年間約1,000万羽以上の渡り鳥が訪れるユネスコ世界遺産ワッデン海。その自然の豊かさには本当に魅了される。しかし、ズィルト島ハリヒ・ホーゲの記事に書いたように、北海の一部であるこの地域の海岸線は、常に風と水との戦いの舞台だった。激しい嵐や満潮に乗って押し寄せる高潮は、ときに人々の暮らしを一瞬で飲み込んでしまう。そんな自然の猛威に立ち向かうため、さまざまな防潮の技術が発展してきた。

今回、シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州の西端、アイダー川河口に築かれた巨大な防潮施設「アイダー・シュペアヴェルク(Eidersperrwerk)」を見学して来た。

© Klaus-Dieter Keller / Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0

1973年に完成したアイダー・シュペアヴェルクは、高潮時に海水の流入を遮断し、高潮や嵐による洪水からアイダー川流域の低地を守るために作られた。きっかけは、1962年2月に起きた「北海高潮災害(Nordseesturmflut)」。猛烈な嵐が北海沿岸を襲い、ドイツ、特にハンブルク周辺に甚大な被害をもたらした。堤防が決壊し、浸水により多くの命が失われ、都市機能が麻痺した。大きな高潮が来ると、それまでの堤防や小規模な水門では高潮の力を防ぎきれない。そうした危機感から、アイダー川の河口に大型水門を設け、それを開け閉めすることで海から川へ流れ込む水の量を調整するという大胆な構想が生まれた。

水門の上には歩道が整備されていて、防潮堤の上を歩いて渡ることができる。

歩道上から見た景色。右側が海、左側がアイダー川の流れる陸地。堤防の高さ約8.5m長さは4.8kmある。 水門の下はトンネル構造になっていて、道路が貫通している。

アイダー川の岸辺から見たシュペアヴェルク。水門の一つはメンテナンス中だった。

海側と川側に幅40mの水門がそれぞれ5つ並ぶ二重構造で、水門はそれぞれ独立して動作する。

海側のゲート

天候や潮の状態に応じて、水門の開け方を変えることで川と海の水をコントロールする。運転モードは主に以下の4つ。

① 通常モード

すべての水門が開いている状態。北海どアイダー川の水が、自由に行き来できる。自然な満ち引きによって水が移動する。

② 満潮対策つき通常モード

満潮時には北海の海水がアイダー川に流れ込んで来るが、このとき、海の砂が川に入りすぎないように、海側の水門を少しだけ閉じて流れをゆるめることがある。

③ 高潮モード

2列ある水門をどちらも完全に閉じて、内陸への浸水を防ぐ。

④ 排水モード

満潮時に海側の水門だけを閉じて、北海の水が川に入ってこないようにし、干潮になって海の水位が下がったら、水門を開けて川の水を海に流す(排水する)。

実際にシュペアヴェルクの上を歩いてみて、その圧倒的な規模に、どえらいものを作ったものだなあと圧倒された。しかし、北海はこのような設備が必要となるほど荒い海なのだ。北海の荒れ狂う嵐や暴風、高潮は擬人化して”Blanker Hans”と呼ばれる。恐ろしくも魅力的な自然の力の象徴だ。

ところで、シュペアヴェルクのすぐ横に、アジサシやユリカモメが繁殖コロニーを作って暮らしていル。この日も何羽もの親鳥がせわしなく飛び回っていた。

駐車場に「野鳥の繁殖を邪魔しないでください」と立て看板があったけれど、シュペアヴェルクへの階段上にまでヒナがたくさんいて、親鳥が餌を運んで来るのを待っている。

ヒナに与える餌を咥えるキョクアジサシの親鳥

キョクアジサシ(Küstenseeschwalbe)はここで初めて見たが、「キョク(極)」の名が示唆する通り、一年のうち北極と南極を行き来する渡りのチャンピオンだそう。2006年にはこのアイダーシュペアヴェルク付近で143ペアのキョクアジサシが繁殖をおこなったと報告されている。真っ赤なクチバシと脚がオシャレだね。

ここまで来たついでに、近郊の町、Tönningにある自然教育施設、「Multimar Wattforum」にも立ち寄った。


ここでは、干潟のしくみや、そこに暮らす生きものたちの生態、そして高潮対策のことまで、子どもから大人まで楽しみながら学べる展示が充実している。アイダーシュペアヴェルクの模型や膨張技術の紹介コーナーもあり、かなり見応えがあった。

ドイツ連邦水路航行庁(WSV)による関連動画: