マサイマラ国立保護区でのサファリを持って、10日間のケニア旅行は終了するはずだった。2日目のサファリを終えて夕食を食べながら、「終わっちゃったね。楽しかったね」と余韻を楽しんでいた私たち。明日のこの時間には空港か、などと言いながらふとスマホに目をやった夫が「え?」という顔をした。
「ちょっと!帰りの飛行機キャンセルになったよ」「え?」
乗り継ぎの空港でストライキが行われるため、その空港行きの航空便は飛べないというのだ。代替便として提案されたのは、その丸2日後の便。さあて、どうする?ルーカスさんにケニア滞在が48時間延長になったと事情を話し、追加で2日間、ドライバーとしてお付き合い頂くようお願いした。問題は何をするかである。もう動物は十分に見た。ずっとサファリカーに乗りっぱなしで運動不足が続いていたので、体を動かすことがしたかった。どこかでハイキングがしたいと言うと、ルーカスさんが提案してくれたのはロンゴノット山登山だった。幸い、ハイキングシューズは持参していたので、登ることにした。
ロンゴノット山は大地溝帯にある標高約2,776mの成層火山で、ヘルズゲート国立公園にほど近い。大地溝帯とは周知の通り、アフリカ大陸が東西に引き裂かれつつある場所で、プレートが離れる「拡大境界(divergent boundary)」にあたる。プレートが引っ張られて地殻が薄くなっているので、地下のマグマが地表近くまで上昇しやすく火山活動が活発なのだ。ロンゴノット山が最後に噴火したのはおよそ2000年〜3000年前。山の上には直径約8kmのカルデラがあり、その縁を一周することができる。
遠目には平たく見えるこの火山、山肌にやたらと縦の溝ができている。あのヒダヒダの斜面を登るのだ。聞けば、「ロンゴノート」とはマサイ語で「険しい」とか「アップダウンが激しい」という意味らしい。

ロンゴノート国立公園のゲート
マサイ族の若いガイドさんが登山に同行してくれることになった。というか、ガイドは要らないと思ったけれど、ガイドをつけることが「強く推奨」されているそうで、ルーカスさんがアレンジしてくれるのを断れなかった。
まずは緩やかな坂道を登っていく。砂の上には動物たちの足跡がたくさん付いていた。この国立公園にも多くの野生動物が生息しているのだ。アニマルトラッカーの私としては、足跡はスルーできない。
「これは、肉食動物の足跡ですね?」と尋ねると、ガイドさんはすかさず「ヒョウです。爪の跡がありませんが、表は爪を隠すんです。これは若い個体ですね」と。「え、ヒョウ?この足跡、ずいぶん新しいですよね?」。ヒョウの足跡のすぐそばにはハイエナの足跡があった。「僕はマサイ族なので、足跡からだけでなく、匂いでも動物を嗅ぎ分けられます。マサイの男子は18歳からの2年間、ブッシュにこもって修行するんです」。
他に草食動物や大型野鳥などの足跡を見ながら歩いていると、バッファローが道を横切った跡があった。
「あっ、走って行ったね!」「まだ、この辺にいるかもしれません。気をつけて」。ガイドさんはおもむろに地面に落ちていた大きめの石を拾い上げた。「先に行ってください。ちょっと確認するので」。私たちが先に進むと、バッファローの足跡が消えた茂みの方向をうかがっていたガイドさんが「あそこに隠れてますよ。見えますか?」と言うのでそちらを見ると、確かに茂みの奥にバッファローの姿が見えた。幸いこちらとの間には距離があり、私たちに向かって来ることはないだろう。ガイドなんていらないと思ったけれど、やっぱり付いてもらって正解だった。ロンゴノット国立公園内にはキャンプ場があるのだけれど、ヒョウやハイエナやバッファローがうろつき回るところでよくキャンプなどできるものだなあ。ケニアの人はやっぱり私たちとは感覚が違うのだろうか?
少し登ったところで、茂みの中からディクディクが顔を出した。これなら可愛いけどね。
クレーターの縁まで登るのに小一時間。細かいアップダウンが激しくて、写真を撮っている余裕がない。ようやくクレーターまで登り、ビューポイントからあたりの景色を眺める。

ナイヴァシャ湖が見える。

ヒダヒダの山肌
ロンゴノット山の噴火スタイルは主に爆発的な噴火と溶岩流の組み合わせで、山肌の溝は厚く積もった火山灰の層が侵食を受けることでできた。

眼下に平たく広がる丘は溶岩流が形成した

ロンゴノット山は頂上のクレーターの他にもいくつものクレーターを持つ。
「あ、キリンがいますよ」と言われて遠くに広がるブッシュに目をやると、ブッシュからキリンの頭が飛び出している。

すごい動物だなあ、キリンって。背が小さくて視界が低い私はキリンが羨ましい。
さて、クレーターまでは登ったので、あとはクレーターの縁に沿って歩くだけだ。
えっ?クレーター縁って、平らなんじゃないの?まさか、あのギザギザの上を歩く?一番尖っているところがロンゴノート山の頂上だ。ガイドさんに聞くと、8kmのクレーターを一周するのに3〜4時間かかるというが、ここまで来たら、歩くしかない。
クレーターの内側は鬱蒼とした森になっている。火山灰が風化して養分豊富な土壌が作られたのだ。あそこを歩いて横断することは可能ですか?との夫の問いに、ガイドさんの返事は「歩き慣れた人でも少なくとも半日はかかりますね。地面はゴツゴツの岩だらけで溝がたくさんありますし」。
登ったり降りたり登ったり降りたり。どうにか頂上に到達!
「やりましたね!高齢の方をここまでご案内するのは、これが2度目です。大抵の高齢の方はクレーター縁まで登って、さらにアップダウンがあると知ると、諦めて下山されますよ」
まだそこまで高齢じゃないつもりだけど!笑

頂上を超えても、まだまだアップダウンは続く。

超えてきたアップダウンを振り返る。
だんだん疲れてノロノロ歩きになっている私たちを、驚いたことにスポーツウェアに身を包んだ若い人たちが颯爽とジョギングで追い越していった。こんなところでジョギングとは、元気にもほどがあると思ったら、アスリートの高地トレーニングらしい。
はあ、ようやく一周し終えた。地球の割れ目の真ん中にある火山を歩いたんだと思うと、やっぱり感慨深いな。
さて、ここから一気に下山だ。
「高齢者」の私たちは、結局、合計6時間かけてゲートに戻った。まあまあハードな山登りだったので、やり切った感がある。ケニア滞在の終わりに少しは能動的なことができて、嬉しかったのだった。