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パナマ旅行記 その5 ボケテ高原でハイキング Lost Waterfalls Trail
(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)
ボケテ高原にやって来た目的の一つはハイキングだ。冷涼なドイツに住んでいる私たちにとって、熱帯雨林をハイキングするというのは本当に楽しいアクティビティなのである。ボケテ高原にはハイキングコースが豊富にあるが、まずはその中のLost Waterfalls Trailを歩くことにする。3つの滝のあるトレイルで、往復2時間くらいなので初級コースといっていいだろう。
朝、出発しようとしたら霧雨が降って来た。「雨だよ。どうする?」「構わん。行くぞ」。夫は雨でも実行するという。娘も怯むことなく、「行くしかないよ」と言うので出発することにした。6月のパナマは雨季である。雨季にも小雨季と大雨季があり、今は小雨季だからそんなにザアザア降られることはないだろうと思っていたのだが、Palo Altoに到着してからずっと霧雨が降ったり止んだりしている。後から知ったことには、これは雨季だからというよりもPalo Altoは常に雨がちなのだそうだ。ボケテタウンから3kmも離れていないが、熱帯雲雨林の入り口に位置していて霧雲がかかる範囲にある。だから、ボケテタウンでは晴れていてもPalo Altoまで北上すると急にシトシト雨が降ることが多いようだ。
トレイル入り口近くの駐車場に車を停め、15分くらい山を登ったところでコース入場料を払う。上の写真は頂上ではなく、入り口。この高さからさらに登るのだ。
防水のジャンバーを着てはいるけど、濡れるの嫌だなあ。そう思いながら歩き始めた。でも、実際に歩いてみると、ジャングルの中は大きな葉っぱが密集していてあまり雨が体に当たらないのと、汗をかいて内側からも湿って来るので、雨が降っていようがいまいがそのうちどうでも良くなった。
いやあ、やっぱりジャングルはワクワクする。ティーンエイジャーの頃は「疲れる」だの「暑い」だのと文句ばかり垂れてハイキングには参加したがらなかった娘も、ずんずん歩いていく。
道は良く整備されているけれど、雨で少しぬかるんでいて滑りやすい。スニーカーでも歩けないことはないが、ハイキングシューズがベター。
私たちが住んでいるドイツでは森の中を歩くのは国民的スポーツといっていいほどポピュラーなアクティビティで、「散歩」と称して2時間も3時間も日常的に歩く人もいる。ドイツの森を歩くのも楽しいけれど、熱帯の森は大きな葉があったり、見慣れない虫や鳥がいて刺激的である。
キダチチョウセンアサガオは南米原産
肝心の滝だが、3つとも無事に通過することができた。
夫と娘は滝壺で泳いだけど、水は冷たかったみたい。
雨が上がった
そんなわけで、雨に濡れながらも1本目のトレイルは無事に歩き切った。まだ少し時差ボケが残っていたこともあり、初級コースとはいえ、結構疲れた。だが、これはあくまで午前中のアクティビティで、午後の部もしっかりあるのだ。それについては次の記事で。
パナマ旅行記 その4 コーヒー農園でゲイシャコーヒーについて学ぶ
(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)
ボケテ高原のパロ・アルトに到着した翌朝、朝食の席で娘がその日のアクティビティを提案した。小さい頃からあちこち連れ回したせいか、大の旅行好きに成長した娘。やる気満々である。
「まずはコーヒー農園を見学に行こう」と娘は言う。ボケテ高原はコーヒーの産地で、アラビカ種だけでなく希少なゲイシャ種のコーヒーも栽培されていることで知られる。見学できるコーヒー農家は複数あるが、その中から娘がピックアップしたのはレリダ農園(Finca Lerida)だった。宿泊施設やレストランも併設するお洒落な農園だ。
パナマのゲイシャコーヒーについて、またレリダ農園についても農業の専門家である宮﨑大輔さんが以下の記事を書いていらっしゃるので、興味のある方は詳しくは宮﨑さんの記事を読んでいただければと思う。
パナマ産ゲイシャコーヒーの特徴!中米ボケテ高原のコーヒーツアーで学んだ栽培方法、豆の精製・焙煎技術、値段
ゲイシャコーヒーを育てる中米パナマ・ボケテ高原のレリダ農園の生産・加工・輸入・テイスティング方法
コーヒーの収穫期は11月から3月までだそうで、今は6月だから本来は収穫期ではなくツアーの内容は少し違っていたようだ。レリダ農園では50ヘクタールの畑にアラビカ種のカトゥアイという品種とゲイシャ種の2種類を栽培している。カトゥアイは標高の高いところで、ゲイシャは標高1600mくらいの低いところで栽培されているが、ツアーではゲイシャ種の畑を歩きながら説明を聞いた。
ゲイシャ種はエチオピア原産の品種で、とても繊細で栽培が難しい。労力に見合うほどの量が収穫できないので、かつては誰も栽培したがらなかったそうだ。しかし、お茶に似た軽い味わいとフルーティな香りが中国人などアジア人に受け、人気が出た。レリダ農園ではコーヒー畑に他の木を一緒に植え、コーヒーの木に当たる日射量を最適に保ち、風が当たりすぎないように調整するなど、繊細なゲイシャ種を手をかけて栽培している。
収穫期ではないけれど、木には花があり、実がなっていた。
その年の最初の強い雨の後、コーヒーの木は花を咲かせ、花が散った後、枝に節ができる。実はその節になる。青い実が熟れて赤くなったら収穫だ。ところが、近年、異常気象が続き雨が降りすぎたため、ストレスでコーヒーのライフサイクルが狂ってしまっているそうだ。
さらには葉っぱが寄生虫にやられ、カビが生えて写真のように黒ずんでしまった木がたくさんあった。大変なダメージだ。しかし、やみくもに農薬を散布すると益虫も一緒に死んでしまう。なるべく農薬の量を抑えながら効果的にカビの問題を解決しようと栽培ロットごとに様々な方法を試しているそうだ。農業って大変だなあ。
熟れた実(チェリーと呼ぶ)を潰して押し出した生豆にはヌメヌメしたゼリー状のものが付いている。伝統的なコーヒー豆の処理法は水洗い法といい、ゼリー状のものを洗い流してから3週間ほどかけて乾燥させ、皮を剥く。でも、前述のように異常気象で本来は収穫期でない時期に実がなったり、コーヒーの実を摘む労働者が不足していて摘みきれない実が熟しすぎ、美味しくなくなってしまうという問題があるそうだ。
そこで、水洗い法の他の方法も取られるようになった。その一つはハニー法といって甘いゼリー状のものを洗い流さないまま乾燥させる方法で、ゼリーの甘みが残るのでハニー法と呼ばれるそうだ。もう一つはナチュラル法で、実を丸ごと乾燥させ、後から機械で割って豆を取り出す。これらの方法は人手不足による苦肉の策だったが、出来上がったコーヒー豆はそれぞれ味わいが違い、飲み比べて違いを楽しめるのがセールスポイントになっているという。
こちらの豆はゲイシャではなくカトゥアイ。熟れると黄色くなる種類もある。コーヒーの実の品質は大きさ、色、密度などで決まる。グレードの高いものは主に輸出され、グレードの低いものは地元で消費される。高校を卒業してから一人で1ヶ月半、エクアドルに滞在したことのある娘は「エクアドルでも美味しいコーヒーはヨーロッパなどに輸出されて、地元で飲むのはセカンドクラスだと聞いたよ」と頷いた。
他にもコーヒーの歴史など面白い話をいろいろ聞かせてもらった後、ティスティングをすることになった。水洗い法、ハニー法、ナチュラル法のそれぞれで精製したカトゥアイと水洗い法のゲイシャの4種を比べるという。
コーヒーのティスティングは初めてで、ただ飲み比べるだけかと思ったら、ローストした豆の状態での香りの違い、挽いた豆の香りの違い、お湯に溶いた状態での香りの違い、そして飲んでみての味と香りの違いと4段階で比較するという。それぞれどう違うか、コメントしてくださいとガイドさんに言われたので戸惑う。水洗い法の豆が一番普通のコーヒーらしく、その他はそれぞれ香りが違うのはわかるけれど、言葉で説明するのは難しい。いろいろな香りの書かれた円チャートを指差さされ、「さあ、この中のどの香りを感じますか?」と聞かれる。「えーと、ハニー法の豆はちょっとシナモンっぽい香り?」「シトラス系の香りもしませんか?」「ナチュラル法はウッディな香りかな」。コーヒー豆ソムリエごっこのようでなかなか楽しい。
ゲイシャ種の豆は明らかに異なる香りがした。コーヒーというよりも軽くて確かにお茶のよう。そしてフルーティでちょっとフローラルな香りがする。すごーーーくいい香り!希少だからありがたがるわけではないけど、なんだかすごく気に入ってしまった。世界で最も高いコーヒーの一つだそうで、パナマで飲む機会が得られてよかった。
パナマ旅行記 その3 ボケテ高原、Palo Altoへの道
(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)
パナマシティのアルブロック国内空港でレンタカーを借り、いよいよボケテ高原に向けて出発する。ボケテまではパナマシティからパンアメリカン・ハイウェイでチリキ県最大の町(と言っても人口12万人程度だが)Davidまで行き、そこから約35km北上するだけなのでルートとしては単純だ。さすが北アメリカから南アメリカを縦断するパンアメリカン・ハイウェイだけあって道路はよく整備されていて快適だ。
と思ったものの、状態が良かったのはパナマシティを出発してしばらくの間だけで、そのうち「これ本当にハイウェイなの?」というコンディションとなった。レンタカー屋の人に「ボケテまでどのくらい時間かかりますかね?」と聞いたとき、「そうですね。(夫に向かって)あなただったら7、8時間かかるかな。私なら5時間で行っちゃうけど。ヒヒヒ」と言われ、夫は「なんでオレだったらそんなに時間かかるんだよ」とムッとしていたが、この道路状態では結構時間がかかるかもしれない。とはいえ、私たちが住んでいるドイツ東部はかなり酷い道路がたくさんあるので慣れていて、まあ、苦痛を感じるほどではなかった。
道路沿いに民家はたくさんあるのだが、町らしい町はなく、似たような田舎の景色が延々と続いた。ハイウェイ沿いは森林はすっかり切り開かれている。4時間くらい車を走らせていたらお腹が空いてきた。「どっかのレストランに入ろうよ」と誰からともなく言い出したが、なかなか適当な店が見つからない。
「PIOPIOっていう看板をさっきから何度か見たね。チェーン店かな?」「じゃ、次にPIOPIOがあったら入る?」娘がスマホでPIOPIOを検索する。「ファストフードみたい」「どれどれ?うーん、マクドナルドとケンタッキーを足して2で割ったような店だね」。あまりピンと来ない。もっと他の店はないのだろうか。グズグズしていたら、少し大きめの町らしいSantiagoに到達した。「Santiago Mallって書いてあるよ。モールならフードコートがあるんじゃない?」車を停め、中に入ると大きくて新しいショッピングモールである。しかし、フードコートは、、、、。
ジャンクフードばっかり、、、。まあ、田舎のモールだからこんなものかな。もうちょっとパナマらしい食べ物を期待していたのだが、お腹が空いていたので文句を言わず適当なものを買って食べた。しかし、その数百メートル先にパン屋があり、エンパナーダなど売っていた。しまった!だったら最初からパン屋を探せば良かった。
サンチャゴを通過してしばらくしたら、突然景色が変わった。民家がまばらになり、青々とした森が広がった。それとほぼ同時になぜか道路の状態も再び良くなりスイスイと車を飛ばすことができたので、まもなくDavidの町に着いた。そこからボケテの町までも快適だった。
ボケテ高原
山間の小さな町ボケテはAlto Boqueteとその少し北のBaño Boqueteに分かれている。Baño Boqueteの方が栄えていて、お洒落な西洋レストランやカフェがたくさん並んでいる。しかし、私たちの宿はそのどちらのエリアでもなく、さらに数キロ北上したPalo Altoというエリアだ。車があるのだから、中心部から少し離れたところでもいいかなと思ったのである。
ようやく到着した宿はこんな川の側の野趣あるエリアでとても気に入った。
これから1週間、楽しく過ごせそうだ。
パナマ旅行記 その2 パナマシティの生物多様性博物館、Biomuseo
(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)
パナマ運河を見学した後、再びUberを利用してパナマシティに戻った。次に訪れるのは、もしパナマに行くことがあれば必ず見たいと思っていた博物館、Biomuseoだ。生物多様性博物館とも呼ばれている。
そもそもパナマに来た目的は主にパナマの自然を楽しむことである。熱帯の国パナマは私の住んでいるドイツや故郷日本では見られない動植物が豊富に違いない。以前訪れたことのあるオーストラリアやタイ、インドネシア、コスタ・リカの熱帯雨林でカラフルな鳥や昆虫、花を見て感動したが、あらかじめ現地の生態系について少しでも知っておけばより楽しめるのではないか。そう思って、Biomuseoをまず見ておくことにしたのだ。
Biomuseoは2014年にオープンしたばかりの博物館で、アマドール・コースウェイという人工の細長い半島にある。見ての通り、目を見張る斬新な設計のカラフルな建物だ。設計者はフランク・ゲーリー。8つのテーマのギャラリーからなる建物を美しい公園が囲んでいる。
最初のギャラリーは生物多様性ギャラリー。パナマの国土は南北アメリカ大陸を繋ぐ東西に細長く伸びた地峡で、その地理条件がパナマの生態系をとても特徴的にしている。熱帯雨林と熱帯雲霧林、マングローブの森には1000種を超える蘭、約150種のパイナップル科植物、100種以上のシダ植物、そして数多くのフィロデンドロン、ヘリコニア、ユリ科の植物が生育する。パナマが原産の木は300種を超え、中央ヨーロッパの6倍にも及ぶそうだ。動物も哺乳類だけでおよそ240種、鳥や虫や魚の種類は想像を超える豊かさだろう。しかし、森林破壊や動物の密猟などで多様性がどんどん失われていっている。生物多様性ギャラリーではパナマにどのような動植物が生息し、それぞれがどの程度絶滅の脅威にさらされているのかをパネル展示で知ることができる。
シアターPanamaramaではパナマの自然を3面及び床面の大画面に映し出される映像で感じることができる。これ、すごく良かった。
地峡ギャラリー(Building the Bridge)の展示はパナマの国土がどのようにして形作られたかを示している。かつて南北アメリカ大陸の間には隙間があり、太平洋と大西洋は繋がっていた。太平洋プレートがカリブプレートの下に沈み込んでいく圧力と熱によって海底に形成された火山が海面から突き出して島となった。次々と現れる島々が次第に繋がってできたのがパナマだ。
約7000万年前の海底にあった枕状溶岩
約300万年前、パナマの国土が形成され南北アメリカが陸続きになったことで、それぞれの大陸の動物が大規模に移動して種の交換が起こった。これを生物学ではアメリカ大陸間大交差と呼ぶようだ。第4のギャラリー「The Worlds Collide」では北から移動して来た動物たちと南から移動して来た動物たちがパナマ地峡で出会う様子がダイナミックに示されている。なるほど、生物多様性博物館がパナマにあるもう一つの理由が理解できた。
ワクワクするディスプレイ
5つ目のギャラリーである建物の中央広場で人類が登場する。パナマに辿り着いた人々がどのように土地を利用し生活して行ったかを示す考古学及び文化についての展示だ。
海のギャラリー。パナマは太平洋とカリブ海に挟まれているが、二つの大きな水槽がそれぞれの生態系を示している。カリブ海と太平洋では同じ海でもいろいろな違いがある。カリブ海のサンゴ礁は様々な生息環境を提供するため、魚の種類が多い。透明度の高い海水の中では魚は主に視覚情報を使ってパートナーを探す。だからカリブ海の魚はカラフルだ。派手な模様は色とりどりのサンゴの間でのカムフラージュにも役立つ。それに比べ、太平洋の魚は見た目が地味だ。周辺環境がわりあい均等なので、多様性がカリブ海よりも低い。しかし、太平洋の魚の多くは集団で泳ぐため、それぞれの種の個体数が多い。
こちらがカリブ海の環境で
こちらが太平洋の環境
海の中って本当に綺麗で面白いなあ。私はスノーケルしかできないので、ダイビングは憧れである。
Biomuseoにはその他に生態系のネットワークを示す展示、パナマの生態系と世界の生態系のネットワークを示す展示がある。また建物の外の公園ではパナマの植物や生き物を眺めながら散策できて、最高である。
これでパナマシティで絶対に見たかった場所2つを見ることができたので、首都を離れ、パナマを探検することにしよう。アルブロック国内空港でレンタカーを借り、さあ出発だ。目指すはコスタリカとの国境近く、ボケテ高原である。
パナマ旅行記 その1 パナマ運河、ミラフローレス閘門ビジターセンター
(この記事は以前、他の場所で公開していた2019年6月のパナマ旅行記をリライトしたものです。)
ドイツの人気絵本作家、ヤノッシュの作品に”Oh, wie schön ist Panama!(おお、パナマはなんて美しい)”というものがある。味わい深い可愛いイラストとユーモラスな文章が魅力的なヤノッシュの絵本の中で最も好きなものの一つだ。日本語のタイトルは「夢見るパナマ - きみのパナマを探しにいこう」。なんとも素敵なタイトルである。
パナマ。どんな国なのだろうか。本を初めて手にしたときから、いつか行ってみたいと思っていた。
2019年6月いよいよそのときが来た。私たちのパナマを探しにいくのである。ベルリン・テーゲル空港からアムステルダム経由でパナマシティへ飛ぶ。家を出発して約11時間後、トクメン国際空港に到着し、予約してあった市内のホテルに向かった。
パナマシティは高層ビルが立ち並ぶ大都会だ。ホテルの部屋の窓からの眺めに驚く娘。「ここは東京?」
時差で結構疲れていたので、その日の夕食はその辺で適当に済ませて寝る。
翌朝は時差ボケで早くに目が覚めた。朝食はホテルの朝食ルームで。パンにハムやソーセージ、チーズ、卵料理といった洋風の朝食の他にパナマの食べ物とみられるものがいくつかあったので食べてみる。お皿の右上のちょっと焦げ目のついた円盤状のものはトウモロコシのトルティーヤ、その横の長細いものはキャッサバ芋のフライ、左のものは茹でたキャッサバらしい。これらは後から調べてわかったことで、食べているときには自分が何を食べているのかわからなかった。トルティーヤは少しボソボソとした食感で、キャッサバフライはフライドポテトのよう、茹でキャッサバは味の薄い焼き芋という感じである。3つとも、美味しくないわけではないがすごく美味しいというわけでもなく、あまり味がしない。
さて、朝ごはんを食べたら、まずはパナマシティで是非とも見たい場所の一つ、パナマ運河に向けて出発だ。パナマシティ市内の移動はUberがとても便利である。スマホアプリで現在地と目的地を設定すると数分で車がやって来る。私たちはパナマ運河の水門の一つ、パナマシティから北西約20kmの地点にあるミラフローレス(Miraflores)閘門にあるビジターセンターに向かった。
ビジターセンターの展望台から水門を眺める。
パナマ運河は2016年に拡張工事が行われ、このミラフローレス閘門のやや南西に新たにココリ閘門が作られた。写真の水路は古い狭い方で、ココリ閘門の方の水路はもっとずっと広いらしいけれど、残念ながらビジターセンターの展望台からはほとんど見えない。新しい水路を見学するなら太平洋側ではなくカリブ海側のアグア・クララ閘門のビジターセンターに行くといいようだ。
パナマ運河の建設の歴史やミラフローレス閘門の仕組みについては宮﨑大輔さんがブログですでに詳しく書いていらっしゃるので、ビジターセンターの展示について少し書いておこう。
ビジターセンターの展示はパナマ運河が建設されるまでの苦難の歴史から始まる。1534年にスペイン王カルロス1世(神聖なローマ帝国皇帝カール5世)が運河建設のための調査を指示して以来、フランスが工事に着手して失敗し、米国が1914年についに運河を開通させるまでの、莫大な資金が注ぎ込まれ多くの命が失われることになった巨大プロジェクトの経緯を知ることができる。
運河建設のためにスコットランドで造られ、1912年に浚渫作業を開始したバケット浚渫船Corozal。52個のバケットで40分足らずの時間に1000トンもの土砂をすくい上げることができたとのこと。
これは運河の開通後、初めて運河を通行したSS Ancon。
ビジターセンターではパナマ運河の周辺の生態系についても展示スペースが設けられていて、興味深かった。運河流域にはチャグレス川国立公園(Chagres National Park)、ソベラニア国立公園(Soberania National Park)、カミーノ・デ・クルーセス国立公園(Camino de Cruces National Park)、アルトス・デ・カンパナ国立公園(Altos de Campana National Park)やスミソニアン熱帯研究所の運営するバロ・コロラド島の熱帯林など多くの自然保護区があり、保全活動が行われている。チャグレス川はパナマ運河の運用に必要な水の40%をもたらすだけでなく、合わせてパナマの人口の50%ほどを占めるパナマシティとコロン市に飲料水をもたらす大切な川だ。チャグレス国立公園内にはジャガーやオウギワシも生息しているという。
展示されていたゴキブリ。ゴキブリは大嫌い!のはずなのだけれど、私が知っているゴキブリとかなり違う姿なので、珍しくて、つい写真を取ってしまった。自分の家に出没する可能性がないとわかっていれば、意外と気持ち悪さは感じないものである。名前はGiant Cockroachだったかな。
パナマ運河は2016年に拡張工事が完成している。拡張工事をするかどうかは国民投票で決めたらしい。ビジターセンター内の新しい水路に関する展示スペースはとても賑わっていて、パナマ国民がこのプロジェクトをとても誇りに思っていることが窺えた。
拡張工事に使われた世界で最もパワフルな浚渫船D´Artagnan号。拡張工事により、これまでよりも大きな船が運河を通過できるようになった。パナマ運河を通過できる船の最大サイズを「パナマックス」と呼ぶそうだが、新しいパナマックスとして従来の約 5,000 TEU から 12,000 TEUへとサイズが改定されている。全幅は17mも広くなったというからかなりのスケールアップだね。
残念ながらビジターセンターに行ったのは船が通過する時間帯ではなかったので、船は見られなかったけれど、パナマの象徴ともいえるパナマ運河の見学で旅のスタートを切ったのは良いアイディアだった気がする。パナマシティでは是非とも見たいものがもう一つあった。それについては次の記事で。
アメリカの魅惑の風景 その8 モニュメントバレー
2013年の米国旅行の際に印象深かった風景を思い出しながら綴る「過去旅風景リバイバル 米国編」。これまで7回にわたって主にアリゾナの風景について記して来たが、今回が最終回である。最後の風景はアリゾナ州とユタ州にまたがるモニュメントバレー(Monument valley)。
ユタ州からモニュメントバレーに向かってハイウェイ163を南下すると、映画「フォレスト・ガンプ」でフォレストが一直線の道を走ったシーンの撮影場を通過することで有名だ。私たちはアリゾナ州側から北上したので、残念ながらフォレスト・ガンプ・ポイントは通過しなかった。モニュメントバレーはその6に書いたアンテロープ・キャニオン同様にナバホ族の居留地である。ハイウェイ163をナバホ・ウェルカムセンター(Navajo Welcome Center)のところで降りて右折し、モニュメント・バレー・ロード沿いにあるビジターセンターに向かった。
ビジターセンターの展望台からは赤い砂岩の3つのビュート(残丘)が見える。名称は左からそれぞれウェスト・ミトン・ビュート(West Mitten Butte)、イースト・ミトン・ビュート(East Mitten Butte)、そしてメリック・ビュート(Merrick Butte)。左の二つはミトンように見えるからミトンビュートと名付けられた。それにしても、西部劇の舞台が現実にあるんだね。ただひたすら驚き、圧倒される。
ビュートというのは、岩山が川による侵食を受ける際、上部にある硬い地層が蓋となって(キャップロック)その下の柔らかい地層を侵食から守ることでできる。ビュートの末広がりの下部は泥が固まってできたオルガン・ロック頁岩(Organ Rock Shale)で、その上に垂直にde Chelly Sandstoneという砂岩が乗っている。キャップロックの部分はShinarump Conglomerateと呼ばれる礫岩だ。
これらビュートの独特な形状がモニュメントのようだから、この一帯はモニュメント・バレーと呼ばれているわけだけれど、ナバホ族はこの地域をシンプルに「岩の谷」と呼ぶそうだ。この風景もアリゾナの他の多くの風景と同様に、堆積→隆起→侵食というプロセスが生み出している。侵食が進んでモニュメントのようなビュートが残ったこの景色はグランドキャニオンやレッド・ロック国立公園の遠い未来の姿ということだろうか。乾燥していて植物がほとんど生えていないからこそ、そうした自然の作用をこんなにも直接的に感じることができる。
Merrick Butte
それにしても米国の風景はスケールが違う。3週間に渡るこの米国旅行では今回まとめた「過去旅風景リバイバル」で取り上げなかった他のたくさんの場所を訪れた。それぞれ面白かったけれど、旅を終えて8年半が経過した今、振り返ると、特に心に残っているのは驚異的な自然風景ばかりだ。もちろん、都市は都市で興味深いのだけれど、スケールの大きな自然風景に身を置いたときの感動と驚きは、より深く記憶に刻まれるような気がする。私の場合は、だけどね。
さて、「過去旅風景リバイバル」の米国編はこれで一旦おしまい。米国だけでなく、過去に旅した他の国についても、おいおい記憶を辿って記していこう。