2019年度、私は4本の杭を担当し、何度か毛を採取することができたが、DNA鑑定の結果は残念ながらヤマネコのものではなく、キツネの毛だった。でも、プロジェクト全体では複数箇所でヨーロッパヤマネコの毛が見つかり、2018年に死骸となって発見された個体以外にもブランデンブルク州にはヤマネコが存在することが判明した。それで、さらに本格的に分布を調べるため、今年度(2021)もモニタリングが実施されるのだ。今年は私の夫も一緒にやると言うので、今回は思いきって10km x 10kmのエリアを2人で担当することにした。打ち込む杭は全部で10本。地図を見て、ヤマネコが移動しそうな場所を考えつつ、場所を決めていった。
教会の名前はヨハニッシェ・キルヒェ(Johannische Kirche)。かつてはEvangelische-Johannische Kirche nach der Offenbarung St. Johannisという名称だったそうだ。「聖ヨハネの啓示を受けた福音主義のヨハネ派教会」とでも訳せば良いのだろうか?耳慣れない言葉だ。それとも、私がキリスト教の知識に乏しいから知らないだけだろうか?それにしても、この外観である。何か特殊な背景があると見て間違いなさそうだ。
最近、”Die Mark Brandenburg“というブランデンブルク州の歴史雑誌が気に入っているのだが、そのバックナンバー、”Lebensreform in der Mark(ブランデンブルクにおける生改革運動*注1)”を手に取ったら、偶然、この教会についての記事が載っていた。生改革運動(Lebensreform)とは、19世紀半ば以降、急激な近代化に反対してスイスやドイツを中心に広がった自然回帰をキーワードとする社会改革運動で、現在、特徴的なドイツの生活文化とみなされているものの多くがこの時期に芽吹いたようである。たとえば、ドイツ全国にある自然食品店、レフォルムハウス(Reformhaus)はこの運動に端を発している。30年前、ドイツに来て初めてレフォルムハウスの看板を目にしたとき、「はて?どういう意味だろう?」と不思議に思ったのをよく覚えている。その頃、reformという言葉から私が連想できたのは「住まいのリフォーム」だけで、住まいとは何の関係もなさそうなのにreformと書いてあるその店が気になって中に足を踏み入れてみた。店内に並べてあるのは健康食品やオーガニックの食品、自然化粧品などで意味がわからず、「健康なものを食べて体をリフォームしようという意味だろうか?」などと、おかしな解釈をしていた。ReformhausのReformが19世紀の生改革運動から来ていると気づいたのは、ずっと後になってからだ。
教会の建設はこうして始まった。約1000人を収容できるという大きな教会の二つのアーチ型天井は「Zwei Lebensstützen brechen nie. Gebet und Arbeit heissen sie.” (祈りと労働は決して折れることのない生の二つの柱である)」というヨハニッシェ・キルヒェの教理を象徴しているそうだ。そしてヴァイセンベルクは教会に隣接するエリアに自らの理想に基づく集落「フリーデンスシュタット(平和の町)」の建設に着手した。しかし、予言通りインフレがやって来ると、資金が足りなくなり、信者らは集落建設を続行するために金の結婚指輪をヴァイセンベルクに差し出した。だから、フリーデンスシュタットは結婚指輪で建設された町と形容されることもあった。集落には学校や病院、博物館やカフェも作られ、近代的なインフラを持つコミュニティが実現した。
ベルリン・ブランデンブルク探検隊のYouTubeチャンネルができました
三度の飯より探検が好き。これまで何度も引っ越しをして来たけれど、その度に新しい環境をくまなく歩くことを楽しんできました。2006年にブランデンブルク州に移りんでからは、徒歩・自転車・車・公共交通機関でブランデンブルク州中を探検し続けています。
ブランデンブルク探検は面白い。
なぜなら、情報が少ないから。あまり知られていないからこそ、発見する楽しみがある。
これまでに訪れた場所を地図上に記録しているのですが、ざっとこんな感じです。かなり行ってるでしょう?
この探検趣味が高じて、2年ほど前、気づいたら長年ベルリンに住んでいた友人のライター、久保田由希(@kubomaga)さんと探検ユニット「ベルリン・ブランデンブルク探検隊」を結成していました。普段は久保田さんがベルリンを、私がブランデンブルク州を単独で探検し、「こんなところへ行って面白かったよ」「こんなものを見つけたよ」と互いに報告し合いました。ときには一緒に探検します。探検が好きな他の友人を誘って出かけることも。撮った写真はよくTwitterでシェアしていますが、フォロワーの方がハッシュタグ「#ベルリン・ブランデンブルク探検隊」をつけて面白い場所を紹介してくださることもあります。
「探検隊」を名乗ったのは最初は冗談半分だったのですが、やり始めたらけっこう本気で活動し、2020年には初の成果物としてベルリンとブランデンブルク州に現存する給水塔の情報をまとめた冊子、「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」を自費出版しました(過去記事: 「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」を出版しました)
そうしたら、意外なほど多くの方が興味を持ってくださり、いくつかのメディアでも取り上げて頂きました。嬉しい限りです。
そしてこの度、新たな試みとして、久保田さんと「ベルリン・ブランデンブルク探検隊」のYouTubeチャンネルを開設しました。
現在、ドイツはパンデミックでロックダウンが長く続いており、実際の探検活動はほとんどできない状態ですが、これまでに収集したネタがたっぷりあります。ベルリンとブランデンブルクのニッチな魅力をスライドとトークでご紹介していきます。
まずは、給水塔に関する動画を2本アップしています。
よかったら覗いてみてください。もし、気に入ってくださったら、チャンネル登録して頂けたら、とても嬉しいです。
「ドイツで始めるバードウォッチング」 ドイツニュースダイジェストの特集作成のお手伝いをしました
ドイツには「ドイツニュースダイジェスト」という在住日本人のための日本語フリーペーパーがあり、私もドイツに住むようになって以来、愛読して来ましたが、なんと最新号(Nr.1144 23 April 2021)ではバードウォッチングの特集が組まれています。
タイトルはずばり、「ドイツで始めるバードウォッチング」。
ドイツには古くから野鳥保護の伝統があり、野鳥愛好家人口が多いです。そのためバードウォッチングの情報が豊富に蓄積され、インフラも整っています。都市部にも緑が多く、どこに住んでも森が身近にあります。だから、バードウォッチングを始めるのに最適な環境なんですね。
今年は気温が低く、なかなか本格的に春になりませんが、朝は賑やかな野鳥のさえずりで目が覚めるようになりましたね。これからの季節は野鳥が一斉に巣作りをし、雛を育てます。バードウォッチングは年間を通じて楽しめますが、やっぱり春が一番!
3ページに渡る特集記事はドイツにおけるバードウォッチングの歴史、これからバードウォッチングを始めようと思う人のためのヒントやドイツで身近に見られる野鳥情報までを含む充実した、楽しいものになっていて、バードウォッチングに興味はあるけれど、どうやって始めたらいいのか、、、と思っている方にとって、とてもわかりやすいと思います。
バードウォッチングを始めてまだ日が浅い私ですが、微力ながら誌面作成のお手伝いをさせて頂きました。その際の打ち合わせで新たに知ったことも多く、ますますバードウォッチング熱が高まっている私です。
ドイツニュースダイジェストは日本関連のお店などに置いてありますが、オンライン版もこちらから読むことができます。
野鳥に興味がある方は是非、ご覧になってみてください。お家の周りの散歩がぐっと楽しくなりますよ!
以下の記事にドイツでバードウォッチングを楽しむ際のお役立ちサイトをリストアップしていますので、よろしければ合わせてご利用ください。
ドイツで野鳥観察を楽しむための情報リンク集
また、見つけた野鳥のドイツ語名はわかったけれど、日本語ではなんというの?うまく調べられないという方は、私が作成した野鳥名検索アプリ(無料でオンライン公開中です)を使ってみてください。
ウェブアプリ「ドイツの身近な野鳥 多言語辞書」を公開しました
これからも野鳥情報、どんどん更新していきますね。
野鳥カメラで餌台を訪れる野鳥を観察する
去年の春、庭のオークの木に鳥の巣箱を設置し、その内部にカメラを取り付けた。巣箱を設置したらすぐにシジュウカラが中に入り、営巣を始めた。取り付けた巣箱カメラが大活躍し、スマホやその他のデバイスを通してシジュウカラの巣作りや子育てをリアルタイムで観察することができ、とても楽しかった。その一部始終は「シジュウカラの育児観察記録」として当ブログで公開している。
そこで、この冬はテラスに置いた餌台の内部にカメラを設置してみた。そうしたら、これがまたまた面白い。家の中から窓越しに餌台を眺めているだけではわからないことがカメラを通すと見えて来るのだ。餌台にはいろんな野鳥が餌を食べにやって来る。カメラを通してその様子を眺めていると、まるでレストランオーナーになった気分だ。心の中で「いらっしゃいませー!」と叫びつつ観察していたら、種によって少しづつ行動が違うことに気づいた。
最もよく来るのはシジュウカラとアオガラ。どちらも群れで入れ替わり立ち替わり餌台に来る。シジュウカラの方がアオガラよりもやや大きく、群れの個体数も多いけれど、異なる種と鉢合わせしてもお互いまったく気にしていない様子。酒場の顔馴染みの常連客という感じで和気藹々と(?)餌をついばんでいる。餌台にやって来る時間帯もほぼ同じだ。ただ、彼らは長居はしない。ひまわりの種をクチバシでさっと掴むと、すぐにサッと餌台を出てそばの桃ノ木の枝に止まり、種を枝に叩きつけて割って中身を食べる。食べ終わるとまたサッと餌台に飛び入り、また次の種をくわえて出て行く。その繰り返しだ。一回の滞留時間はほんの1秒くらいで、出たり入ったりを延々と繰り返している。だったらお腹がいっぱいになるまでずっと餌台にいればいいんじゃないかな。飛ぶエネルギーがもったいないと思うんだけど。でも、彼らはそういう習性ではないらしい。
ハシブトガラは単独で来ることが多い。この子はシジュウカラやアオガラと比べ、もうちょっとのんびりしているような気がする。
アオガラやシジュウカラ達と餌台で一緒になることも多いが、オープンな性格とみえて、けっこう溶け込んでいる。
ヨーロッパコマドリは別の時間帯にいつも単独でやって来る。ヒマワリの種は食べず、もっと小さい穀物をエサの山の中から探すのだが、シジュウカラやアオガラのように餌をテイクアウトするのではなく、店内でお召し上がりになる。ある程度満腹するまで餌台を離れないので、一度来ると2分くらいはとどまっている。
カンムリガラは滅多に訪れないので、たまに見ると嬉しい。
頭が可愛いなー
ゴジュウカラもおひとりさま行動が好きらしい。そして、かなり警戒心が強いのか、餌台の中央まで入って来ることは稀である。窓の縁に止まって、頭だけを伸ばして種を取るが、常に外を気にしてしょっちゅう振り返るのだ。
うちの庭にはイエスズメがたくさんいる。できれば彼らには餌台に近づいて欲しくなかった。数が多くていつも群れで行動するし、体も他の小鳥より大きい。しかも図太そうなイメージがあって、イエスズメが来ると他の客が来なくなるのではという懸念があった(鳥種差別、ごめんね)。イエスズメ達はしばらくの間、庭の隅のライラックの木から遠巻きに餌台を眺めていた。イエスズメだけ邪険にするのは悪いので、彼ら専用の餌台をライラックのそばに設けようかなと思っていたら、そうする前にとうとうみんなの餌台に入って来てしまった。でも、杞憂だったのか、他の鳥達が嫌がる様子はなく、今のところは平和である。よかった。
笑ったのはクロウタドリ。クロウタドリはサイズクラスが全然違う。そもそも餌台などには入らず地面の虫などを食べるのだと思っていたが、他の鳥達が餌台を盛んに利用しているのを見て自分も入りたくなったのだろうか。大きな図体で無理やり入って来た。でも、小さな鳥達と違い、窓からスッとスマートに飛び込むことは難しい。へたをすると壁に激突しかねない。窓の外でハチドリのように必死に羽をバタバタさせたがうまく入れず、諦めて地面に降りる姿も目撃した。
残念なのは、去年来たシマエナガが今年は一度も姿を現さなかったこと。つぶらな瞳の可愛い姿を見せて欲しかったなあ。
これは去年の写真
でも、その代わりに去年は見かけなかったマヒワがやって来た。
「〇〇鳥は云々」と、知ったようにいろいろ書いたが、ここに書いたことはあくまでも一冬の間に我が家にやって来た特定の鳥を観察して感じたことにすぎない。たまたま、うちに来た個体がそうだっただけかもしれないのだから、種の一般的な習性だと考えるわけにはいかないよね。でも、観察って面白いなあ。カメラには映像自動保存機能が付いているので、長期的に観察すれば何かがわかって来るかもしれない。野鳥カメラにこんなに楽しませてもらえるとは想像していなかった。最近まで野鳥には関心も知識も全然なかった夫も、「こんなに面白いとはね。なんでもっと早くやらなかったんだろう」と言っているくらいなのだ。
さて、そろそろまた鳥達の繁殖の季節だ。巣箱へのカメラ設置は完了した。また小鳥の子育てが見られるかな?
ヤマネコを探せ! BUNDのモニタリングプロジェクトに参加しています
身近な環境や旅先で野生動物を目にするのが私の近年の大きな楽しみの一つである。あまりに楽しいので、気候変動や環境破壊によって野生動物が減ってしまうのは辛い。なにか少しでもできることないかなーと思って、昨年(2020)の2月から3月にかけて、自然保護団体BUNDの主催するヨーロッパヤマネコのモニタリングプロジェクトに参加した。それがなかなか楽しく、また、たまたまコロナ対策のロックダウン期間と重なったため良い息抜きになった。それで今年もまた参加することに。
Foto: Wikimedia Commons
Michael Gäbler
ヨーロッパヤマネコのモニタリングとはなんぞや?
簡単に説明すると、ドイツ国内のヨーロッパヤマネコ(学名Felis silvestris)の分布を把握するためのサイエンスプロジェクトである。ヨーロッパヤマネコはかつてヨーロッパ全域に分布していたが、18世紀以降、個体数が激減し、大部分の場所で絶滅に瀕していた。しかし近年は一部の地域で再び個体数が増えつつあり、ドイツ国内には現在、6000〜8000個体が生息すると推定されている。ドイツ西部から中部にかけて特に多く、次第に生息地を広げているが、私が住んでいるブランデンブルク州にはまだ到達していないと考えられていた。
ヨーロッパヤマネコの生息に適した森 出典: https://www.bund.net/themen/tiere-pflanzen/wildkatze/
ところが2019年のある日、ブランデンブルク南西部のLuckenwaldeという町付近を移動中のある人が、車に轢かれた猫の死骸を道路脇に見つけた。猫にしてはいやに大きいなと不思議に思って車を停め、死骸をよく見たところ、ふさふさの大きな尻尾に黒いリング状の模様がある。もしやこれはヤマネコでは?その人は死骸の写真を撮り、地元の自然保護団体に連絡した。専門家の鑑定の結果、それはヨーロッパヤマネコだった。
「ヨーロッパヤマネコはブランデンブルク州にも到達している!」
この新事実をきっかけに、BUNDは2020年からブランデンブルク州でもヨーロッパヤマネコのモニタリングを開始した。プロジェクトには誰でもボランティアとして参加できる。面白そうなので私も参加することにしたのである。
ヨーロッパヤマネコのモニタリングは1月末〜3月にかけて実施される。雄がこの時期に繁殖相手を探して広範囲を移動するからだ。ヨーロッパヤマネコはセイヨウカノコソウ(ヴァレリアン、ドイツ語ではBaldrian)の匂いを好むので、森の各所の地面にセイヨウカノコソウのエキスをスプレーした木の杭を打ち込んでおく。杭のあるところをヤマネコが通れば、きっと杭に体を擦り付けるだろう。そうすれば、杭表面に毛が引っかかる可能性がある。プロジェクトの参加者は定期的に杭を点検に行き、観察結果をBUNDに報告する。
杭は金ブラシで表面をガサガサにし、ナイフで角に傷をつけて毛が引っかかりやすいようにする。表面をバーナーの火で焼いて殺菌し、それからセイヨウカノコソウのエキスをスプレーする。
1週間〜10日に一度、杭を点検。毛が付着していないかどうか、ルーペで確認する。
もし、毛が付着していたらピンセットで取って専用の袋に入れる。地域、杭の番号、日付、毛の本数を記入してDNA鑑定のためにラボに送る。
2019年度、私は4本の杭を担当し、何度か毛を採取することができたが、DNA鑑定の結果は残念ながらヤマネコのものではなく、キツネの毛だった。でも、プロジェクト全体では複数箇所でヨーロッパヤマネコの毛が見つかり、2018年に死骸となって発見された個体以外にもブランデンブルク州にはヤマネコが存在することが判明した。それで、さらに本格的に分布を調べるため、今年度(2021)もモニタリングが実施されるのだ。今年は私の夫も一緒にやると言うので、今回は思いきって10km x 10kmのエリアを2人で担当することにした。打ち込む杭は全部で10本。地図を見て、ヤマネコが移動しそうな場所を考えつつ、場所を決めていった。
こんなルートにした
ところが、さあやるぞと張り切っていたら大雪が降って、地面が真っ白になってしまった。去年の2月は暖かかったので楽だったが、雪の中の巡回はちょっと大変そう。でも、森に入ってみると、雪が積もっているからこその面白さがあると気づく。森の中は動物たちの足跡だらけなのだ。
1本の杭を打ち込んだ場所は動物たちの交差点になっていることがわかった。昼間でも森の中で野生動物に遭遇することはよくあるし、夜にはたくさんの動物が活動すると知ってはいたけれど、本当にどこもかしこも足跡でいっぱいなのを見ると、森にはたくさんの動物たちがいるんだなあと実感する。逆に言えば、森がないと多くの動物たちは生きることができないってことだよね。
杭のすぐ横をウサギが擦り抜けていっている。立ち止まった様子はない。ウサギはセイヨウカノコソウには興味がないみたいだね。
でも、残念ながら毛はついていなかったので、またセイヨウカノコソウをスプレーしておく。
そうそう。ヤマネコと直接関係ないけれど、面白いことがあった。モニタリング開始前、杭の設置位置を決めるために森の中を歩いていたら、地元の猟師さんの車が通りかかって「こんなところで何をしている?」と聞かれた。BUNDのヤマネコ調査に参加していると説明すると、「あー、ヤマネコね。この辺、いるよね」と猟師さんはこともなげに言うのである。
「え、本当ですか?野良猫じゃないんですよね?」
「いや、あの尻尾はヤマネコだよ。毎晩来てるよ。あっちの方」
私と夫は顔を見合わせ、「よし、そこに杭を打ち込んで来よう」と目くばせした。テンション上がるなー。
「この辺、オオカミもよく出るんだよね」
「ええ?」
なんかちょっと出来過ぎな感じがするが、相手は猟師さん。デタラメを言うとも思えない。
猟師さんに教えてもらったあたりに杭を打ち込みに行くと、すぐそばの湖の凍った表面を動物が歩いた跡があった。
「大型犬っぽいね」と夫が言うが、飼い主が一緒に歩いた形跡はない。こんな人里離れた森の奥の湖を犬が歩くかなあ?
「もしかしてオオカミ!?」
まさかねー。早とちりはやめておこう。
その2週間後、森を巡回中、全く同じ場所でまた同じ猟師さんに遭遇した。
「どうだ?ヤマネコは見つかったか?」
「いえ、まだです」
すると猟師さんは言った。
「今、オオカミのフンを拾って来たよ」
「ええ?」
「見る?」
バケツに入ったオオカミのフンとやらを見せてもらう。(不快な画像、すみませんが、証拠写真と言うことでご了承ください)
「ん?これ、犬のフンではないんですね?」
「オオカミのだよ。シカの毛や骨が混じっているだろう?」
へえーっ。
「あいつら、いつも4、5匹でウロついてるよ。犬と変わらない感じで、かなり近くまで来る」
オオカミの存在が急にリアルになった。ブランデンブルク州でオオカミが増えているのは知っていたけど、そんなに身近な存在になっているとは。
今年のモニタリングはまだ始まったばかりで、今のところ、ヤマネコの痕跡は見つかっていない。でも、森の中にはいろんな情報が詰まっていて面白い。
ウェブアプリ「ドイツの身近な野鳥 多言語辞書」を公開しました
パンデミックでロックダウンが続くドイツ。遠出できないし、できることも限られているので、相変わらず庭や家の周辺での野鳥観察をする毎日である。見分けられる種が増えるにつれ、ますます楽しくなって来る。
先日、こちらの記事でドイツでよく見られる野鳥の名前の日独英学名対照表をシェアしたけれど、表形式だとデータが増えるとスクロールして知りたい鳥の欄を見つけるのが大変になるから、あまり実用的ではないかなあと思っていたところ、年末年始に帰省した息子がPythonというプログラミング言語の基礎を手解きしてくれた。特に目的もなく暇潰しに教わったのだが、せっかくだから何かに使えないかなと考えて、せっかく野鳥の名前の対照表を作ったのだから、それを使って簡単な検索プログラムができないかな?と思いついた。
息子に怒られつつ作ったプログラムをようやく公開することができた。
ドイツの身近な野鳥 多言語辞書
(↑ クリックすると、アプリが開きます)
初めてプログラミングで作ったプログラムなのでとてもシンプルで、野鳥名を日本語、英語、ドイツ語及び学名で検索するだけのもの。こんなふうに使えます。
たとえば、私は昨日、野原で猛禽類を見つけて写真を撮り、NABUの鳥識別アプリNABU Vogelweltで調べて「Turmfalke」という種らしいということがわかったので、検索窓にTurmfalkeと入力。そして「調べる」ボタンを押すと、
このようにそれぞれの言語での名前と学名が表示される。ただこれだけなんだけど、ドイツで野鳥を見かけてドイツ語での種名がわかっても、日本語で何と呼ぶのか調べるのは結構面倒だったりするので、作ってみました。逆に和名はわかっているけどドイツ語でなんと呼ぶかわからないときにも使える。今のところ登録してある種は200種で、ドイツ全国でよく見られる種はほぼカバーしているつもり。
ただ、この辞書、使い方にちょっと注意点があって、私がエクセルに登録した表記法そのものじゃないとヒットしないのである。日本語の鳥名は必ずカタカナで、ドイツ語と英語の名前は最初の文字を大文字で入力する必要があります。
この辞書はPythonでコードを書いて作ったデスクトップアプリ(私のPC上でしか使えないプログラム)をStreamlit sharingというサービスを使ってウェブアプリ化して公開している。デスクトップアプリでは、野鳥団体NABUのサイトのそれぞれの鳥に対応するページに飛んで画像を見ることができるようにしたのだけれど、それをウェブアプリ上ではうまく反映させられなかった。なので、とりあえず画像検索機能なしで公開することにした。
今後やりたいことは、
少しづつ、使えるものを作れるようになればいいなと思っている。気長にやろう。
ドイツ再統一後に復活した信者の集落 〜 ヨハニッシェ・キルヒェとフリーデンスシュタット
ベルリンから南西に40kmほどのところにあるヌテ・ニープリッツ自然公園が好きで、よく遊びに行く。美しい湖がいくつもあるのだ。その中の一つ、ブランケンゼー(Blankensee)の近くに、以前から気になる建物があった。
体育館を二つ並べたようなこの建物は何なのだろう?デザインから察するに、ヴァイマル共和政時代に建てられたものではないかと思われるが、古びたレンガ造りの建物が多い田舎の風景の中にドーンと立っていて、場違いな感じがする。何かの格納庫だろうか。でも、このエリアにかつて大きな産業があったとも思えない。謎である。画像検索で調べたら教会だということがわかって驚いた。
教会の名前はヨハニッシェ・キルヒェ(Johannische Kirche)。かつてはEvangelische-Johannische Kirche nach der Offenbarung St. Johannisという名称だったそうだ。「聖ヨハネの啓示を受けた福音主義のヨハネ派教会」とでも訳せば良いのだろうか?耳慣れない言葉だ。それとも、私がキリスト教の知識に乏しいから知らないだけだろうか?それにしても、この外観である。何か特殊な背景があると見て間違いなさそうだ。
最近、”Die Mark Brandenburg“というブランデンブルク州の歴史雑誌が気に入っているのだが、そのバックナンバー、”Lebensreform in der Mark(ブランデンブルクにおける生改革運動*注1)”を手に取ったら、偶然、この教会についての記事が載っていた。生改革運動(Lebensreform)とは、19世紀半ば以降、急激な近代化に反対してスイスやドイツを中心に広がった自然回帰をキーワードとする社会改革運動で、現在、特徴的なドイツの生活文化とみなされているものの多くがこの時期に芽吹いたようである。たとえば、ドイツ全国にある自然食品店、レフォルムハウス(Reformhaus)はこの運動に端を発している。30年前、ドイツに来て初めてレフォルムハウスの看板を目にしたとき、「はて?どういう意味だろう?」と不思議に思ったのをよく覚えている。その頃、reformという言葉から私が連想できたのは「住まいのリフォーム」だけで、住まいとは何の関係もなさそうなのにreformと書いてあるその店が気になって中に足を踏み入れてみた。店内に並べてあるのは健康食品やオーガニックの食品、自然化粧品などで意味がわからず、「健康なものを食べて体をリフォームしようという意味だろうか?」などと、おかしな解釈をしていた。ReformhausのReformが19世紀の生改革運動から来ていると気づいたのは、ずっと後になってからだ。
さて、上記の雑誌によると、ブランケンゼーの近くにある古くて新しい謎の建物は1926年に「聖ヨハネの啓示を受けた」ヨーゼフ・ヴァイセンベルク(Joseph Weißenberg)により建てられた。ヴァイセンベルクはシレジア地方の貧しい家に生まれたが、幼少の頃から予知能力がある不思議な子どもだとみなされていた。また、ヒーリングの能力があり、ヴァイセンベルクが病人に触れると病気が治ったというエピソードがたくさん伝えられている。ヴァイセンベルクは成人後、左官などいくつかの職を経験した後、ベルリンのプレンツラウアーベルクでヒーラーとして開業する。急激な社会変化の中での閉塞感や生活苦、環境汚染などから心身を患う人が多かったのだろうか、いろいろな代替医療やスピリチュアルな施術が世に溢れた時代だったようで、ヴァイセンベルクは「ベルリンの奇跡のヒーラー」として注目を浴びた。やがて、宗教的指導者としても活動するようになり、マイスターと呼ばれて崇められるようになる。第一次世界大戦直後、ヴァイセンベルクは「もうすぐ大インフレになる」と予言し、「金を持っていても価値がなくなるから、今のうちに私に預けなさい」と言って信者らから金を集めた。その資金でブランケンゼー近くのグラウという地域に土地を購入し、人々が安心して暮らせる町を建設すると言い切ったのである。
教会の建設はこうして始まった。約1000人を収容できるという大きな教会の二つのアーチ型天井は「Zwei Lebensstützen brechen nie. Gebet und Arbeit heissen sie.” (祈りと労働は決して折れることのない生の二つの柱である)」というヨハニッシェ・キルヒェの教理を象徴しているそうだ。そしてヴァイセンベルクは教会に隣接するエリアに自らの理想に基づく集落「フリーデンスシュタット(平和の町)」の建設に着手した。しかし、予言通りインフレがやって来ると、資金が足りなくなり、信者らは集落建設を続行するために金の結婚指輪をヴァイセンベルクに差し出した。だから、フリーデンスシュタットは結婚指輪で建設された町と形容されることもあった。集落には学校や病院、博物館やカフェも作られ、近代的なインフラを持つコミュニティが実現した。
ざっとここまで読んで、その集落を見に行きたくなった。ブランデンブルク探検仲間のCKさん(@CKCKinT)にこの話をしたら、CKさんは「その集落に行ったことがあるよ」と言う。「医者の診療所が入ったセラピーセンターがあって、宗教的な独特の静かな雰囲気がある。ボロボロの小さな集落なのに、田舎には珍しい自然食品の店があって不思議な感じ」だそうだ。ますます興味深い。そこで、CKさんに案内して貰いながらその集落を散歩することにした。
ということで、ブランデンブルク探検隊、フリーデンスシュタットにGo!
集落は少し奥まったところにある。集落内に入ると、真っ先に古びた建物が目に入った。かつて役場だった建物らしい。一部の窓にカーテンがかかっているが、現在、誰か住んでいるのだろうか。シーンとしていて、人の姿は確認できなかった。
「神とともに始まり、神とともに終わる。それが真の人生である」
その隣にはセラピーセンターがある。1996年に再開されたそうだが、小さな集落にある医療機関にしては随分立派だ。ドアを開けて中に入ってみたが、患者がいるのかいないのか、建物の中はひっそりとしていた。
セラピーセンターの内部に飾られたヴァイセンベルクの胸像。壁には”Krankheit ist Geist(病は精神だ)”と書かれている。宗教的な言葉なので、どういう意味なのかはよくわからない
集落には当時、約40棟の建物が建てられ、およそ500人が生活していたそうだ。しかし、ヨハニッシェ・キルヒェの信者の数はそれよりもずっと多く、復活祭の礼拝には2万人もの信者が訪れたという。1920年にはヨハニッシェ・キルヒェの支部は全部で20ほどあったようだ。
かつて”Goldene Sonne(金の太陽)”という名前のレストランだった建物。丘の上に立っているので、きっと日当たりの良いレストランだったのだろう。でも、今はすっかり古びて陰気な姿になっていて、太陽という名前は似つかわしくない。というのも、小さな聖地フリーデンスシュタットの平和な日々は長く続かなかった。1933年にナチ党が政権を掌握すると、ヨハニッシェ・キルヒェの活動は禁じられ、集落の建物は国家秘密警察の管理下に置かれたのである。
かつての学校。かなり大きな建物で、600 – 700人の児童が学んでいたらしい。階段の前に設置されている説明パネルには「バウハウススタイルで建てられた」と書いてある。当時は体育館や実験室もある近代的で清潔な学校だったらしい。うーん、すっかり荒れ果ててしまっていて、うまくイメージできないぞ。
集落で一番大きい建物は高齢者施設だった建物だ。これは再建したものなのでオリジナルと全く同じではないかもしれないが、1930年に大都市でもない集落にこんな立派な高齢者施設が作られたというのには驚かされる。1940年、ナチ党の武装親衛隊が占領し、第二次世界大戦後はソ連軍が兵舎として使った。現在はフリーダ・ミュラーハウスと呼ばれ、公共スペース付きの住宅になっている。
四角い広場を囲んで立つ、廃墟化したソ連軍の兵舎
これは1970年にソ連軍が建設した将校の娯楽施設。東ドイツ時代、フリーデンスシュタットはソ連の基地として使われたため、ソ連軍が建設した建物が集落のもともとの建物と混じっている。1994年にソ連軍が撤退した後、フリーデンスシュタットは宗教団体ヨハニッシェ・キルヒェに返還され、コミュニティとして再出発した。この建物は現在はコミュニティスペースとして使われている。ナチ時代とそれに続く東ドイツ時代にはどこかでひっそりと生活していた信者の一部がフリーデンスシュタットに戻って来ているそうだ。現在のフリーデンスシュタットの住民は約500人。全員がヨハニッシェ・キルヒェに属しているわけではないだろうが、現在、ドイツ全国にヨハニッシェ・キルヒェのメンバーは3000人ほどいるとされているので、フリーデンスシュタットは再びヨハニッシェ・キルヒェの本拠地となっているのかもしれない。
かつての牛舎。集落には農園もあった
集落の自然食品ショップ
集落は全体的にボロボロで、よそ者の私には現実感が薄く、映画のセットかなにかのように感じられるのに、中心部にある自然食品の店だけはまるで都市の一角のような存在感を醸し出している。店の外壁には十字架がかかり、レフォルムハウスならぬレフォルムカウフと書かれた看板がかかっている。
かつて、当時の基準では先進的な町だったフリーデンスシュタット。今、その姿を想像するのは難しい。でも、荒廃しているエリアにありがちな殺伐とした空気は感じられず、どこかおっとりとした雰囲気の漂う不思議な場所である。周辺も含め、人口密度の低い地域だけれど、集落はこれからも引き続き少しづつ補修されて活気を取り戻していくのだろうか。毎年12月には教会でクリスマス市が開かれているとのこと。今年はパンデミックのため開催されないだろうが、来年、または再来年、フリーデンスシュタットのクリスマス市を覗いてみたい。
ブランデンブルクにとても詳しいローゼンさん(@PotsdamGermany)に興味深い関連サイトを教えて頂いたので、参考資料として貼っておきます。
ヨハニッシェ・キルヒェに関する短い番組:
Johannische Kirche in Trebbin
現在の信者の方によるポッドキャスト:
Reportage “Weißenberg I”
Reportage “Weißenberg II”
*注 Lebensrefomには「生改革」「生活改善運動」など複数の訳語があるようです。定訳がはっきりわからなかったので、ネット上で見つけた複数の学術論文に倣って「生改革」という訳語をあてました。