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セイシェル・ヨットクルージング ④ シュノーケルでインド洋の生き物を観察
いつからか、野生の生き物を観察することが大きな趣味の一つとなっている。自宅の庭や周辺でバードウォッチングをするほか、アニマルトラッキングや野生動物のモニタリングボランティアなどもしている。しかし、私の住んでいるドイツは国の北側にしか海がなく、北海やバルト海は夏でも水が冷たくて泳ぐのにはあまり適していない。だから、トロピカルな海に飢えているところがある。
そんなわけで、セイシェルではシュノーケルで海の生き物を見ることをとても楽しみにしていた。10日間のクルーズ中、毎日数時間シュノーケルをすることができたので、とても満足だ。セイシェルの内部諸島の多くはこちらの記事に書いたように、花崗岩の島だが、その周囲をサンゴ礁が囲んでいるので、シュノーケルスポットは豊富にある。たくさんのシュノーケルスポットに連れて行ってもらったうち、特に気に入った場所は、サン・ピエール島の周辺。その他、マエー島近くのサンタンヌ海洋公園(Sainte Anne Marine National Park)のサンタンヌ島とモワイヨンヌ島の間のコーラルリーフもとても良い。
サン•ピエール島。この島は花崗岩ではなく、海の生物の死骸が堆積してできた石灰岩でできた小さな無人島だ。
たとえばどんな生き物が見られるのか、GoProで撮った動画をいくつか貼っておこう。
イカの群れ。
シマハギ、パウダーブルーサージョンフィッシュ、ニシキブダイなど。
サンゴ礁は世界の海全体の1%に満たないが、海の生き物の25%がサンゴ礁に生息するとされている。セイシェルのサンゴ礁はおよそ300種のサンゴが形成し、魚は400種ほどだという。ただ、セイシェルの海でもやはり気候変動によるサンゴの白化現象はかなり進んでいるように見えた。サンゴには浅い海に分布する造礁サンゴと深い海に分布する宝石サンゴがある。シュノーケルで見えるのは造礁サンゴで、本来は褐色系の地味な色をしているものが多い。それは、サンゴは共生する褐虫藻が光合成によって作る栄養分に依存して生きているから。ところが、海水の温度が上がると褐虫藻が抜け出し、サンゴが餓死してしまう。つまり、白くなったサンゴは死んでいる。それでもかなりいろいろな魚を見ることができたけれど、本当に残念で、心配だ。
たぶん、ニセタカサゴの群れ。
スズメダイやマツカサの群れ。
ツバメウオ、スナブノーズポンパノなど。
マダラトビエイ。
ナンヨウブダイかな。
過去にシュノーケルをしたときには水中動画や写真は撮らなかったので、水中にいるときには感動しても、時間が経つと何を見たのだったかすぐに忘れてしまった。今回はこうして記録できたので、図鑑を見ながら種の同定を試みている。まったく知識がないので、図鑑を見てもあまりに種類が多くて、最初のうちはなかなか同じ魚を見つけられなかったけれど、しばらく取り組んでいたら少しづつ大まかなグループが把握できるようになって来てとても楽しい。また、水の中で見ているときには1つの種だと思っていた魚が実は微妙に異なる3〜4種だということがわかったりして面白い。地味な魚は同定が難しいけれど、ブダイやベラなどの派手なものは調べやすい。でも、ブダイだけでもすごくたくさんの種類があるんだなと驚く。未知の世界に足を踏み入れてしまった。
サザナミヤッコの幼魚
これは何ブダイ?
ミヤコテングハギ
ニシキブダイ
チェッカーボードベラ
トゲチョウチョウウオ、キガシラチョウチョウウオ
これまでに見分けることができたのは50種ちょっと。写真を撮れなかったものや、不鮮明でよくわからないものも多いので、ざっと70種くらいは見ることができたかな。
シュノーケルは本当に楽しい。お魚の種類を調べるのも楽しい。これで、ハマることがまた一つ増えてしまったのだった。
この記事の参考文献:
Mason-Parker & Walton “Underwater Guide to Seychelles” (2020) John Beaufoy Publishing Limited.
山城秀之 「サンゴ 知られざる世界」(2016) 成山堂書店
セイシェル・ヨットクルージング ④ 釣りと魚料理三昧のヨットの食事
前回の記事で、ヨットの上で釣りをしたことについて触れた。今回はクルージング中の釣りと料理についての記録である。
クルージング中は3食ともヨットの上でコックさんが調理してくれたものを食べる。実は、出発前には私はあまり食事に期待していなかった。というのも、今までいろんな国を旅して来たが、食文化の発達している国もあればそうでもない国もあった。過剰に期待するとガッカリすることがあるので、「美味しければラッキー」ぐらいのつもりでいることにしているのだ。
今回は小さな船なので食材をそんなに積み込めるわけではないし、キッチン設備も限られている。そんなにすごい料理が出てくるはずはないだろうと踏んでいた。
ところが、である。
釣り糸を海の中に垂らして移動したら、初日からじゃんじゃん魚が釣れる。
どんどん釣れるカツオ
予約したクルーズの内容には釣りは特に含まれていなかった。「少しでも楽しんでもらえるように」とキャプテンが自前の釣竿や釣り糸を持参して、アクティビティに加えてくれたのだ。これにはみんな大喜び!釣りとは言っても、勝手に引っかかる魚を順番に引き揚げるだけなのだけれど、2チームに分かれて、どちらのチームがたくさん釣るかを競い合ったら、ものすごく盛り上がった。
私が引き上げる番になった。一生懸命引っ張るが、すごく重い。
キャプテンが引き揚げるのを手伝ってくれた。なんと、私と同じくらいの身長のキングフィッシュだった!
これは、ジョブフィッシュというお魚。これもよく釣れた。
夫が釣ったキハダマグロ
すごく大きいのがかかった!
バラクーダ
釣ったお魚はコックさんが調理してくれる。新鮮なお魚だよ、わーい!
鱗取り
毎日毎日、お魚三昧。コック・カルロスによるお魚料理のバラエティは驚愕ものだった。お刺身だけでも、お醤油とライムで、サフランソースで、マスタードソースで、またはパッションフルーツをかけてなど、いろんな食べ方がある。火を使った魚料理はムニエル、オーブン焼き、バーベキュー、カレー、炒め物、グラタン、魚ピッツァなど、とにかく飽きさせない。
カツオのお刺身パッションフルーツがけ
セビーチェ
ムニエルみたいな料理
サフラン風味のオーブン焼き
バーベキュー
お刺身のマスタードソースがけ
手前のお皿はお魚と野菜の中華風炒め
蒸したジョブフィッシュとカツオのカレー
お魚グリルのサフランソース添え
真ん中はキハダマグロのお刺身オリーブオイルかけ
蒸したジョブフィッシュ、オレンジ風味
手前はジョブフィッシュのクリームソース
船の上の小さなキッチンで作り出される美味しい料理の数々には本当にびっくり。献立はあらかじめきっちり決まっていたわけではないようだ。初日に「ベジタリアンの方、食物アレルギーのある方はいますか?」と聞かれた。私たちの中にはベジタリアンの人も重大なアレルギーを持つ人はいなかった。もし、いたら対応してくれていたのだと思う。冷凍庫にはお肉が入っていて、もし私たちが「また魚か」という反応をすれば、お肉中心のメニューになっただろう。皆がお魚を美味しい、美味しいと言って大喜びで食べるので、コックさんは張り切って連日、お魚料理を作ってくれたのだ。メインの食材がその日釣れたお魚なので、安上がりの食事である。でもそれが逆に大変な贅沢で、食事にそれほど期待していなかっただけに、喜びが大きかった。
お魚料理以外の料理もどれも美味しく、毎日出たサラダもバラエティに飛んでいた。一般的なグリーンサラダやポテトサラダのほかに、トロピカルフルーツや野菜を使ったサラダなど、食べたことのないクリエイティブなものが多くて、食事のたびに今度は何が出てくるかなと楽しみなのだった。
ヨットに積み込まれた野菜や果物
なんだかもう、これらの食事だけでクルーズ費用の元が取れたという気がする。もし、ホテル滞在にしていたら、毎日どこかレストランで食事することになり、その都度お金がかかっていただろうと思うと、かなり得した気分である。
セイシェル・ヨットクルージング ③ 洋上で過ごす時間
前記事ではセイシェルの地理と地形についてまとめた。今回は10泊11日のクルージング中、どのように過ごしていたのかについて書き留めておこう。
初日はお昼頃、マエー島のエデンアイランドのマリーナからヨットに乗り込んだ。エデンアイランドは、2006年、首都ヴィクトリアから3kmのところに作られた人工島である。アパートメントやレストラン、ショッピングモールなどがあり、東京で言えばお台場のようなところだが、もっと規模が小さく、高層ビルなどはない。私には特別面白い場所には思えなかったけれど、マリーナがあるのでボートを所有している人が住むのに適しているのだろう。
乗船する際、余裕がなくてヨットの外観写真を撮り忘れてしまった。乗ったヨットは60フィートのカタマランヨットということだが、カタマランに乗るのは初めてなので、良いヨットか、それとも良くないヨットかと聞かれてもわからない。新しくはないが古さも特に感じないという感じ。実際に乗ってみて、ホテルに比べれば快適度は劣るけれど、私はもともと宿にあまりこだわらないので、まずまず満足かな。
当然ながら、クルージング中は1日の大半、ヨットの上にいるわけである。幸い、お天気に恵まれたので、ほぼいつもデッキで過ごしていた。
食事は3食ともデッキで乗客みんなで一緒に食べる。
室内にもソファーやテーブルがあるが、備品置き場になっていて、また、クルーがここで休むこともあり、私たち乗客はこのスペースは全然使わなかった。
キッチン。窓際に湯沸とトースターと炊飯器が置いてある。
キッチンの前の階段を降りるとキャビンがある。
キャビンには広さ5m2と6m2の2種類あり、うちは夫が高身長なので、広い方にした。クルーズ中は夜はヨットをアンカリングして寝るので、ホテルのようにお掃除の人が部屋を掃除してくれるわけではない。一度だけ、クルーズの半ばにマリーナに寄港した際に、清掃スタッフが入ってタオルやシーツを交換してくれた。それ以外はなるべく汚さないように気をつけて使った。それぞれのキャビンには専用のトイレ・洗面所がついているが、トイレは同時にシャワー室でもあり、シャワーを浴びる際にはシンクのホース付き蛇口を引っ張り出して壁にかけて使う。つまり、トイレの床や壁は常に濡れているし、洗面所の鏡もいつも曇っている。トイレットペーパーが湿らないように気をつけなくてはならない。
ヨットクルージングの宣伝にはよく「豪華」とか「ラグジュアリー」などの枕詞が使われるけれど、別に豪華でもラグジュアリーでもなく、むしろキャンプに近いなと思った。小綺麗な服装のシニアの男女がデッキでシャンパングラスを傾けていたりする広告写真を見るけれど、あれはあくまでイメージであって、実際には全然違うのであった。だって、朝から晩まで海に入ったり出たりしているのだから、髪の毛は常に濡れていて、当然すっぴんだし、服装は水着の上に1枚羽織っただけ。そして船の上では常に裸足である。お洒落からは程遠いのだ。激しく日焼けもするし、美容を重視する人には勧められないかも。
でも、ヨットの上で過ごす時間はとても楽しく、退屈することがなかった。毎朝、8時に朝食を取った後、次のアンカリングポイントへ移動するのだが、その途中にシュノーケルポイントや美しいビーチに寄って泳ぐ。ヨットにはカヤックも積んであるので、カヤックを漕いで遊ぶこともできる。
海に入らなかったとしても、景色を見ているだけでも楽しい。時々、海面に生き物の姿を見つけて、「カメだ!」「サメだ!」「イルカだ!」とみんなで大喜びした。
ウミガメはほぼ毎日、目にした
ある朝起きてデッキに上がったら、繁殖行動中のイルカのカップルを目にして感動。
イルカはヨットのギリギリ側まで来ることもある。
うまく写真が撮れなかったけれど、これはジンベイザメ。
そして、これは太字で強調したいポイントなのだが、移動中の大きな楽しみは海釣りである!! 予約したツアーのプログラムには釣りをするとは書いていなかったが、キャプテンの計らいで釣り糸をずっと垂らしながら移動した。お魚がじゃんじゃん連れて、予期せぬおまけに大興奮。
カツオを釣るキャプテン
釣りと釣ったお魚の料理については書くことがたくさんあるので、次の記事で。
夕方は暗くなる前にアンカリングする。デッキの上から太陽が沈むのを眺めるひとときは素晴らしい。
雲のないに日は、暗くなってからデッキに立って星空を眺めるのも楽しい。インターネットに接続しないで過ごす時間は思いのほか、気持ちがよかった。自然を体で感じ、今ここにいることを味わうのに集中できる。たまにはネットから離れるのもいいなと感じながら過ごしていた。
セイシェル・ヨットクルージング ② セイシェルの島々の成り立ち
クルーズについて書く前に、セイシェルの島の成り立ちについてまとめておこう。
旅行会社のパンフレットだったか、それとも雑誌で見たのかは覚えていない。数十年以上前に白い砂浜の海岸を巨石が縁取るセイシェルの美しくも特異な風景を初めて見たとき、こんな景色がこの世にあるのかと信じられない思いだった。こんな場所へいつか行ってみたい。でも、セイシェルはあまりに遠くて現実感がなく、ずっと夢物語だった。
それが実際に行く気になったのは、セイシェルの島々は「ゴンドワナ大陸のかけら」だということをどこかで目にしたからかもしれない。ゴンドワナ大陸のかけら?それは、どういうことだろう?
グラン・スール島の海岸
去年の夏休暇にはイタリアのエオリエ諸島に行った。シチリア島の北にあるエオリエ諸島は海底火山の活動によって生まれた火山弧である。一番大きなリーパリ島の海岸にはマグマ由来の艶やかな黒曜石が転がっていた。パナレーア島付近では海底から水面へブクブクと火山ガスが吹き上がり、ストロンボリ島では火山がひっきりなしに火を吹いていた。(→ エオリエ諸島への旅レポートはこちら)
同じ島でも、インド洋セイシェルの島々には火山はない。セイシェルの島々に特徴的な丸みを帯びたグレーの岩は、およそ5億5000年前、南半球に存在したゴンドワナ大陸を形成した花崗岩だ。2億年前にゴンドワナ大陸は分裂を始め、現在のアフリカ大陸、南アメリカ大陸、インド亜大陸、オーストラリア大陸、南極大陸の原形ができた。分離したそれらの大陸は、長い時間をかけて互いに離れていき、インド洋が誕生した。そして、インド洋には大陸のかけらがいくつか、島となって残った。大きなかけらはスリランカやマダガスカルになった。セイシェルの島々はうんと小さなかけらだ。こう書いていたら、大きなクッキーが目に浮かんだ。1枚の大きなクッキーをいくつかのピースに割ったとき、割れ目からこぼれ落ちたクッキーのくず。セイシェルはそんな場所だと言っても構わないだろうか。
「かけら」とはいっても地球スケールでの話。ラ・ディーグ島の巨大な岩
同じくラ・ディーグ島の南西に見られる花崗岩の巨石、Giant Union Rock。太古の大陸が剥き出しになっているのを見るのは不思議な気がする。
ラ・ディーグ島の大人気ビーチ、アンス・ソース・ダルジェント(Anse Source d´Argent)
セイシェルは115の島から成り立っているが、そのうち、継続的に人が住んでいるのはマエー島、プララン島、シルエット島、そしてラ・ディーグ島の4島だけ。10万人弱のセイシェル全国民の大部分が首都のあるマエー島に住んでいる。人が住める陸地の総面積はわずか455㎢。領海は39万㎢と広大だけれど、陸地だけで考えればとても小さな島国で、首都のヴィクトリアも都市というよりも村に近い規模である。
先にセイシェルは花崗岩でできた島だと書いたけれど、実はこれは厳密には正しくない。
セイシェルはマエー島を中心とする内部諸島(Inner islands)と、その南西に広がる外部諸島(Outer islands)から成り立っている。花崗岩でできている島は内部諸島のうちの10ほどで、外部諸島はサンゴ礁の島だ。そのほかに石灰岩の島もある。つまり、セイシェルの島の成り立ちはいろいろなのだけれど、花崗岩の島が観光立国セイシェルのイメージとなっているのだ。景観が最も「セイシェルらしい」とされるのはラ・ディーグ島で、ガイドブックの表紙やポスターの写真のほとんどはラ・ディーグ島で撮影されているとのことである。
マエー島の山の中腹からの眺め
一番大きなマエー島は山がちで緑に覆われ、てっぺん付近以外では岩はそれほど見えない。山は険しく、平らな土地は海岸付近のみ。土の層が薄いので斜面に家を建てるのはあまり安全とは言えないらしい。
岩が見えている部分
2004年のスマトラ沖地震の際に発生した津波はマエー島の東海岸にも到達した。幸い、津波そのものはそれほど大きな被害をもたらさずに済んだとのことだが、その直後に激しい雨が降り、土砂崩れで多くの建物が崩壊したらしい。そのため、なるべく平らなところに人が住むようにと、マエー島の東側には埋め立て地がいくつも作られている。
ヴィクトリアを見下ろす
向こうに見える赤い屋根の建物が並ぶ島は、ヨットハーバーのあるエデンアイランド
風車と太陽光パネルが設置された埋立地が見える
セイシェル・ヨットクルージング ① 旅のルート
インド洋のセイシェルへ行って来た。
いつもと少し違った旅の仕方をしてみたくて、初めてヨットでの旅を試してみた。首都ヴィクトリアのあるマエ島のマリナから10日間かけてインナーアイランドと呼ばれる島々を回るクルーズである。
これまでの旅行で、滞在地から近隣の島へ日帰りのボートツアーに参加したことは何度もあったけれど、10日間船に乗りっぱなしというのは初めてで、いくつか不安材料があった。個人旅行が好きなので、いつもはレンタカーを借りたりして自分で計画したルートを回る。でも、ヨットは自分で操縦できないので、クルージングの会社が提供するクルーズに申し込むことになる。つまり、受け身の旅行ということになるが、そこのところどうかなあ?と。
不安材料の2つ目は、少人数とはいえ、知らない人たちとずっと一緒に過ごすことになるので精神的に疲れないかな、ということ。
3つ目は、夜もヨットで寝るので、船酔いしないかどうか。これについては事前の下調べでカタマランヨットというタイプのヨットなら安定していて揺れが少ないこと、また、セイシェルの海は11月頃がもっとも穏やかであることがわかったので、11月中のカタマランクルーズに的を絞って予約した。
結論から言うと、新しい体験で何から何まで新鮮だったし、クルーズの内容もとても充実していた。私はまったく船酔いせずに済み、やや気分が悪くなった夫も持参した酔い止めの薬が効いて問題なく楽しめた。
今回乗ったカタマランヨットはEleuthera 60というヨットで(注: サムネイルのヨットは私たちが乗ったものとは違います)、クルージングメンバーは客8名とクルー2名(スキッパー+コック)の合計10名。クルーは英語、フランス語、クレオール語が話せる。
マエー島、エデンアイランドのマリナから出発
回った島は以下の10島。
島を回るといっても島で過ごす時間は限定的で、基本的にはずっと洋上にいる。船でごはんを食べ、シュノーケルスポットでシュノーケルをしたりビーチで泳いだりしながら移動する。ときどき島に上陸して数時間を陸で過ごすが、日が暮れる前に島の近くにアンカリングしたヨットに戻って寝るというパターンだ。これがなかなか面白い体験で、ヨットというのは水上キャンピングカーみたいなものだなと感じた。
島に上陸する際には、クルーにゴムボートでヨットと岸の間を送り迎えしてもらう
次からの記事に、セイシェルの地形、遭遇した海の生き物、セイシェルの自然保護区や野鳥、海釣りとクルージングの食事、セイシェルの歴史などについてまとめていきます。
バルト海海岸の石、フリント(Feuerstein)について考える
石拾いが好きで、普段、地元を散歩しているときや旅行の際、気になる石を見つけたら拾って家に持ち帰っている。北ドイツに住むようになってから目にするようになり、ずっと気になっている石の一つがフリントだ。ドイツ語ではFeuerstein(「火の石」の意味)と呼ばれている。
フリントとはこんな石
一番最初にフリントを目にしたのは、北ドイツのリューゲン島でだった。観光リゾート、ビンツ(Binz)から隣のプローラ(Prora)まで足を延ばしたときのこと。バルト海海岸とボッデン(Bodden)と呼ばれる水域に挟まれた細長い陸地にこんな景色があった。
Feuersteinfeld
まるで日本の石庭のような風景。一体これは何?と目を見張った。地面を覆い尽くしている石は、ほぼすべてがフリントという石だという。フリントはバルト海の海岸にたくさん転がっていて、きっとそれまでも目にしていたはずだけれど、特に意識していなかった。ここは、見渡す限り、フリント、フリント、フリント。思わずしゃがみこんで、まじまじと見てしまった。遠目ではどこにでもあるようなグレーの石に見えるが、近づいて見てみるとなんとも不思議な見た目をしている。色は黒っぽいグレーだが、表面はまだらに白く、割れているものの断面はガラスのようにツルツルとしている。形もまちまちで、丸いものもあれば長細いもの、平たいものもある。
でも、波打ち際から2km近くも離れたここになぜこんなに大量の石が溜まっているんだろう?後から知ったことには、およそ3500-4000年前、激しい嵐が繰り返しリューゲン島を襲い、その際に発生した洪水によって大量のフリントが陸に運ばれた。
「火の石」という名が表す通り、フリントは古代の人々が火を起こすための火打石として使った。非常に硬く、剥離する性質があって加工しやすいフリントは道具作りにも使われた。ドイツ国内で考古学博物館へ行くと、石器時代の石刀や石斧などが展示されているが、その多くはフリント製だ。
バルト海で拾ったフリントのかけら。エッジが鋭くて、このままナイフとして使えそう
フリントは、一般的にはバルト海の石として知られているが、見られるのは海岸やその付近だけではない。不思議なことに海岸から250kmくらい離れたブランデンブルクの我が家周辺にも、フリントがよく落ちているのである。なぜ海岸の石が遠く離れたブランデンブルク州の森の中で見つかるのか。それを知るには氷河期の氷河の流れを理解する必要があった。
Rolf Reinicke著 “Steine in Norddeutschland” P.17の図
氷河時代、北ドイツは氷河に覆われていたが、その大きさは氷期ごとに違った。上の図の茶色い線は直近のヴァイクセル氷期の氷河の範囲で、オレンジ色の線はその一つ前のザーレ氷期、紫の線はさらに古いエルスター氷期のものだ。これらの氷期における氷河の流れによって北から南へと運ばれた土砂や岩石が、北ドイツの大地を覆っている。フリントも氷河と一緒に南へと広がった。地図の下の方に見える点線は、「フリント前線(Feuersteinlinie)」である。3つの氷期の最大拡大範囲と見事に一致している。つまり、フリントは氷河の及んだギリギリのところまで運ばれて来た。言い換えると、フリント前線を超える地域には見られないのである。
ちなみに、よく見るフリントはグレーから黒っぽい色をしているけれど、そうでないものもある。黄色いフリントはグレーのものよりも若い地質時代にできたものらしい。ヘルゴラント島という島には特徴的な赤いフリントがあるそうだ。(私はまだ持ってないので、ぜひ欲しい)。他には白っぽいもの、緑がかったものもある。
ところで、先日、デンマークのシェラン島へ行った話を書いたが、デンマーク東部の海岸でもフリントが見られる。シェラン島の海岸のフリントは、ドイツの海岸で見るものよりも一回り大きかった。
大きさがわかるようにバッグを置いた。バッグはA4のファイルが入る大きさ。
石は北から南へ移動したのだから、ドイツよりも北にあるデンマークの方が石が大きいのは当たり前かもしれない。氷河で運ばれた石はフリントだけではないが、他の石もデンマークの方がずっと大きかった。
割れたフリントの断面
こんなに大きいと石器も作りやすいというものだ。石器時代のデンマークはフリントを周辺地域に輸出していたそうである。それを聞いて、去年行ったイタリアのエオリア諸島、リーパリ島を思い出した(記事はこちら)。リーパリ島は石器の材料だった黒曜石の一大産地で、その貿易で栄えたのだった。北のフリント(デンマーク)VS 南の黒曜石(リーパリ島)、石器時代の対決!という図式があったかどうかは知らないけれど(たぶんない)、ヨーロッパの石器の材料ごとの分布はどうなっていたんだろうなあと考えてしまう。
さて、このフリントという石、移動の方向はわかったけれど、そもそもどこから来たのだろう?
これまでにドイツのリューゲン島やデンマーク、ドーバー海峡など白亜の崖のある場所に行く機会が何度かあった。そのときに気づいたのは、白亜の崖、つまりチョークの地層には決まってフリントが埋まっていること。
リューゲン島のチョークの地層。黒い点々はフリント。
デンマーク、ステウンス・クリントの地層にもフリントが。
人工的に切られた岩肌に縞模様にフリントの層が見える。
どうやら、フリントはチョークの地層と関係があるらしい。チョークというのは白亜紀の海に堆積した地層だが(詳しくはこちらの記事に書いた)、フリントはなぜそのチョークの中に埋まっているのか?その答えは、デンマーク、ファクセの地質学博物館ショップで買って来たドイツ語の地質学の本、”Das Leben im Kreidemeer”(「白亜紀の海の生き物」)という本に書いてあった。
フリントは石英という二酸化ケイ素の結晶でできている。二酸化ケイ素は水に溶けにくいが、水を含んだオパールというかたちで海水中に存在する。チョークの層のもととなった海の底の泥の中にはウニや貝類などの生き物が生息していた。海水のPHが揺らいで弱アルカリ性から酸性側に傾くと、オパールとして存在していた二酸化ケイ素が析出してフリントが形成される。海水のPHが揺らぐのは、泥の中の生き物が原因であるらしい。ウニなどの殻を持つ生き物の殻の内側にフリントが形成されやすく、化石としてよく見つかるのはそのためだったのか。
ずっと知りたかったフリントがどうやってできたのか、化石とどう関係しているのか、やっと少しわかって嬉しい。
表面にウニの殻模様のついたフリント
ところで、フリントの表面にはよく丸い窪みがある。
氷河によって運ばれる間に尖った石の先などが当たってこのような窪みができる。鼻の穴のように見えることが多いので、ドイツ語で「Nasenmarken」と呼ばれる。中には穴が貫通しているものも。
穴の開いたフリント
穴が空いたフリントはHühnergott(「鶏の神様」)と呼ばれ、ラッキーアイテムとして人気。写真の「鶏の神様」は、ロストックに住む友人、ハス・エリコさんから頂いた私の宝物。なぜこの石が「鶏の神様」なのかというと、かつてドイツのバルト海地域では、穴の開いたフリントをニワトリの止まり木に刺し、神様にニワトリをお守りください、たくさん卵を産ませてくださいとお願いする風習があったからだそうだ。
そして、フリントには表面に奇妙な模様のあるものもある。
虫が這った跡のような白い筋は、実際に生き物が移動したことを示す生痕化石かもしれない。
たかが、石。されど石。石からはいろんなことが見えて来て面白い。