前回の記事に書いたように昨日はニーダーザクセン州とザクセン=アンハルト州の州境にある考古学博物館を訪れたが、せっかくはるばるブランデンブルク州から来たからには、寄って行きたい町が近くにあった。それはハルバーシュタット(Halberstadt)。聞き慣れない町だが、その町の廃教会で特殊なコンサートが行われていると先日、人に教えてもらった。それ以来、その教会が気になっていたのだ。

コンサートというのは、1992年に亡くなった米国の実験音楽家、ジョン・ケージ作曲のオルガン曲、Organ2/ASLSP (As slow as possible)の演奏会である。元々はピアノ曲だったものだが、1987年にオルガン用に編曲された。「できるだけゆっくりと」と名付けられたその曲の演奏時間は演奏者の解釈に委ねられている。フランス、メッツでの初演時には29分14秒かけて演奏された。

しかし、「できるだけゆっくり」とは、どのくらいゆっくりを意味するのだろうか?ケージが亡くなってから5年後の1997年にドイツのTossingenで開催されたオルガン・シンポジウムで、ASLSPはどこまでゆっくり演奏され得るかという問いが提示された。オルガン演奏家、音楽学研究者、オルガン技術者、哲学者、神学者たちが共に議論し、その結果、ASLSPは理論上は永久に演奏することができるという結論が導き出されたという。少なくともオルガンの寿命が尽きるまでは。そして、次世代に平和と創造性が受け継がれる限りにおいて。

そうして始まったのがジョン・ケージ・オルガン芸術プロジェクト(John-Cage-Orgel-Kunst-Projekt)である。ハルバーシュタットの廃教会、ブルヒャルト教会で2000年から639年間かけてこの現代オルガン曲が演奏されることになった。凄い話だ。639年という長さはどこから出てきたのかというと、ブルヒャルト教会で最初にオルガンが奏でられたのが1361年のことで、ジョン・ケージ・プロジェクトの開始年がその639年後の2000年だから、639年間かけて演奏することにしましょうと決まったらしい。

なんとも奇妙な(というか芸術の極み?)プロジェクトである。なんだかよくわからないものの、興味をそそられる。ましてや演奏場が11世紀に建てられた廃教会だときては、訪れてみたくもなるよね。
 

 

ブルヒャルト教会のある敷地に到着。

中世感が漂っている

ドアを開けて敷地の内側に入ると左手にロマネスク様式のブルヒャルト教会が建っている。建設は1050年頃。宗教戦争の際に一部が破壊され、その後修復されたが、ずっと教会以外の用途に使われていたとのこと。ドアの前に立つと中からかすかにオルガンの音が聞こえたのでなぜか緊張してしまった。ドキドキしながら取手に手をかけると、鍵がかかっていた。隣の事務所の建物まで行って、係の人にドアを開けてもらい、中に入る。

教会内部。薄暗くひんやりした教会の中でオルガンが鳴っている。ずっと同じ音だ。1つの音から次の音に移るのに何年も要するのだ。最後に音が変わったのは2013年10月5日。以来、楽譜の14番目の音が静かに鳴り続いている。

凄い雰囲気、、、、。

これがASLSPを奏でているオルガン。反対側の側廊にはふいごが置かれている。639年間自動演奏する楽器というのもびっくりだ。

動画を撮ろうと思ったら、こういうときに限って携帯が死んでいた、、、(エーン)。どんな音か知りたい方は以下のサイトの音源をどうぞ。

Aktueller Klang

コンサートを聞きにここまで来ても同じ音がずっと鳴っているだけなので、全体としてどんな曲なのかを掴むことはできない。

楽譜

YouTubeにはいろんな演奏家の演奏がアップされているので、短めのものを聴けば少しは全体像がつかめるかもしれない。2013年の音変更の際には大勢の人が教会を訪れ、その瞬間を見守った。以下の動画でその様子が見られる。

 

次の音変更は2020年9月5日だって!!!

いやー、なんかあまりに凄くて何と言ったらいいのかわからないのだけど、とにかく強烈にマニアックなのであった。

 

日の長い夏の間にできるだけ頻繁に遠出したい。今週はニーダーザクセン州シェーニンゲン郊外にある考古学博物館、Forschungsmuseum Schöningenへ行くことにした。Paläonは2013年にオープンしたばかりの博物館で、下の地図を見ればわかるように相当な田舎にある。シェーニンゲン褐炭採掘場のすぐ側だ。なぜそんな場所に博物館が建設されたのかというと、ありがちな話なのだが、掘っていたら考古学的にすごいものが出て来てしまったから。シェーニンゲン褐炭採掘場からは1994年〜現在までに、約30万年前のものとみられる木製の槍が全部で8本、完全な形のまま出土されている。なんと、これまでに発見された槍の中で最古のものらしい。

博物館の周辺には褐炭採掘場以外は何もなく、私のカーナビにPaläonは登録されていなかった。たどり着くのがなかなか大変だったが、どうにか見つけることができた。

外観の写真を撮り忘れたので、Wikipediaよりお借りします。

Foto: de.Wikipedia.org

入館料は12ユーロ。先日行ったハレの州立先史博物館が5ユーロだったことを考えると、ちょっと高いな〜。

吹き抜けのフロアから階段を上がると最上階が常設展示室だ。壁一面の地球の歴史を表すパネルは美的かつ迫力があって良い感じ。地球は常に変化しているのだということが感覚的にわかる。

このパネル以外の展示は旧石器時代に的を絞っており、大半は動物の骨や人骨だった。いくつか例を挙げると、

ゾウの足の比較。左は古代のゾウ(Palaeoloxodon antiquus)、右は現在のインド象のもの。

ザクセン州南部で見つかった古代のサイ(Stephanorhinus hemitoechus)の頭蓋骨。

しかし、全体的に説明が少なめで、説明を読むのが好きな私にはやや残念。

窓からシェーニンゲン採掘場が見える。ここから見えるのは一部だけだが、かなり規模の多い採掘場である。

この博物館のハイライト、シェーニンゲンの槍は常設展示の奥にあった。

これらが現存する世界最古の槍、シェーニンゲンの槍だ (全部で8本見つかっているうちの5本)。30万年前もの人類の道具がほぼ無傷で出て来たというので、大いに注目されたそうだ。といっても、それを知らないとただの木の棒で、それほどのインパクトはないかもしれない(写真もうまく撮れなくて、、、)。でも、30万年も前にニーダーザクセンに住んでいたホモ・ハイデルベルゲンシス(homo Heidelbergensis)が狩猟に使った道具ということだから、やっぱりすごいよね。

シェーニンゲンからは槍の他にも、肉の塊を突き刺すのに使ったと思われる串やその他の木製の道具、石器など多くが見つかっている。

クリップのような道具

そしてさらに、木槍で仕留めた獲物と思われる動物の骨が1万2000 体も出て来たのだ。それらの骨の分析により、このあたりでホモ・ハイデルベルゲンシスがどんな食生活をしていたのかが明らかになった。掘り出された骨の9割は馬( Equus mosbachensis) の骨である。

馬は栄養価が高く、柔らかい脂肪もたっぷり含んでいるので子どもに食べさせるのにも適していたらしい。

これらの骨には道具を使って叩き割った跡が残っている。骨髄の中の脂を取り出した形跡だ。

 

さて、Paläonは一般人向けの展示を行なっているだけでなく、同時に研究博物館でもある。

研究ラボがガラス張りになっていて、考古学者の作業を見学することができる。この日は中に誰もいなかったが、窓の外側に取り付けられたディスプレイで作業ビデオを見た。将来、考古学者になりたい中高生にもいいんじゃないかな。

 

研究ラボの隣には入館者用のラボもある。

ここでハンズオン体験ができる。

ボックスや引き出しの中にはいろんなものが入っていて、手に取って観察したり、PCの指示に従いながら分析したりできて面白い。学校の自由研究をここでするというのも楽しいかもね。

左下はネアンデルタール人の下顎。右のホモ・サピエンスと比べて頑丈そう

この博物館は研究者らのカンファレンスを行うなど、学術交流の場としても活用されている。

博物館の外には体験スペースもあって、槍を投げたり火を起こしたりなど、石器時代体験ができる。小学生のグループが熱中していた。私はすでにフォーゲルヘルト考古学パークで体験済みなので、今回はパスした。

考古学的にかなり重要なものが見られる博物館なのだけれど、発掘物のビジュアルインパクトが小さく、アクセスが良くないし、しかも入館料12ユーロと割高なので、来館者を多く集めるのはちょっと厳しいのではないかと思った。もうひと工夫欲しいところだ。でも、まだ開館して数年の新しい博物館なので今後に期待しよう。

 

PaläonのYouTube動画はこちら。

 

 

前記事ではハレの州立先史博物館について記録した。ハレで次に向かったのはBeatles Museumである。まにあっくドイツ観光ブログでは過去にドイツにあるローリング・ストーンズマニアのためのミュージアムを紹介した。 ↓

こんなところにこんなものが?Lüchowのストーンズ・ファン・ミュージアム

ストーンズのミュージアムへ行ったなら、当然ビートルズのミュージアムへも行かなければならないね。そうでなければ片手落ちである。しかし、一体なぜハレにビートルズ・ミュージアムが?彼らは確かにドイツで下積みをしていたことがあったが、それはハンブルクだった。ハンブルグには「ビートルマニア」というミュージアムが存在したが、2012年に閉鎖されている。それとは別にケルンにあったもう1つのビートルズ・ミュージアムのコレクションが増えて手狭になり、新しい場所としてたまたま白羽の矢が当たったのがハレだったということらしい。2000年、ハレの中心部に再オープンした。

私は中学生の頃にビートルズを聴き始め、東芝EMIが出していたLPはほぼ全部持っていた。ドイツにまでは持って来られなかったので、現在は弟の所有になってしまっているが。であるから、ビートルズ・ファンを名乗っても差し支えないだろう。しかし、私の本業はウィングス・ファンである。ここで敢えて名言しておく。

これがビートルズ・ミュージアムの建物。

中庭に面した入り口

中に入ってすぐのフロアはショップになっている。ミュージアムは3階建てで結構広い。入り口で館内案内の紙がもらえる。日本語もあるよ!

内部は文字通り、ビートルズ関連グッズや写真、メディアの切り抜きなどで埋め尽くされている。どこに注目するかはファン一人一人違うことと思うので何を紹介したらいいのかよくわからない。そこで今回は野暮な解説は省略して、写真でどんな雰囲気かを伝えられたらと思う。

展示はハンブルク時代から始まっている。これは1962年のスタークラブでのライブの様子かな。

ビートルズのレコードというと、私はアップル版しか知らないのだが、これらはオデオン版シングル。

こっちは旧東ドイツ国営レーベル「アミーガ」が出していたシングル。

 

当然ながら館内はずっとビートルズの曲が流れている。60年代の家の中を再現したコーナーではテレビにライブ映像が映っていた。

いろんなビートルズ・グッズが展示してあった。ビートルズ・ストッキングやビートルズ・パンツ(下着の)まである。そうか、ビートルズって現役の頃はアイドルだったんだね。私が聴き始めた頃にはすでにグループは解散していたし、アルバムも時系列で聴いたわけではなかったから、ビートルズをアイドルをアイドルグループだと思ったことがなかったな。

西ドイツのサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ宣伝コースター

いろいろある中で面白かったのはビートルズ切手のコーナー。ビートルズってアフリカ諸国でも切手になっていたんだね。

ザイールのビートルズ切手

ガーナ

ブルキナ・ファソ

チャド

イエロー・サブマリンのグッズコーナー。アニメ映像も流していた。

東ドイツ製イエロー・サブマリン冷蔵庫。ええーー?

うーん。あんまり似てない気が、、、。ストーンズ人形と比べてみよう。

こっちの方がいい感じでは?

テーマは変わって、リンダ・マッカートニーがプロデュースしたベジタリアンフードのパッケージ。

 

ジョンのリトグラフ。そういえばジョンは美大出身だったね。エロチックなリトグラフも描いていたようでいくつか展示されていた。写真をここに上げたら不適切なコンテンツ扱いになるかもしれないのでやめておこう。

「ジョン・レノン」ブランドのベビーグッズ。ジョンが息子ショーンのために描いたイラストを元にヨーコが商品化したもの。

ビデオルーム。ティーンエイジャーでびっしり。2018年現在もなお、若者をこんなに惹きつけるのだからすごいね。

このイラストはかわいい

全体的にジョンとポールに関する展示物が多かった。ジョージとリンゴ関連もちょっとは載せておこう。

 

ミュージアムにはカフェもある。レコード風のテーブルが楽しい。

ビートルズ・ミュージアムは近々さらに拡張される予定だ。定期マガジン「Things」を発行している他、オンラインショップで商品の販売も行なっている。ファンの人には何かお宝が見つかるかも。

 

ハレにある州立先史博物館 (Landesmuseum für Vorgeschichte)へようやく行って来た。ここへはかねてからどうしても行きたいと思っていたのだ。ネブラ・ディスク (Himmelsscheibe von Nebra)を見るために。

ネブラ・ディスクとは、1999年にドイツ、ザクセン・アンハルト州ネブラで発見された世界最古の天文盤である。2017年3月にネブラの出土地及びビジターセンターを訪れたが、ビジターセンターに展示されていたネブラ・ディスクはレプリカだった。オリジナルはハレの州立先史博物館にあると知り、いつか見に行きたいと思っていたのだ。

ネブラ・ディスクに関する記事はこちら。↓

世界最古の天文盤、ネブラ・ディスクの出土地を訪れる

これが州立先史博物館。いい味を醸し出している。きっと良い博物館に違いない!入館料は大人5ユーロと割安。しかも、ハレの博物館は1箇所で入館料を払うと他の10の博物館には半額で入れるとのことである。なんとお得な!

この先史博物館には、ドイツ中央部で発掘された旧石器時代からローマ帝国時代までの出土品が展示されている。ネブラ・ディスクが見たいということしか頭になかったのだが、展示を見て初めてザクセン・アンハルト州が考古学的重要度の非常に高い地域であるらしいことに気づいた。

これはチューリンゲン州Bilzingslebenで発掘された約37万年前のホモ・エレクトスの集落跡の一部。ホモ・エレクトスの集落跡は欧州全体で他に6つしかない。

ホモ・エレクトスが動物の骨を加工して作った道具。

ホモ・エレクトスが火を使っていたことがわかる木炭。

サイの下顎。すごい!

これまた状態の良いアナグマの足の指の骨。

 

こちらは石器を一列に展示した壁。

石器は考古学・先史博物館ならどこでも展示されていて、なんとなくどれも似たように見えていたのだけれど、よく見ると実に様々なタイプがあるものだ。出土地によって石の種類が違うのはもちろん、カットも様々である。

 

美しいハンドアックス

これなんか持ちやすそう

スマートなデザインがおしゃれ

詳しい説明はなかったが、石器の種類について知りたくなった。

 

新石器時代にはドイツ中央部では線帯文土器文化が発達した。模様だけでなく、色といい形といい、なかなか素敵である。

ブランデンブルク門っぽい模様

下が丸いタイプはどのように使ったのだろう?

 

考古学系の博物館では埋葬文化の展示がつきものだが、この州立先史博物館では埋葬文化にかなりのウェイトが置かれている。

これはWesterhausenで発掘された球状アンフォラ文化時代のお墓。左の四角い囲みは個人の墓で右側に埋まっているのは数頭の牛。

新石器時代初期のヨーロッパでは膝を曲げた形で死者を埋葬するのが一般的だった。地域によって遺体を埋める方向が異なっていた。中央ドイツでは性別に関係なく、頭を南、顔を東に向けて埋葬した。その他の地域では男女で反対向き、または体の反対の側を下にして埋めたらしい。

ここからかなり衝撃的な話になるのだが、2005年、ナウムブルク近郊のオイラウ(Eulau)で約4600年前の墓地が発見された。それぞれの墓には家族が数人ずつ一緒に埋葬されていた。死者ほぼ全ての頭蓋骨に重度の損傷が見られることから、集団殺戮の犠牲となったと考えられている

両親と子供達の墓

このように埋葬されたと見なされる

こちらの墓では3人の子供のうち、一人は母親に抱かれるように埋葬され、後の二人には母は背を向けている。DNA鑑別の結果、二人の子どもは母親と血の繋がりがないことが判明した。つまり、女性は彼らにとって継母なのであった。

 

次は石器時代の部屋へ。

芸術的な燧石のダガー

 

さあさあ、青銅器時代といえば、ネブラ・ディスクである。ついにネブラ・ディスクの本物にお目にかかるときがやって来た。

この入口の向こうがネブラ・ディスクの展示室である。

じゃーん!

と言いたいところだが、残念ながら写真撮影は禁止だった。でも、部屋の中は私一人だけで、ガラス越しに見るディスクの美しさにとても感動した。わざわざ来た甲斐があったなあ、としみじみ。

この博物館も私のお気に入り博物館に追加しよう。考古学がますます魅力的に感じられてしょうがない。

 

 

前回のまにあっくドイツ観光では、フランクフルトのゼンケンベルク自然博物館でメッセル・ピット化石地域で発掘された化石の数々を堪能した。

化石って面白いよね!ということで、今回は自分で化石を探してみることにした。実は過去に2度、化石集めをしたことがあった。1度目はデンマーク、モン島の海岸でベレムナイトの化石を拾い集めた。2度目は南イングランドのジュラシック・コーストで化石探し。どちらも楽しかったが、ガイドツアーには参加せずただ個人的に探しただけだったので、今回はもうちょっと本格的にやってみたいなあと思い、夫と共に化石ハントの週末エクスカーションに申し込んだ。(エクスカーション提供は、Geo Infotainment

化石探しができる場所はドイツにたくさんある。今回参加したのは、北バイエルン地方アルトミュール渓谷(Altmühltal)での二日間のエクスカーションだ。アルトミュール渓谷は日本では「ゾルンホーフェン」という呼び方の方が知られているかもしれない。ゾルンホーフェンはアルトミュール渓谷にある小さな地域の名で、その一帯からはジュラ紀の化石を多く含む「ゾルンホーフェン石灰岩」が産出される

ゾルンホーフェン石灰岩は古代ローマの時代から浴場の壁や床材、彫刻や暮石用の石として使われていた。19世紀にはリトグラフ(石版印刷)に盛んに使われた。現在は主にタイルに加工され、建材として世界中へ輸出されている。こうしたことからアルトミュール渓谷には石灰岩の採石場が多くあり、絶好の化石ハンティングスポットが集中しているというわけ。

 

さて、エクスカーションの一日目はMörnsheimにある観光採石場 (Fossilien Besuchersteinbruch Mühlheim)へ連れて行ってもらった。入園料を払えば誰でも化石探しができる。見つけた化石は持ち帰りOK 。ただし、万一、恐竜を発見した場合には園外に持ち出しませんという書類にサインさせられた。(笑)

Mörnsheimの地層はジュラ紀後期のチトン期の地層で、石版石灰岩(Plattenkalk)が重なっている。

こういう板状の石灰岩を一枚一枚剥がして、間に化石が挟まっていないかどうかをチェックするのだ。

小型のハンマーで塊の側面を叩くと隙間ができるので、隙間に道具を差し込んでパカッと開く。

小さいアンモナイト!アンモナイトは中生代の示準化石なので、たくさん見つかるよ。

今度は大きいのが見つかった!

化石は特に地層中のSchiwammschichten (sponge beds)とRosa Schichten (pink beds)という部分に集中している。前者はカイメンの層ことで、貝やウニ、腕足類(Brachiopoda)や植物などの化石が多く埋まっている。後者の層は鉄分を多く含むため赤っぽい色をしていてわかりやすい。主にコッコリソフォリッドという原生生物の死骸が堆積してできたものだそうだ。この層からはアンモナイトや魚、爬虫類などの化石がよく見つかる。

でも、初心者がアンモナイト以外のものを見つけるのはなかなか難しい。一枚一枚割って中を見て、何もなくてガッカリの繰り返し。

あれっ、これは?海藻か何か?と思ってガイドさんに聞いてみたら、これはマンガンなどが結晶化したデンドライトと呼ばれるもので、よく化石と間違えられるが好物だとのこと。なあんだ。でも、綺麗だよね?

残念ながら一日目はそれほど収穫がなかったが、石版石灰岩を剥がすのは初めての体験だったので楽しかった。

売店にはいろんな化石が売っていた。

 

二日目は贅沢にも3箇所の採石場を回った。一日目と違い、観光採石場ではなく、産業用の採石場で、通常は一般人は入れない。Geo Infotainmentが入場許可を取ってくれていた。

すごく広い採石場。ここの岩はMörnsheimのような石版石灰岩ではなく、ブロック状の礁性石灰岩で、簡単に割ったり剥がしたりできない。大きなハンマーで塊を叩いて割らなければならないのだ。

このような力仕事は非力の私には到底無理、、、、。ということで、夫と分業することに。視力の良い私が岩の間を歩き回って化石の入っていそうな石を見つけ、「ここになんかあるよ!」と叫ぶと夫がハンマーを持ってきて石を割る。

一見、乾燥して見えるけれど、前日の夕方に雨が降ったので、地面はすごくぬかるんでいて大変だった。履いていた靴はドロドロに。化石探しはとても楽しいけれど、汚れたくない人、日焼けしたくない人にはおすすめしないわ。

ベレムナイトだ!でも、これを取り出すのは至難の技。

割れちゃったので、アンモナイトのパズルになった。

わざわざ石を割ったりしなくても拾える化石もある。ウニはいたるところに落ちていた。トゲのないタイプがほとんど。

2箇所目の写真を撮り忘れた。ここは3箇所目。

石の表面にベレムナイトやアンモナイトが乗っていて、簡単に剥がせる!

二日目は朝9時にホテルを出発して夕方の4時まで、みんなお昼ご飯も食べずに黙々と作業していた。私と夫は完全な初心者だったけど、他の参加者は化石ハンター歴が長い人も多かった。ガイドさんとその奥さんなどはGPSデータ付きの化石ガイドブックの情報を手がかりにヨーロッパ中、化石ハントをしているそうで、休暇は化石のあるところにしか行かないと言っていた。マニアックだなあ。

 

家に帰って戦利品を広げる。

アンモナイトはたくさん採れたけれど、アンモナイトは種類がたくさんあるから、どれが何なのかわからない。これらは採ってきたままの状態で、プロはこの後、プレパレーションという清掃・補修作業をするらしい。Geo Infotainmentではプレパレーションのワークショップにも参加できる。

これはなかなか良くない?アンモナイトの内部に結晶ができている。

ベレムナイトは取り出しにくいか、落ちているものはボキボキ折れてしまっているのがほとんどだった。バルト海海岸で拾う方が簡単だ。

でも、綺麗な断面を見つけた。

これはウニ達。ボタンみたいで可愛い。

これらは貝かと思ったら、腕足類だと他の参加者が教えてくれた。

 

初の本格的(?)化石ハントはこんな感じで、まあ、まずまずの成果だったのかな。今回エクスカーションに参加してみて、ガイドさんの説明を聞いたりアドバイスしてもらったのがとても良かったし、趣味の集まりというのも情報交換できて楽しいものだなと感じた。南ドイツにはアルトミュール渓谷だけでも化石探しのできる場所がたくさんあり、その他の地域も含めると相当多くのスポットがあるようだ。今回は大人向けのエクスカーションだったが、小学生の女の子も一人参加していた。ファミリー向けの化石スポットもあるので、子どもづれのお出かけにも良いと思う。もちろん、自分で化石を探さなくても、化石博物館もたくさんあって、見るだけでも楽しい。

 

2025年9月追記:

8年ぶりにアルトミュールタールに行って、再び化石ハンティングをした。今回は良い化石を見つけることができた。

フランクフルトへ行って来た。15年ほど前まで近郊にしばらく住んでいたことがあり、私にとって馴染みのある町だ。大きな町で外国人も多い。しかし、フランクフルトはそれほど人気の高い観光地ではない。というのも、近代的な高層ビルの建ち並ぶフランクフルト中心部の街並みはあまりドイツらしくないのである。国際空港があるのでアクセスは便利だけれど、フランクフルトをじっくり観光する旅行者は少ないかもしれない。

私もフランクフルトは嫌いではないが、正直なところ、それほど魅力を感じていたわけではなかった。先日、風邪を引くまでは。

風邪で体がだるかったのでソファーでごろごろしながらネットでドキュメンタリー番組を見てやり過ごした。現在のドイツの国土が46億年の地球の歴史の中でどのように形成され、変化して来たかという内容の地質学史ドキュメンタリーで、とても面白かったのだ。

フランクフルトを例に取ると、現在フランクフルトのある場所は3億2000万年前は高い山の上だった。それが2億5000万年前には広大な砂漠の中心となり、 1億8000万年前には海の底に沈み、5000万年前には熱帯雨林が一帯に広がり、2万5000年前には氷河で覆われ、そして2000年前には深い森となった。現在はモダンな国際都市である。様々な環境を経て今の姿があるんだなあと感心してしまった。まあ、考えてみれば当たり前のことなのだけれど、摩天楼がシンボルのフランクフルトを恐竜が走り回っていたこともあったと想像すると、なんだか不思議な気がする。そういえば、フランクフルトのゼンケンベルク自然博物館(Senckenberg)には大きな恐竜の骨がたくさん展示されていたなあと思い出した。それで、久しぶりにまたゼンケンベルク自然博物館へ行きたくなったというわけである。

ゼンケンベルク博物館は地質、植物、動物、人類、古生物など自然史を広範囲に網羅する総合博物館で、ドイツに数多くある自然史博物館の中でも最大規模を誇る。有名な博物館で日本語の情報も多数あるから全体的な説明は省き、ここでは私が特に見たかった古生物学の展示を紹介することにしよう。

まずはゼンケンベルク自然博物館のハイライト、恐竜の間へ。ここの恐竜コレクションはドイツ国内最大だ。

通路には世界各地で見つかった恐竜の足跡が展示されている。これはイグアノドンの足跡。(ボリビア、白亜紀後期)

ブラキオザウルス(スイス、ジュラ紀後期)の足跡。

恐竜の間には、竜脚類(Sauropodomorpha)、獣脚類(Theropoda)、装盾亜目(Thyreophora)、鳥脚類(Ornithopoda)、角竜類(Marginocephalia)の5種に属する恐竜の骨が展示されている。

言わずと知れたティラノザウルス(獣脚類、米国)。

トリケラトプス(角竜類、米国)。

モンゴルで発見された恐竜の卵。他国で発見されたものばかり紹介してしまっているが、ドイツにも恐竜は存在した。ドイツの恐竜について知りたい方は、こちらをどうぞ。(ドイツ語)

恐竜だけでなく、他にも象目やクジラなどの大型生物の骨がたくさんで見応えがある。

象目の進化と移動に関する説明も面白かった。

ところで最近私は化石に興味があって、いろんな博物館で化石を眺めているのだが、ゼンケンベルク博物館の化石コレクションもとても面白い。

イチョウの化石。ヨーロッパ人は17世紀の終わりまでイチョウという植物の存在を知らなかった。日本を訪れた博物学者、Engelbert Kaempferが1691年に発表した書物「日本誌」に紹介されたのが初めてだそうだ。その後、日本からもたらされたイチョウはヨーロッパで非常に珍重され、文豪ゲーテに愛されたことでも有名だ。しかし、実はイチョウはドイツにも生息していたのだ、約2億5000万年前に。ヨーロッパではとうの昔に絶滅してしまったため、イチョウは「生きた化石」と呼ばれる。このように「ヨーロッパでは絶滅したが、アジアやアメリカ大陸では今も生息している」植物は他にも多くある。というのは、ドイツを含めたヨーロッパもかつては熱帯・亜熱帯の環境を経験したが、氷河期に暖かい環境を求めて南に移動しようとした植物の多くがアルプスやピレネーを超えられず、またヨーロッパとアフリカを隔てる海を渡ることができずに絶滅してしまった。だから、現在のヨーロッパの植生はアジアやアメリカなどに比べて種類に乏しい。しかし、ヨーロッパでは冷涼な現在の気候からはかけ離れた、暖かい環境に特有な生物の化石がたくさん見つかる。

そしてなんと、とここからがこの記事の本題なのだが、フランクフルト近郊には世界有数の化石の宝庫、メッセル採掘場(Grube Messel)がある。メッセル採掘場はフランクフルトから南に20km、ダルムシュタットの北8kmの場所に位置する火口湖で、湖の底にはオイルシェールが埋蔵する。かつてここではオイルシェールの採掘が行われていた。採掘事業が廃止された後、湖を産業廃棄物の処理場にする計画があったが、地質学的な重要性が高い場所であることを理由に反対運動が起こり、ゴミ捨て場計画は中止された。そして1995年、メッセル採掘場はドイツ初のユネスコ世界自然遺産に登録された。ゼンケンベルク自然博物館にはメッセル採掘場に関する展示室があり、発掘された多くの化石が展示されている。

メッセル採掘場で発掘された化石の数々。植物から昆虫、魚、両生類、爬虫類、哺乳類とあらゆる種類の生物がほぼ丸ごとの姿で発掘されていて、目を見張るばかりである。

ウマの祖先、プロパラオテリウム。

アリクイ。他にもワニやオポッサムなど、現在は南半球でしか見られない生き物の化石も数多く見つかっている。画像を数枚しか紹介できないのが残念。(本当にすごいので、是非、こちらを見てみてください。)

ドイツには化石の採れる場所がたくさんあるらしいとは気づいていたが、こんな素晴らしい場所があるとは今まで知らなかった。フランクフルト近郊に5年も住んでいたのに、、、。メッセル採掘場へ是非とも行きたくなった(情報はこちら)。

ますますドイツの地質学が面白く感じられて来た。6月には化石掘りワークショップに申し込んだので、とても楽しみ!

(2023.1.17追記) 

この記事を書いてから約4年半後、とうとうメッセル採掘場へ行って来た。

ビジターセンター

メッセル採掘場はグローバルジオパーク、ベルクシュトラーセ・オーデンヴァルトの真ん中に位置している。このあたりは現在、花崗岩質の緩やかな丘陵地帯だ。およそ4800万年前、火山の噴火によって、ここメッセルにマール湖と呼ばれる火山湖が形成された。長い年月の間にさまざまな生き物の死骸が湖の底に沈み、それが化石になったのである。メッセルではこれまでに始新世(約5,600万年前から約3,390万年前まで)の良好な化石が1万点以上も見つかっており、現在も年間3000点ほどがあらたに発掘されているという。

ちなみにマール湖の「マール」というのはドイツ語のMaarがそのまま地質学用語になったもので、ドイツにはマール湖がたくさんある。特にアイフェル地方はマール湖が豊富だ。まるでレンズのような美しい姿に魅せられてマール湖めぐりをしたことがある。そのときの記録はこちら

 

さて、ガイドツアーに参加して、採掘場の敷地を見学することにしよう。

Grube Messelと呼ばれるかつてのオイルシェールの採掘場

ついにやって来たメッセル採掘場。12月だったので寒々としていて、雪もちらちら降っていた。始新世にはこのあたりはサルが飛び交い、ワニが泳ぐ亜熱帯気候だったなんて、とても信じられない。ふと、コスタリカで見た火山湖の景色が頭に浮かぶ。

熱帯コスタリカの火山湖

メッセルもかつてはこんな景色だったのかな。

メッセルのオイルシェールの地層から発掘された化石のサンプルをいろいろ見せてもらう。

特に多いのは魚の化石

オイルシェールは脆く崩れやすいので、化石は樹脂で固めて保存する方法も取られるようになった。オイルシェールの地層がどのようにつくられ、そこでどのように化石が形成されていくのかについてはこの過去記事に書いたので、ここでは割愛しよう。

カメの甲羅化石

メッセルでは後尾中のカメの化石も見つかっている。メッセル採掘場で発掘された化石はメッセル化石・郷土博物館、フランクフルトのゼンケンベルク博物館やダルムシュタットのヘッセン州立博物館をはじめとする多くの博物館に分散所蔵されている。そのうち全部見て回れるといいなあ。