ドイツの運河探検はひとまずこれが最終回。今回取り上げるのは1899年に完成したドルトムント・エムス運河。ルール地方のドルトムント港を起点とするこの運河は、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の造船都市パーペンブルクを通過し、エムス川と合流して北海へと流れ込む。ドイツの工業化を支えて来た超重要インフラの一つである。

この運河建設は、ドイツ帝国初の国家による大運河プロジェクトであった。19世紀末、ルール地方の石炭・鉄鋼産業が急拡大し、鉄道輸送だけでは追いつかないほどの物流量になったため、重工業地帯ドルトムントと輸出入拠点である北海の港を水路で直接つなぐ大計画がスタートした。

ドルトムント・エムス運河における見どころは、なんといってもドルトムント郊外のヴァルトロプ(Waltrop)にある船舶昇降機、Schiffshebewerk Henrichenburgだ。1970年まで稼働していたが、現在は産業遺産ミュージアムとなっている。

ヘンリッヒェンブルク船舶昇降機(Schiffshebewerk Henrichenburg)

これまたなんとも美しいクラシカルなデザイン。それもそのはず、この昇降機建設には水位差の効率的な克服という実用的な目的だけでなく、誕生してまだ間もなかったドイツ帝国を世界の工業列国の一員としてアピールする狙いがあった。そのため、昇降機の外観にも力を入れ、記念碑的なデザインが採用された。この昇降機の建設は、水運インフラ整備という国家プロジェクトの一環であると同時に、ドイツの近代化と技術力を世界に見せつける機会でもあり、落成式には皇帝ヴィルヘルム2世が首席し、自ら式典を主宰した。

昇降機は上って見学できる。

高低差はおよそ14.5m。

昇降機の上からドルトムント・エムス運河高水位側を眺める。

今度は昇降機の下に降りてみよう。

Trogと呼ばれる水槽の内部。この中を水で満たし、船を浮かせる。

船舶昇降機にはいくつかのタイプがあり、この昇降機は浮体式昇降機(Schwimmer-Hebewerk)である。どういう仕組みかというと、船を載せる水槽の下についた円筒型の浮き(Schwimmer)を使って船を上下させる。その他、この昇降機には設計者イェーベンスが考案した「スピンドル式水平保持」という、ねじ(スピンドル)で高さを微調整して船を水平に保つ仕組みがある。

昇降機の横にあるかつての機械室の建物は現在、展示室。

昇降機の模型

こちらは、当時、仕組みを説明するために作られた平面模型。各パーツは取り外し可能で、手動で動かせる。

展示によると、船舶昇降機は世界中に100機ほどしかないそうだ。そのうちのほとんどは、この昇降機のような船を垂直に上下させるタイプだが、斜面を引っ張り上げるタイプ(フランスのSaint-Louis Arzvillerの昇降機)や、変わったものだと回転式(スコットランドのFalkrik Wheel)もある。世界のいろんな昇降機を見てみたくなった。

ルール地方では、ドルトムント・エムス運河を皮切りに、リッペ運河、ライン=ヘルネ運河、ヴェーゼル=ダッテルン運河などが次々に建設され、高密度な水路ネットワークが形成された。戦争時には戦略物資の輸送ルートとしても重要視され、特にナチス時代には、これらの運河が国家レベルで整備・拡張され、不足する運河の労働力を補うために強制労働者が投入されたという事実もある。この辺り、調べ出すとまた別のテーマに展開しそうなので、ここでは深掘りしないでおく。

さて、商工機だけでなく、運河沿いにはいろいろなものがあって面白い。特に興味深く思ったのは、曳舟鉄道(Treidelbahn)というもの。ドルトムント・エムス運河が開通した頃には、まだ船にはエンジンが搭載されていなかった。運河では風や潮による流れもないので自走できず、陸からロープで引っ張って移動させる必要があった。運河沿いにレールを敷いて小型のディーゼル機関車で引いていたのだ。

Treidelbahnと呼ばれる小型の曳舟用機関車。

陸にはエンジンがあったのなら船にも搭載すればいいじゃない?と不思議に思ったが、その当時はまだ船に搭載できる小型で信頼性のあるエンジンは実用化されていなかったということのよう。それにしても、陸から船を引っ張るなんて、今では考えられない光景だなあ。それでも、それ以前には人力や馬力で引っ張っていたのだから、機関車を使えるようになっただけでも大進歩だったのだね。

昇開橋(Hubbrücke)もある。可動式の橋はいろんなタイプのものがあって、面白い。

1962年に完成した昇開橋(Hubbrücke)。船が下を通るときに橋桁全体が垂直に持ち上がる。

その他、貨物船船員の日常生活や現在のコンテナ輸送に関する展示もとても充実していていて、ゆっくり見るには2〜3時間必要。

ボートクルーズもあって、「乗って行きませんか?」と声をかけられたけれど、2時間のクルーズだということで残念ながら乗船できず。また今度!