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グラスゴーで見るC.R.マッキントッシュのデザイン② マッキントッシュ・ハウス
スコットランドのモダニズムに触れる旅、前回の記事にグラスゴー出身の建築家/デザイナー/芸術家、チャールズ・レニー・マッキントッシュのインテリアデザインをウィロー・ティールームで鑑賞したことを書いた。今回はマッキントッシュデザインの鑑賞に訪れた2つ目のスポット、マッキントッシュ・ハウス (The Mackintosh House)について記録しておこう。
マッキントッシュ・ハウスは、マッキントッシュが妻であり、創作活動のパートナーでもあった画家マーガレット•マクドナルド・マッキントッシュが自らデザインし、1906年から1914年まで生活していた家を再現したものである。現在のサウスパーク・アベニューに建っていた彼らの家は取り壊されてしまったが、そこからわずか数十メートルの位置にマッキントッシュのオリジナル家具を使い、できるだけ忠実に再現されたという。現在はハンタリアン美術館の一部となっていて、見学することができる。
マッキントッシュ・ハウス外観。1906年設計でこの外観!?
マッキントッシュは妻マーガレットとその妹のフランシス、そしてハーバート・マクネアと共に”The Four (四人組)”の名で呼ばれ、グラスゴー発のモダンデザイン「グラスゴースタイル」を生み出したことで知られるが、当時のグラスゴーでは建築家としてそれほど評判が良かったわけではなかったそうだ。マッキントッシュのデザインは自国よりもドイツやオーストリアで高い評価を得ていたという。
斬新な外観には驚かされたが、中はとても良かった。当時、スコットランドの家において一般的だったという模様のある壁紙やカーペットなどはなく、全体がすっきりとしている。
1階のダイニングルーム
家具は1890年代から1900年にかけて作られたものだそう。ここでもマッキントッシュのデザインを象徴するハイバックチェアーが使われている。
黒いマントルピースの暖炉
後ろから見たハイバックチェアー
マッキントッシュがデザインしたカトラリー
2階に上がると、暗い色でまとめられた1階とはガラッと変わり、書斎は白と黒のコントラストが効いた空間だ。
扉に真珠母が埋め込まれたデスク。
今、写真を見ながらこれを書いていて初めて気づいたが、窓枠にも色ガラスのようなものが嵌め込まれている。マッキントッシュは光の効果を取り入れるのを好んだのだろうか。色ガラスの飾りやステンドガラスを各所に使っている。
書斎から続く応接間は白メインで明るい。今見てもまったく古さを感じさせないのがすごいなあ。
白いマントルピースの上に飾られたパネルは、妻マーガレットの『白いバラと赤いバラ (“The White Rose and The Red Rose”)』と題された作品。マッキントッシュのインテリアデザインはマーガレットのアートと切り離すことができない。マッキントッシュのデザインした空間においてマーガレットの作品が大きな役割を果たしているだけでなく、二人はまた、多くを共作しているからだ。
こちらは応接間の暖炉。マッキントッシュは日本文化から大きな影響を受けていた。マントルピースの上には日本絵が飾られている。
キャビネットのドアの内側にはバラの花と女性が描かれている。バラは1900年頃のグラスゴースタイルのシンボルだった。マッキントッシュ夫妻の作品には抽象化されたバラのモチーフが繰り返し使われている。
今まで知らなかったが、「チャールズ・レニー・マッキントッシュ」というバラの品種があるそうだ。
3階のベッドルーム。ベッドはマーガレットとの結婚に向けてマッキントッシュがデザインした。
ベッドの中央枠に嵌め込まれた色ガラスを通して光がベッド内に差し込むようにデザインされたそう
吹き抜けは展示スペースとして使われ、600作品を超えるというハンタリアン美術館のマッキントッシュコレクションの中からいろいろな作品が展示されている。
ウィロー・ティールームのためにデザインされたハイバックチェア
ウィロー・ティールームとマッキントッシュ・ハウスという二つの場所を見て、マッキントッシュのデザインの特徴がいくらか見えて来たのと同時に、当時のグラスゴーでは広く受け入れられなかったというのもわかるような気がした。今見ても新鮮さを感じるのだから、きっと、早過ぎたのだろうなあ。
この記事の参考文献:
John McKean, “Charles Rennie Macintosh Pocket Guide” (2010)
グラスゴーで見るC.R.マッキントッシュのデザイン① ウィロー・ティールーム
スコットランドのグラスゴーへ行って来た。グラスゴーは同じスコットランドのエジンバラほど観光地としてメジャーではないが、行ってみると見応えのある美術館や博物館がいくつもあった。かつて、大英帝国第二の都市として栄えたグラスゴーは第二次世界大戦後、産業の衰退による深刻な不況に陥り、治安の悪い都市として知られていたが、近年はアートの町として注目されるようになった。町中にストリートアートが見られ、UNESCOの City of Musicにも認定されるなど、斬新で活気ある町だ。
そんなグラスゴーで目当てにしていたのは、19世紀の終わりから20世紀初頭のグラスゴーで建築家、デザイナー、芸術家として活躍したチャールズ・レニー・マッキントッシュ (Charles Rennie Macintosh)のデザインだ。私が住んでいるドイツはモダンデザインを生み出した「バウハウス」という芸術学校が存在したことで知られているが、スコットランドのグラスゴーもまた、「グラスゴースタイル」と呼ばれる独特なモダンデザインを創出したという。チャールズ・レニー・マッキントッシュはその中心的担い手だった。グラスゴー市内にはグラスゴー美術学校 (Glasgow School of Art)の校舎をはじめとするマッキントッシュ設計の建築物や、彼の手がけたインテリアデザインの見られる場所がたくさん存在する。それらをできるだけたくさん見て回りたかった。
が、残念なことに、マッキントッシュ建築の最高傑作とされるグラスゴー美術学校は修復工事中でカバーがかかっていて見られず、ライトハウス (The Lighthouse)も閉鎖中だった。そんなわけで、マッキントッシュの建築は鑑賞できなかったが、インテリアデザインの方はかなり楽しめたので記録しておこう。
まず、最初に訪れたのは、ソーキーホール・ストリートのウィロー・ティールーム (Willow Tea Rooms)。マッキントッシュがパトロンであった実業家、ミス・クラントンの依頼を受けてデザインし、1903年にオープンしたティールームだ。
4階建てのウィロー・ティールームの1階部分と2階部分のファサード。
このティールームが誕生したとき、グラスゴーは繁栄のピークにあった。産業革命によって造船業や綿工業などの産業が急速に発展し、世界最大の都市の一つとなっていた。1888年に初の国際見本市が開催され、豪奢な建物が建ち並ぶ華やかな町に成長したグラスゴーだったが、1870年代までは外食の場は上流階級紳士のためのプライベートクラブや労働者用のパブがほとんどで、女性が楽しめる場所はほとんどなかった。1875年に紅茶のブレンドや販売をビジネスにしていた事業家スチュアート・クラントンがグラスゴーに初めて小さなティールームをオープンし、紅茶とケーキやパンを提供し、人気となる。その頃、スコットランドを含む英国で禁酒運動が激しくなっていたいたこともティールーム文化の開花を後押しした。スチュアート・クラントンの妹、キャサリン•クラントン(ミス・クラントン)もティールーム経営に乗り出した。ミス・クラントンは前衛的なアートの支援に意欲的で、自らの経営するティールームのデザイナーに、グラスゴースタイルの先駆者、マッキントッシュに白羽の矢を当てたのだ。マッキントッシュはミス・クランソンのティールームをいくつも手がけているが、その中でこのウィロー・ティールームは建物の外部及び内部デザインから家具までをトータルデザインしている。
1階の道路側のティールーム
1階は道路側と奥の2つのエリアに分かれている。道路側は女性のためのティールームで、白を多く使った明るい空間にデザインされている。
マッキントッシュの家具デザインの中で代表的なのは、背もたれの高い「ハイバックチェア」。高い背もたれで広空を区切り、テーブル周りにパーソナルで心地よい空間を創ることを意図したそう。
ティールームは奥のランチルームへと続いている。ランチルームは男女共に利用することが想定され、ティールームよりも暗めの落ち着いた空間にデザインされている。マッキントッシュは「女性のためのスペースは明るく、男性のためのスペースは暗く」というコンセプトを持っていたそう。
事前にマッキントッシュについて読んだら「アール・ヌーヴォーの建築家」と記述されていたけれど、私にはアール・ヌーヴォーは曲線的というイメージがあったので、白と黒が基調で、コントラストがはっきりしていて直線のラインが目を引くティールームの内装を見て、あれっと思った。むしろ、アール・デコ?その一方で、装飾には柔らかい曲線が用いられている。デザインに詳しくないのであくまで個人的な感想だけれど、直線と曲線のバランスが絶妙だなと思った。このティールームのあるソーキーホール・ストリートの「ソーキー」というのはスコッツ語で柳を意味する言葉だ。だから、壁などの装飾には柳のモチーフが使われている。でも、かなり抽象化されていて、説明されなければ私は柳だとは気づかなかったかも。
2階に上がる階段から1階を眺めたところ
2階のティーギャラリー
バラ垣をイメージした壁
ギャラリー奥の暖炉
建物は4階建てで、この上には女性用のより豪華な”Salon de Luxe”、そしてさらに上には男性用のビリヤードルームがあるが、現在、一般公開はされていないのか、見ることはできなかった。
ティールームの隣の建物はミュージアムおよびショップで、そこでもマッキントッシュのデザインを見ることができる。
ミュージアムに展示されているSalon de Luxeのドア
マッキントッシュのデザインに直接触れたのは、このウィーロー•ティールームが初めてだったので、全体的な雰囲気を見て「へーえ。これがマッキントッシュのデザインかあ」と感心しただけで、ハイバックチェアがあること以外にはどの部分が特にマッキントッシュらしいのかはよくわからなかった。この後、グラスゴーの各地で見たマッキントッシュの家具やインテリアに、繰り返し使われるフォルムがあることに気づく。
続きは次の記事に。
ドイツでコウモリのモニタリングに参加してみた
野生動物に興味があるので、地元のいくつかの野生動物保護団体のニュースレターを配信登録したり、SNSでフォローしたりしている。先日、Facebookを見ていたら、NABUの「専門家が哺乳類のデータを収集するのを見学しませんか」というお知らせが流れて来た。
面白そうなので問い合わせてみたら、ブランデンブルク州でコウモリの保護活動をしている人たちが週末に集まり、個体数調査を実施することになっており、一般の見学参加を受け付けるという。もちろん申し込んだ。
うちの近くでも夏の夜にひらひらと小さいコウモリが飛んでいるのを見かけることがある。庭に死骸が落ちていたこともある。でも、ドイツのコウモリについての知識はまったくと言っていいほどなかった。コウモリ調査ってどんな感じなんだろう?
そんなわけで、今回の記事はコウモリ調査の見学記録である。
コウモリは夜行性だから、調査を行うのは夜間だ。大きな池のある公園で20:00過ぎから準備が始まった。
まず、池の周りにかすみ網と呼ばれる網を張る。北ドイツでは7月半ばの20:00はまだ明るい。コウモリが寝ぐらから出て、餌となる昆虫を探して飛び回るのは22:30くらいからだそうで、それまでの間、コウモリが発する超音波を検出するコウモリ探知器(バットディテクター)をセットしたりしながらコウモリたちの出現を待つ。
超音波を可聴域に変換するコウモリ探知器。
超音波を分析する装置。コウモリの種によって波形が異なるので、グラフを見ればどんなコウモリが飛んでいるのかがわかるそうだ。
コウモリの発する超音波を出してコウモリを誘うための装置もある。
そうこうしているうちにいよいよ暗くなって来た。
かかった!
コウモリを傷つけないように気をつけながら、網から外す。コウモリは狂犬病ウィルスに感染していることがあるので、触る際には手袋をはめるのが一般的なルールだ。特に大型のコウモリは噛む力が強く、噛まれると相当痛いらしい。調査員さんたちはコウモリの扱いに慣れているので、小さくておとなしい種は素手で掴んでいたが、経験のない人は真似しない方が良いだろう。
捕獲した個体は、種類、大きさ、重さ、性別、大人のコウモリかそれとも子どものコウモリか、などを確認して記録する。
翼の幅を測っているところ
袋に入れて棒計りで体重を測る。
性別チェック。これは見ての通り、男性。繁殖期が近づいて来ると、オスはテストステロンの分泌が活発になり、体臭が濃くなる。
メス。乳首を確認して授乳中であれば、できるだけすみやかに解放してやらなければならない。お腹を空かせた子どもが待っているからね。
記録が終わった個体は、二重にカウントするのを防ぐため、ホワイトペンでマーキングしてから解放する。
コウモリの調査といっても、同じ場所で捕獲できるのはきっと1種か、せいぜい2、3種なのだろうなとなんとなく想像していたが、この晩に確認できた種は11種に及んだ。コウモリはその種によって活動時間にズレがあるので、調査は一晩中やるのが理想だ。でも、さすがにそれは大変なので、この調査では夜中の1:00頃まで作業するということだった。捕獲できなかった種もいるだろうから、実際にはもっと多くの種が調査した池の周辺に生息しているのだろう。ドイツ全国では全部で25種のコウモリが確認されている(全25種の画像付きリストはこちら)。私が住むブランデンブルク州にはそのうちの18種がいることがわかっている。
ドイツのコウモリには大きく分けて、樹洞などを寝ぐらとする「森コウモリ」と建物に棲みつく「家コウモリ」がいる。かすみ網を使った調査の対象は「森コウモリ」だ。
代表的な森コウモリの一つは、ドーベントンコウモリ。ドイツ名はWasserfledermaus(学名 Myotis daubentonii)。直訳すると「水コウモリ」だ。池や湖の水面すれすれを飛んで虫を捕まえるので、裸眼でも観察しやすい。コウモリというとドラキュラのイメージで、不気味な生き物と敬遠されがちだけれど、このドーベントンコウモリは小さくて、顔もなかなか可愛い。背中を触らせてもらったら、モフモフしていた。
器用そうな指
アブラコウモリ (Zwergfledermaus、学名 Pipistrellus pipisterellus)はさらに小さい。
解放しようとしても、なかなか飛んでいってくれない子もいた。(笑
次々に網にかかるので、データを取るのが忙しい。網から外したコウモリはいったんバスケットなどに入れておくが、攻撃的な種とおとなしい種は別々の容器に入れないとならない。
いろんな種を見せてもらったけれど、コウモリを見慣れていないので、どれも同じように見えてしまう。これは確か、ヤマコウモリ (Abendsegler, 学名 Nyctalus)の1種だったと思う。(間違っていたらごめんなさい)
耳の長いウサギコウモリ (Braune Langohrfledermaus, 学名 Plecotus auritus)はわかりやすい。
顔は、コワかわいい?
ウサギコウモリはわかりやすいと書いたけれど、耳の長いコウモリはウサギコウモリだけではなかった。
ベヒシュタインホオヒゲコウモリ(Bechsteinfledermaus, 学名 Myotis bechsteinii)。
さて、コウモリ調査は夜間のみ行うのではなく、昼は昼でやることがある。家コウモリがいないか、教会の塔をチェックするのだ。村の小さな教会ばかりだったけれど、10箇所近く回って調査するので、なかなか大変だ。
でも、こんな梯子を登って塔の内部に入る機会は滅多にないから、ワクワク。
ある教会の塔の床には大量のフンが落ちていた。一見、ネズミの糞のようだけれど、見分け方がある。近くで見ると光沢があり(餌となる昆虫の外皮にあるキチンという成分を含むため)、押して潰すとサラサラしていて床にくっつかなければコウモリの糞だと教えてもらった。フンだらけの場所を歩くのは気持ちのいいものではない。病気が移ったりはしないだろうか。日本語でネット検索すると、コウモリが家に棲みつくと不衛生だと書いてあるサイトが多いけれど、ドイツ語の情報は「コウモリのフンには人間にとって危険な病原菌は含まれておらず、狂犬病にかかっているコウモリのフンでも、それによって人間が感染することはない」というものがほとんど。コウモリの糞は庭の植物の良い肥料になりますよと書いてあるサイトもある。自然環境や住環境の変化によってコウモリの住む場所が失われつつあり、個体数が減っていることから、自然保護団体NABUは家をコウモリフレンドリーにすることを推奨しているほどだ。(ソースはこちら)
それにしても、フンの量にはびっくり。ここに現在、コウモリがいるのは確実。
やっぱりいた!
ここではセロチンコウモリ (Breitflügelfledermaus,学名 Eptesicus serotinus )が育児中だった。夏の間、コウモリのメスは集団で子育てをする。メスはそれぞれ1匹か、せいぜい2匹しか子を産まず、赤ちゃんは4〜6週間の間、お母さんのおっぱいを飲んで育つのだ。森コウモリは水場で捕獲して数えることができるが、家コウモリは個体数を把握するのが難しい。フンの量や落ちている死骸の数から概算するしかない。
1970年代には激減し、いくつかの種は絶滅の危機に瀕していたドイツのコウモリは、過去20年間の保護団体の活動の甲斐あって、現在、個体数は低いレベルながらも安定しているそう。
過去に参加していたヨーロッパヤマネコの調査やビーバーの調査では動物そのものを目にすることはほぼないのに対して、コウモリ調査ではじゃんじゃん網にかかるので、調査のし甲斐があって面白いなあと思った。今回、いろんな種類のコウモリが身近にいるんだなと認識できたし、コウモリの性別を確認するという、なかなかできない体験ができた。機会があったら、また参加したい。
マニアックなテーマ旅は歳を重ねるにつれ、どんどん面白くなる これまでのテーマ旅まとめ
20代前半からずっと旅をしているが、若い頃とは旅の仕方がかなり変わった。ここ数年ハマっているのはテーマのある旅。行き先を決めるよりも先にテーマを決め、そのテーマを思い切り楽しめそうな場所を目的地に選ぶ。準備としては現地についての基本情報だけでなく、テーマに関する入門書を読み、できる範囲でざっくりと把握しておく。ネットのなかった昔と比べ、事前に収集できる情報量が格段に多くなっているので、リサーチに時間をたっぷりかけてプランを作っている。そして、現地に行ったらそのテーマに関するものをできるだけ多く見て、できるだけ多く体験する。現地で気になったことは家に帰ってからネットや本で調べる。
そんなのは面倒くさいとか、ふらっと出かけて現地での偶然の出会いや発見を楽しむことこそ旅の醍醐味なのだとか言われそうだけど、私の場合、旅とは事前のリサーチを楽しみ、現地での時間を楽しみ、そして帰宅後にブログにまとめるまでの全行程を味わい尽くすことなので、今のスタイルがとても気に入っている。この方法だと1回の旅行で半年間は楽しめる。それに、テーマを設定することで何か最低一つの事柄にじっくり取り組むことになり、自分の中にコンテンツとして蓄積されていく。貧乏くさい考えかもしれないけど、単に消費して終わるだけだと時間やお金がもったいないので、少しでも何かを積み上げていきたいと思ってしまうのだ。
一つのテーマ旅行をすることでそこから連鎖して新しいテーマに興味が湧くことも多い。これまでに実行したテーマ旅はたとえば、、、。
ドイツ、洞窟探検の旅
シュヴェービッシェ・アルプの洞窟
南ドイツ、シュヴァービッシェ•アルプの洞窟をめぐる旅。シュヴァービッシェ•アルプはジュラ紀に形成された石灰岩の山脈で、無数の洞窟のある美しいカルスト地形はUNESCOグローバルジオパークに登録されている。鍾乳洞や地下洞窟など、1週間かけて全部で11の洞窟を回った。シュヴェービッシェ・アルプの洞窟群は考古学的にも非常に重要な洞窟群で、洞窟探検のワクワク感と考古学を同時に楽しむことができるのが素晴らしい。頭も身体もフル回転でクタクタになったけれど、それだけ充実した満足な旅になった。
その1 洞窟 Charlottenhöhe
その2 考古学テーマパークArchäopark Vogelherdで氷河期の生活を体験
その3 地下55mまで潜れる地下洞窟、Tiefenhöhe Laichingen
その4 世界最古のヴィーナス像と笛が出土されたホーエ・フェルス
その5 子どもと楽しめる洞窟、BärenhöhleとNebelhöhle
その6 ブラウボイレン先史博物館
ドイツ、隕石を巡る旅
隕石孔の町、ネルトリンゲンとその周辺で隕石について学ぶ旅。博物館で隕石標本を眺めるだけでなく、ジオガイドさんの案内でクレーター内を歩き、隕石衝突の痕跡を観察したり、隕石衝突の際に形成されたガラスの破片を含む岩石「スエバイト」を採取するという特別な体験ができた。
1500万年前の隕石のかけらが見つかったシュタインハイム盆地のメテオクレーター博物館
隕石孔の町、ネルトリンゲンのリース・クレーター博物館
ネルトリンゲン、リース・クレーター内のジオトープで隕石衝突の跡を観察
ドイツ、火山とマール湖探検の旅
アイフェル のマール湖1
ドイツ東部のアイフェル地方は火山地帯でUNESCOグローバルジオパークに登録されている。火山をテーマに4泊5日でアイフェルへ行った。しかし、火山観光といっても、火山に登ったり、温泉に入ったりするのではない。アイフェルには「アイフェルの目」と呼ばれる、火山活動でできた丸い湖が無数にある。緑に縁取られたレンズのような姿が神秘的で美しいマール湖を巡るのが目的だった。また、火山アイフェル・ジオパークは湖も素晴らしいが、珍しい岩石や化石も豊富で、一味違った火山観光を楽しめた。
火山アイフェル・ジオパーク その1 「アイフェルの目」と呼ばれる美しいマール湖群
火山アイフェル・ジオパーク その2 マール湖跡からも化石がザクザク。Manderscheidのマール博物館
火山アイフェル・ジオパーク その3 アイフェル火山博物館で見られる陶器のような不思議な石
火山アイフェル・ジオパーク その4 岩石ワークショップと石探し
火山アイフェル・ジオパーク その5 ゲロルシュタインの自然史博物館と化石探し
火山アイフェル・ジオパーク その6 120トンもある巨大な火山弾、Lavabombe Strohn
ドイツ、鉱石と化石を探す旅
ペルム紀シダ化石2
ラインラント=プファルツ州のフンスリュック山地は岩石と化石の宝庫である。特に「ドイツ宝石街道」上にあるイーダー・オーバーシュタイン(Idar Oberstein)は古くから宝石の研磨産業で有名で、世界の希少な貴石が見られるドイツ貴石博物館やメノウコレクションが素晴らしいドイツ鉱物博物館がある。しかし、せっかく行くからには自分でも石を探したい。ジオガイドさんとの2日に渡る岩石・化石採集エクスカーションに参加し、とても面白かった。
デボン紀から第三紀までの様々な時代の化石が見つかるフンスリュック山地
フンスリュック山地で化石探しエクスカーション
坑道内で貴石を間近に見られる観光貴石鉱山、Edelsteinminen Steinkaulenberg
世界の希少な貴石が見られるイーダー・オーバーシュタインのドイツ貴石博物館
イーダー・オーバーシュタインのドイツ鉱物博物館
店主が化石コレクションを見せてくれるワインとアクセサリーの店、HerrsteinのGoldbacsh Weine & Steine
パナマ、野生動物と生物多様性について学ぶ旅
パナマのジャガランディ
中米の国、パナマは運河が有名なだけでなく、世界の生物多様性ホットスポットの一つである。パナマの国土は南北アメリカ大陸を繋ぐ東西に細長く伸びた地峡で、およそ約300万年前、北米大陸と南米大陸が繋がることで両者の動物種の大規模な交換が起きた。だから、パナマにはものすごい数の異なる種が生息している。哺乳類だけでおよそ240種!鳥や虫や魚の種類の豊かさは言わずもがなである。パナマのワイルドな自然と多様な生き物を堪能した。
パナマシティの生物多様性博物館 Biomuseo
Palmiraの動物保護施設、Jungla Wildlife Center
Volcánの野生動物保護施設、Raquel`s Ark
ツリーハウスからオオツリスドリの巣を観察する
コロン島のコウモリの洞窟、La Gruta
ボカス・デル・トーロのスミソニアン熱帯研究所を見学
パナマシティ周辺で生き物観察 ソベラニア国立公園
ドイツの給水塔を巡る旅
Premnitzの給水塔
ある日、当時ベルリンに住んでいたライターの友人、久保田由希さんとおしゃべりしていて、ドイツには古い給水塔がたくさんあって、なんか気になるよねという話になった。そもそも給水塔とは何なのか、知りたくなった。二人で手分けして調べようということになり、由希さんはベルリンの給水塔を、私はブランデンブルクの給水塔を巡る旅に出た。それまでなんとなく眺めていた給水塔だったが、調べてみると背景がそれぞれ面白くて夢中になった。その成果は自費出版の冊子『ベルリン・ブランデンブルク探検隊 給水塔』にまとめている。
ブランデンブルク探検隊 給水塔を巡る冒険
イタリア、シチリア&エオリア諸島火山旅行
同じ火山がテーマの旅でもドイツのアイフェル火山とはガラリと違う、ダイナミックで熱〜い火山旅行。イタリア、シチリア島のエトナ火山、エオリア諸島のフォッサ火山、ストロンボリ火山という3つの火山に登り、火山岩である黒曜石の大産地リーパリ島で石切場を散歩したり、溶岩でできた建物を眺めたりと火山とそこから派生するいろいろなものに触れることができ、とてもエキサイティングな旅になった。
溶岩でできた黒い町、カターニア
地中海の最高峰、エトナ火山に昇る
リーパリ島を散策
ヴルカーノ島でフォッサ火山に昇る
ストロンボリ火山に登って夜の噴火を眺める
アルカンタラの溶岩渓谷を歩く
セイシェル、海の生き物に出会うヨット旅
島国日本で生まれ育ったのに、故郷は内陸部、そして成人してからの大部分をドイツで暮らしていて、海には残念ながらあまり縁がない。魚の種類もほとんど知らない。あるとき読んだ海洋生物学の本がとても面白くて、海の生き物に出会いたくてインド洋のセーシェルへ10日間のヨットクルーズに出かけた。クルーズといってもゴージャスな客船旅ではない、小さなボートの旅。美しいインド洋で毎日シュノーケルをして魚との遭遇を堪能した。GoProで撮った水中写真や動画を見返して、リーフガイドと照らし合わせて魚の種類を特定する作業が楽しくてたまらない。
なぜセイシェルにしたのかというと、ポスターなどでよく見かける、ラ・ディーグ島の花崗岩の巨石が横たわる海岸風景があまりに印象的で、あのような景色がいかにしてできたのかを知りたいと思ったから。
セイシェルの島々の成り立ち
セイシェル・ヨットクルージング シュノーケルでインド洋の生き物を観察
北海道ジオ旅行
昭和新山
ドイツに住むようになってから興味を持つようになった地質学。日本に住んでいた頃はまったく興味がなかった。もったいない話だ。何北に長い日本は地形や風景の多様性に富み、火山国であることからも地質学的な見どころの宝庫。ジオパークも多い。そこで、2023年夏、3週間かけて故郷、北海道の道央にあるジオサイトをめぐるドライブ旅行をした。美しい自然の中を歩き、その土地の美味しいものを食べて、温泉につかる。そこまでは日本におけるメジャーな旅の仕方だと思うが、ジオサイトをじっくり観察することでより深く楽しむことができ、故郷についての理解が高まった気がする。
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ① 旅の計画
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ② 三笠ジオパーク
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ③ 石狩市望来海岸で油田観察とメノウ拾い
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ④ 洞爺湖有珠山UNESCO世界ジオパーク
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑤ クッタラ火山と登別温泉
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑥ 小樽の地形と石と石造建築
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑦ 積丹半島は景勝地の宝庫
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑧ ニセコ連峯のジオサイト
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑨ 羊蹄山周辺のジオサイト
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑩ 雨竜沼湿原トレッキング
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑪ 滝川市美術自然史館でタキカワカイギュウを見る
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑫ 旭川周辺のジオサイト 神居古潭
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑬ 旭川周辺のジオサイト 当麻鍾乳洞と層雲峡
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑭ とかち鹿追ジオパーク 東ヌプカウシヌプリの風穴地帯
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑮ アポイ岳UNESCOグローバルジオパーク前編
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023⑯ アポイ岳UNESCOグローバルジオパーク後編
北海道ジオパーク・ジオサイト巡り2023 ⑰ むかわ町穂別博物館でむかわ竜(カムイサウルス・ジャポニクス)を見る
コスタ・リカ ジャングル旅行
エコツーリズム発祥の国とされるコスタ・リカは野生の王国。とりわけ、最後の秘境と呼ばれるオサ半島の熱帯雨林は世界でも稀な野生動物のホットスポットだ。2015年に初めてオサ半島のコルコバード国立公園を訪れて以来、忘れられない場所となった。そこで見た生き物、植物、そしてジャングルのサウンド。あの感動をもう一度、そしてもっと深く味わいたくて2024年春に再訪した。3週間半の旅はトラブル続きで辛い思いもしたけれど、念願叶ってコルコバード公園のシレナ•レンジャーステーションに宿泊し、とても濃い体験ができた。
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ① それは悪夢から始まった
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ② 生物多様性とエコツーリズム
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ③ アレナル火山国立公園 〜 フォルトゥナ滝トレイルとバタフライ・コンサバトリー
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ④ テノリオ火山国立公園 〜 空の色をした川、リオ・セレステを歩く
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑤ ドメニカルの野生動物保護区、Hacienda Baru
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑥ 飛び込みチャレンジスポット、ナウヤカの滝
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑦ 悪路の果ての天国 ロス・カンペシーノス自然保護区
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑧ マヌエル・アントニオ国立公園
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑨ コスタリカ最後の秘境、オサ半島コルコバード国立公園
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑩ コルコバード国立公園ロス・パトスセクターの拠点、エコトゥリスティカ・ラ・タルデ
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑪ 夜のジャングルを歩く
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑫ 昼のジャングルを歩く
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑬ コルコバード国立公園、シレナ・レンジャーステーションへ
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑭ コルコバード国立公園、ラ・シレナのガイドツアー
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑮ オサ半島で最後の日々 〜 またもやハプニング
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑯ ロス・ケツァーレス国立公園でバードウォッチングを楽しむ
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑰ 雲海ざんまいの幸運な日
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑱ ポアス火山国立公園 〜 そして旅は悪夢で終わった
コスタリカ・ジャングル旅行2024 ⑲ 【コスタリカ旅行番外編】コンドルとその他の腐肉を漁る野鳥
興味のあるテーマはほぼ無限。この先、どんなテーマの旅ができるかな。
世界最大規模の野鳥園、ヴァルスローデ世界バードパーク (Weltvogelpark Walsrode)へ行ってきた
ドイツ国内最大の野鳥園、ヴァルスローデ世界バードパーク(ヴェルトフォーゲルパーク・ヴァルスローデ Weltvogelpark Walsrode)へ行って来た。ニーダーザクセン州ヴァルスローデにあるこの野鳥園には650種、個体数でおよそ4000個体の野鳥が飼育されている。それほど多くの野鳥が見られる野鳥園は世界でも類を見ないという。ヨーロッパには生息しない珍しい野鳥もたくさん見られるに違いない。大いに期待して出かけた。
野鳥園があるのは小さな町ヴァルスローデ(Walsrode)のさらに郊外で、アクセスが良いとは言えない。最寄りの大きな町はハンブルク、ブレーメン、ハノーファー。その3都市の中間に位置し、それぞれの町からは車で片道1時間ほどだ。
駐車場から橋を渡って公園内に入る。
注意したいのは、当日窓口でチケットを買うのと事前にオンラインで買うのとでは入園料がかなり違うこと。オンラインチケットの方がかなり割安なので、事前に購入すべし。
公園の広さは24ヘクタール。大人気のライプツィヒ動物園とほぼ同じくらいの広さだが、野鳥だけで24ヘクタールというのはすごい。園内は順路に沿って4kmほど歩くと一巡できるように設計されている。
公園内にはコウノトリ(シュバシコウ)の巣がいくつもあり、たくさんのコウノトリがカタカタと嘴を鳴らしたり、頭上を常に飛び回っている。シュバシコウはドイツの北東部ではありふれた野鳥で、特別に飼育されているというよりも公園内で生活していると言う方が正確だろう。コウノトリやカモのようなローカルな鳥とアフリカや中南米、東南アジアなどのエキゾチックな鳥が同じ空間に共存しているのが楽しい。
そこには実にいろいろな種がいた。熱帯の美しい小鳥がたくさん見られるのも素晴らしいが、見応えのある大型の鳥も豊富で満足度が高い。印象的だったのはサイチョウ科の鳥で、様々な種類がいた。サイチョウはクチバシの上にもう一つのクチバシのようなコブがついた鳥で、コブがまるでサイのツノのようだからサイチョウと呼ばれる。いかにも邪魔そうだけれど、コブの中身はスカスカで軽いらしい。
メスは子育て中だそうで、邪魔者が来ないようにオスがしっかり見張りをしていた。
その大きさだけでもかなり威圧感があるが、鳴き声もまたすごい。隣のスペースから犬の吠え声が聞こえて来たので不思議に思ったら、アカコブサイチョウの鳴き声だった。
そして、今までありふれた鳥だと感じていたハトにも派手な種がいることがわかった。
カンムリバト
ミノバト
園内にはシュバシコウだけでなく、他のコウノトリもいる。たとえば、、、
シロエリコウ
ズグロハゲコウ
アフリカハゲコウ。実に大きい。
鮮やかな鳥は、見ていてやっぱり楽しい。
目が覚めるような朱色をしたショウジョウトキ
羽繕いをする姿が優雅なベニヘラサギ
私の好きなツルもいろいろいる。
草むらにひっそり佇むヒナを連れたソデグロヅル
気品のあるホオジロカンムリヅル
しかし、なんといっても圧巻なのはハシビロコウだ。
猛禽類コーナーも見応えがある。
ハクトウワシ
コンドル
中南米に生息する猛禽類最強とされるオウギワシ。餌付けを見学した。
フクロウコーナー。
ウラルフクロウ
シロフクロウと子どもたち
ここに挙げたのはもちろんごくごく一部。なにしろ650種もいるのだから、一つ一つの種をじっくり見ていたらいくら時間があっても足りない。園内はよく手入れされていて魅力的だった。生息に適した環境がそれぞれ異なるあれだけの数の野鳥を飼育・維持するには相当な知識とスキルを持ったスタッフが必要なはずだが、唯一無二の野鳥園であるわりには一般認知度がそこまで高くなさそうなのがとてももったいなく感じた。今はハイシーズンなのでそれなりに賑わっていたけれど、冬場はそれほど人が来ないかもしれない。貴重な施設なので、採算が取れずに閉園してしまうようなことにはならないで欲しい、
個人的にちょっと残念だったのは、説明パネル等が少なめで、野鳥関連の書籍も売っていなかったこと。園内には子どもの遊び場がいくつもあって、ショップには楽しいグッズがたくさん売られているので、家族連れで楽しめる施設だと思うけれど、大人の学びのための資料ももう少し欲しかった。
それはともかく、この野鳥園でしか見られない鳥が多いので、行った甲斐があった。家から日帰り圏内にこのような施設があって、本当にラッキーだな。
ドイツで大繁殖する外来種、アライグマに庭を荒らされる
アニマルトラッキングをするようになってから、あちこちでアライグマの足跡や糞を目にするようになった。アライグマの足跡は特徴的である。まるで指を開いた人間の手のようで、他の動物と区別しやすいのだ。
泥の上についたアライグマの足跡
「アライグマ」という名前が示唆する通り、特に水辺で見かけることが多い。
とはいえ、アライグマは食べ物を洗うために水場に来るわけではない。食べ物を洗う習性があるからアライグマと呼ばれているのかと思っていたが、それは誤解だった。アライグマは足の触覚がよく発達している。水場で前足を使って食べられるものを探し、その感触を確かめる仕草があたかも食べ物を洗っているかのように見えるということらしい。実際にアライグマが餌を食べる場面を見たことがある。すぐそばに池があるにもかかわらず、洗わずに平気で食べていた。別にきれい好きというわけではないようだ。
アライグマはドイツでは外来種である。毛皮を取るために北米から輸入されたアライグマの一部が1930年代の半ば、ヘッセン州エーデル湖付近に放たれたのがドイツにおけるアライグマ野生化の発端だ。オオカミがいったん絶滅したドイツには天敵が存在せず、雑食で適応力の高いアライグマはどんどん増えていった。最初はヘッセン州北部やニーダーザクセン州南部などドイツ西部の限られた地域のみだったが、第二次世界大戦中の1945年、さらなる増殖を引き起こす事件が起きる。ベルリン近郊のシュトラウスベルクにあった毛皮ファームに爆弾が落ちたのだ。そのとき工場敷地から逃げ出したアライグマは、現在に至るまでベルリンやその周辺のブランデンブルク州で増え続けている。ベルリンはいまやアライグマだらけで、「欧州のアライグマ首都」と呼ばれるほどである。
アライグマは見た目は愛嬌があるけれど、人の住んでいるところへもやって来て建物の中に入り込んで寝ぐらにしたり、畑を荒らしたりするので、なかなかやっかいな生き物である。回虫や狂犬病媒介のリスクもある。多種多様な動植物を捕食するので、在来生態系への影響もかなり懸念されているが、外来種として駆除するべきか、すでに定着した野生動物として扱うべきか、ドイツでは意見が割れている。駆除して個体数を減らすと、その分たくさん子どもを産んで盛り返して来たり、安全なエリアを求めて移動し、結果として生息範囲が広がるなど、逆効果な面もあってなかなか減らない。ベルリン市内ではアライグマをいったん捕獲して不妊手術をし、再び放つという取り組みをする市民イニシアチブが始まったが、効果のほどはまだわからないらしい。
どのような対策を取るにせよ、全国のアライグマ繁殖状況を把握することが重要だ。そこで、アライグマを含む外来種の痕跡を見つけた市民がアプリを通して報告するシチズンサイエンスプロジェクト、ZOWIACが立ち上がった。
私たちが家の近くに設置しているトレイルカメラも頻繁にアライグマの姿を捉えている。散歩の途中にアライグマのトイレと思われる場所を目にすることもよくある(汚いので画像は自粛)。昼間、目にすることはほとんどないが、アライグマは身近にたくさんいるようだ。私もアプリをダウンロードし、ZOWIACプロジェクトに参加することにした。よーし、これからどんどん報告するぞー!
ところがその矢先、予想していないことが起こった。なんと、我が家のガレージにアライグマが侵入した。報告第一弾は自分の家に出没したアライグマということになってしまったのである。
抜き足、差し足、忍び足。その姿はまるで泥棒。目の周りの黒い毛が目隠しのようで、泥棒感をさらに演出している。思わず笑ってしまう。しかし、笑ってる場合ではないことがまもなく判明する。
夜になりガレージから出たアライグマは庭に出て、木にぶら下げてある鳥の餌のファットボールに手を出した。さらには、餌台によじ登って中に入り込み、鳥たちの食べ残した餌を平らげてしまった。
アライグマは木登りの天才で、どんなところにもよじ登るらしい。庭には野鳥観察のためにカメラを複数設置してあるのだが、それらに映ったアライグマの器用さと大胆さは驚くばかりである。さあ大変なことになった。野鳥の餌はあくまで野鳥のためのものなので、アライグマに食べ尽くされてしまうわけにはいかないのである。この日から夕方まで残った餌は片付けてから寝ることにした。
でも、これはまだほんの序の口だった。本当の悲劇はこの数日後に起こった。
過去記事に書いている通り、我が家の庭には野鳥のためのカメラ付き巣箱を設置してある。野鳥の営巣や子育ての様子をリアルタイムで観察するのが春の大きな楽しみなのだ。今年は初めてアオガラが巣作りをし、10個の卵を産んだ。ヒナが孵るのを今か今かとワクワクして待ち、ついに元気いっぱいなヒナたちが生まれたところだった。親鳥が夫婦でせっせと巣に餌を運ぶ姿を微笑ましく見ていたのだ。
それなのに、、、、。
ヒナが生まれて3日目の朝、カメラを覗くと巣に異変が生じていた。そこに母鳥の姿はなく、巣が荒れている。ヒナ達は横たわり、動かない。一体、夜の間に何があった?
過去にさかのぼって録画を再生したところ、そこには衝撃的なシーンが記録されていた。アライグマが巣箱の中に手を入れ、母鳥を捕まえて食べてしまったのだ。ショッキングな映像なのでここには貼らないが、よく動く、あの人間のような手が親鳥に伸びた瞬間、耐えきれず悲鳴を上げてしまった。ああ、なんということだろう。
もちろんアライグマだって野生動物、本能に従って行動しているだけだ。残酷なようだけれど自然とはそういうものだと言われればそうに違いない。でも、やっぱりショック。アオガラのヒナ達が元気に巣立つ姿を見たかったのに。さらに腹立たしいことには、隣の奥さんに事件について話すと、「うちも鳥の巣を3つも荒らされた」という。そして、斜め向かいのお宅でも、、、。連続野鳥キラーである。恐るべしアライグマ。
このような理由で今年の春の野鳥営巣観察は悲しい結末となってしまった。とても残念。でも、これまでその生態をほとんど知らなかったアライグマを身近で観察する機会が得られたのは、それはそれで一つの収穫と言えるかもしれない。そう思うしかない。