前回の記事に引き続き、テーマはワッデン海。今回はワッデン海の生き物について知ったことを記録しよう。

ワッデン海には多くのアザラシが生息している。世界には34種のアザラシが存在する中、ドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州沿岸で見られるのは、主にゼニガタアザラシ(Seehund, Phoca vitulina)とハイイロアザラシ(Kegelrobbe, Halichoerus grypus)の2種。1970年代、ゼニガタアザラシの数は激減していたが、1974年にアザラシ猟が禁止され、1985年にシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州ワッデン海国立公園が設立されたことで、個体数が大きく回復した。現在、ワッデン海では年間、7000頭を超えるゼニガタアザラシの赤ちゃんが産まれている。しかし、そのうち数百頭もの赤ちゃんが、生後数週間の授乳期に親とはぐれてしまうという。アザラシは干潟や砂浜で出産するが、母親が餌を探しに出かけたまま事故や病気で戻って来れなかったり、赤ちゃんが嵐で迷子になったりするのだ。母親と離れ離れになった赤ちゃんは、鳴いて母親を呼ぶ(heulen)ので、アザラシの乳児はホイラー(Heuler)と呼ばれている。

ハイイロアザラシの方は16世紀末に絶滅の危機に瀕していたが、こちらも個体数が回復している。ハイイロアザラシの赤ちゃんは、生後しばらくの間は水の冷たい北海を避け、母親が世話をしに定期的に戻って来るのを砂浜などで待つ。やはり、母親とはぐれてしまうことがある。

北海には、これらアザラシの子を保護し、適切なケアをした後に海に戻すアザラシ保護施設が何ヶ所かある。そのうちの一つ、ドイツで唯一、公式に認可された保護施設、Seehundestation Friedrichskoogを訪れた。

アザラシ保護センター、Seehundestation Friedrichskoog

この施設はアザラシの保護を目的とした「アザラシのための施設」であり、商業施設ではないので、アザラシとのふれあいをウリにしてはいない。一日に2回、食餌シーンを見学できるものの、ショータイムのようなものはない。しかし、訪問者がアザラシとその保護活動について知る学びの場としてよくデザインされている。

訪問者が入れるエリアには大きなプールがあり、そこではゼニガタアザラシ3頭とハイイロアザラシ2頭が一緒に生活している。この5頭は成獣だが、さまざまな理由で野生に戻すことが難しく、この保護センターでのんびりと余生を過ごすそうだ。見られることに慣れているようで、間近でじっくり観察できる。

リトアニアの動物園生まれのハイイロアザラシ、Jurisくん。写真のために立ちポーズを取ってくれた。

ハイイロアザラシのネミさん。自力で餌を取ることができないので、ずっとここにいることになった。彼女は幸せそうな顔でずっと寝ていた。

センターで生まれた若いゼニガタアザラシのシュノーレくん

アザラシ(Pinnipedia)とは、陸上の肉食動物から進化し、水中生活に適応した。イヌアザラシ科、オットセイ・アシカ類、セイウチの3つの科に分類される。この保護センターで保護されているゼニガタアザラシ、ハイイロアザラシは、ともにイヌアザラシ科に属している。ゼニガタアザラシの特徴は、丸い頭とギザギザした奥歯。オスとメスの外見上の違いはあまりなく、どちらもグレーやベージュのゴマ塩模様で、オスは最大180cm、120kg、メスは150cm、60kgほどになる。ハイイロアザラシは頭が長く、オスが黒っぽい体に白っぽい斑点があるのに対し、メスは白っぽい体に黒っぽい斑点。オスは最大230cm、310kg、メスは200cm、186kgほどと、ゼニガタアザラシと比べてかなり大きい。

ゼニガタアザラシの出産は5月初頭から7月末にかけてだが、ハイイロアザラシは冬に繁殖期を迎える。ワッデン海で保護されるアザラシの子は圧倒的にゼニガタアザラシが多い。年間150〜300頭が搬入され、そのうち約90%が元気に野生へ還っているそうだ。

子どもたちのいるエリアはスタッフ以外は立ち入り禁止なので、展望デッキから眺める。搬入された子たちは、獣医が健康状態をチェックした上で、一定期間を隔離エリアで過ごす。その後、こちらのオープンなエリアに移され、離乳や病気・怪我の治療を施される。離乳といっても母乳はないので、魚をベースにした人工ミルクをチューブで与える。伝染病が広がるリスクを最小限にするため、生活空間は少数グループごとに区切られ、それぞれの水槽は独立したシステムになっている。衛生管理にとても気を遣っているとのことで、実際、臭いもほとんどしなかった。

展望デッキからズームで撮ったホイラー

順調に成長した子どもは、ここから海に帰るための訓練エリアに移され、泳ぎの練習や自力で魚を捕まえる訓練を受ける。準備が整ったら、いよいよ野生生活スタートだ。一連の流れがスムーズに行くよう、人間との不必要な接触はできる限り避けるのが望ましいのだそう。

アザラシの子どもには近づけないが、その代わり、センターではとても充実した展示をおこなってリウ。アザラシ保護活動について詳しく説明されている他、世界のさまざまなアザラシの情報も豊富で、アザラシについて幅広く知りたいならここ!という感じだ。

この保護センターは、大学や研究機関との協力体制のもと、アザラシに関するさまざまな研究を行っていて、そこから得られた知見は、展示に取り入れられているだけでなく、保護や環境教育の現場にも活かされていているそうだ。

海に帰る準備が出来たアザラシを運搬するための車

この保護施設には、とても良い印象を持った。パトロール要員の人たちががんばっているだけでなく、地元住民や観光客が親とはぐれたアザラシの子を見かけたら報告できるシステムも機能していていて、その成果もあってアザラシの個体数が増えているのは喜ばしい。でも、気候変動の影響で干潟や砂州が浸食されやすくなり、アザラシが出産したり休んだりする浜が痩せていく可能性があり、決して安心はできないようだ。