Blog Elements

You can display blog posts in various ways with the “Blog Post” element/shortcode. You can see one example here and even more at the blog main menu item of this demo.

2017年から運営して来た当ブログですが、容量がいっぱいになってしまいました。

ドメインごと別のサービスへ引っ越すことも考えたのですが、大変なのでやめました。このブログはこのまま残し、今後はnoteに書いていくことにします。

ぜひご訪問ください。

ChikaTravel (note)

 

, , ,

セイシェル・ヨットクルージング ④ 釣りと魚料理三昧のヨットの食事

前回の記事で、ヨットの上で釣りをしたことについて触れた。今回はクルージング中の釣りと料理についての記録である。 クルージング中は3食ともヨットの上でコックさん…
, ,

セイシェル・ヨットクルージング ③ 洋上で過ごす時間

前記事ではセイシェルの地理と地形についてまとめた。今回は10泊11日のクルージング中、どのように過ごしていたのかについて書き留めておこう。 初日はお昼頃、マエー島のエデンアイランドのマリーナからヨットに乗り込んだ。エデンアイランドは、2006年、首都ヴィクトリアから3kmのところに作られた人工島である。アパートメントやレストラン、ショッピングモールなどがあり、東京で言えばお台場のようなところだが、もっと規模が小さく、高層ビルなどはない。私には特別面白い場所には思えなかったけれど、マリーナがあるのでボートを所有している人が住むのに適しているのだろう。 乗船する際、余裕がなくてヨットの外観写真を撮り忘れてしまった。乗ったヨットは60フィートのカタマランヨットということだが、カタマランに乗るのは初めてなので、良いヨットか、それとも良くないヨットかと聞かれてもわからない。新しくはないが古さも特に感じないという感じ。実際に乗ってみて、ホテルに比べれば快適度は劣るけれど、私はもともと宿にあまりこだわらないので、まずまず満足かな。 当然ながら、クルージング中は1日の大半、ヨットの上にいるわけである。幸い、お天気に恵まれたので、ほぼいつもデッキで過ごしていた。 室内にもソファーやテーブルがあるが、備品置き場になっていて、また、クルーがここで休むこともあり、私たち乗客はこのスペースは全然使わなかった。 キャビンには広さ5m2と6m2の2種類あり、うちは夫が高身長なので、広い方にした。クルーズ中は夜はヨットをアンカリングして寝るので、ホテルのようにお掃除の人が部屋を掃除してくれるわけではない。一度だけ、クルーズの半ばにマリーナに寄港した際に、清掃スタッフが入ってタオルやシーツを交換してくれた。それ以外はなるべく汚さないように気をつけて使った。それぞれのキャビンには専用のトイレ・洗面所がついているが、トイレは同時にシャワー室でもあり、シャワーを浴びる際にはシンクのホース付き蛇口を引っ張り出して壁にかけて使う。つまり、トイレの床や壁は常に濡れているし、洗面所の鏡もいつも曇っている。トイレットペーパーが湿らないように気をつけなくてはならない。 ヨットクルージングの宣伝にはよく「豪華」とか「ラグジュアリー」などの枕詞が使われるけれど、別に豪華でもラグジュアリーでもなく、むしろキャンプに近いなと思った。小綺麗な服装のシニアの男女がデッキでシャンパングラスを傾けていたりする広告写真を見るけれど、あれはあくまでイメージであって、実際には全然違うのであった。だって、朝から晩まで海に入ったり出たりしているのだから、髪の毛は常に濡れていて、当然すっぴんだし、服装は水着の上に1枚羽織っただけ。そして船の上では常に裸足である。お洒落からは程遠いのだ。激しく日焼けもするし、美容を重視する人には勧められないかも。 でも、ヨットの上で過ごす時間はとても楽しく、退屈することがなかった。毎朝、8時に朝食を取った後、次のアンカリングポイントへ移動するのだが、その途中にシュノーケルポイントや美しいビーチに寄って泳ぐ。ヨットにはカヤックも積んであるので、カヤックを漕いで遊ぶこともできる。 海に入らなかったとしても、景色を見ているだけでも楽しい。時々、海面に生き物の姿を見つけて、「カメだ!」「サメだ!」「イルカだ!」とみんなで大喜びした。   そして、これは太字で強調したいポイントなのだが、移動中の大きな楽しみは海釣りである!!…
, , , ,

セイシェル・ヨットクルージング ② セイシェルの島々の成り立ち

クルーズについて書く前に、セイシェルの島の成り立ちについてまとめておこう。 旅行会社のパンフレットだったか、それとも雑誌で見たのかは覚えていない。数十年以上前に白い砂浜の海岸を巨石が縁取るセイシェルの美しくも特異な風景を初めて見たとき、こんな景色がこの世にあるのかと信じられない思いだった。こんな場所へいつか行ってみたい。でも、セイシェルはあまりに遠くて現実感がなく、ずっと夢物語だった。 それが実際に行く気になったのは、セイシェルの島々は「ゴンドワナ大陸のかけら」だということをどこかで目にしたからかもしれない。ゴンドワナ大陸のかけら?それは、どういうことだろう? 去年の夏休暇にはイタリアのエオリエ諸島に行った。シチリア島の北にあるエオリエ諸島は海底火山の活動によって生まれた火山弧である。一番大きなリーパリ島の海岸にはマグマ由来の艶やかな黒曜石が転がっていた。パナレーア島付近では海底から水面へブクブクと火山ガスが吹き上がり、ストロンボリ島では火山がひっきりなしに火を吹いていた。(→…
,

セイシェル・ヨットクルージング ①  旅のルート

インド洋のセイシェルへ行って来た。 いつもと少し違った旅の仕方をしてみたくて、初めてヨットでの旅を試してみた。首都ヴィクトリアのあるマエ島のマリナから10日間かけてインナーアイランドと呼ばれる島々を回るクルーズである。   これまでの旅行で、滞在地から近隣の島へ日帰りのボートツアーに参加したことは何度もあったけれど、10日間船に乗りっぱなしというのは初めてで、いくつか不安材料があった。個人旅行が好きなので、いつもはレンタカーを借りたりして自分で計画したルートを回る。でも、ヨットは自分で操縦できないので、クルージングの会社が提供するクルーズに申し込むことになる。つまり、受け身の旅行ということになるが、そこのところどうかなあ?と。 不安材料の2つ目は、少人数とはいえ、知らない人たちとずっと一緒に過ごすことになるので精神的に疲れないかな、ということ。 3つ目は、夜もヨットで寝るので、船酔いしないかどうか。これについては事前の下調べでカタマランヨットというタイプのヨットなら安定していて揺れが少ないこと、また、セイシェルの海は11月頃がもっとも穏やかであることがわかったので、11月中のカタマランクルーズに的を絞って予約した。 結論から言うと、新しい体験で何から何まで新鮮だったし、クルーズの内容もとても充実していた。私はまったく船酔いせずに済み、やや気分が悪くなった夫も持参した酔い止めの薬が効いて問題なく楽しめた。 今回乗ったカタマランヨットはEleuthera…
, ,

バルト海海岸の石、フリント(Feuerstein)について考える

石拾いが好きで、普段、地元を散歩しているときや旅行の際、気になる石を見つけたら拾って家に持ち帰っている。北ドイツに住むようになってから目にするようになり、ずっと気になっている石の一つがフリントだ。ドイツ語ではFeuerstein(「火の石」の意味)と呼ばれている。 一番最初にフリントを目にしたのは、北ドイツのリューゲン島でだった。観光リゾート、ビンツ(Binz)から隣のプローラ(Prora)まで足を延ばしたときのこと。バルト海海岸とボッデン(Bodden)と呼ばれる水域に挟まれた細長い陸地にこんな景色があった。 まるで日本の石庭のような風景。一体これは何?と目を見張った。地面を覆い尽くしている石は、ほぼすべてがフリントという石だという。フリントはバルト海の海岸にたくさん転がっていて、きっとそれまでも目にしていたはずだけれど、特に意識していなかった。ここは、見渡す限り、フリント、フリント、フリント。思わずしゃがみこんで、まじまじと見てしまった。遠目ではどこにでもあるようなグレーの石に見えるが、近づいて見てみるとなんとも不思議な見た目をしている。色は黒っぽいグレーだが、表面はまだらに白く、割れているものの断面はガラスのようにツルツルとしている。形もまちまちで、丸いものもあれば長細いもの、平たいものもある。 でも、波打ち際から2km近くも離れたここになぜこんなに大量の石が溜まっているんだろう?後から知ったことには、およそ3500-4000年前、激しい嵐が繰り返しリューゲン島を襲い、その際に発生した洪水によって大量のフリントが陸に運ばれた。 「火の石」という名が表す通り、フリントは古代の人々が火を起こすための火打石として使った。非常に硬く、剥離する性質があって加工しやすいフリントは道具作りにも使われた。ドイツ国内で考古学博物館へ行くと、石器時代の石刀や石斧などが展示されているが、その多くはフリント製だ。 フリントは、一般的にはバルト海の石として知られているが、見られるのは海岸やその付近だけではない。不思議なことに海岸から250kmくらい離れたブランデンブルクの我が家周辺にも、フリントがよく落ちているのである。なぜ海岸の石が遠く離れたブランデンブルク州の森の中で見つかるのか。それを知るには氷河期の氷河の流れを理解する必要があった。 氷河時代、北ドイツは氷河に覆われていたが、その大きさは氷期ごとに違った。上の図の茶色い線は直近のヴァイクセル氷期の氷河の範囲で、オレンジ色の線はその一つ前のザーレ氷期、紫の線はさらに古いエルスター氷期のものだ。これらの氷期における氷河の流れによって北から南へと運ばれた土砂や岩石が、北ドイツの大地を覆っている。フリントも氷河と一緒に南へと広がった。地図の下の方に見える点線は、「フリント前線(Feuersteinlinie)」である。3つの氷期の最大拡大範囲と見事に一致している。つまり、フリントは氷河の及んだギリギリのところまで運ばれて来た。言い換えると、フリント前線を超える地域には見られないのである。 ちなみに、よく見るフリントはグレーから黒っぽい色をしているけれど、そうでないものもある。黄色いフリントはグレーのものよりも若い地質時代にできたものらしい。ヘルゴラント島という島には特徴的な赤いフリントがあるそうだ。(私はまだ持ってないので、ぜひ欲しい)。他には白っぽいもの、緑がかったものもある。 ところで、先日、デンマークのシェラン島へ行った話を書いたが、デンマーク東部の海岸でもフリントが見られる。シェラン島の海岸のフリントは、ドイツの海岸で見るものよりも一回り大きかった。 石は北から南へ移動したのだから、ドイツよりも北にあるデンマークの方が石が大きいのは当たり前かもしれない。氷河で運ばれた石はフリントだけではないが、他の石もデンマークの方がずっと大きかった。 こんなに大きいと石器も作りやすいというものだ。石器時代のデンマークはフリントを周辺地域に輸出していたそうである。それを聞いて、去年行ったイタリアのエオリア諸島、リーパリ島を思い出した(記事はこちら)。リーパリ島は石器の材料だった黒曜石の一大産地で、その貿易で栄えたのだった。北のフリント(デンマーク)VS 南の黒曜石(リーパリ島)、石器時代の対決!という図式があったかどうかは知らないけれど(たぶんない)、ヨーロッパの石器の材料ごとの分布はどうなっていたんだろうなあと考えてしまう。 さて、このフリントという石、移動の方向はわかったけれど、そもそもどこから来たのだろう? これまでにドイツのリューゲン島やデンマーク、ドーバー海峡など白亜の崖のある場所に行く機会が何度かあった。そのときに気づいたのは、白亜の崖、つまりチョークの地層には決まってフリントが埋まっていること。 どうやら、フリントはチョークの地層と関係があるらしい。チョークというのは白亜紀の海に堆積した地層だが(詳しくはこちらの記事に書いた)、フリントはなぜそのチョークの中に埋まっているのか?その答えは、デンマーク、ファクセの地質学博物館ショップで買って来たドイツ語の地質学の本、"Das…
, , , ,

白亜紀末の生物大量絶滅後の世界。デンマークのFaxeで化石拾い

前回のデンマーク地質旅行の続き。 ステウンス・クリントの崖は下部が白亜紀後期のチョークの地層、その上にK-Pg境界であるFish Clayという極薄の地層を挟んで古第三紀の石…