は2つあり、手前の部屋ではプロイセン時代から第二次世界大戦終戦までの警察史をパネルで展示している。奥の部屋に戦後のベルリン警察史が続く。開館時間は15:00までで、入館したのは13:00ちょっと過ぎだった。2時間あれば十分だろうと思ったのだが、説明文の量がとんでもなく多くて、ゆっくり読んでいたら時間が全然足りなかった!

ベルリンの警察史は19世紀初頭のプロイセン王国陸軍親衛憲兵隊(Königliche Landgendarmerie)に始まる。Gendarmerieはフランス語(gens d´armes)からの借用語で、ドイツ語に直訳するとWaffenleute(武器を持った人たち)の意。当初、憲兵隊は刑事警察と保安警察の両方の役割を担っていた。しかし、プロイセンはナポレオンとの戦いに敗れ国家滅亡の危機に陥ったことで、諸制度の大々的な改革の必要に迫られる(プロイセン改革)。その流れの中、1848年、王立国家警察(Königliche Schutzmannschaft)が結成された。

1848年結成当時の王立国家警察(シュッツマンシャフト)の制服。

さらに、1854年に警察改革が行われ、王立国家警察に水上警察(ベルリン市内や周辺には川や湖が多い)や騎馬隊、福祉警察など7つの部門が置かれ、警察機能が分化していく。それぞれの役割に応じた制服が導入され、警察官の養成が行われるようになった。1904年には初の警察犬も導入される。

プロイセン警察の制服いろいろ

治安秩序の維持という警察の機能は社会の変化の中で少しづつ形を変え、活動の幅を広げていった。19世紀半ばには産業革命によって社会構造や民衆の生活が大きく変容する。ベルリンの人口は急増し、多くの人が劣悪な労働・生活環境に置かれた。状況の改善を求め労働者らが社会運動を起こすようになると、集会や禁じられた発行物を取り締まることも警察の重要な任務となっていった。

やがて第一次世界大戦が勃発すると、警察は「非常時」であるとして市民生活の監視に乗り出す。娯楽を制限し、売春行為を取り締まり、代替食品の流通や売買を監視した。混乱の中で蔓延する少年犯罪を取り締まる必要性も生じた。そして、1918年のドイツ革命の後、王立国家警察が解除されると、混乱期における紆余曲折を経て1919年、治安秩序警察は治安警察(Sichertheitspolizei、略称SiPo)と秩序警察(Ordnungspolizei、略称OrPo)に二分された。しかし、1920年のさらなる改革で秩序警察は廃止され、新たに治安秩序警察(Schutzpolizei、略称SchuPo)が創設される。ここまでのベルリン警察史、かなり複雑で近代史が頭に入っていないと把握するのが大変である。治安秩序警察とは別に、1872年に導入された刑事警察(Kriminalpolizei、略称KriPo)はそのまま機能を保持し続けた。

時系列で展示を読み進んで行くと、やがてドイツ史において避け流ことのできない時代、ナチス時代に突入した。ナチス政権下では秘密国家警察(Geheime Staatspolizei、通称ゲシュタポ)が発足し、刑事警察と統合されて保安警察(Sicherheitspolizei)となる。似たような用語が多くて大変ややこしいのだが、このときドイツ警察長官に任命されたハインリヒ・ヒムラーはこの保安警察と秩序警察を合わせたドイツの警察機構全体を掌握することとなる。そして警察内の人員整理により要職はナチスの親衛隊や突撃隊のトップで固められていく。

いつものことだけれど、この時代についての資料は読むのがとても辛い。

ナチス政権下の警察による青少年への洗脳の様子

1つ目の展示室での展示は第二次世界大戦終戦時までで、続きは奥の展示室にまとめられている。戦後、ベルリン市は連合国により分割統治されたが、その際に警察機構も再編成されることになった。新しい警察署はソ連の占領区域に置かれ、ソ連はベルリンの警察機構に対し大きな影響力を持つことになったが、ベルリン市の支配を巡って英米仏とソ連の間の対立が深まり冷戦が始まるとベルリンは東西に分断され、警察機構も二つに分かれてそれぞれの路線を歩むことになる。

英米仏占領区域で使われた警察グッズ

ベルリンが東西に分かれ、ドイツ統一により再び一つになるまでの間の警察史もあまりに濃い。東ベルリンでは秘密警察・諜報機関、シュタージが創設されて市民を監視し、西ベルリンでは学生運動やテロ、住居の不法占拠など警察が大々的に出動する事態が次々と起こった(と、一言でまとめるのは乱暴すぎるけれど、この時代についての資料を紹介するとそれだけで1つの記事になってしまうので)。晴れてドイツが再統一されると、今度は混乱の中でベルリンの治安が急激に悪化した時期もあった。プロイセン時代に初めて警察機構が誕生して以来、ベルリンは激しい社会の動乱と体制の変化を繰り返し乗り越えて現在に至るわけで、その中で警察が果たして来た役割(良いことも悪いことも含め)の重みを考えると、同じ警察でも他の州の警察とは事情が異なるとしか言いようがない。

 

展示室では警察史のパネルの他、警察の道具やベルリンで起こった事件に関する展示物も見られる。

ベルリン警察帽コレクション

警察官のパーティ用ユニフォーム

1937〜1945頃に使われていた法科学鑑定の道具

不法侵入の道具

様々な事件の犯行に使われた凶器

1995年ベルリン、ツェーレンドルフ地区で起こった銀行強盗事件に関するコーナー

ベルリンの歴史に触れるには多くの切り口があるが、警察史から考えるベルリンも面白い。以前行ったベルリン・スパイ博物館の展示に通じるところもあるので、そのときに書いた記事を貼っておこう。

ベルリンスパイ博物館

 

久しぶりに観光マップを作った。

今回は「オスタルギー関連スポットマップ」。オスタルギーとはなんぞや。ドイツはご存知の通り、1989年まで西ドイツと東ドイツに分かれていた。ベルリンの壁が崩壊し、ドイツが再統一されてからもう30年近くになる。旧東ドイツ(DDR)に生まれ育った人たちの中にはDDR時代の生活文化を懐かしく思い出す人が少なくないようだ。「オスタルギー(Ostalgie)」とは東を表すOstとノスタルジー(nostalgy)とを合わせた造語である。

チープなDDR製品には素朴さや独特の味わいがあり、旧東ドイツ育ちでない人たちの中にもファンがいる。また、DDRの生活文化に触れることが冷戦の時代について知るきっかけになることもある。そこで、オスタルジーを感じられるスポットをまとめてみた。

東ドイツにはDDR時代の生活文化や社会文化について展示をしている博物館が数多くある。

観光客にとって最もメジャーなのはベルリンにある「DDR Museum」や「Museum in der Kulturbrauerei」でどちらも興味深いが、個人的オススメはアイゼンヒュッテンシュタット(Eisenhüttenstadt)の「Dokumentationszentrum Alltagskultur der DDR」。

DDR製の乗り物博物館もたくさんある。国民車トラバントの博物館はもちろん、DDR製の二輪車や電車、作業用車両もレトロなデザインで、眺めるだけでも楽しい。

 

関連動画を見つけたので貼っておこう。

DDR時代を彷彿とさせるカフェやレストラン、ホテル、映画館もいくつかある。(全ては網羅していないと思うので、登録したスポット以外のものをご存知の方は「こんな場所あるよ」と教えて頂けたら嬉しいです。追加します。

このブログではショッピング情報は敢えてシェアしていないけれど、今回は例外的にDDRグッズの買えるショップも登録した。その他、東ドイツには街並みにDDRの雰囲気が今なお濃厚に残っている場所がある。

上でも紹介したアイゼンヒュッテンシュタットの他、

マクデブルク(Magdeburg)の中心部や

ホイエルスヴェルダ(Hoyerswerda)の駅前、東ベルリンのカール・マルクス通りなど。

今回登録したものの他に、東ドイツにはDDR時代の政治犯の取り調べ所の建物を資料館にした場所や東西ドイツの国境検問所ミュージアムなど、DDR時代の政治状況や冷戦について深く学ぶことのできるスポットも非常に多くある。とても興味深いがそれらはオスタルギーとは切り口が違うので、今回のマップは生活文化を軸に関連スポットを集めた。

結構見てきたつもりだけれど、マップを作ることでまだまだ見たい場所がたくさんあることがわかった。これから少しづつ訪れたい。