というわけで、久しぶりにアルベルト・アインシュタイン学術研究パーク(Wissenschaftspark Albert Einstein)へ行って来た。研究パークはポツダム中央駅から緩やかな丘を登ったところにある。テレグラーフェンベルクと呼ばれるこの丘には19世紀後半、その小高い立地を利用して王立の天文学や気象学の研究施設が造られた。1879年には世界初の天体物理観測所、Astrophysikalisches Observatoriumが完成。また、1920年代には建築士エーリヒ・メンデルゾーンによって設計されたアインシュタイン塔(Einsteinturm)があることでも知られる。
でも、その理論がアインシュタイン塔となんの関係があるんだろう?そういえば、さらにこの脳のオブジェから着想を得て書かれた推理小説というものも存在する。”Kellers Gehirne Ein Telegrafenbergkrimi“と題されるポツダムのご当地推理小説で、実は以前なんとなく気になって買ってうちの本棚にあるのだけど、まだ読んでいない。読まないと。
ホルツマーデンのポシドニア頁岩で化石収集
2018年から始めたドイツ国内での化石収集アクティビティも回数を重ね、少しづつ慣れて来た。今のところはまだ特定の地質時代や特定の種類の化石を集めているわけではなく、面白そうなエクスカーションに手当たり次第申し込んでいる段階だ。
初回のゾルンホーフェンエクスカーションから始まり、アイフェル地方、フンスリュック山地、ハノーファー近郊、フランケン地方などを回っていろいろな化石収集を体験して来たが、今回の目的地はホルツマーデンである。これまでに何度も利用しているエクスカーション提供団体、GeoInfortainmentを通じて申し込んだ。2019年2月にホルツマーデンの化石博物館、Urwelt-Museum Hauffを訪れて、その素晴らしさに感動して以来、是非ともホルツマーデンのポシドニア頁岩と呼ばれる地層の化石を収集をしてみたいなあと思っていたのだ。
さて、一般の人が化石収集のできる石切場、Steinbruchは正確には博物館のあるホルツマーデンではなく、その隣のオームデン(Ohmden)という地域にある。
ポシドニア頁岩(Posidonienschiefer)は約1億8300万年前〜1億7500万年前、ジュラ紀前期のトアルシアン期に水中に泥が水平に板状に堆積してできた岩石で、化石が多く含まれることで知られる。ポジドニア頁岩の「ポシドニア 」はこの地層によく見られる貝の化石、Posidonia bronniが由来で、貝の他にイクチオサウルスや魚、ワニ、ウミユリなどの化石が多く見つかっている。上の記事に書いたように、ホルツマーデンの化石博物館には世界的に有名な大型標本が多数展示されている。でも、大部分の大型化石は粉々に割れていて、良い状態で取り出せすのは極めて難しいのだそうだ。アマチュアのエクスカーションではアンモナイトや貝などの小さいものを収集する。
瀝青を含むポシドニア頁岩は黒っぽい色をしていて、層に沿って剥離する性質を持っている。すでに剥がれてそこら中に散乱している破片に化石が含まれているので私はそれを拾って歩いたが、夫は「自分で剥がした岩の中にフレッシュな化石(?)を見つけたい」と意欲満々である。
板状の岩の塊を一枚一枚剥がしていく。
頁岩は有機物を多く含むので、蓋を開けるようにゆっくり開くと、中からかすかに硫黄臭がする。そして、中にはアンモナイトや貝の化石が入っている。この地層から出る化石の特徴は潰れてぺしゃんこになっていることで、まるで紙のように薄っぺらいので、壊さないように化石を取り出すのは難しい。
アンモナイト化石の表面には泥中で腐敗する際に発生した硫化水素が鉄と反応してできた黄鉄鉱の膜ができて金色に輝いている。とても綺麗。でも、触るとすぐに剥がれてしまう。
アンモナイトばっかりだけど、たっくさん採って来た。さて、これらをどうしよう?
小さいアンモナイトや貝の跡がびっしりついた岩片。
石切場にはエクスカーションの参加者の他にも家族連れが結構来ていた。おじいちゃんと一緒に来ていた10歳くらいの男の子がとっても楽しそうだった。
なぜか石切場に何度もアイス屋の車が来て、みんな汚い手でアイスを食べていた。
ところでこのエクスカーションは予定では二日間のエクスカーションで、1日目がこのホルツマーデン、2日目はシュヴェービッシェ・アルプ地方のモラッセと呼ばれる古第三紀の地層の砂をふるいでふるってサメの歯化石を取り出すことになっていた。そちらも楽しみにしていて、わざわざそれ用のふるいを買って持って行ったんだけど、あいにく2日目は雨で、砂が濡れて全然ふるいが役に立たなかった。
残念だけど、サメの歯はまた今度!
アインシュタイン塔の立つポツダムの学術研究パークを散策する
ライターの久保田由希さんと私とで結成した「ブランデンブルク探検隊」、これまで隊員は私たち二人だけだったけれど、ツイッターで隊員を募集したところ、嬉しいことに何人かの人達が名乗りを上げてくれた。先日、その中の一人、ローゼンさんから「これからポツダムのアルベルト・アインシュタイン学術研究パークに散歩に行くけど、一緒にどう?」と探検活動への誘いの電話がかかって来た。何を隠そう、ローゼン新隊員はポツダムの公式観光ガイドの資格を持ち、ポツダムに関する知識なら右に出る者はいないエキスパートである。探検隊にとって超強力な新メンバーだ。そのローゼン隊員にポツダム散策に誘われたら、そりゃ行かないわけがない。
というわけで、久しぶりにアルベルト・アインシュタイン学術研究パーク(Wissenschaftspark Albert Einstein)へ行って来た。研究パークはポツダム中央駅から緩やかな丘を登ったところにある。テレグラーフェンベルクと呼ばれるこの丘には19世紀後半、その小高い立地を利用して王立の天文学や気象学の研究施設が造られた。1879年には世界初の天体物理観測所、Astrophysikalisches Observatoriumが完成。また、1920年代には建築士エーリヒ・メンデルゾーンによって設計されたアインシュタイン塔(Einsteinturm)があることでも知られる。
パークの中心地にある、3つのドームがシンボルの旧王立天文物理観測所の建物は残念ながら工事中だった。この建物は1881年にこの建物の地下室で初めての干渉測定実験をした物理学者アルバート・マイケルソンにちなんでマイケルソンハウスと呼ばれている。
マイケルソンハウスの北側には北塔(Nordturm)と呼ばれる塔が立っている。見て、ピンと来た。ハハーン、これは給水塔だね?たまたまドアが開いていたので中に足を踏み入れると研究所の人がいた。この塔は給水塔ですか?とローゼン隊員が聞くと、研究所の人は「いや、違います。ただの塔です」と言う。ただの塔って何?「塔を建てたからには目的があったはずですよね?」とツッコむローゼン隊員。私も「今は給水塔でなくてもかつては給水塔だったのでは?」と言ってみたが、「いやいや、給水塔なんてここにはないですよ」と言う返事。
うーん、、、。でもさ、こんな大きな研究施設に給水設備が備わっていなかったわけないよねえ?絶対どっかにあったはず。首を傾げながら守衛さんにもらった説明パンフレットに目をやると、「北塔はかつて給水塔だった」とちゃんと書かれているではないか。やっぱりね!
こちらの建物は屈折望遠鏡(Großer Refraktor)。マイケルソンハウスと同じ黄色い高温焼成レンガが美しい。1899年にここに設置された屈折望遠鏡の口径は80cmで、当時は世界最大を誇った。
たくさん建物があって全部は紹介しきれないので、私の好きなものを優先で紹介しよう。
見よ、この素晴らしい建物を。これはポツダム気候影響研究所の建物で、木の板を貼ったファサードが素敵。正面からではわからないけど、この建物は上から見るとクローバーの葉のような形をしているそうだ。エネルギー効率に優れたエコな建物で、すぐ横には電気自動車用の充電ステーションがある。
そして、この研究パークの目玉はなんといってもアインシュタイン塔!
この建物は、太陽の重力場では光の波長が長波長側にずれるという、アインシュタインの相対性理論において予測された赤方偏移という現象を実証実験するために建てられたものだ。ところが、ここでの実験はうまくいかなかったという。実験では赤方偏移と同時に青方偏移という短波長側へのズレも同規模で起こり、互いの効果が打ち消しあってしまうので、赤方偏移を実証することができなかった。
案内パンフレットによると、曲線を多用した躍動感あるアインシュタイン塔の外観は、音楽に造詣が深かった設計者メンデルゾーンがバッハの音楽から着想を得て実現したという。
プロイセン科学アカデミーの会員となってベルリンで教鞭を取っていたアインシュタインは1930年にこの研究パークから5kmほど離れたカプート村に別荘を建て、そこで夏を過ごした。カプート村は私が住んでいる村なので、ローゼン隊員に「今日、チカさんはアインシュタインと同じルートでここに来たんじゃない?」と言われて、あっ、確かに!とちょっと感動。しかし、周知のようにアインシュタインは別荘建設からわずか2年後の1932年に米国を訪問したまま、ドイツには戻らなかった。そしてアインシュタイン塔を設計したメンデルゾーンもまた、1933年に英国を経てパレスチナへ移住し、最終的には米国に渡っている。
ところで、アインシュタイン塔の前の地面には、ヒトの脳をかたどったブロンズ製のオブジェが埋め込まれている。実際のヒトの脳よりもずっと小さいので、真剣に探さないと見過ごしてしまうのだが。このオブジェは3sec-Bronzehirn (3秒のブロンズの脳)と呼ばれていて、心理学者エルンスト・ペッペルの意識理論からインスピレーションを得たベルリンのアーチスト、フォルカー・メルツが作成したものだという。それはどんな理論なんだろうとちょっと検索してみたところ、私たち人間が感じている時間の連続性というのはたぶん錯覚に過ぎない、という理論らしい。人間の意識は実はわずか3秒しか持たず、その3秒づつの内容をつなぎ合わせることであたかもそれらが連続しているように感じるだけ、だとか。詳しく調べていないので誤解があるかもしれないが、どうもそんな理論らしい。
でも、その理論がアインシュタイン塔となんの関係があるんだろう?そういえば、さらにこの脳のオブジェから着想を得て書かれた推理小説というものも存在する。”Kellers Gehirne Ein Telegrafenbergkrimi“と題されるポツダムのご当地推理小説で、実は以前なんとなく気になって買ってうちの本棚にあるのだけど、まだ読んでいない。読まないと。
それにしても、建築家メンデルゾーンがバッハの音楽を聴いてインスピレーションを得、アインシュタインの相対性理論実証のための塔を建て、それとどういう繋がりなのか知らないが、心理学者の理論からインスピレーションを受けたアーチストが脳オブジェを作り、その脳オブジェから着想を得た作家が推理小説を作り、、、、。様々な異なる脳をした人たちの間でアイディアがリレーのバトンのように受け継がれ、世界が形作られていく。そして、私がその壮大なリレーに想いを馳せながらこうして駄文を書いてブログにアップし、それをまたどこかの奇特な方が読んで、もしかしたらちょっと刺激を受けて新しい何かを生み出す可能性だって全くないとはいえない。ああ、世界のなんと不思議で素晴らしいことよ。アイディアが泉のように湧き出し絡み合う研究パークの豊かさよ。
はっ!どうやら妄想ワールドに入りかけているようだ。暑さのせいかもしれない。
パーク内には素敵なカフェもある。カフェのテラスでコーヒーフロートでも飲んで涼を取ろう。
ポツダムのアインシュタイン学術研究パークは静かな森の中にあり、規模も散策にちょうど良い。建物を眺めるだけでも楽しいし、パンフレットや立て看板の説明を読めば知的刺激をたっぷりと得ることができる贅沢極まりない空間だ。
フランケン地方グレーフェンベルクでジュラ紀の化石を探す
久しぶりに化石収集に行って来た。今回もこれまでにも何度か参加しているGeoInfortainmentを通じてこちらの日帰りエクスカーションに申し込んだ。今回の目的地は、ジュラ紀の化石が豊富に出ることで知られるドイツ中南部フランケン地方のグレーフェンベルク(Gräfenberg)だ。
グレーフェンベルク一帯は、中生代ジュラ紀(今から約1億9960万年前〜約1億4550万年前)には浅い海だった。その頃の気候は暖かく、空気中の酸素と二酸化炭素の濃度は現在の1.3倍から5倍もあったそうだ。そして位置的には現在よりもずっと南の、現在のサハラ砂漠あたりの緯度に位置していた。
今回、化石採集をしたグレーフェンベルクの石切場の地層はジュラ紀後期(マルム期)キンメリッジアン(Kimmeridgian)の地層である。ここでは特にアンモナイトの化石がザクザク出るという。
早速、化石探しを開始。本当にどこもかしこもアンモナイトだらけ。開始から数分以内にもう見つけた!
アンモナイトの表面が青みがかっている。このようなアンモナイトはGrünlingと呼ばれ、グレーフェンベルクの地層に特徴的なものだそうだ。地層に含まれる海緑石(Glaucornite)によって表面が青緑になるという。
化石だらけとはいっても、多くは割れたり欠けたりしている。うんと小さいものは完全な形で地面に落ちていることが多いので、簡単に手で拾えるけれど、大きいものは石を割らないと取り出せない。石が硬いと割るのに力がいるし、うまくやらないとせっかくの化石まで一緒に割ってしまう。ここの地層からはリヤカーがないと運べないほど大きなアンモナイトが見つかることも少なくないそうだが、初心者の私たちには難しい。初心者とはいっても、一番最初に化石探しをしたときは化石の形跡がちょっとでもあったら嬉しくてなんでもかんでももって帰って来ていたが、今回はそれなりに綺麗な形のものを拾おうと試みた。
がんばった結果がこちら。
初回のゾルンホーフェンでのエクスカーション(以下の過去記事)の成果と比べると、少し進歩したかな。今見ると笑ってしまうが、ゾルンホーフェンで拾えたのはバリバリに割れたものばかり。
家に帰ってから、拾ったアンモナイト達の汚れを落としてきれいにした。
アンモナイトは種類がとてもたくさんあって、主催者からもらった画像リストと見比べたけれど、残念ながらどれがどの種類のものなのかはよくわからない。
それにしてもすごいよね。私たちよりも1億5000万年くらい前にこの地球に生きていた生き物たちとこうして対面するって。人間はたかが1年や2年の経験の差をもって先輩だ後輩だと言うけれど、このアンモナイトは1億5000万年もセンパイなのだよ。そう考えると、リスペクトの念が湧いて来て、なんだか拝みたくすらなって来る。
アンモナイト以外の化石もいくつか拾った。
エクスカーションは午前10時から午後4時まで。たっぷり6時間も化石探しができる。飽きたら途中で帰ってもOK。この日はカンカン照りだったので、さすがに6時間は長過ぎたので早めに切り上げたけれど、楽しかったなあ。化石採集は奥の深い趣味なので、やればやるほど楽しくなる。
今月末はシュヴェービッシェ・アルプ地方での週末エクスカーションに申し込んだ。その1日目の地層は待望のホルツマーデンのポシドニア頁岩なので、今からワクワク感が半端ない。去年、ホルツマーデンの化石博物館で素晴らしい標本を見てものすごく感動したから。自分ではたいしたものは見つけられないだろうとはわかっているけれど、ホルツマーデンで化石探しができるというだけで夢のようなのである。
「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」を出版しました
お知らせです。
このたび、ベルリンを拠点に長年活躍されて来たライターの久保田由希さんと一緒に自費出版で「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」を出版しました!
町歩きが趣味の久保田さん、ブランデンブルク州内をあてもなくうろつくのが大好きな私。似たようなことが好きだよねと、二人で探検隊を結成しました。ベルリンの周辺に広がるブランデンブルク州は観光地としてはほとんど知られていません。その未知のブランデンブルク州を歩き、面白いもの、素敵なものを見つけたら写真を撮ってお互いに見せ合う。ときどき一緒に知らない町へ行ってみる。楽しいので、「#ブランデンブルク探検隊 」とタグをつけてTwitterで発信し始めました。最初は面白半分だったのですが、いざ名前をつけたら結構真剣に。
「ベルリンとブランデンブルクの給水塔をテーマにした本を作ろう!」
気づいたらどちらからともなく言い出し、私達の本づくりプロジェクトは走り出していました。
でも、なぜそもそも「給水塔」なの、って?
ご興味のある方は、以下の記事をお読みください。
半年ほどかけて作業し、ついに出来上がりました。
A5版、オールカラー全48ページ。久保田さんがベルリンを、私がブランデンブルク州を担当し、両州合わせて85基の選りすぐりの給水塔を紹介しています。掲載写真はすべて、自分達で撮影しました。文章も分担して書いています。それを、デザイナーの守屋亜衣(@ai_moliya)さんが素敵な本に仕上げてくださいました。表紙の写真は久保田さんのお気に入りの給水塔の一つ、ベルリン・マリーエンドルフ地区の給水塔。
裏表紙にはブランデンブルク州の3つの給水塔(ベーリッツ、ニーダーレーメ、プレムニッツ)。
本を作ると決めた当初は、給水塔の写真をひたすらたくさん撮影してカタログのように並べるつもりでした。給水塔って見た目が素敵だよね、というのがそもそも始まりだったから。でも、給水塔巡りをしているうちに、私たちの中で何かが変化していきました。給水塔は見た目の魅力だけでなく、それらが建てられた背景もとても面白いのです。なぜそこに給水塔が建てられたのか。それはいつ建てられ、それから現在に至るまでの間、誰にどのように使われて来たのか。給水塔を通してベルリンそしてブランデンブルク州各地の過去が見えて来ます。給水塔というものに着目しなければずっと知らないままだったかもしれないベルリンとブランデンブルクの面白さ。それを伝えたいと思いました。
だから、この本は写真で様々な形状の給水塔を紹介しながら、それらの背景についても説明しています。
本書を手に取ってくださった方が実際に掲載給水塔を見に行くことができるよう、所在地情報も記載しています。首都ベルリンには数多くの給水塔があるので、ベルリンにお住いの方、または旅行で来られる方に一味違う町歩きのヒントを提供する一冊に仕上がったのではないかと思います。ブランデンブルク州はかなり広く、実際に見て回るのは難しいかもしれませんが、日本語の情報が極めて少ないブランデンブルク州とはどんなところなのか、想像を巡らせ、足を運ぶきっかけにして頂ければ幸いです。
すごくニッチでマニアックな内容ですが、Twitterで事前告知したところ、多くの方にご予約を頂きました。ありがとうございます!!ドイツ及び欧州在住の注文者の方々には発送を開始しています。日本にお住いの方はもうしばらくお待ちください。
ご購入希望の方には価格10ユーロ(日本円価格は1200円の予定)+ 送料実費でお送りいたします。Twitterのメッセンジャーから私(@ChikaCaputh)または久保田さん(@kubomaga)までご連絡ください。もしくはこの記事のコメント欄をご利用ください。(自費出版のため完全限定部数で印刷していますので、在庫がなくなり次第、販売を終了致します。あらかじめご了承ください)
さて、このようにして出来上がった「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ 給水塔」ですが、完成と同時に久保田さんは長年住んだベルリンを離れ、日本へ本帰国されました。ベルリンを拠点に数多くの素敵な本や記事を執筆されて来た久保田さんがベルリンを離れることを残念に思われる人がたくさんいるでしょう。私ももちろん、その一人です。でも、久保田さんが日本に拠点を移されても、探検隊は解散ではありません。ベルリンやブランデンブルクと久保田さんの縁が切れるわけではなく、またちょくちょく戻って来てくださるそうです。
ですから、私たちの「ベルリン・ブランデンブルク探検隊シリーズ」は続きます。今後、いろいろなテーマで展開していく予定です。
帰って来たシーちゃん シジュウカラ、2度目の営巣2020 その3 消えたヒナたち
前回の続き。今年2度目の営巣では、産み落とされた7つの卵のうち1つは孵らないままだったものの、孵った6羽のヒナたちは成長が早く、6月19日までは全てが順調に進んでいた。気温が高いからだろうか、ヒナたちはお母さんのお腹の下でじっとせずに常に巣から頭を出していた。
ぐんぐん成長する様子を見て、きっと6羽みな無事に巣立てることだろうと思っていた。
異変に気付いたのは6月20日の朝。巣箱を除くと、ヒナの数が足りない。6羽いるはずなのに、5羽しかいない。巣の端に隠れているのかもしれないと思ったが、目を凝らしてもそれらしき姿は見られない。どういうことなんだろう?
この週末は予定があったので、巣箱が気になりながらも家を出た。予定がびっしりでスマホの巣箱アプリを開けてみる暇がほとんどなかったが、数時間ごとにちらっと確認すると、そのたびにヒナの数が減っているように見える。おかしい、、、、。何かまずいことが起きているようだ。心配な気持ちで昼間を過ごし、夜、用が済んでやっとまともに巣箱を見れるようになったときにはシーちゃんはすでに寝ていたので、その下でヒナたちがどうなっているのかを確認できなかった。
6月21日。朝起きてすぐに巣箱を見る。シーちゃんは巣箱に座っているが、ヒナは見えない。この日も終日用があって、早々に家を出なければならなかった。
午後、携帯にメッセージが入った。娘からだ。
「ヒナたち、どうしちゃったの?まさか、もう飛んでいったなんて、ありえないよね?」
まさか、と思いながらアプリを開ける。
孵らなかった1つの卵を残し、ヒナたちがすっかり消えている、、、、。
ぐんぐん成長していたとはいえ、まだ生後1週間にもならない。もちろん、羽も出来上がっていない。何者かが巣箱に侵入してヒナたちを盗んでいったのだろうか?しかし、巣穴の直径は32mmしかなく、それよりも体の大きな鳥は入れないはず。ネズミか何かが入った?仮にそうだとしても、6羽もいたヒナをシーちゃんに気付かれずに次々に運び出すのは無理だろう。
だとすると、ヒナたちは何らかの理由で巣箱の中で死に、死骸は運び出されたということになる。今年、ドイツではウイルス感染で青がらが大量に死んでいるとニュースになっていた。それと同じウイルス、または別のウイルスかバクテリアにやられたのだろうか?
いずれにしても、巣が空になっている以上、ヒナたちは全滅したと考えるほかはない、、、、、。
あまりのことに呆然となった。
その日の夜、すべての用事を済ませて帰宅してから、巣箱カメラのSDカードに保存されている自動録画を巻き戻して原因を解明することにした。ヒナたちが元気だった19日から時系列で動画を一つ一つ再生していく。その結果わかったのは、とてもショックな事実だった。
ヒナたちは、シーちゃんが餌を探しに巣箱を離れている間、巣から伸び上がるようにしながら口を大きく開けていた。巣の縁には白いフワフワとした綿のような巣材があり、ヒナたちの口は頻繁にフワフワに引っかかっていた。ときどきフワフワした巣材が口の中に入り、ヒナたちが苦しそうにもがいている様子が映っている。餌を持って戻って来たシーちゃんが口から異物を取り除いてやっている姿も見られたが、またすぐに引っかかってしまう。そして、ヒナたちは短時間の間に巣材によって次々と窒息して死んでいたことがわかった。死んでしまったヒナをシーちゃんは一羽一羽、巣の外へ運び出していた。
悲し過ぎる結末だった。ヒナたちはあんなに元気だったのに。1度目の営巣でも巣立てなかった子たちがいたが、それでも6羽が無事に巣立ったので、きっと今回もうまくいくだろうと思っていたのだけれど。
それにしても、ヒナたちが喉を詰まらせた巣材は何なのだろう?さらに悲しいことには、すべてのヒナが死んでしまった後、シーちゃんは孵らないままの最後の卵に望みをかけて一生懸命温めている。ほとんど巣箱の外に出ることなく、3日間もの間、おそらくもう孵らないであろう卵の上に座り続けていた。
ついに諦めたのか、巣から出たまま戻って来ないので、その隙に巣箱を開けて巣材を調べてみた。
フワフワした巣材は羊毛のようだ。引っ張ってみると、かなりコシがあり、簡単には引きちぎれない。なるほどこれに小さな口が引っかかったら外れないはずだ。前回の営巣ではクッションになる動物性の素材はそれほど多く使われていなかったし、猫の毛などのほぐれやすいものが主だった。
近所には羊は飼われていないので、どこから羊毛を集めて来たのかはわからない。良い素材だと思って使ったのだろうに、こんな結果になって本当にかわいそう、、、。また巣作りにチャレンジするだろうか。もうその素材はやめておいたほうがいいよ、と伝えられないのが残念だ。
こんなわけで、楽しみにしていた2度目の巣立ちシーンは見ることができなくなったが、自然界は厳しく、生きられるということは当たり前ではなく奇跡的なことなのだと思い知らされた。
庭のナラの木の梢からは、シーちゃんが春に育て上げた若鳥たちの声が聞こえてくる。彼らがとても貴重な存在に思える。
今の気持ちを忘れずにいよう。
帰って来たシーちゃん シジュウカラ、2度目の営巣2020 その2
5月27日に始まった、シジュウカラの今年2度目の営巣。その後の状況をまとめておこう。前回の記事はこちら。
1度目よりも営巣に慣れたのか、サッサと手際よく巣を作り、6月5日に7個の卵を産み終わったシーちゃん。今回は気温も高くなっているから卵が孵るまでの日数も少な目なのかなと思っていたが、前回とほぼ同様、11日かかって6月16日に最初のヒナ3羽が孵った。
その翌日に1羽、3日目にさらに1羽。前回の子達と比べて、すごく元気がいい印象だ。小さな体が激しく動いている。
ところで、この動画で背後にコンコンと気を叩くような音がしているのが聞こえるだろうか。庭ではときどきアカゲラの姿を見ることがある。きっと、同じ木にアカゲラが止まって木をつついているのだろうと思い、カメラを手に外に出た。音がしているあたりを探すと、なにやらいる。けっこう、大きい。
えっ、、、、、?
あれは、、、、。
クマゲラ!?
この辺りで目にするキツツキというと、大抵はアカゲラ(Buntspecht)である。自然保護団体NABUのサイトによると、ドイツにアカゲラは68万〜90万ペア生息するとされている。だから、うちの庭にいてもそう不思議はないけれど、木の高いところにいるからなかなか写真が撮れない。ちょうどこの日の前の日についに撮影に成功したばかりだったのだ。
これだけでも、バンザーイ!という気分だったのに、今度はクマゲラ(Schwarzspecht)だとぉ?クマゲラは日本では天然記念物、環境省レッドリストに絶滅危惧II類として記載されているというではないか。そんな希少な鳥がうちの庭にいるって、なんか話が出来すぎていやしないか?驚きと興奮でその場で固まってしまった。
調べてみたところ、クマゲラはドイツではそこまで珍しいわけではないらしい。でも、アカゲラよりはずっと個体数が少なく、個体数は3万1000〜4万9000ペアほど(情報ソースはこちら)。だから、見ることができたのはやっぱりすごくラッキーだ。考えてみれば、我が家は森の縁に位置しているので、鳥たちにとって庭は森の一部のようなものだ。いろんな鳥が来てもおかしくないのだなと、自分の住んでいる環境をあらためて認識した。
今の家にはもう14年も住んでいるのに、身近で起こっているこんな素敵なことをほとんど知らないまま生活して来たのかと思うと、なんだか軽くショックでもある。興味を持たないということは、楽しみを得るチャンスを逃すということでもあり、もったいないよねえ。バードウォッチング、始めてよかったよかった。
さて、シーちゃんと子どもたちに話を戻そう。
生後4日目。白黒なのは、早朝だからカメラがまだナイトモードなのだ。ヒナたちの巣からはみ出しぶりがすごいね。シーちゃんも子供たちを覆おうともしていない。前回の営巣時はまだ涼しい日が多かったけど、今は随分気温も上がっているから、ヒナたちは裸ん坊でも寒くないのかもしれない。